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辺境の老騎士  作者: 支援BIS
第1章 古代剣
21/186

第2話 鉈剣(前編)


 1


 バルドは、名前も聞いたことのない村にいた。

 なかなか大きな村だ。

 ありがたいことに雑貨屋があったので、入った。


 とにかく、武器が必要だ。

 剣でなくてよいから、何かの武器が。

 辺境では、よほど大きな街でも、剣を店に置いて売るようなことは、まずない。

 青銅の剣でも置いてあれば、珍しいといえる。


 騎士の使う剣は、(はがね)で作られる。

 鋼は、高価で希少なものなのだ。

 ほぼ例外なく注文して作らせる。

 さもなければ、主君や先達から譲り受ける。


 村の雑貨屋に金属の武器などあるはずもない。

 あってもナイフぐらいのものだ。

 それも、野獣にふれたらくにゃりと曲がるか、ぽきりと折れるようなものしかないだろう。

 刃物でなくてもいい。

 棍棒(こんぼう)でもいいから、当面の武器になるものが欲しかった。


 壁に一本の剣が(つる)してあった。


 いや。

 それを剣と呼んでいいかどうかは微妙だ。

 (つか)のこしらえは、非常に立派である。

 恐ろしく古びてはいるが、由緒ある品といわれても信じるかもしれない。


 だが、(やいば)ときたら。

 それを(やいば)というのもおこがましいだろう。

 剣先が鋭くさえない。

 鋭くないどころか、先端が真横に切れている。

 簡単にいえば、長方形の平たい金属の塊である。

 握りのほうより先端のほうに向かって、少しずつ幅が広くなっている。

 突く、という動作は初めから否定されているわけだ。


 片刃である。

 騎士の剣は、ふつう両刃(りようば)、つまり諸刃(もろは)だ。

 剣身(ブレード)の背も腹も(エッジ)なのである。

 そして例外なく先端を(とが)らせてある。


 片刃であることに文句はいわないが、これはそもそも()なのか。

 指を押し当てても、切れそうな気配はない。

 全体が灰色に濁っていて、およそ武器らしい感じがしない。


 第一、この刀身は何か。

 刀身の両側に、うねうねとした大きなひきつりがある。

 どうやったらこんなものが付くのか、見当もつかない。

 だが、たぶん鉄だ。


 バルドが、じっとその剣もどきに見入っているので、店の主人が声を掛けた。


「お武家様。

 それは、なかなかの業物(わざもの)ですぜ」


  わざもの、が聞いてあきれるのう。

  そもそもこれは、剣ではあるまい。

  (なた)か。


 とバルドは()いた。


「へ、へえ。

 鉈剣(なたけん)、と呼んどります。

 まあ、鉈のような剣というか、剣のような鉈というか」


  鉈としても、こんなみみず腫れのようなものが付いていたのでは、使いにくかろう。

  なぜ削り落とさん。

  第一、売り物なら、刃研(はと)ぎぐらいしておいたらどうか。


 とバルドが言うと、


「へ、へえ。

 いやね。

 研ごうとはしたんですけどね。

 研げねえんで」


 と、言い訳にならない言い訳をした。

 バルドは、剣を持ち上げてみた。

 重い。

 鋼であるはずはないが、それなりにしっかりした材質のようだ。

 長さは、前に持っていた剣と同じぐらいだ。

 つまり、本格的な戦闘に使うには小振りだが、護身用に携帯するにはじゅうぶん、といった長さである。


 振ってみる。

 長さからは考えられないほど、しっかりした手応えがある。


 剣というものは、それ自体金属の塊であるから、重い。

 重さがなければ威力も出ない。

 それ自体が重いのであるから、先端をわざわざ重くする必要はない。

 思いのままに振り回すためには、先を軽くし、手元を重くするぐらいで、ちょうどよい。

 細剣はともかく、普通の剣は、先にいくほど細いのが普通である。

 そのほうが折れにくくもある。


 ところが、この剣は、先のほうが重い。

 しかし、短めの剣だから、振れなくはない。


 振れなくないどころか、何度か振ってみると、なかなか振り心地がよい。

 もともと、棍棒でもよいと思っていたぐらいなのである。

 鉄の塊なら、言うことはない。

 握りの部分は、非常によく出来ているのである。


 拳で刀身をたたいてみるが、すぐに折れてしまいそうな感じでもない。

 まあ、実際に獣を切れば、一度で折れても不思議はないが。


 値段を聞いてみると、思ったより安い。

 店主ももてあましていたのかもしれない。

 リンツ伯からもらった金の一部を持っているので、懐は温かい。

 値切りもせずに買い取った。


 革鞘(かわざや)に剣を収めてみる。

 スタボロスの尻の皮で作った鞘だ。

 収まり具合はよい。

 先端が余っているが、足りないよりは断然いい。

 腰に吊ると、ずしりとした重さを感じた。


  うむ。

  やはり腰が(から)だと寂しいわい。

  鉈の出来損ないでも、ないよりは百倍ましだの。


 バルドは、上機嫌になった。

 金属の塊が持つ暴力性が、安心感をくれた。

 村に泊まれる場所があるかと訊くと、村長の家にいえば、斡旋してくれるという。

 馬は売っていないかのう、と訊くと、今村には売れる馬はないと思う、という答えだった。


 荷物はずいぶん減らしたのだが、それでも持って長旅をするのは、やはり無理だ。

 どこかで馬を買わねばならない。

 少し塩を買い、村長の家を訊いて雑貨屋を出た。


 村長の家に行き、今夜の宿を探しているのじゃが、と言うと、それならわが家にどうぞと言われた。

 井戸のそばに行って水を汲み出し、体の汚れを落とした。

 食事は、ありふれた野菜の煮込みだったが、味付けがなかなかよく、おいしく食べられた。

 この村の産だというワインは、とても飲みやすい味で、何杯もおかわりしてもらった。

 寝床は、木のベッドにわらを敷き、継ぎ合わせた布を掛けた粗末なものだったが、久しぶりのベッドなので、ぜいたくに感じた。

 夢も見ないで眠りに落ちた。





 2


「お武家様!

 お武家様!

 お休みのところを、申し訳ございませんっ。

 お起きくださいませっ。

 お武家様!

 お武家様!」


 切迫した様子で戸をたたく村長に、入れ、とバルドは言った。


「あ。

 起きておいででしたか。

 じ、実は、野獣が村に入り込んでまいりまして。

 男衆が追っ払おうと頑張っておるんでございますが、ひどく手強いようで、もう村人が何人も大けがをしております。

 お願いできる筋合いではございませんが、なにとぞ、なにとぞ、お救いくださいませっ」


 こんな年寄りにすがりつくとは、よほど切羽詰まっているのだろう。

 バルドは、先ほどから騒ぎが段々大きくなるのを耳にして、もう身支度を済ませていた。

 ただ、武器が心許ない。

 バルドは、村長に、剣か槍か、何か武器はないか、と訊いた。

 棍棒ぐらいしかない、という。


 バルドも、今日買った剣もどきのほかには、短弓しかない。

 短弓は、鳥などを射るもので、とても大型の獣の相手は務まらない。

 商人と護衛は次の街に行ったし、戦える者はほかにいないのだろう。

 この剣もどきで、できることをするしかない。


 駆けつけてみると、川熊(ドウァーヴァ)が三匹暴れていた。

 まだ若く小さい川熊だ。

 四本の足で動き回る体高が大人の腰より少し低い。

 立ち上がっても、大人の身長には届くまい。


 この獣は、そう凶暴ではないはずだが、今はひどく荒れ狂っている。

 たくさんの村人が、棒や農具などを持って、牽制(けんせい)している。

 たいまつを持って照らしている者もいる。

 何人かは、荷車を川熊に向けて、押さえ込もうとしている。

 しかし、川熊は、非常に力が強い。

 たちまち、一台の荷車が、川熊の一撃を受けてばらばらになった。

 バルドは、剣もどきを鞘から抜いて、一匹の前に立った。


「お、お武家様だー!」


「き、騎士様が来てくださったのかっ?」


「た、助かった」


「騎士様ーっ。

 お願いします。

 騎士様ーっ」


 今夜は、姉の月(スーラ)は山の向こうに隠れているようで、独り妹の月(サーリエ)が村を照らしている。

 薄い雲が空を覆って月明かりは弱く、人の姿はぼんやりとしか見えない。

 まともな武器さえ持たない老騎士も、心強い武人に見えているのだろう。


 バルドの殺気に反応したのか、川熊(ドウァーヴァ)が飛びかかってきた。

 バルドは、川熊の動きをよく見ながら、手の攻撃をかわし、首筋に上から剣もどきをたたきつけた。

 ただし、じゅうぶんに威力を加減した。

 本気でたたきつけたら、剣もどきが折れてしまう。

 何しろ川熊の皮はやたらと硬い。

 これが折れたら、いよいよ後がない。


 村人たちから歓声が上がった。


 剣もどきは、これぐらいの衝撃には耐えられるようで、とりあえず折れなかった。

 その代わり、川熊に与えたダメージも大したことはなかったようだ。

 川熊は、怒りの吠え声を上げた。


 村人たちから悲鳴が上がった。


 川熊が、どたどたと走り寄って、かみついてきた。

 バルドは、これをかわして、首筋に剣もどきをたたきつけた。

 さっきより、少し強く。

 だが、川熊は、ひるむ様子をみせない。


 妙だの、とバルドは思った。

 川熊は意外に臆病な獣である。

 傷を受ければすぐ逃げる。

 そもそも、こんなに大勢の人間がいる所で暴れること自体、妙といえば妙である。


 川熊が走り寄り、今度は右前足で攻撃してきた。

 移動速度は遅いが、手を振る速度は速い。

 しかも、明かりのろくにない夜のことであり、見えにくい。

 当たれば一撃で戦闘不能にさせられる威力である。

 これもかわして今度は右前足の付け根に一撃を入れた。


 村人から歓声が上がる。

 川熊の怒りの叫びが上がり、村人が静かになる。

 川熊はいらいらしているようであるが、バルドもいらいらしてきた。


  なんで武器に気を遣って戦わねばならんのじゃ。

  ええい!

  折れてもかまわんっ。

  次は思いっきり斬りつけてやるわ!


 川熊は、バルドの近くにくると二本足で立ち上がり、恐ろしい形相で両方の前脚を振り上げた。

 その二つの前脚が振り下ろされるより早く、懐に飛び込んだバルドの武器が川熊の喉元にたたきつけられた。


 剣もどきは折れなかった。

 折れなかったどころではない。

 深々と川熊の喉に食い込み、首の半ばを断ち切った。

 バルドは、剣もどきを急いで引き抜き、川熊から離れた。


 川熊は、両手をあげたまま動かない。

 ゆっくりと、前に傾き。

 どざん、と倒れた。


 一瞬、村人たちは、しいんと静まり。

 そして大歓声を上げた。






7月7日「鉈剣(後編)」に続く

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