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辺境の老騎士  作者: 支援BIS
第2章 新生の森
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第3話 盗賊団討伐(後編)



 3


 二日目は少し距離を稼いだ。

 案内人のコルチ青年とその馬は、よく頑張って遅れずについてきた。

 夕方には峠の上から北の村が望める位置まで来た。

 バルドは、峠を下った川のほとりで野営することにした。

 ジュルチャガに火の用意を命ずると、ドリアテッサが驚いて訊いてきた。


「バルド殿。

 火など焚いて大丈夫なのか。

 賊に見つかりはしないだろうか」


  見つかるかもしれんのう。

  じゃが、見つからんかもしれん。

  そこを心配して火を焚かねばどうなる。

  冷たい食べ物ではじゅうぶんに体力を養えぬ。

  もう秋じゃからのう。

  火を焚かねば夜は相当冷えるぞ。

  体力も落ちるし、体が冷えれば普段通りの力は出せぬ。

  こういうときこそゆっくり食事を取り、暖を取るのじゃ。

  そうすれば仮に襲われても、存分に戦える。

  それにの。

  煙が一本じゃから少人数と分かる。

  あちらは大人数じゃろうから、その利を捨てて夜の森に踏み込んではこんじゃろう。

  ドリアテッサ殿。

  一度決めたらあとはくよくよ考えぬことじゃ。

  心と体をくつろがせるがよい。


 ドリアテッサはうなずいた。

 そして、手に持ったスープのぬくもりを味わった。






 4


 結局夜襲はなかった。

 偵察も来なかったと、ジュルチャガとヴェン・ウリルが言った。

 この二人が言うのだから、そうなのだろう。

 夜が明けかかるころに一行は出発し、少し迂回(うかい)しながら村に近づいた。


 さて、どうしたものかのう、とバルドは考えた。

 ここまで来てみたが、作戦はまだ立てていない。

 そもそも相手の人数や装備が分からない。

 考え込んでいるバルドを見てジュルチャガが言った。


「あれ?

 何で考え込んでんの、旦那。

 リンツのときは、槍や剣を持った十二人の兵士を一人であっという間にたたき伏せたじゃん。

 旦那は武器も持ってなかったのに」


 その話を聞いて、ゴドンとドリアテッサは、おお、さすがは、と目を輝かせている。

 バルドは苦笑いをした。

 あのときとは状況が違う。

 あれは人数の差が生かしにくい室内でのことで、相手は飛び道具を持っていないと分かっていた。

 敵を見定めて、力を見せつける戦い方をすれば萎縮する相手だ、と読んだのだ。

 何より、あのときはジュールランにかすり傷もつけないことが最優先だった。

 バルド自身は死ぬほどの傷を受けてもかまわなかったのだ。

 だからこちらの損傷は度外視して、相手をたたき伏せ戦闘力を奪うことだけを考えた。


 今は、そこまで捨て身の戦い方をする理由はない。

 だいいち、わざわざ北の村にこちらから出向いたのは、守るより攻めるほうが戦いやすいからである。

 敵の人数が多ければ、分散させて順番にたたけばいい。

 何も馬鹿正直に正面から当たるばかりが戦いではない。


 ペルジャグは、賊は四十人以上いると言った。

 それは少し多すぎる。

 いきなり襲われた側は相手の人数を多く感じてしまうものだ。

 とはいえ、本当に四十人以上いる可能性もないとはいえない。

 バルドはジュルチャガに偵察を頼んだ。


 ジュルチャガは、あいよっ、と軽く返事をして草むらに消えた。

 そしてひどく短い時間で帰って来て、険しい顔で報告した。


「いくつかの家に分かれてた。

 一番大きな家に、十五人かもうちょっと。

 半分ぐらいまだ起きてる。

 次ぐらい大きい家三つに、それぞれ五人ぐらい。

 こっちはみんな寝てる。

 それと別に、大きい家の横の使用人小屋に、女の人が何人か閉じ込められてる。

 あと、別の小屋に男の人も何人か閉じ込められてる。

 あいつら、一番大きな家で、女の人たちにひどいことしてるんだ!」


 それでは敵の人数は三十人かそれ以上ということになる。

 しかも人質がいる。

 バルドは作戦を考えようとしたが、ふと見るとヴェン・ウリルが馬の上にいない。

 徒歩で村に行ったようだ。


 バルドは、コルチ青年にヴェン・ウリルの馬を預け、この場で待っておれ、と命じた。

 ゴドンとドリアテッサには、音を立てずに馬を歩ませよ、と命じた。

 せっかくヴェン・ウリルが密かに急襲しようと考えているのだから、邪魔はするべきでない。


 少し進んだとき、村のほうから激しい物音と怒声が響いてきた。

 女の悲鳴も上がっている。

 もう静かに進む必要はない。


  走れ!


 と皆に声を掛けると、まだ手綱を打ってもいないのにユエイタンは突進を始めた。

 この馬はいつもこうだ。

 命令されることを嫌い、その代わり、命ぜられる前に察して動く。


 三つの家から賊が飛び出して、大きな家に向かっている。

 弓矢を持っている者はいない。

 槍を持っている者が二人いる。

 賊たちのあいだを突っ切り、槍を持った賊の手に切りつけた。

 そして奥まで駆け抜けてから反転した。

 馬に乗った戦士は徒歩の人間には脅威だ。

 大柄な人馬が刀を振り上げて襲ってきたことで、賊たちは動揺している。


 賊たちに再突入しかけて、やめた。

 ドリアテッサが駆け込んで来たからだ。

 このクリルヅーカという馬は、なかなかに速い。

 ドリアテッサは、まず槍を持った賊に斬りつけて戦闘力を奪った。

 賊どもも必死で反撃を試みるが、ドリアテッサは馬を上手に操って反撃をさばいている。

 たまさか鎧に当たる攻撃があっても動揺せず、一人ずつ着実に倒している。


  ふむ。

  魔獣との戦いで一皮むけたようじゃのう。

  堂に入った戦いぶりじゃわい。

  とても実戦を知らぬまま騎士になったとは思えん。

  襲ってきた味方を殺したのをのぞけば、人を斬るのも初めてじゃろうにのう。


 ゴドンも来たし、ドリアテッサの手柄を奪う必要はない。

 ゴドンも心得たもので、賊どもの馬がつながれた場所の前に回り込んでいる。

 逃げ足を封じる心算だ。

 バルドは馬を下りて、大きな家に向かった。


 扉は蹴破られている。

 中に踏み込んだ瞬間、濃密な血の匂いが鼻を突いた。


 死んでいる。

 死んでいる。


 十六人の賊が死んでいた。

 そこら中に手や足や首が斬り飛ばされて転がっている。

 あられもない姿で女たちが五人、血の海の中にがたがた震えてうずくまっていた。

 女たちは、恐怖のまなざしで、ただ一人立つ男を見ている。


 返り血を浴びたヴェン・ウリルが立っている。

 血まみれの魔剣を持った手をだらりと下げて、立っている。

 目はうつろだ。

 全身からすさまじい虚無感がただよっている。

 バルドは衝撃をうけた。


  な、何じゃ、これは。

  この魂の抜けたような木偶(でく)の坊が、あのヴェン・ウリルなのか。

  あの素晴らしく俊敏で、生き生きと戦いを楽しむ男はどこにいった。

  この惨状はどうしたことじゃ。

  切り口には技の冴えなどみじんもない。

  ただ切り刻んでいるだけではないか。

  このむごい殺し方を、本当にヴェン・ウリルがしたというのか。

  だとすれば。

  だとすれば。

  わしは、この男をまるで見違えておった。

  あの飄々(ひようひよう)とした姿の奥に、こんなにも深い絶望を抱えておったのか。


 そのときバルドには、ヴェン・ウリルに取り憑いた大きな赤い鴉がはっきりと見えた。

 だが今は、先にするべきことがある。

 とにかく村人を救助しなくてはならない。

 女は多くが生き残っていることが分かった。

 男は八人が生き残っていた。

 縛られて放置されていたので、ひどい状態だった。


 そうこうしているうちに、ボーバードの役人が兵士を連れてやって来た。

 これ幸いと死体の処理を任せ、責任者の役人にバルドは詰め寄った。

 守護契約を結び十日ごとにしていた巡回を三十日以上にわたり行わなかったばかりか、盗賊団に襲われたという訴えを十日近くにわたり放置したのはいったいどういう所存かと。

 役人は、見るからに動揺しながらも、貴殿の知ったことではないと突っぱねたが、ドリアテッサがゴリオラ皇国の騎士にして子爵であり、ファファーレン侯爵の娘であると知ると、うなだれて事情を話した。


 ヴォドレス侯爵家の騎士たちのしわざだった。

 彼らは、しばらく二つの村で変事があっても関知しないよう、ボーバード領主に脅しをかけたのだ。

 ボーバード領は経済的に豊かで兵士も多く養い、実力は高い。

 他国の騎士から脅しをかけられるいわれはない。

 だが、ボーバード領主には、いつかゴリオラ皇国の貴族となりたいという野望があった。

 そこを突かれて協力を強要されたのだ。

 そもそもドリアテッサがボーバードを魔獣討伐の拠点とした理由もそこにあるのだ。

 事情を知ったドリアテッサは、顔面を蒼白にした。


 バルドは役人に、盗賊を退治した報奨金はあるのかと訊いた。

 あるとの答えだったので、すべての報奨金はこの村の者に与えること、盗賊たちの残した装備その他は村の財産とすることを役人に約束させた。


 バルドはドリアテッサに指示して、村人の生き残りに説明させた。

 ペルジャグが無事ボーバードに着き、そのあと南の村に向かったこと。

 南の村がわれわれ居合わせた騎士に、盗賊を退治するよう懇願したこと。

 南の村が派遣したコルチ青年がバルドたち一行をここまで案内したこと、などである。

 これで南北の村は友誼を深め、村の再建に向けて力を合わせやすくなるだろう。






 5


 途中森で一泊して南の村に帰った。

 顛末を村長に報告し、預けてあった荷物を引き取ると、引き留める村人を振り切って一行は出発した。

 食事のあと、野営の火のそばで、ぽつりとドリアテッサは語り始めた。


 ドリアテッサが魔獣を狩りに出るについて、シェルネリア姫の姉姫エルザが協力を申し出てくれ、母の実家であるヴォドレス家の騎士が力を貸してくれることになった。

 このエルザ姫は、少し前に婚約が調ったのだが、これをめぐって風聞がある。


 婚約相手は伯爵家の跡継ぎで若く有望な青年なのだが、もともと皇王はこの青年をシェルネリア姫の結婚相手にと考えており、シェルネリア姫が断ったため、エルザ姫におはちが回ったという噂だ。

 ドリアテッサはこれが事実であることを知っている。

 ヴォドレス家が快く思わなくても無理はない。


 また、今回辺境競武会に国の代表としてシェルネリア姫を派遣するのは、パルザム王国の騎士から結婚相手を選んでよいという含みだという噂もある。

 これもまったくの事実であることをドリアテッサは知っている。

 さらに、パルザムの騎士と結婚する場合でも姫をよそに出す気などなく、シェルネリア姫のために新たな侯爵家を立てて入夫させるおつもりなのではないか、と取りざたされている。

 これも事実であることをドリアテッサは知っている。

 しかも、侯爵家ではなく公爵家を立て、それも皇宮の敷地内に新たに屋敷を造るという話を聞いている。

 これはけたはずれの厚遇であり、少し異様な感を覚えるほどだ。


 商家の血を引く末姫にだけこんな特別扱いをして、エルザ姫やその実家が愉快なわけはない。

 とりわけ、エルザ姫の母であるマリエスカラ妃は激しい憎しみをシェルネリア姫とその母妃に抱いているというのだ。


 だからヴォドレス家の騎士たちに襲われたとき、ドリアテッサは赤い花と白い花のどちらを恨めばよいか、と騎士ヘリダンに訊いた。

 騎士ヘリダンは、赤い花だと答えた。

 すなわち、マリエスカラ妃のことだ。

 白い花はエルザ姫を指す。

 実はこのときドリアテッサが一番恐れていた答えは、どちらでもない、という答えだ。

 だとすると黒幕はヴォドレス侯爵その人である可能性が高くなる。

 ヴォドレス侯爵が黒幕であれば、事は二つの侯爵家の全面戦争に発展しかねない。

 逆にマリエスカラ妃の独断であれば、ヴォドレス侯爵が事を収めに回ってくれる。


 そこまで話してから、ドリアテッサは黙り込んでしまった。

 うつむいたまま、何事かを考え込んでいる。

 その表情は暗い。

 バルドは、ドリアテッサが何を考えているか、およその見当がつく気がした。


 赤い花だと聞いて、ドリアテッサは安心していた。

 ところが、予想もしないところに被害をこうむった民がいた。

 一つの村が人口の半分を失うという惨劇が起きていたのである。

 ヴォドレスの騎士たちが筋違いの干渉をしなければ死ななかった民たちなのだ。

 ドリアテッサを亡き者にしようとするヴォドレス侯爵家の思惑が、あの村を無防備にした。

 そこに盗賊たちは付け込んだのだ。

 ヴォドレスの騎士たちも、自業自得とはいえ、大きな痛手を受けた。

 魔獣の首を欲しがったドリアテッサに、一連の動きの原因はあるといえばある。

 おそらくドリアテッサは、今そんなことを考えている。


 不器用なおなごじゃのう、とバルドは思った。

 ドリアテッサの行動そのものに非はない。

 自分を責めるより、ヴォドレス家を憎めばよい。

 そうすれば、苦しまずにすむ。

 誰もドリアテッサを責めはしない。

 むしろドリアテッサのふるまいは、状況の中で最善を尽くしたものといってよい。


  じゃが、このおなごは、自分を責めることをやめまい。

  それは、死んだ民を(いた)む心を持っているからじゃ。

  そうじゃ。

  苦しむがよい。

  その苦しみから逃れようとしてはならんぞ。

  その苦しみを抱え続けていくことが、真の騎士になる唯一の道なのじゃ。


 ドリアテッサを見つめるバルドの表情は厳しく引き締まっていたが、その目には優しい光があった。


 それにしても。

 マリエスカラ妃とやらの憎しみは尋常ではない。

 ドリアテッサを殺したとして、それをどう報告させるつもりだったのだろう。

 死体も持ち帰らず、事故で死にましたと復命して済ませるには、ドリアテッサの身分は高すぎる。

 どう転んでも、ヴォドレス家は不名誉と問責をまぬがれない。

 そこに狂気のようなものを感じて、バルドは寒気をおぼえた。





10月19日「カーズ・ローエン」に続く

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