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辺境の老騎士  作者: 支援BIS
第3章 辺境競武会
67/186

第8話 歌合戦(前編)




 1


 夕刻にドリアテッサが訪ねて来た。

 バルドとカーズ、それにジュルチャガに礼を述べた。

 その頬はかすかに朱を帯びている。

 まだ高揚が冷め切っていないのだ。

 無理もないことだ。

 勝てる相手ではなかった。


 バルドには、一つ訊いておきたいことがあった。

 昨日見たカーズの技を、たった一夜にしていかに身につけたのか、ということだ。


「いや。

 それが不思議なのだ。

 昨夜城壁に向かって、あの技を練習した。

 だが、駄目だった。

 目には焼き付いているのに、どうしてもできないのだ。

 ちょうど天頂に姉の月(スーラ)が輝いていた。

 私はスーラに祈願した。

 するといつしか夢見心地になって、ぼんやりしたまま剣を構えていた。

 そのとき、足元から鳥が飛び立った。

 驚いた私の腰が思わず回転した。

 すると剣先が城壁の岩を貫いていたのだ。

 フューザに向かって飛んでいく鳥はモルッカのようにみえた。

 だがモルッカは水辺に棲む鳥だし、夜に飛んだりはしないはずだ」


 このおなごは神に愛された娘なのだ。

 と、バルドは思った。

 愛されるだけの素直さがあり、ひたむきさがある。

 古来、剣の奥義を極めた達人たちは、神霊の導きを受けたと聞く。

 夢で神から技を教わったという伝承を、いくつも流派の始祖が持っている。

 それは修練に修練を重ね越えられぬ壁に突き当たってなおもがく者に、生涯一度与えられるかどうかという神の恩寵だ。

 その生涯に一度の恩寵を、よりによって昨夜受けるとは。

 なまじ第五部門でのドリアテッサの剣筋を見定め、剣を交えもしただけに、シャンティリオンは不覚を取った。

 だがこの敗北に真正面から向き合えば、それはシャンティリオンにとっても祝福となる。







 2

 

 ゴドン・ザルコスの夢を見た。

 ふと立ち寄った村で、村の娘が賊に襲われたと聞き、またもお節介なゴドンが助力を申し出るのだ。

 夢の中でバルドは、なぜか村人の視点からバルドとゴドンを見ている。

 痩せた農耕馬しか知らない村人から見れば、バルドの馬もゴドンの馬も魔物のように大きくたくましい。

 騎乗する二人も大柄で鎧を身にまとい武器を持ち、実に恐ろしく、頼もしい。

 その二人が、山の木々のあいだを縫って木漏れ日を浴びながら現れるさまは、まるでおとぎ話の放浪の戦神兄弟のようだ。

 村人であるバルドは、娘を探しに馬を駆って森に入っていく二人を見て、地に両膝を突いて感謝した。


 そこで目が覚めた。

 ゴドンの夢を見るとは。

 わしはやつがいなくなって寂しく思っておるのか、と自分に訊いた。

 確かにそうだ。

 やつがいなくなって、わしは寂しい。

 ゴドン・ザルコスは明るい男だった。

 まっすぐな男だった。

 その気性にずいぶん救われていたのだと、今さら気が付いたのだ。


 おかしな話だ。

 一緒にいるときは、物を知らないゴドンに何かを教え、導いているような気でいた。

 教えられ導かれ、与えられ慰められていたのは自分のほうだったというのに。

 今は領主として人々のために日々を過ごすゴドンに、神々の恵みよあれ、と祈った。





 3


 今日は辺境競武会の最終日、歌の試合が行われる日である。

 そして各部門の成績優勝者が表彰される。


 日課となっている朝の散歩に出た。

 城壁の上で風に吹かれて、はるか彼方で朝霧にかすむフューザを眺めていると、ジュルチャガがやってきた。

 むろん、壁を登ってきたのである。


「パルザムのほうで、よくないうわさが流れてるねー。

 副審判やってた人がぽろっともらしたらしいんだ。

 判定をする前にひと言相談していただきたかった、って。

 ほら。

 審判長さんはゴリオラの人だったでしょ。

 疑惑の判定、ってわけだね。

 それ聞いて、わいわい騒いでいる人たちが、けっこういるみたいだ」


 ドリアテッサの勝利についての話である。

 バルドは思わず大きなうなり声を上げた。

 見ていない者が言うなら分かる。

 お互いに一本ずつを取り合っていたのだから、それだけでいえば引き分けだ。

 いや、一本目でドリアテッサに勝ったのに、シャンティリオンは寸止めした。

 ところが二本目でドリアテッサはシャンティリオンの胸を剣で貫いた。

 そこだけをみればドリアテッサは卑怯な剣士といってもよい。

 ただしそれは実際にあの試合を見ていない者が言うならの話である。

 シャンティリオンの奥の手まで引き出して見事に打ち勝ったのだから、文句なしの勝利だ。

 実力ではシャンティリオンが数段上なのに、わずかな勝機をつかみ取った。

 素晴らしい試合だった。

 あれを勝ちといわずして何を勝ちというのか。

 第一、審判長は判定をくだす前に、シャンティリオンに何かを訊いていた。

 これで勝負ありとしてよいかどうかを確認したのだろう。

 治療しなければ命に関わる場面だから、妥当な判断だ。

 そして、負けたということを一番知っていたのはシャンティリオンだから、あの男自身には判定に何の不満もないはずだ。


  あれほどの名勝負を見て、出てくる言葉がそれか。

  ぼんくらどもめ。


 せっかくの気持ちよさがかき消され、バルドは大いに不快だった。


 部屋に帰ると、ジュールラント王子の呼び出しを受けた。

 ジュールラントはバルドに、この競武会にあたりバルドが見聞きしたこと感じたことを話すよう命じた。

 バルドはその通りにした。

 シャンティリオンとキリーの試合のくだりについて感想を述べたとき、ジュールラントは、


「じいの目からみて、キリー・ハリファルスはどのくらいの剣士だ」


 と訊いた。

 バルドは、おそらく実力はシャンティリオンをしのぐが、受けて立とうとしたことがあだになって負けた、と答えた。

 シャンティリオンと北征将軍の試合についてバルドが語ったとき、ジュールラントはひどく渋い顔をしていた。

 シャンティリオンの敗北をパルザムの騎士たちがどう受け止めるかが心配だという話には、あまり関心を示さなかった。

 それよりもシャンティリオンがこの敗北から何を学ぶかという話題に興味があるようで、


「やつには、もう少し広い世界を見せてやりたいんだがなあ」


 ともらした。

 また、ドリアテッサに興味を持ったらしく、これまでのいきさつなども改めてバルドに語らせた。


「神々に愛された娘か。

 ふむ」


 ドリアテッサにどんな褒詞を与えるつもりか、とはバルドは訊かなかった。

 今聞くのはちがうと感じたからだ。





 4


 案内の従者に従って試合会場に向かった。

 後ろにはカーズとジュルチャガがついて歩いている。

 途中、中庭で話し掛けられた。


「バルド・ローエン卿。

 ゴリオラ皇国の騎士キリー・ハリファルスと申します。

 貴殿にひと言お礼を申し上げたい。

 カーズ・ローエン殿。

 貴殿にも」


 と声を掛けてきたのは、細剣部門の試合でシャンティリオンに惜敗した武人だ。

 近衛武術師範であり、ドリアテッサの師である。


「まさか、コヴリエン子爵が総合戦で優勝しようとは。

 いや、それだけではない。

 御身なかりせば、辺境の野に無残な屍をさらすところであったと聞く。

 魔獣の頭部も見た。

 皇都で再会した子爵は、まるで別人のようだった。

 貴殿には、お礼の申し上げようもない」


 相当痛むだろうに、シャンティリオン戦での負傷を押して、昨日の試合を観戦していたことは、バルドも気付いていた。

 兜を脱いだドリアテッサには、さぞ肝を冷やしたろうに、そのことは何も言わない。

 よい男だ、とバルドは思った。


  パジナの花が開く瞬間を、ごらんになられたか。


 と、バルドは訊いた。

 パジナは泥の中に根を張り、成長すると水面につぼみを突き出す。

 そのつぼみは、徐々に開いたりしない。

 ある夜明け突然に大輪の花を開くのだ。

 開花の瞬間には、ぱしんと水をたたくような音がするという。


「おお!

 おお!

 見たとも。

 確かに見させてもらったわ」


 思わず喜びをはじけさせてキリーが言った。


「楽しそうな話をしているではないか」


 と声をかけてきたのは審判長だ。


「バルド・ローエン卿。

 ゴリオラ皇国の騎士ホルトン・ギャンバーと申す。

 おみしりおきを。

 やあ、審判の役が終わったので、ようやく貴殿らと言葉をかわすことができるわ。

 カーズ・ローエン殿。

 神技(しんぎ)というものがこの世にあることを、貴殿に教えていただいた」


 今日の試合では審判長はお務めでないのか、とバルドは訊いた。


「いやいや。

 わしに歌の判定などできるものか。

 歌は専門の審査員が判定するのです」


 歌の試合では、両国の出場者合わせて八人が交代交代に一曲ずつ歌う。

 直前の歌い手が残したテーマなどにうまく呼応させつつ曲を選ばなくてはならない。

 歌い手は各国の古今東西の歌曲に通じており、その場その場で適切な選曲をし、場合によっては歌詞に改変を加えながら歌う。

 歌そのものの技術のほか、その当意即妙も判定の対象となる。

 審査員は両国から二人ずつ出る。

 彼らの協議により、勝利はどちらかの国に与えられるのだが、実際にはこの何十年も、両国の引き分けという形になっているという。


「なにしろ、六日間の試合で気持ちが高ぶっておりますからな。

 歌でなごやかな気持ちになり、引き分けということで、全体を締めくくるのです」


 とホルトンは説明した。


「歌なんぞでなごやかになるかっ。

 そもそも、なごやかになんぞなる必要があるか。

 武を競うなら、猛って猛って猛り狂えばよいわ!」


 と太い声をはさんだのは、北征将軍ガッサラ・ユーディエルだ。

 バルドは、見上げなければならない相手に久しぶりに会った。


「おう!

 バルド・ローエン殿か。

 わしは、ガッサラ・ユーディエル。

 模範試合、見せてもらったっ。

 いやあ、感じ入った!

 久しぶりに武人を見たわ。

 あとでゆっくり酌み交わそうぞ!」


 豪快に笑う姿からは、体調の悪さも試合で受けた重傷も感じられない。

 最前線で戦う騎士は、こうでなくてはならない。

 実にいい声をしている。

 よく響く声であり、兵たちを安心させる声だ。

 声を聞けば、将としてのおよその器が分かるといってよい。

 この男は間違いなく優れた将だ。


 歌の評点が終われば閉会行事だ。

 各部門の成績優秀者が賞される。

 その後は酒を酌み交わして競武会は閉幕する。

 ドリアテッサは、褒賞を受けることができるのだろうか。

 できたとして、ドリアテッサの願いとは何なのか。






 5


 歌の試合が行われるのは屋外の闘技場ではなく、城の中の広間だ。

 係員、審判、両国の出場者と従者が入場し、主催者が席についた。

 主催者の護衛と係員以外はこの部屋には剣を持ち込めない。

 バルドも剣は吊っていないが、護衛としてカーズが帯剣している。


 歌の試合に出場する騎士たちが進み出た。

 鮮やかな陣羽織を身にまとっている。

 ゴリオラの騎士は青地に白い文様が染め抜かれた陣羽織に、銀糸の刺繍が施された布の帯をつけている。

 陣羽織は、たけも袖も長く、その下には鎧を着けていない。

 パルザムの騎士は赤地に黄色い文様が染め抜かれた陣羽織に、金糸の刺繍がほどこされた布の帯をつけている。

 基本となる意匠はゴリオラのものと同じだ。

 この歌の試合専用の衣装なのだろう。


 北側にはゴリオラの騎士と従者たちが、南側、つまり入り口側にはパルザムの騎士と従者たちが立っている。

 ジュールラントとシェルネリアは西側に座っている。

 バルドは東側に座っている。


 広間の中央に、青い陣羽織の歌い手四人と、赤い陣羽織の歌い手四人が向かい合って静止した。

 手を伸ばせば届くほど近い距離で向き合っている。

 相当の面積を持つ大広間なのだが、なにしろ人数が多い。

 歌い手たちの後ろには、負傷して治療している者以外のすべての出場者が立っている。

 その後ろには従者たちが立っている。

 そのほかに係員や主催者の護衛もいる。

 合わせれば百八十人を超えるだろう。


 審査員が開始を宣言した。


 最初の騎士が歌い始めた。

 青地、つまりゴリオラの一番目の歌い手だ。

 柔らかなバリトンの声が、天地自然の讃歌を奏でる。

 少し抑揚を抑えた歌い振りが、逆に深みと安らぎを感じさせる。

 神々の徳が大地を盛り上げ、山が生まれる。

 地の裂け目から水が噴き出し、湖が生まれる。

 風が森を作り、雨が降り、川が生まれる。

 世界の創造が感動的に描かれていく。

 クライマックスでは高音と低音が交互に発せられた。

 高い音はめまぐるしく跳躍した。

 風と雲と雨の変化を現すかのように。

 低い音はゆったりとつむがれた。

 揺るがぬ大地の営みを現すかのように。

 一人で歌っているのに、確かにそこには高低二つの旋律があった。

 すさまじい技量の歌い手である。

 歌は人が神の愛を受けて地上に誕生する出来事をもって締めくくられた。


 次に赤地、つまりパルザムの一番目の歌い手が進み出た。

 すうーっと深く息を吸い、低い低いバスの声が、暗く不気味な音列を綴る。

 この歌い手が選んだ題材は、獣である。

 大小さまざまな獣が大地を跋扈するそのさまが、初めは陰鬱に、そして徐々に雄々しく力強く謳い上げられた。

 そこに人間が生まれる。

 つまりゴリオラの一番目の歌い手の題材を引き継いだのだ。

 人間は獣におびえながらも団結して生きるために戦う。

 やがて力を付けた人間たちは、草原から獣を追い払い、国を打ち立てていく。


 ここで曲は終わり、青地、つまりゴリオラの二番目の歌い手の番となった。

 甘い甘いテナーで奏でるのは恋の歌だ。

 青年騎士が旅に出て、天地自然の恵みに感謝し、獣たちとの戦いで武を磨き、そして出逢った乙女と恋に落ちる。

 人が人を愛することの狂おしさを。

 愛されることの喜びを。

 結ばれることのうれしさを。

 騎士は変幻自在なパッセージと輝く高音で滔々と詠った。


 パルザムの二番目の歌い手の番となった。

 この歌い手は、前の歌い手の物語の続きを歌った。

 結ばれた二人のあいだに、九人の男の子が生まれた。

 ところが九人とも臆病で、獣が来ても、盗賊が来ても、ぶるぶる震えているばかりだった。

 次に生まれたのは女の子だった。

 九人の兄は、妹に騎士になることを命じ、以来この国は女が騎士となって男を守るようになった。

 という架空の物語を、この騎士は唄った。


 この歌は、明らかにゴリオラとドリアテッサに対する当てつけである。

 女などを騎士にとりたて、競武会の代表にする腰抜けの国、と揶揄しているのだ。

 さすがに北側に居並ぶ騎士と従者たちは、険しい空気を醸している。

 バルドもさすがに、これにはあきれた。


 バルド自身、女の騎士などというものに何の意味があるのか、いまだに分かっていない。

 高貴な女性に同性の護衛が要るというのは分かる。

 しかしそれは、女性の武官であればよいのであって、騎士になる必要はない。

 騎士になるということは、家を立てるということである。

 家族を、家臣を、領民を守って戦うということなのである。

 あるじの命を受け、いつなりとも戦場に赴き、敵を殺し殺されるということなのである。

 女がそんなことをする必要はない。

 神々は、女をそんなふうには作っておられないのだ。

 男と女は体の作りが違う。

 頑健さや力強さがまったく違う。

 何より女には子を産むという役割が授けられている。

 体をいたわるのは女の義務といってよい。

 そして女を守るという役割が、男にはある。


 だが、この場にドリアテッサがいるのは、両国主催者に許されてのことなのだ。

 そしてドリアテッサはまことに見事な戦いをみせた。

 それに対してこのような陰湿な手段で報いるとは。

 負けた腹いせにしても、やり方が情けない。


 ゴリオラの三番目の歌い手の番となった。

 朗らかな笑顔だ。

 彼は軽快なテナーで、北の森で育った雌のキツネが、南の草原で強大な猛獣たちを次々と打ち破る物語を謡った。

 軽やかに弾むような音で、キツネの身軽さが表現されている。

 キツネが最後に倒すのは、真っ白な獅子の若者で、草原の王の息子だった。

 誰のことを指しているのか、明らかだった。


 シャンティリオンは、傷が深かったためか、この場にはいない。

 本人がいれば、どんな顔をしただろう。

 それは分からない。

 パルザムの人々は、この歌を聞いて顔色を変えた。

 自国の高貴な貴族にして近衛の隊長を務める人物をこけにされれば、悔しくないはずはない。


 パルザムの三番目の歌い手は、雌のキツネの後ろには年を経た熊と狼がついており三対一で戦った、と歌った。

 若手騎士が集まるのが慣例となっていた競武会に、現役の将軍や指導者を出場させたやり方を批判したのだ。


 ゴリオラの四番目の歌い手は、恋敵に敗れたことも気付かない愚鈍な騎士には恋の女神が引導を渡さなければならない、と唱った。

 勝負は決しているのに今さら出場者の資格を問う女々しさをあざ笑ったといってよい。


 歌が終わりきる前に、パルザムの歌手たちの背後から、ひときわ身長の高い一人の騎士がのそりと進み出た。

 驚くべき体の大きさだ。

 その体から比べてもひどく長く大きい顔面の持ち主だ。

 馬のような顔だ。

 顔の横についたような目は細くつり上がり、歯はまだらで牙のように鋭い。

 骨張った体つきをしている。

 ゴーズ・ボアである。

 第一部門で他を寄せ付けず優勝した騎士であるから、その剛勇のほどは疑う余地もない。

 まとう空気は暴力的で、細い眼は怒りに引きつっている。


 この異相の巨漢に詰め寄られ、ゴリオラの四番目の歌い手は思わず歌をとめた。

 すると、その背後から、やはりとてつもない巨漢が進み出た。

 北征将軍である。


 雲を突く巨人といってよい二人が広間の中央でにらみあった。

 二人だけではない。

 両国の騎士たちは、いずれも厳しい顔をしている。

 審判たちはと見れば、荒事は苦手なのか、明らかに腰が引けている。


 騎士というものは、名誉に生きる。

 少し俗な言い方をすれば、面子(めんつ)を失ったら終わりなのである。

 いきさつはどうあれ、主家が侮辱されて黙って見過ごす騎士などいない。

 歌の掛け合いの勢いとはいえ、事は主催者たる両王家への批判に近いところまで進んでしまった。

 いきり立った騎士たちは引き下がれない。


 そもそも、国と国との仲がよいから辺境競武会が行われているのではない。

 逆である。

 疑心暗鬼におちいらないよう、お互いの手の内を見せ合うために始まったと聞いている。

 最前線である辺境では常に小競り合いが続いている。

 その緊張を和らげるためにこの競武会はあるのだ。

 言い換えれば、両国の騎士たちは、お互いが事あれば殺し合う相手だと知っている。


  やれやれ。

  このままでは乱闘になりかねんのう。

  そんなことになったら、褒賞どころではなくなるわい。


 ザイフェルトはどうしているかと見回したが、見当たらない。

 じつは突然ガイネリア王の使者が城を訪れたのだった。

 競武会の期間中は、辺境騎士団員以外一切出入りを認めない。

 パルザム王の勅使が来ても門は開けないのである。

 当然この使者も門の外で応対しなければならないが、それにふさわしい者となるとザイフェルトしかいなかったのだ。

 そんな事情はあとになって知ったのだが、とにかくいない人間をあてにしてもしかたがない。


 それではと、ゴリオラ皇国辺境騎士団長タイデ・ノーウィンゲの姿を探した。

 いた。

 が、だめだ。

 収めるどころか騎士マイタルプとにらみ合っている。

 ふと貴賓席を見れば、ジュールラントが笑顔をみせている。


 まずい、とバルドは思った。

 ジュールラントは明らかに爆発寸前である。

 すぐにもすさまじい怒声を放ち、歌の試合を台なしにした両国騎士たちをしかりつけるだろう。

 そんなことになったら、それこそ表彰どころではない。

 そしてそのことによってジュールラントの評判が上がるかといえば、たぶん逆だ。


 バルドは、大きく息を吸いながら立ち上がった。






2月7日「歌合戦(後編)」に続く

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[一言] 歌試合の中盤あたりで異世界レスバってワードが思い浮かんでしまって後半ずっとニヤつきながら読んでた
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