第3話 皇女の願い(後編)《イラスト:ジュールラント》
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それが事実なら、めでたいことだ。
問題がないなら、しかるべく取り運べばよい。
問題があるとしても、バルドに解決のしようがあるわけもない。
いったい、何をせよというのか。
姫がジュールラントを気に入ったというなら、皇国に帰って父親に相談すればよい。
縁談そのものに問題がなければ、しかるべき筋を通して可能性を打診するだろう。
その結果まとまるかもしれないし、まとまらないかもしれないが、バルドにその予想はできない。
「この縁談は皇国の側からは切り出しにくいのだ。
かたやパルザム王国の英雄王のご長子で、まもなく立太子なされるかた。
上軍の正将であられるほか、数々の顕職にお就きと聞く。
かたや、ゴリオラ皇国の皇王のご息女とはいえ、末子にして王位継承権順位は低く、特段の身分立場はお持ちでない姫。
皇国側から切り出せば、相当の持参金も必要になる。
いや、それよりもだ。
申し込んだとして、果たして受けてくださるのかどうか。
婚姻政策としての判断ももちろんだが、それ以上にだな。
つまり、その。
何というか。
少しでもよい、殿下が姫を愛おしく思ってくださるかどうか。
幸せなご夫婦になれるのかどうか。
も、もちろん姫はあの通りの素晴らしいおかただから、殿下も必ずやお気に召されることとは思うが。
殿方にはいろいろ趣味というものがあるものらしいし。
そ、それにすでに意中のおかたがおいでかもしれんし」
あたふたしているドリアテッサの様子に、いささかほほえましいものを感じた。
つまりは、バルドに、シェルネリア姫のことをどう思うかジュールラントに聞いてこい、ということなのだろうか。
そして、好感触であれば手紙でも書くと。
「まっ、まさか!
姫のほうから文をしたためるなど、そのようなはしたないことはできぬっ。
いや、もちろん、公務に関わる案件があればその限りでないが、手紙を書いてその結末が婚姻ということになれば、姫のほうから文を書いて始まった縁談だということになってしまう。
それではまずいのだ。
で、できれば、そうではなくてだな。
その。
つまり。
姫と殿下をお引き合わせしてもらえないだろうか。
そうすれば、姫もあらためてご自分の気持ちを確かめられるだろう。
殿下にも姫の素晴らしさを知っていただくことができる。
おそらく殿下には国の内外から縁談が殺到しているはずだ。
これはまたとない機会なのだ」
これはバルドには理解できない申し出だった。
もうすでに二人は顔を合わせている。
競技会終了後には、今度はゴリオラ皇国側の招待で晩餐会があると聞いている。
そのときにも顔は合わせるし話もできるだろう。
競技会中に食事会なり茶会なりを開いてもよい。
「王族同士の会談は、そのように簡単なものではないのだ。
晩餐会は型どおりのもので、主催者二人は横に並んでいるが顔を合わせることはなく、何をいつ話すかもほとんど決まっている。
公務でもないのに勝手に食事会などすれば、両国の騎士が命懸けで武威を競い合う場で何をしているのかということになる。
また、どちらが呼び掛けてお二人が会ったのかが、あとあとまで問題になる。
どうにも動きがつけられないのだ。
ところが、ここにバルド殿がおられる。
バルド殿は、わが国では武神マダ=ヴェリの御使いと呼ばれている。
姫のための任務にある私を助けてくださったのだから、姫にとっても恩義あるかただ。
また、ジュールラント殿下の師父にして導き手とか。
バルド殿が個人的にシェルネリア姫とジュールラント殿下を招いて歓談したとしても、まったく不自然ではない」
不自然極まるわ!
どこの世界に、大国の王女と、別の大国の太子にもひとしい人物を、思いつきで茶飲み話に呼びつける放浪騎士がおるのか。
と怒鳴りたい気持ちに一瞬なったが、気持ちを抑えた。
見えすいたやり口であっても、それで両国のめんつを立てながら二人に思いを確かめ合う機会を与えられるなら、悪い話ではない。
そのために道化になっても、べつに構わない。
もっとも、二人が面談した事実そのものが害にならないとも限らない。
その辺りはジュールラントが判断するだろう。
まあとにかくジュールラント殿下と話をしてみるわい、と答えてから、ふと気になったことを訊いた。
これはドリアテッサ殿の思いつきなのかと。
「もちろんだ。
姫が、そういえばバルド・ローエン卿はジュールラント殿下ともご懇意でいらっしゃるのですね、とおっしゃったとき、ひらめいたのだ」
うむ。
ケッタばあさんも、こんなふうにしてバンゴーじいさんを操縦していたのであろうな。
そう思いながら、机の上に置いた化粧箱を見た。
その中には色つき角砂糖が入っている。
目下のバルドのお気に入りだ。
この砂糖の分ぐらいは働かねばならんじゃろうなあ、と思った。
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「じい。
それは悪くない話だな。
うむ。
悪くない。
誰に紹介されても面倒だが、じいなら面倒はない」
用件を切り出したバルドに、ジュールラントは答えた。
現在二つの公爵家の娘と縁談が進行中というが、それは大丈夫なのかと訊いてみた。
「ああ。
ザイフェルトに聞いたのか。
そうだ。
次の代で王位を狙う腹だな。
そのために、正妃の座が欲しいのだ。
そうでなくても、最初に後宮に入れば好き放題できるからな。
だからやつら、ほかの縁談はつぶしにかかっているらしい。
だが国外の相手には、さすがに影響力も及ぶまい。
後宮を有力公爵家に牛耳られるのはかなわんと思っていたのだ。
ゴリオラの姫なら正妃に迎えることができる。
やつらあわてるだろうな」
あわてさせてはいかんのではないかと訊いた。
「いかんことはないが、多少帳尻は合わせておくか。
シャンティリオンに王位継承権を与えてやろう。
王位継承権の付与は王の専権事項でな。
元老院が推薦審議承認して、王に決裁を仰ぐのだ。
大いなる名誉でもあり、何より万一の場合には王位に手が届く。
陛下と俺が二人とも急死した場合は、シャンティリオンが一番ましだと陛下がおっしゃっておられたから、ご同意くださるだろう」
両国の王の意向はどうなのかと訊いた。
「ゴリオラの皇王陛下にとっては、願ってもない話だろうな。
あの国とうちとは、それぞれ目先の問題が山積している。
下手な高位貴族と縁戚になって相手の事情に巻き込まれるのは願い下げだ。
だが、相手が俺なら話は違う。
何しろ、次の次の王の外戚となれるチャンスなのだ。
うちにとっては一長一短だな。
母后の身分が低いらしいし、末姫で王位継承権も低いから、パルザムがゴリオラに介入する口実にはなりにくい半面、こちらも相手に口出しされにくい。
だから本人の資質が問題になる」
ではシェルネリア姫をどうみたのか、と訊いてみた。
「あれはなかなかだな。
侍女と話をする振りをして料理や準備への感謝を伝えてきたり、さりげなくこちらの体調を気遣ってみせた。
容姿も美しい。
じいを仲立ちに使う老獪さも気に入った。
ジュールラントは大いに姫のことが気に入っていた様子だと伝えてくれ。
しかし、じいが恋の橋渡しとはな。
似合わんな」
この老骨をこき使っておいて似合わんなとはずいぶんな物言いじゃ、と独りごちると、ジュールラントは大声で笑った。
第三日の競技が終了したあと、バルドの部屋で懇談することになった。
飲食物は出さないことにした。
出すことにすると両国の毒味係がずらっと並ぶことになるらしい。
冗談ではない。
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第三日の競技は打撃武器部門だ。
今日の武具置き場は実ににぎやかである。
バトルアックス、バトルハンマー、クラブ、フレイルなどが所狭しと並べられているからだ。
バトルアックス一つをとっても、さまざまな形のものが置いてある。
長柄のものはないようだ。
しいていえばフレイル系が射程が長い。
バルドは誘惑に耐えきれず、審判の許しを得て近くで見た。
さわるのは禁止されたが、一番大型の棍棒など、本当に持ち上がるのかどうか持ってみたかった。
なんとその超大型棍棒を選んだ出場者がいた。
パルザム王国の騎士だ。
彼の初戦の相手は片手に盾を持ったモーニングスター使いだった。
愚かにも、巨大棍棒の一撃を盾で防ごうとして盾を吹き飛ばされた。
手首もひどい損傷を受けているだろう。
それでもモーニングスターを振り回して攻撃を加えた。
巨大棍棒戦士は星球をかわしもせず棍棒を持ち上げ、振り下ろした。
その一撃は相手の兜を直撃した。
相手はくずおれて動かなくなった。
主審はただちに巨大棍棒戦士の勝利を宣言し、薬師を呼んだ。
幸い一命は取り留めたようだ。
結局、巨大棍棒戦士が優勝した。
準優勝は、二つのバトルアックスを使うゴリオラの騎士だった。
8
夕刻。
バルドの部屋である。
テーブルの向こう側に、バルドと向き合って、ジュールラントとシェルネリアが座っている。
部屋の四隅には、パルザムの騎士が一人、ゴリオラの騎士が一人、ゴリオラの侍女が一人、そしてジュルチャガがいる。
非常に手狭な感じがするが、これが最低限なのだ。
部屋の外には両国の騎士や薬師その他がずらっと並んでいる。
今日の会談では、ジュールラントはバルドと話をする。
シェルネリアもバルドと話をする。
ジュールラントとシェルネリアは直接会話をしない。
つまり、二人はそれぞれバルドと話しただけであり、ジュールラントとシェルネリア姫が会談をしたわけではないのだ。
「じい。
リンツからヤドバルギ大領主領あたりまで旅をしたそうだな。
辺境の山谷を越えての旅は大変だったろう。
山や木の様子は南と北では違うものなのか」
とジュールラントが訊いてきた。
分かったように言っているが、ジュールラントもついこの前まではヤドバルギ大領主領などというものは知らなかったはずだ。
パルザムに行ってから相当勉強したのだろう。
バルドは、山の形はさほど違うとも思わなかったが生えている木は北にいくほどまっすぐ伸びる葉の細い木が多いように感じた、と答えた。
「ふむ。
では、咲く花も南と北では違っておるのだろうな。
南の花を北に植えるのはどうなのか」
これはバルドへの質問にみえて、そうではない。
気候も文化も違うパルザム王国に嫁ぐ気はあるか、そこにどんな問題があるか、とシェルネリアに問い掛けているのだと思われる。
だからバルドは、花によりましょうな、と答えるにとどめた。
「バルド様。
ドリアテッサは、あなたさまとご一緒のときは、毎日すばらしくおいしい料理が食べられたと申しておりました。
北と南では、料理の味は違うものなのですか」
と、今度はシェルネリア姫が訊いてきた。
バルドは少し丁寧に答えた。
同じ魚でも棲む川によって味は違う。
塩も採れる場所で味が違う。
地域によって料理の仕方も好みの味付けも違う。
オーヴァの西のことは知らないが、大きく南と北で離れていれば、料理の味は相当に違うはずだ、と。
「バルド様は、どこに行っても、違うお味にすぐ慣れることがおできになりますか」
少し考えてから、実例を挙げて返事をした。
エグゼラ大領主領では、麦粉を錬って焼いたパンではなく、プランの実を水で炊いたものがよく食される。
風味に癖があり、時間をおけばすぐ固くなるなど欠点もあり、初めはまったくおいしく感じなかった。
だがあるとき、うまいと思える炊きプランに出遭った。
そうしてみると不思議なもので、その地の料理を食すのに、プランが一緒でなければ物足りなくなってしまった。
プランで作った酒がいっそう美味に感じられるようになり、その地の料理の味を最も引き立てるのはプラン酒だと知った。
そうしたあれこれから、その土地にはその土地に適した食材があり、料理方法があると思うようになった。
また、その土地の酒は、その土地の料理とともに味わうのが最もよいと思うようになった、と。
「まあ、素敵なお話ですこと。
わたくしも、新しい土地に行って、その土地のやり方で、その土地の料理を味わってみたいですわ。
初めはとまどうかもしれませんが、きっとしばらくしたらその味が分かるようになると思いますの。
それにね、バルド様。
これはずっと先のことですけれど、その土地の食材にわたくしの国の味付けをしたら、新しい料理が生まれるかもしれませんわね」
この言葉を聞いて、ジュールラントがにやりと笑った。
やはりこの姫は、おとなしく夫のいいなりになるだけの姫ではない、とおもしろがっているのだろう。
それからしばらく話は続いた。
バルドにとって意味の分かるやりとりもあったし、分からないやりとりもあった。
非常に面倒な間接会話だが、お互い知りたかったことを知り、伝えたかったことを伝えたようだ。
二人を送り出したときには、バルドは疲れ切っていた。
焼き酒を喉に流し込み、角砂糖をかじりながら、あの世界に順応しきっておるジュールランはさすがだわい、と思った。
イラスト/マタジロウ氏
1月16日「第四日模範試合」に続く




