第8話 革防具職人ポルポ(前編)《イラスト:ジュルチャガ》
1
どうやらバルドは、古代剣にスタボロスという名を付けてしまったようだ。
その名で呼ぶと古代剣は反応し、青緑の光を放ち、驚異的な切れ味をみせてくれるのだ。
思い当たるふしはある。
最近、何か事があると左腰に吊った剣鞘にふれる。
死んだ愛馬スタボロスの皮で作った剣鞘だ。
愛馬にふれたような心持ちになり、心が落ち着くのだ。
魔獣と戦うときに、鞘にふれ、スタボロスの名を呼んだかもしれない。
当然、そのときには右手にこの古代剣を持っていたはずだ。
古代剣は、自分に与えられた名として、それを受け入れてしまったのだ。
つまり、スタボロスという名は、この古代剣の力を引き出す呪文となった。
しかもそれは、バルド自身が剣を手にしたときのみ有効な呪文だ。
ゴドン・ザルコスに剣を持たせていろいろ試してみたが、ゴドンが持っても古代剣はただのなまくらでしかない。
むろん、ゴドンで試しただけでは、バルド以外には使えない剣だと言い切ることはできない。
だが、バルドが生きているあいだはバルドしか使えないのではないか。
はっきりした根拠はないが、そんな気がする。
古代剣は、魔獣を相手にしたときは恐ろしい切れ味をみせたが、魔獣が近くにいないときは、光も弱いし切れ味もそれほどよくはない。
やはり、魔獣を相手取るために生まれた剣なのだろう。
それはいいのだが、バルドには、一つ気に掛かることがある。
古代剣が大きな力を出したあとは、ひどく疲れを覚えたような気がするのだ。
最初のときは、立っているのも難しいほど疲れた。
二度目のときも、そうだった。
今回も、頭痛とめまいが起きた。
ひょっとすると、この剣は、使い手の命を吸い取って力を発揮するのかもしれんのう。
気軽に使ってよい力ではない、ということじゃろう。
もっとも、ただの鉈に似た剣だとしても、重さや長さは今のバルドにとって非常に使い心地がよい。
また、ひどく頑丈だ。
ゴドンの壁剣に思い切り打ち当てたときも、傷らしい傷は付かなかった。
護身用に携帯するには、まさにうってつけの武器なのだ。
当面、テルシア家にこの剣を届けることは考えないことにした。
また、ジャミーンの勇者イエミテから聞いた魔獣を操る〈青石〉の存在も、あわててテルシア家に報告しようとは思っていない。
今のところ〈青石〉を入手するすべもないし、これ以上の何かが分かるまでは、知らせても意味がない。
自分で行く以外に知らせる方法もない。
こうした考え方は、一年前のバルドならしなかった。
物の見方や考え方が、だいぶ鷹揚になっているようだ。
それでよいわい、とバルドは思う。
あくせくするような年でもないし、あくせくするような旅でもないのだから。
2
クラースクの街に着いた。
エグゼラ大領主領の北の端に近い。
大きな街だ。
結局、エグゼラ大領主の直轄地には寄らず、東側の周辺部をぐるっと回ったことになる。
驚いたことに、街の入り口に関所があって、通行料を取られた。
20ゲイルだ。
ひもの付いた鑑札をもらった。
鑑札がないと、街の中で物を買うことも売ることもできず、宿にも泊まれない。
街を出るときには、鑑札と引き換えに10ゲイルを返してもらえる。
住民には無料の鑑札が、しょっちゅう出入りする人には長期期間用の鑑札があるという。
大陸中央の国々では街に出入りする人をいちいち改めると聞いていたが、こんな辺境の、しかも大領主の直轄領でさえない街で見るとは思わなかった。
街の中に入って、さらに驚いた。
リンツの街に負けないほどにぎわっている。
街の真ん中を幅の広い道が通っており、道沿いにはずらっと店が立ち並んでいる。
関所でも、こんなに大勢の人が出入りしているのかと思ったが、この人の多さと活気は圧巻だ。
旅人は街中で馬に乗ってはならない規則だというのもうなずける。
まずは宿を取った。
うれしいことに大きな湯殿があったので、バルドとゴドンは交代で荷物の番をしつつ入った。
食事は部屋に運んでもらった。
肉と野菜のスープと、焼いたツァールガ、それから炊き込んだ米だ。
エグゼラ大領主領では、あまりパンを食べない。
小麦が育ちにくい土地柄なのだろうか。
代わりにプランをよく食べる。
粉に挽かず、実をそのまま水で炊くのだ。
クラースクに着くまでの道々でバルドたちも炊きプランを食べた。
バルドはあまりプランが好きではない。
味がないし、ねばねばするし、すぐに固くなって顎が疲れるからだ。
だが、プランで作った醸し酒はすばらしい。
ツァールガは、背が青く細長い魚だ。
パクラの辺りでは見たこともない。
リンツでは食べたことがあるが、大きな川でないと獲れないと聞いた。
ここはオーヴァ川からは遠いが、大きな川が近くにあるのだろうか。
焼きたてでじゅうじゅうと音を立てるツァールガが運ばれてきた。
焦げ目がついている。
この時期のツァールガは脂ののりが最高じゃけんねえ、と店員が言ったが、まさにそうだ。
ざっくり振られた塩と、穀物を発酵させて作ったという甘辛いソースが、まことによく合う。
それだけではない。
バルドは、この日発見した。
ツァールガの塩焼きと炊きあげたプランは、実によく合う。
身を一切れプランの上に乗せ、一緒に口に運ぶ。
それぞれもおいしいし、ツァールガからしみ出たうまみとソースがからみついて、プランが何ともうまい。
しかもプラン酒が合う。
この組み合わせは魔力を持っている、といってよい。
じっくり味わいたいのだが、手が勝手に次々と料理を口に運んでしまうのだ。
気が付いたら、嫌いなはずの炊きプランを、三杯もおかわりしていた。
ここクラースクの炊きプランはふっくらして、みずみずしくて、甘くてうまい。
茶色っぽくなく、輝くように白い。
店員にそう言うと、
「そりゃあ、もう。
ご領主様が特産品にするいうて、近くの村いう村にプランを作らせとりますけんね。
いろいろご指導なさっとるいうて聞いちょりますよ」
聞けば、このクラースクの街の領主は、もとはザルバン国の伯爵だったという。
二十年前、ザルバンがパルザム王国に滅ぼされたとき、パルザム王に降ることをよしとせず、オーヴァの東に逃げた。
多数の領民が伯爵を慕って同行した。
エグゼラ大領主は伯爵を喜んで迎え、支援を与えたうえで大領主領北部への定住と開発を許した。
以来クラースクは発展を続け、今ではエグゼラの各地から人が集まる大きな街となった。
伯爵の孫が現在の領主だが、伯爵は今も健在だという。
3
革鎧を扱う店を教えてもらった。
びっくりするほど大きい店で、たくさんの鎧や革の武具が置いてあった。
店員を呼び止め、魔獣の毛皮を見せて、これで鎧をあつらえたいのだがと話し掛けた。
その店員は、しばらく毛皮を見てから、年配の店員に声を掛けた。
年配の店員は、難しい顔つきで毛皮を見て、お預かりいたしますと言って、奥に持って行った。
ややあって、バルドとゴドンは、店の奥に案内され、主人だという人物に引き合わされたのだった。
「当家の主人で、マリガネンと申します。
これは、川熊の魔獣の毛皮でございますね」
と主人が訊いてきたので、バルドはそうじゃと答えた。
「大変立派な物でございますね。
ご承知のように、魔獣の毛皮は非常に扱いが難しゅうございます。
当家には、残念ながら、これを仕立てられる職人はおりません。
しかしながら、当家と付き合いのある腕のよい職人がおりまして、その者ならお役に立てるかと存じます。
こちらでお仕立てを承りますと、手数料を頂くことになります。
まことにご足労ですが、この毛皮を直接職人の所にお持ちいただいてはどうかと考えるような次第でございますが」
商人として筋の通った言い分だと感心したので、そうさせてもらおう、と答えた。
わざわざ店員を案内につけて、その職人の家まで案内してくれた。
それはいいのだが、案内の店員が、どうも目つきが悪く、有り体にいえば堅気にみえない。
暴力の匂いを感じさせる男だ。
荒事専門の店員なのだろうか。
職人の家は、目抜き通りから相当奥に入り込んだ場所にあり、案内がなければとてもたどりつけないところだった。
案内の男は家の前で帰った。
戸をたたくと、若い娘が出てきた。
二十歳になるかならないかという年頃だろう。
バルドは訪問の目的を告げた。
「あら、革鎧のお仕立てですか。
ありがとうございます!
にいちゃん、にいちゃんっ。
お客様だよっ」
娘が職人を呼ぶ声はしばらく続いたが、答えがない。
不審に思って家の中に入ると、男が仕事をしていた。
この男が革鎧職人ポルポなのだろう。
大きな仕事台には、巨大な皮が張り付けられている。
牛革じゃな、とバルドは見立てた。
傷は少なく、よく引き締まった、上品な色合いの革だ。
要所要所が釘で固定されている。
左手で押さえつけながら、右手の刃物で、流れるような曲線を描いて革が斬り込まれていく。
ポルポに話し掛ける娘をバルドは止めた。
今は邪魔してはならない。
バルドとゴドンは、しばらくのあいだ、ポルポの手さばきに見入った。
見る見る革は斬り込まれ、魔法のように、ブーツの形に切り出されていった。
作業が一段落つくと、ポルポは背を伸ばして汗を拭き、大きく息を吸い、吐いた。
バルドとゴドンも、ふうっと息をして緊張を解いた。
と、ポルポが振り返り、大声で怒鳴った。
「なんだ、てめえら!
人ん家に勝手に入ってくるんじゃねえっ。
じろじろ見やがって。
見世物じゃねえぞっ」
「お兄ちゃん、お客さんだよ。
皮持ち込みで、鎧一式おあつらえだって」
職人の妹はうれしそうな声で言うが、職人は相変わらす不機嫌だ。
「持ち込みだとう?
どうせ、また」
ポルポは、言いかけた言葉を飲み込み、バルドが抱えている毛皮に目を止めた。
「まさか」
椅子から立ち上がって毛皮をひったくると、しげしげと見つめた。
作業台の上において、ひっくり返したり、引っ張ったりしている。
「……すげえ。
こりゃあ、川熊の魔獣だな。
腹に縦一文字の切れ目があるだけだ。
なんてえきれえな毛皮だ。
ぜんっぜん傷のかけらもねえ。
すげえ」
なにぶん、毛抜きさえできず、なめしもできていない毛皮だ。
血は洗っているものの、ごわごわになっている。
そのことをバルドが謝ると、
「ばかやろうっ!!
素人になんぞ、さわられてたまるかっ。
下手な毛抜きなんかされた日にゃ、この宝石みてえな毛皮が台なしンならあっ。
これでいいんだよ、これで」
そのあとしばらくのあいだ、ポルポは皮の裏表を隅々までなでて確かめた。
時々、よしよし、とか、よく無事だったな偉いぞ、などと毛皮に話し掛けている。
そのあとは、バルドを質問攻めにした。
武器は何か。
盾は使うのか。
どんな敵と戦うのか。
実際に剣も振らされた。
「よしっ。
一か月だ。
一か月後に、もう一回来いや、じいさん。
この皮から毛を取って、下処理して、なめしてなじませるのに、一か月かかる。
どのくらい縮むか、やってみなきゃわからねえしな。
一か月後に寸法計って仕立て方を決める」
4
ポルポの妹に支度金を渡して、バルドとゴドンは宿に帰った。
一か月、つまり四十二日は滞在することになったが、何の不満もない。
クラースクの街のうまい食い物をじっくり味わうことができる。
となると、少し軍資金が欲しくはある。
革鎧の仕立代には相応の金子を払わねばならないだろうし、ザルコス家への馬の謝礼もそれなりの金額を使った。
先のことを考えると、手持ちの金では少し心細い。
そう思っていたところ、ジュルチャガがやってきた。
よくもバルドの居場所を探し当てたものだ。
リンツ伯から伝言を頼まれたのだという。
一つ目は、ジュールランがパルザム王国に行ったということだった。
侯爵と伯爵が迎えに来たという。
二つ目は、カルドス・コエンデラがパルザム国王に召喚されたということだった。
表向きの用件は、大領主就任の祝いと、臣従の誓い、及び功績への報奨だということだ。
無論、行けば王太子の偽物をでっち上げた罪を問われるだろう。
三つ目は、ジョグ・ウォードが出奔したということだ。
どこに行ったかは分からない。
四つ目は、手持ちの金が足りなければジュルチャガに言いつけるように、ということだった。
以上を手紙ではなく口伝えでジュルチャガが伝えた。
この若者は名うての盗賊だというのに、リンツ伯はまたずいぶん信頼したものだ。
ついこの前、養子に裏切られて殺されかけたのに、ちっとも懲りておられんのう。
とバルドは思った。
思ったあとに、いや、そうではないな、と考え直した。
完全に信頼できる人間などない。
あのオズワルドという養子にも、長所はあったに違いない。
不幸な生い立ちをしたというから、そのせいで心にゆがみを生じたのかもしれない。
そのゆがみは承知のうえで、リンツ伯はあの男を信頼してみせたのだ。
そうでなければ人は育たない。
このジュルチャガという男。
もしかしたら盗賊に戻らずにすむかもしれんのう。
バルドは、預けた金からこれだけをジュルチャガに渡してほしいと手紙に書いて指印を押し、ジュルチャガに渡した。
イラスト/マタジロウ氏
8月10日「革防具職人ポルポ(中編)」に続く




