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辺境の老騎士  作者: 支援BIS
第3章 辺境競武会
56/186

第1話 ジュルチャガは語る(前編)




 1


「バルド殿。

 間に合ってよかった。

 競武会の前日には外門を閉ざしてしまうのです。

 ジュールラント王子は明日ご到着なさると連絡がありました」


 パルザム辺境騎士団長ザイフェルトは、そう言った。

 パルザムからまっすぐ東北方向に進めばロードヴァン城に着く。

 ただしその距離は大きく、あいだには砂漠や草原、亜人や野獣のテリトリーがある。

 人の住む地域をたどりながら移動しようと思えば、いったん北上してから東に進み、セイオン、テューラ、ガイネリアなど、中原の古き国々を通ることになるという。

 バルドにとっては、かすかに聞き覚えがあるかどうかというほどの、縁遠い国々だ。

 ジュールラントは、これらの国々に寄って、あいさつかたがた軍事と通商に関わる交渉をいくつかこなしていたが、その最後のものがつい数日前に終わったらしい。


 ザイフェルトはバルドに手厚く礼を述べた。

 その一つは、ゲルカストとの関係を悪化させずに済んだことである。

 ゾイ氏族は大族である。

 しかもその遊牧コースは人間の通商路を横切っている。

 というよりも、パルザム王国の伸長にともない、ゾイ氏族の縄張りにまで通商路が伸びてきたのだ。

 ゾイ氏族と敵対関係にでもなれば、大問題だ。

 ましてその原因が辺境騎士団員の非道にあるとなれば、団長の職を辞するぐらいではとてもつぐなえない失態である。

 ザイフェルトが申し込んだ決闘はまだ受諾されていなかったから、結局なかったことになった。

 エングダルたちはわざわざロードヴァン城に立ち寄り、人間にも優れた戦士がおり、うまい酒食があることを知った、と告げて去った。

 それだけではない。

 族長エングダルは、


「いつかンゲド・バルド・ローエンは、ゾイ氏族に酒と肉を食いにくるだろう。

 そのときバルドは、騎士ザイフェルトを誘うに違いない」


 と言ったという。

 これはザイフェルトをゾイ氏族の居住地に招待したも同じである。

 ゲルカストが人間を酒食の席に招くなど、驚天動地の出来事といってよい。

 騎士団員の犯した罪により起きたはずのゾイ氏族との対立を収めたばかりか、最大限の好意を引き出したのだから、ザイフェルトは辺境騎士団長として大いに面目をほどこしたことになる。

 ゲルカストの少女イチェニケミは、仇である騎士ガープラの髪を切って持ち帰った。


 もう一つは、騎士マイタルプの変化についてである。

 ジュールラント王子の進める改革に最も批判的であったマイタルプの態度が、ころりと変わった。

 ザイフェルトに対する反抗的な態度は影をひそめ、腹を割って話ができるようになった。

 これも相当にバルドの感化を受けてのことだとザイフェルトは感じているようだ。

 もう一人の同行者である騎士ラホリタは、バルドの英雄ぶりを吹聴しすぎて、やや顰蹙(ひんしゆく)を買っているらしい。


 もっともバルドにいわせれば、ザイフェルト自身のふるまいがゲルカストや騎士団員から信頼を勝ち取ったのであり、バルドもその恩恵を受けている一人ということになるのだが。


 ところで、ゴリオラ皇国の代表者は皇王の末姫である。

 未婚の若い王族同士が顔を合わせることになる。

 そこに何らかの意味を感じるべきだろうか。


 そう訊いてみたところ、婚姻の可能性を検討しているなら、むしろ事前に本人同士を会わせないだろう、とザイフェルトは言った。

 また、この競武会は、見合いの場とするにはいささか華が足りないらしい。

 片方の主催者代表が男であれば他方を女性にするのはよくある話で、珍しいことではないという。

 そうすれば、どちらが主導権を握るかが明白であるため、もめごとが起きにくいらしい。

 さらに聞いてみれば、婚姻は微妙な情勢だとも分かった。


 パルザム王国は西側の強国を打ち破って属国化したため、そのさらに西側の大国との緊張関係が高まっている。

 ゴリオラ皇国は北側の大国に戦勝して領土を削った直後で、再び戦端が開かれる可能性は高い。

 つまり今のところ、パルザム王国とゴリオラ皇国は直接争いたくない点で思惑が一致している。


 だが、そもそも両国は国境を接しているわけでもなく、直接には戦争をしたこともない。

 近年両者とも版図を拡大してきているから、やがては大陸中央部の覇権を賭けて争う日が来るかもしれないが、今すぐに婚姻を担保に相互不可侵条約を結ばねばならない理由もない。


 両国の友好のしるしとするにしても、国内の有力者に嫁がせた姫に比べて末姫は母親の身分が低すぎる。

 つまりあちらから持ちかける縁談としては不適当なのだ。


 ではパルザムのがわはどうかというと、今、二つの公爵家が自家の姫をジュールラント王子の妃にしようと動いている。

 それを出し抜くかのように他国の姫との縁談を進める者がいるとは考えにくい。

 今回の競武会の主催や、諸都市、諸国の視察と交渉などで実績を積んだあと、立太子式が行われる見込みだ。

 まずはそちらが優先でしょうな、とザイフェルトは言った。






 2


 ジュールラント王子は到着した当日、両国騎士団の幹部のあいさつを受けたすぐあとに、バルドを呼び出した。

 バルドは、知らなかった事実を一つ教えられた。


「じい。

 元気そうで何よりだ。

 じいが旅に出るという手紙を寄越したあと、母上がガリエラ殿を呼び出した。

 そして、あのかたは今までテルシア家に尽くしてくださり、やっと自分のために生きようとなさっているのだから、気持ちよく送り出してほしい、と頭を下げたのだ。

 ガリエラ殿も皆も、伯父上が亡くなられてからじいがすっかり老け込んだのを心配していた。

 旅に出て元気になってくれればいいと、皆考えたのだ。

 だから、シーデルモントを行かせたのは、実のところ別れのあいさつをするためだった。

 うれしかったぞ、リンツ伯の屋敷で大暴れするじいを見て。

 皆もその話を聞いて、大いに喜んだ」


 ジュールラントが伯父と呼ぶのは、辺境の名家テルシア家の先代当主ヴォーラのことである。

 ジュールラントの母はヴォーラの妹であるから、現当主ガリエラからいえば叔母にあたる。

 バルドが、四十年にわたって仕えたテルシア家に引退を願い出て旅に出たのは二年前のことだ。


  姫がそんなことをのう。

 

 アイドラの思いやりと、それを受け止めてくれたガリエラに感謝の念を覚えた。

 だが、ガリエラもシーデルモントもジュールラントも、自分に期待しすぎる、と苦笑いした。

 元気なころのバルドの印象が強いためだろうが、年を取れば体力も気力も衰えるものなのだ。


「そうか。

 養子を取ったのか。

 カーズ・ローエン。

 じいの直弟子といえるのは、私とシーデルモント・エクスペングラーの二人だ。

 お前は、私の弟分ということになるな。

 これからは私を兄と思うがよい。

 む?

 じい、何を笑っている。

 ああ、それとじいの屋敷は手つかずで残してある。

 金貨は一時借りた。

 武具は手入れがいるから、貸し出してある。

 屋敷は若い騎士を住まわせている。

 カーズを連れて、一度テルシア家にあいさつしておくとよい。

 私からも手紙を書いておこう」


 バルドはジュールラントにカーズの元の名前も経歴も語らなかった。

 ジュールラントも聞こうとしなかった。

 こういうやり取りが、バルドには心地よかった。


「せっかくこの時期に居合わせたのだから、競武会が見たかろう。

 主催者権限で、じいとカーズを招待国代表として迎える。

 今は二か国開催だが、昔はいくつもの国の辺境騎士団同士が武を競ったのだ。

 選手団を派遣する国以外も、招待という形で参加できる。

 大領主領は国扱いできる慣例だからな。

 ジグエンツァ大領主領代表だ。

 招待国は、見るだけではない。

 順位は取れないが、各部門の優勝者と模範試合ができる。

 じいは第四部門に、カーズは第五部門に出よ。

 うむ。

 これは楽しみになってきたな。

 シャンティリオン」


「はっ」


 と答えたのは、この部屋に唯一残る護衛だ。

 シャンティリオン・グレイバスター。

 かつてザイフェルトとともにバリ・トード勅使の護衛にあたった騎士だ。

 バルドとも面識がある。


「お前から見て、カーズ・ローエンは、どうだ」


 どうだとは、どのくらい強いか、ということだ。

 わざわざ聞くということは、かなり強いようだとジュールラントはふんだのだ。


「分かりません。

 読めない強さです」


「ほう。

 お前にそんなふうに言わせるとは。

 これはますます楽しみが増えた。

 じいも知っての通り、第五部門の出場者が一人空席になった。

 おおっぴらに選考をやり直すのもはばかられる事情だったのでな。

 このシャンティリオンを出すことにした。

 新しい近衛隊長の腕を見たがった王子のわがまま、ということにする」


 ジュールラントが飛燕宮のあるじになるにともない、シャンティリオンは近衛隊の隊長に任じられ、王ではなくジュールラント王子の護衛を務めることになった。

 これにはいささかの事情がある。


 グレイバスター伯爵家は、アーゴライド公爵家の分家だ。

 アーゴライド公爵家は、先代王の次に王を出すはずだった家だ。

 つまり戦死した王太子はアーゴライド家の血筋だったのである。

 ところが王太子と王が相次いで死に、ウェンデルラント王が即位した。

 そのため、莫大な戦費を負担したにもかかわらず、アーゴライド家は自派の王を得ることができなかった。

 そればかりか、王太子の母は、息子が王にならないままだったので、後宮で最高の権勢を持つに至らなかった。

 元老院ではアーゴライド家に配慮して、いくつかの魅力ある地位を提案した。

 そのうちの一つが近衛の隊長である。

 ごく身分の高い貴族にふさわしい地位ではないが、宮廷の各方面に影響力があるし、人脈を作ることができる。

 また、元近衛隊長ならば、いずれ大きな戦が起きたとき、大軍を率いる将軍にもなれる。

 むろん実力のない若輩者を就ければ笑いものになりかねないが、幸いアーゴライド公爵家の分家にシャンティリオンという人物がいた。

 高貴な血を引きつつ、圧倒的な剣の技を持つ剣士だ。

 王は、ジュールラント王子の護衛についてくれるなら承認すると言った。

 立太子が確実視されている人物だし、王の代理を命じられた王太子の護衛を近衛隊長が務めるのは不自然でもない。

 こうして若き近衛隊長が誕生した。

 一定の年限近衛隊長を務めたあと、枢密院がさらに提供した顕職に就き、その時点でアーゴライド本家に入るだろう。


 ザイフェルトは、そんなシャンティリオンを心配している。

 万人に一人の剣才を持つ若者であり、気性もまっすぐだ。

 ただ、血筋が良すぎる。

 グレイバスター家自体格式の高い家だし、アーゴライド家となればなおさらだ。

 シャンティリオンの周りには、彼におもねる輩ばかりが集まっている。

 このままでは、剣も心もゆがむ。

 奥行きのない、薄っぺらで頑なな騎士になってしまう。

 ザイフェルトは、そうバルドに打ち明けたのだった。


 気軽に他国人に話してよい話ではない。

 ザイフェルトはよほどバルドを信頼しているということだ。

 よい助言がすぐに浮かぶわけでもないが、事柄の重さを理解しようとしながら、あいづちを打った。

 とにかく、競武会でのシャンティリオンの剣筋をみてみなければならない。


 それにしても、競武会を観戦できるのはうれしいが、この老体に戦わせるとはひどい話である。

 ジュールめ、相変わらずいたずらっ子じゃのう、とバルドは苦笑した。






 3


 部屋に戻るなり使いがあり、両国騎士団長があいさつに来ることになった。

 やって来たのは、ゴリオラ皇国辺境騎士団長タイデ・ノーウィンゲと、副団長ケーバ・コホウ。

 それに、パルザム王国辺境騎士団長ザイフェルト・ボーエンと、第一大隊長マイタルプ・ヤガン。


 さきほどまで、バルドの立場は、パルザム国王が招いている賓客だったので、ゴリオラ皇国には関係がなかった。

 それが今や、競武会の招待国代表となったので、実施責任者たる両騎士団長があいさつに来たのだ。


 マイタルプが紹介役を買って出て、まずタイデとケーバをバルドとカーズに紹介した。

 次にバルドとカーズを二人に紹介した。

 それからタイデとケーバが、あいさつをしたのだが、どうも妙な感じだった。

 特にケーバのあいさつは奇妙だった。


「副団長シヤラト子爵ケーバ・コホウにござる。

 名高いお二人にお目もじかない、光栄の極み。

 拙者いささかバトルハンマーを使いおります。

 失礼ながら、ゴドン・ザルコス卿は、いずこに」


 ゴドン・ザルコスは旅を終えて領主としての務めに励んでおりますわい、とバルドは答えた。

 答えながら、頭には疑念が渦巻いていた。

 名高いお二人、とはどういうことか。

 なぜ、ゴドン・ザルコスのことを知っているのか。

 ザイフェルトが、何か言いたいことがありそうな様子だった。

 精霊に惑わしの粉を掛けられる、という言い回しがあるが、まさにそんな気分だった。





 4


 ロードヴァン城の食事は悪くなかった。

 一番驚いたのは、牛肉だ。

 城は外壁と内壁の二重構造になっており、外壁と内壁の間では野菜が作られ、牛と馬と豚と羊が飼われている。

 オーヴァの東でも牛は見かけるし食べるが、基本的に労働力であるので、食べるのは老いて死んで硬くなった肉だ。

 ここではなんと、乳を採り肉を食うために牛を飼っているのだという。

 血の滴るたっぷりの焼いた牛肉は、ひどくバルドの気に入った。

 牛肉は肉の王であると王都ではいうらしい。

 本当にそうだと思った。

 ところが、この肉でさえ、乳を採るための牛だから肉質では二級品、三級品なのだそうだ。


 ジュールラントが到着した二日後に、ゴリオラ皇国の一行が到着した。

 少人数だと聞いていたが、馬車二十数台と騎馬五十名近く、徒歩の者はその倍ほどもいた。

 大集団だ。

 その大集団は、北側の門から外壁の中に入ると、さらに北の内門をくぐった。

 そこには城の別棟がある。

 ゴリオラ皇国側は、別棟をまるまる使用するのだ。

 食料もすべて持参し、料理人も下働きも、すべて自国から連れてきている。


 いかにも貴族然とした美少年が、バルドたちの所にやってきて、


「よっ」


 と片手を上げてあいさつをした。

 ジュルチャガだった。


 もともとジュルチャガは整った顔立ちをしているのだが、何しろ薄汚い。

 髪はざっくり切ってあちらこちらに跳ね上がっているし、顔はいつもほこりにまみれている。

 着る物も粗末である。

 手足は細く、全体に痩せていて、どうみても下級平民なのだ。


 それが今や、こけていた頬はふっくらとして、顔全体がつやつやしている。

 そのため、そうでなくても童顔であるのが、さらに若くみえる。

 髪は美しく切りそろえられ、丁寧になでつけられている。

 油でも乗っているのか、淡い黄色の髪が、明るい金髪に変わっている。

 目元がくっきり見えるため、薄茶色の大きな目が、くりくりと印象的だ。


 しかし最大の変化は何といっても、服装だ。

 これは平民の着てよい服ではない。

 身分も高く金もある貴族の子弟が着るような服だ。


 ジュルチャガは盗賊だ。

 バルドの住んでいた辺りでは、〈腐肉あさり(ゴーラ・チェーザラ)〉の二つ名で、それなりに知られた悪党だ。

 それが、なぜかバルドの一人旅にくっついてきた。

 同じく押しかけ同伴者のゴドン・ザルコスと三人旅をしていたところ、危機にあった女騎士ドリアテッサを救うことになった。

 バルドに恩義を感じているらしい剣士のカーズ・ローエンが一行に加わり、ドリアテッサを手伝って大赤熊の魔獣を倒した。

 その後ゴリオラ皇国に錦を飾るドリアテッサに、連絡係としてジュルチャガを同行させた。

 おそらくドリアテッサは魔獣を倒した功績で、辺境競武会出場者になれたのだろう。

 だからゴリオラ皇国からの出場者たちとともにジュルチャガがここにやって来たのは納得できる。


 だが、この格好はいったいどうしたことか。

 どこで盗んだ服かしらないが、問題はこんななりをしていることを、同行者たちが許したらしい、ということだ。


 この男はいったいゴリオラ皇国で何をやっていたのか。

 いろいろ聞かせてもらわねばならないようだ。






1月4日「ジュルチャガは語る(後編)」に続く

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