表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
辺境の老騎士  作者: 支援BIS
第1章 古代剣
31/186

第7話 ジャミーンの勇者(後編)



 5


 口の中の苦さで目が覚めた。

 薬草をつぶしてバルドの口にねじ込んだのだろう。

 体はあおむけに寝かされている。

 縛られていて身動きはできない。


 ジャミーンたちが何人もバルドを取り囲み、あれやこれやと話し合っている。

 声は甲高く、とてもうるさい。

 と、ジャミーンたちが静かになった。


「お前、通ってはいけない道、通った」


 少し大柄なジャミーンが、人間の言葉をしゃべっている。

 少し発音が聞き取りにくい。

 バルドは、


  そなたたちの土地に足を踏み入れて、申し訳ない。

  子どもの命を助けるために、しかたなかったのじゃ。


 と言ったが、相手はこちらの言葉がよく分からないのか、あるいは聞く気がないようだ。


「古き精霊、お前裁く」


 いましめがほどかれ、立つように命じられた。

 四方から槍と矢を突きつけられて、引き立てられた。

 着いたのは、木の柵で囲まれた広場だ。

 周りは木々に覆われている。

 木々には驚くほど大勢のジャミーンたちがいて、バルドを見下ろしている。

 取り上げられていた古代剣を返してくれた。

 ジャミーンたちが歓声を上げた。

 見れば、広場の反対側に、何かが引き立てられてきている。


 バルドは、自分の目を疑った。


 魔獣だ。

 青豹(イェルガー)の魔獣だ。

 六人のジャミーンが棒のような物を青豹に突きつけ、誘導してくる。


  ばかなっ。

  なぜあの魔獣はジャミーンを食い殺さんのじゃ。

  ジャミーンには魔獣を操る(すべ)があるとでもいうのか。


 六人が持つ棒の先には、何やら青色の物がくくりつけられているようだ。

 魔獣を誘導した六人は、なおも棒を魔獣に向けながら、広場の端に離れていった。

 おとなしくしていた魔獣は、低く唸り声を上げた。

 もはやジャミーンたちの意図は明らかだ。

 この広場は闘技場なのだ。

 魔獣とバルドを戦わせようというのだ。






 6


 頭はまだぼうっとしている。

 体全体がだるい。

 だが、バルドは無理矢理自分を戦闘態勢に持って行った。

 口の中に残った苦い薬草を飲み込み、マントを外して左手に巻き付けた。

 強く深く息を吸い込み、心の中に炎をともす。

 たちまち、頭はさえ、肩や腰の痛みは気にならなくなる。

 神経は鋭敏になり、体温が少し上昇する。


 魔獣は、まだ低くうなっている。

 そのうなり声は、段々と剣呑な響きを帯びてきている。


  盾も鎧もなく、一人っきりで青豹の魔獣と戦うとはのう。

  今までずいぶん戦いをやったが、これほど勝ち目のない戦いも初めてじゃて。


 古代剣が不思議な力を出してくれれば、わずかながら勝ち目はある。

 とはいえ、青豹に剣で攻撃を当てることは難しく、青豹の攻撃をかわすことは、さらに難しい。

 青豹は川熊と同じく三つの目を持つ。

 三目類の獣は、とにかく皮が強靱で打たれ強い。

 こちらは一撃では青豹を殺せないが、青豹は一撃でこちらを殺せる。


  思い出せ。

  思い出すのじゃ。

  今まで、古代剣が魔力を放ったのは三度。

  二度は魔獣が相手で、一度は人間の兵士が相手じゃった。

  そのとき、わしは、何をした?


 青豹が体を沈め、はじけるように、襲い掛かってきた。

 すばらしい速度だ。

 十四、五歩はあるだろう距離を一瞬で詰めて跳躍した。

 バルドは青豹の目を狙って古代剣を振ろうとした。

 だが、敵は速すぎ、剣は短すぎた。

 剣を振り下ろす前に、青豹はバルドの胸に飛びついた。

 とっさに体をひねって顔への打撃はかわしたが、青豹の右前足はバルドの右胸を薙いだ。


 加速をつけすぎたせいか、青豹は、バルドからかなり離れた位置に着地した。

 そのまま少し遠くまで走り、くるりと振り返ると、またも加速をつけて突進してきた。

 バルドの胸当ては、魔獣の爪がかすっただけで、大きく引き裂かれていた。

 魔獣の攻撃をかわし、その動作を見極めながら、バルドは考え続けていた。


  最初のときは、どうじゃった?

  あのとき、わしは。

  右手に剣を持ち、左手は鞘に当てて。

  そして、何と言うた?


 魔獣が再び飛び込んでくる。

 大きく開いた口が、バルドの喉首を噛み砕きにきた。

 バルドは古代剣を振った。

 それは確かに魔獣の鼻面に当たったが、魔獣をひるませることさえできなかった。

 魔獣の両前脚がバルドの肩にかかり、バルドは後ろに倒れ込んだ。

 それが幸いした。

 魔獣は勢いを殺しきれず、バルドの革帽子を食いちぎって、バルドの体の上を通り過ぎた。

 仰向けに倒れたバルドの白髪が、魔獣の巻き起こした風にあおられて乱れた。

 すぐに起き上がろうとしたが、後頭部を打ったためか、一瞬、体が動かない。

 反転して襲い掛かる魔獣の足音が聞こえる。

 バルドの耳には、それが死者の国から迎えに来た愛馬の足音に聞こえた。


  スタボロス。


 思わず知らずバルドがその名を心で呼んだとき、右手の魔剣が青緑の燐光を放った。

 剣から発した温もりが、バルドの体に活力を送り込んだ。

 喉首目がけて飛び込んでくる魔獣の鼻面に、バルドは古代剣をたたきつけた。


「ギャイン!」


 魔獣が悲鳴を上げて、後ろに跳んだ。

 バルドは身を起こし、膝立ちになって魔獣の脳天に古代剣を振り下ろした。

 剣は魔獣の頭蓋骨の半ばまで食い込んだ。

 魔獣は、ゆっくりと倒れて。

 起き上がることはなかった。


 バルドは、両膝を地に着いた姿勢のままで、ジャミーンたちを見上げた。

 一人のジャミーンが盛んに何かを騒ぎたてている。

 その声を聞いて、人間の言葉をしゃべったジャミーンだと分かった。

 何か、あおり立てるような口調だ。

 ジャミーンたちは、そのあおりに乗せられるように、手に手に弓を構えた。

 バルドを射殺すつもりなのだ。


 そのとき、ひときわ大きな声が響いた。

 人間の言葉ではないから、バルドには意味が分からない。

 だが、その声の主は、バルドの近くまで走り込んで、バルドをかばうように立ちはだかり、さらに何かを言いつのった。

 大柄なジャミーンだ。

 ほかのジャミーンより、頭一つ分は身長が高い。

 そのジャミーンの言葉を聞いて、周りを埋め尽くしたジャミーンたちは、弓の構えを解いた。

 最後に大柄なジャミーンは、人間の言葉を話したジャミーンに弓を突き付け、強い口調で何事かを言った。

 言われたジャミーンは、うなだれた。


「人間よ。

 まさか霊獣を、しかも青豹の霊獣を倒すとは。

 お前は、とてつもない勇者だ。

 俺は、テッサラ族の勇者イエミテ。

 お前の名を教えろ」


 大柄なジャミーンの戦士は、バルドを見上げながら、発音は妙だがしっかりした人間の言葉で話し掛けた。

 バルドは、名乗った。


「バルド・ローエン。

 人間の勇者よ。

 俺は帰ってきたばかりで事情が分からん。

 なぜお前は、わが氏族の霊獣と戦ったのだ」


 バルドは簡潔に事情を語った。


「西の山に住むピネンという老人の孫の命を救うため、お前はここを通ったのだな。

 何ということだ。

 オーラ・ピネンとお前は、どういう関係なのだ」


 うまいノゥレ料理を食わせてもらったのだ、とバルドは答えた。

 勇者イエミテは、妙なものを見る目でバルドを見た。

 そして、こう言った。


「われわれはオーラ・ピネンには借りがある。

 お前の目的が分かっていたなら、通行を許した。

 お前は目的を知らせず、われわれの住処をおびやかしたのだから、村長(むらおさ)が古き精霊にお前を裁かせたのは、正しい。

 だが、精霊がお前を認めたのに、お前を殺そうとしたことは村長の間違いだ。

 お前が人間の村に行き、帰りにもここを通ることを許す。

 これを持って行け」


 手渡されたのは一本の矢だった。

 ふつうのジャミーンが使う物より、一回りも二回りも大きい。

 矢羽根は派手な造りをしている。

 通行証代わりになるのだろう。

 栗毛の馬も返してくれた。

 バルドは、ジャミーンの勇者に礼を言い、先を急いだ。






 7


 村では事情を話すと薬を分けてくれた。

 吊り橋の修理にも人手を出してくれるとのことだった。

 バルドは急いで西の山に戻った。

 薬は間に合い、少年は助かった。

 ピネン老人に、たっぷりと料理代を払って、バルドはゴドンと出発した。

 ピネン老人は受け取ろうとしなかったが、無理に押しつけた。

 この集落の人々が、いかに現金収入を楽しみにしていたか、最初の歓迎の様子から明らかだったからだ。


 預かった矢を返すという名目で、バルドはゴドンとともに勇者イエミテを訪ねた。

 いろいろと聞きたいことがあったのだ。

 質問のすべてには答えてくれなかったが、イエミテはいろいろなことを教えてくれた。


 ここに住むジャミーンはテッサラという氏族だ。

 テッサラ氏族は、七つの村に別れて住む。

 七つの村にはそれぞれ村長があり、それぞれ六つの〈青石(せいせき)〉を持つ。

 青石は、人間がいうところの〈魔獣〉を鎮め、指示に従わせる力がある。

 何より大切な宝物であり、人間に売ることも貸すことも絶対にない。


 ジャミーンの信仰によれば、古き精霊が入り込んだ獣が〈魔獣〉となる。

 ジャミーンのそれぞれの村は、それぞれ一匹の〈魔獣〉を捕らえ、〈霊獣〉と呼んで敬う。

 〈霊獣〉が死ねば、中に入っていた精霊は自由になり、また新しい獣に入り込むのだ。


 なぜ、ピネン老人のことを賢者(オーラ)と呼ぶのか、という質問には、俺たちにとっては賢者だからだ、としか教えてくれなかった。

 七つの村すべてで最も強く勇気のある者が勇者になる。

 勇者は、氏族全体の代表だから、人間の言葉はもとより、すべての亜人の言葉を覚えるのだという。


 短い滞在ののち、バルドとゴドンは、ジャミーンの村を去った。


 バルドは、不思議な心地よさを感じていた。

 亜人、というものは人とは相いれない異形であり、未開と残虐そのものだと聞いていた。

 だが、ゲルカストのエングダルと、ジャミーンのイエミテ。

 バルドが相知った、たった二人の亜人。

 いずれも、節義と誇りを知る武人だった。

 下手な人間などより、彼ら二人のほうが、よほど信じられる。

 物事は自分の目で見てみなければ分からないものだ。


 テッサラ氏族の居住地が点在する地域のさらに東には、ほかの亜人の居住地があるという。

 この辺りでは、〈大障壁〉とオーヴァ川とのあいだは、バルドの住み慣れた地域よりはるかに広いのだ。

 魔獣の出没も、それほど珍しいことではないという。

 新しい〈霊獣〉、すなわち集落の守り神とするため、次の魔獣を探すということだった。


 旅をすれば、おのれが無知であることを知る。

 それはよいことだ、とバルドは思った。


 それにしても、鎧がもうぼろぼろで、どうにもならない。

 次の街で、ぜひ鎧を手に入れなければならない。








8月7日「革防具職人ポルポ(前編)」に続く

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ