第10話 精霊
1
ふと気が付けば、すっかり夜である。
バルドは身を起こした。
もう体の痛みやしびれは取れている。
凍えていた指やくちびるも、感覚を取り戻している。
〈君は今ここで殺す〉
〈だが君ほど優れた人は知らない〉
〈もしも私の部下に〉
〈君ほどの人間がいれば〉
〈すべては違ったことになっていたかもしれない〉
〈殺す前に〉
〈最後に何か望みがあれば〉
〈聞いてあげよう〉
バルドは一瞬、誰かにここでの出来事を伝えられないか、と思った。
だがさすがに船長がそんなことを許すわけはない。
——腹が減ったのう。
〈なに?〉
——丸一日、何も食っておらん。腹が減った。
〈なんとまあ〉
〈君というやつは〉
〈分かった〉
〈待っているがいい〉
しばらく待っていると、波打ち際に魚が飛び出してきて、びちびちと暴れた。
そして突然激しく身をふるわせると、そのまま動かなくなった。
〈その魚を〉
〈岩の上に乗せてもらえるかな〉
バルドは言われた通り、魚を手近な岩の上に乗せた。
すると不思議なことが起きた。
まるでたき火で熱せられでもしたかのように、魚がじゅうじゅうと焼けてきたのだ。
〈私には焼き加減が分からないのでね〉
〈いい所で声をかけてくれ〉
——もう少し。……よし。これでいい。
バルドはその魚を食べた。
皮の部分はうろこが付いていたのではがしてしまい、身を食べた。
腰の袋から塩の入った小袋を出し、振り掛けて食べた。
うまかった。
〈焼き魚か〉
〈うまいかね〉
——うむ。うまい。
〈それはよかった〉
〈ところで教えてもらえるだろうか〉
——教える、じゃと? 何をじゃ。
〈私は霊剣の持ち主と対面したとき〉
〈どのような取り引きを持ちかけるか〉
〈熟考に熟考を重ねた〉
——ずいぶん時間はあったのじゃろうな。
〈そうとも〉
〈そして私は〉
〈誠実さこそが最大の武器であると悟り〉
〈霊剣の使い手にただ誠実さだけをもって〉
〈交渉すると決めた〉
〈私は私自身の誠実さに〉
〈今の今まで一片の疑問も持っていなかったのだ〉
——そうじゃろうなあ。
〈ところが君は〉
〈ごくわずかな時間で〉
〈私自身が気付かなかった私の気持ちを〉
〈正確に洞察することができた〉
〈私は不思議でならない〉
〈これはいったいどういうことなのだろうか〉
——おぬしは、欲が強すぎる。
〈欲?〉
——その欲がおぬし自身の目をくらましたのじゃ。
〈……なるほど〉
〈欲か〉
〈そう言われれば〉
〈そうかもしれない〉
〈だがそうすると〉
〈君はどうなのだ〉
〈君には欲はないのか〉
——ある。わしにも欲はある。大きな欲がある。しかしその欲は、おぬしの欲とはだいぶ筋合いが違うようじゃ。
〈教えてくれ〉
〈君の欲とはどんな欲なのだ〉
——わしの欲とはな、人民の騎士として生き、人民の騎士として死にたい、という欲じゃ。
〈なに?〉
〈…………〉
〈ふむ〉
〈なるほど〉
〈それが君の欲か〉
——うむ。さて腹はくちた。最後にうまい魚をありがとうよ。
〈ふふ〉
〈君は食いしん坊なのだな〉
〈それにしても〉
〈食事、か〉
——どうした、船長。食べ物の味を思い出したか。
〈いや〉
〈味というものを覚えているような気もするし〉
〈そんなものは最初から知らなかったような気もする〉
〈私が考えていたのは別のことだ〉
——ほう。
〈教えてあげよう、バルド・ローエン〉
〈星船は千年以上ものあいだ旅をして、ここを見つけた〉
〈それはおそろしく長い旅だった〉
〈だが私も〉
〈送り出した者たちも〉
〈そこまで長い旅になるとは思っていなかったのだ〉
——何か事故が起きたのかの。
〈そうではない〉
〈星船は〉
〈母星から一定以上離れた時点で〉
〈われらを降ろすにふさわしい星を探し始めた〉
——星船が、じゃと?
〈そうだ〉
〈機械人形たちと同じように〉
〈星船には自分で考え動く機能がある〉
〈あらかじめ与えられた命令に基づいてだがね〉
——なるほど。
〈目覚めたとき〉
〈あまりに長い年月が過ぎ去っていたので〉
〈私は驚いて〉
〈記録を調べた〉
〈ここに来るまでに〉
〈何らかの生命が発達していた星は〉
〈なんと八千以上あった〉
〈そのうち五十ほどは文明を築いていたから〉
〈移民の対象外だったが〉
〈それにしても八千以上の〉
〈生命あふれる星があったのだ〉
〈だが星船は、その八千の星にわれらを降ろそうとはしなかった〉
〈なぜか分かるかね〉
——いや、分からんのう。
〈食べられないからだよ〉
——なに?
〈食べられなかったからだ〉
〈それらの星の草や木や鳥や動物は〉
〈人間が食べてその身を養うには不適当だったのだ〉
〈そしてこの星が見つかり〉
〈星船はここをわれらの到着点と定めた〉
〈ここのものは食べられると〉
〈検査の結果判明したからだ〉
——なるほどのう。わしは星船に感謝しなくてはならんのう。
〈そうとも〉
〈だが私が言いたいのはそんなことではない〉
〈奇跡なのだよ〉
〈食べられるということは、それ自体が奇跡なのだ〉
〈八千分の一の奇跡だ〉
〈君は食べ物にあふれた世界に生きている〉
〈それがどれほどの奇跡であるか〉
〈死ぬ前に知りたまえ〉
——わしは世界に感謝しておるとも。わしは食べ物に感謝しておるとも。船長よ。じゃが、その話は興味深い。よいことを教えてくれたのう。ありがとうよ。
〈…………君は〉
〈たいした男だな〉
〈そうだ〉
〈ついでに教えておこう〉
〈君は、ジャン・クルーズだけが最初に目覚めたことを知っているかね〉
——うむ。ほかの船乗りを起こそうとしたが起こせないようになっていたと聞いている。
〈君の情報源は妙なことにくわしいな〉
〈だが、その通りだ〉
〈旅の期間が長すぎたのが原因だ〉
〈安全措置のため〉
〈旅の期間に応じた〉
〈覚醒のための検査プログラムと〉
〈安静期間が設けられていてね〉
〈ところがあまりに長い旅だったため〉
〈安静期間もまた異常に長いものとなった〉
〈だが〉
〈ただ一人の志願乗員であり〉
〈学者であったジャン・クルーズには〉
〈異常の検査という役目があり〉
〈安静期間が省略されたため〉
〈はからずもジャンと私たちの覚醒は〉
〈大きく時期がずれてしまったのだ〉
——運命、だったのかもしれんのう。
〈そうだな〉
〈今から考えると〉
〈それが運命だったのかもしれない〉
海から吹き寄せる風は、少し手厳しくバルドの髪とひげを吹き流した。
さざ波は無限の変化をみせてたゆとい、空の星を映して煌めきさざめいている。
天空を見やれば、珍しくも姉の月の姿はなく、妹の月が中天に鎮座して海原を睥睨している。
空を埋め尽くす星々は、赤く黄色く、あるいは金銀の光を放って虚空を舞い踊っている。
世界はなんと美しいことか。
バルドは古代剣を引き寄せ、鞘から抜いた。
最後の瞬間は、スタボロスとともにいたかったのだ。
〈霊剣を持ったようだな〉
〈それを使って私を撃ってみるか〉
〈そこからなら直撃できるだろう〉
〈生の最後にあがいてみるのも一興かもしれんぞ〉
古代剣の最大の力を解放しての一撃も、物欲将軍には通じなかった。
ましてこの怪物に通じるわけはない。
バルドには戦う気持ちなどはなかった。
〈そうだな〉
〈通じるわけはない〉
〈しかし実に惜しいな〉
〈死を前にしてこれほど平然として〉
〈景色を眺めるゆとりを持てるとは〉
船長の言葉を聞き流しながら、バルドはこの世の見納めに、夜の空を見上げた。
サーリエの美貌が目に入った。
〈君のような人間は、めったにいない〉
サーリエ。
妹の月。あとから来た者。すべてを持つ者。銀の馬車に乗る淑女。スカーラーの愛人。天空の美女。ふられ女。
この美しき月神にはあまたの異称がある。
〈さて、それではもうよいか〉
〈この世との別れは済んだかな〉
ふと思った。
なぜサーリエは、〈あとから来た者〉と呼ばれるのだろう。
問いが思い浮かぶのとほとんど同時に、心の中に答えがあった。
初めはそこに、なかったからだ。
バルドが答えを得るのと同時に、それは船長にも伝わった。
それは船長が長きにわたって求め続けた問いへの答えだった。
そしてそれは今やバルドの手の内にある。
バルドは右手に持った古代剣をまっすぐに〈囚われの島〉に向けた。
バルドの意図を察知した船長は、バルドを殺そうとした。
どのような手段で殺そうとしたのかはよく分からない。
だが船長には直接バルドを殺す力があり、それをふるおうとした。
心と心をつないでいるバルドには、それがはっきり感じ取れた。
一瞬で船長はバルドを殺せる。
ただし、求め続けた答えをついに得た驚きは船長を硬直させ、その硬直から立ち直るには、わずかな時間を要した。
バルドは、魔剣スタボロスを囚われの島に突き付け、天空のサーリエに命令を放った。
星船よ! 光の槍もてかの者を撃て!
サーリエから囚われの島に巨大な光の柱が降りた。
いにしえの人々に〈コーラマの憤怒の矢〉と呼ばれた、絶対的な破壊の力だ。
光の柱は、囚われの島とその周囲を食い尽くして海原に穴をうがち。
一瞬。
すべての音が消え。
次の瞬間、光と音が爆発した。
爆風はただちにイステリヤにも届き、バルドは砂浜から吹き上げられた。
いや。
それは本当に爆風だったのか、よく分からない。
とにかくバルドは吹き飛ばされた。
吹き飛ばされて、高く高く、夜の空に舞った。
衝撃でバルドは意識を失った。
その意識を失ったわずかな時間に、バルドは夢を見た。
遠い遠い昔の夢を。
2
私はアイドラ様とジュールラン様を、いかなるものからも守り抜きます。
家族として愛し続けます。
アイドラ様。
どうか私の妻となってください。
それは不器用だが精一杯の思いを込めた求婚の言葉だった。
アイドラがコエンデラ家から返されたとき、バルドはアイドラを妻に迎えることを心に決めた。
だがアイドラの心も傷ついているだろうと思い、日を待っていたのである。
アイドラの顔に浮かぶ笑みが作り物でないと判断できたとき、バルドはアイドラの前にひざまずき、結婚を申し込んだのだった。
まさか断られることがあろうとは思ってもいなかった。
だが、ずいぶん長い時間、アイドラは返事をしなかった。
やがて出てきた言葉は、
「この子はどうなりますか」
というものだった。
この子、とは、かたわらですやすやと眠っているジュールランである。
どうなりますか、とは身分上の扱いはどうなるか、という意味である。
「私の子、ということにしましょう」
と、バルドは言った。
バルドらしい大胆な物言いだった。
アイドラはカルドス・コエンデラに嫁いだのであるが、カルドスはアイドラとの結婚式を行わなかった。
ということは正式には婚姻は成立していないといってよい。
ところがアイドラはジュールランという子を産んでいる。
この子の身分はあいまいである。
カルドスの子であると公言すれば身分は確定するのだが、妻にはならずに生んだ子という、貴族としては最低の身分になるうえ、ジュールランの身の振り方についてカルドスに重要な決定権を与えてしまうことになる。
別の方法として、私生児宣言をするという方法もある。
いずれにも一長一短があるが、ともかく身分は確定される。
そのいずれかをしないと、子を持つアイドラがバルドと結婚することはできない。
もし結婚すれば、ジュールランは正式には存在しない子となる。
男は複数の妻を持てるが、妻は複数の夫を持てないのである。
ところがバルドはジュールを自分の子ということにする、と言った。
自分の実の子であることにする、という意味である。
つまり、今後実子が生まれようとも、他人の種であるジュールランをおのれの長子として遇し続け、相続権も与える、と言っているのである。
形式的には、ジュールランは正式の婚姻の前にバルドとアイドラのあいだに生まれた子、ということになる。
バルドは最大限の度量を示したといえる。
ところが、アイドラの返事は、
「この子の身分は、今しばらくは自由にしておきたいと思います。
ですから、まことにうれしいお申し出ですが、お受けすることはできません」
というものだった。
バルドは愕然とした。
まさかここまで意を尽くした申し出が断られるとは、思ってもいなかったのだ。
では、アイドラもバルドを愛しているというのは、バルドの思い違いだったのか。
いや、そんなことはない。
そんなことはあり得ない。
とすると。
バルドは、静かに寝息を立てるジュールランをにらみつけた。
こやつか。
この赤子か。
この赤子が、私とアイドラ様の幸せを邪魔するのか。
こやつさえ。
この赤子さえいなければ。
くびりころしてくれようか。
この小さな小さな赤子が、自分とアイドラが結ばれるのを妨げている。
この子さえ死ねば障害はなくなる。
バルドが指先で軽くひねるだけで、
くきっ、
と首は折れ、この子は死んでしまうだろう。
バルドはおのれの内からわきあがる狂気を抑えることができなかった。
バルドから吹き出す殺気を、アイドラは静かに身に浴びていた。
だが、ジュールランは、そうはいかなかった。
幼子特有の敏感さで、おのれに襲い掛かる殺気に気付いたのだろう。
火が付いたように泣き出したのである。
アイドラはジュールランを抱え上げ、優しくあやし始めた。
その様子をみて、バルドの殺気もしぼんでいった。
この子を殺しても、アイドラ様の愛情は得られない。
と知ったからである。
辞去の言葉も残さずバルドは去った。
そして苦しんで、苦しんで、苦しんだ。
おのれの腹を割いて臓腑を引きずり出し、ずたずたに切り裂いてしまえばこの苦しみは終わるだろうか、と考えるほどに苦しんだ。
やがて結論を出した。
自分の幸せを考えるから苦しい。
捨ててしまえばよい。
何もかもをなげうってしまえばよい。
すべてをアイドラに捧げてしまえばよい。
しかしその結論が体の奥深くにまでしみこむには、いくらかの時間を要した。
自分の幸せを捨ててすべてをアイドラに捧げる、という覚悟が決まったあとも、どうしても残る問題があった。
ジュールランである。
ジュールランは、アイドラの重荷であり、アイドラが幸せになることを妨げる存在である。
そして、あのカルドス・コエンデラの子なのである。
あの憎き憎きカルドスの子なのである。
あの男の種かと思えば、ジュールランの姿を視界に入れるのさえおぞましい。
生まれてはならなかった子であり、この世に必要のない子であり、ただただうとましい赤子である。
そのジュールランをどうすればよいのか。
いや、分かっている。
本当は分かっていたのだ。
アイドラはジュールランを愛している。
ならば、アイドラにすべてを捧げると決めたバルドも、ジュールランを愛さねばならない。
ジュールランを愛し支えることこそ、アイドラが喜ぶことであり、アイドラのためにバルドができる最上にして唯一のことなのだ。
愛せるだろうか、ジュールランを。
腹の深い場所から湧き上がってくるこの嫌悪感を封じ込め、愛し抜くことができるだろうか。
だが、やらねばならぬ。
さもなければ、バルドはアイドラの騎士とはなれないのだ。
そしてもしもジュールランを愛し支え、その立ち行きを願うならば。
バルドはいばらの道を歩むことになる。
今はよい。
今はハイドラが健在であり、ハイドラは愛娘のアイドラと、アイドラの子であるジュールランを慈しんでいる。
パクラの騎士たちは、ハイドラが目を光らせているあいだは、ジュールランへの反感を表に出すことはしないだろう。
だがハイドラは高齢であり、やがて死ぬ。
死んだあと、ジュールランの地獄が始まる。
カルドス・コエンデラの無道と暴虐を憎まぬ騎士はパクラにはいない。
その落とし子であるジュールもまた、憎しみの対象となる。
どうすればよいのか。
ジュールを愛し慈しみ幸せを与えるには、どうすればよいのか。
鍛えるしかない。
徹底的にジュールランを鍛え上げ、誰もが敬服し尊重するような騎士に育てるしかない。
カルドスの子だったなどということが、どの騎士の記憶からも消え去るほどの騎士に。
そしてまた、ジュールの庇護者たらんとするなら。
バルド自身も揺るぎなき地位を築かねばならない。
目指すはテルシア家筆頭騎士の地位だ。
なれるか。
郷士の息子あがりのバルドが、その地位をつかむことができるのか。
だがその地位にまでのし上がらねば、ジュールを守ることはできない。
なろう。
パクラ最強にして最善にして最良の騎士となるのだ。
そしてジュールを鍛えて鍛えて鍛え抜く。
それこそがジュールを愛するということであり、アイドラにわが身を捧げるということだ。
そしてついに心の整理をつけたバルドは、ひだまりの庭に赴いて、アイドラとジュールランに剣を捧げた。
アイドラは、その剣を受け取り、ジュールはバルドが剣を捧げるだけの資格を持っている、と言った。
ああ。
ああ。
その意味は、今なら分かる。
ジュールこそは、ウェンデルラント王の血を受け、中原の民衆を光りある場所に導く運命を背負った者であったのだ。
だからこそ、アイドラはバルドの求婚を受けるわけにいかなかった。
ウェンデルラント王との婚姻が成立しているかどうか、アイドラは知らなかったろう。
将来においてその婚姻が承認されるかどうかも知らなかったにちがいない。
それでもウェンデルラント王の子たるジュールの系図をけがさないため、いつかジュールに王への道が開かれたときその出自に一点の曇りも残さないため、アイドラはバルドの求婚を退けたのだ。
それはなんと孤独で誇り高い拒絶であったことか。
ハイドラもヴォーラも、そしてジュールも不思議に思っていたはずだ。
なぜバルドはアイドラに求婚しないのかと。
したのだ。
バルドはアイドラに求婚したのだ。
だが拒絶されたのである。
そのことは、アイドラとバルドと神々だけが知る秘密となった。
これこそが、最後の秘密である。
この秘密をバルドはついにジュールラントに告げなかった。
告げればジュールは、バルドとアイドラが結ばれるのを妨げたのはまさに自分であったと知ることになる。
だから知らせる必要はないと、バルドは考えた。
おそらくアイドラも同じように考えて沈黙を守ったのだ。
そして。
そしてあのあと。
そうだ。ジュールラントにはバルドの剣を受けるだけの資格があると言ったあと。
アイドラは何と言ったか。
そうだ。
アイドラは、こう言った。
「でも、バルド様。
あなたの剣はもう捧げられています。
人民に。
どの国の民にでもない、すべての人民に。
なんという尊いお志でしょう。
なんという大きなお誓いでしょう。
お守りなさいませ、バルド様。
そのお誓いをお守りなさいませ。
あなたの武威と義心を、人民にお捧げなさいませ。
あなたこそ、それができるおかたです」
そうだ、あの時。
あの瞬間。
苦し紛れの産物である、わが忠誠は人民に捧げるというその誓いは、バルドが生涯をかけて追い求めるべき理想となった。
ローエン家のかたちなき紋章となった。
バルドはこのアイドラの言葉をおのれの誇りとし、人民の騎士たらんと努めてきたのである。
ああ!
ああ!
アイドラ様。
わしは。
わしは。
あなたとの誓いに背かずに、この命を生ききることができたでしょうか。
わしは胸を張ってよいのでしょうか。
われこそはアイドラの騎士、人民の騎士なりと!
3
バルドは、はっ、と夢から覚めた。
覚めたはずなのだが、不思議な場所にいた。
暗い。
いかなる光も見えない、真の暗闇である。
その暗闇の奥に、何ものかがいる。
それは闇よりも深い闇である。
闇の底にうごめくそれは、とてつもなく強力で巨大な存在だ。
その強大な何者かがバルドに話し掛けてきた。
〈なんじの働きにより〉
〈ゆがみはただされ〉
〈けがれは払われた〉
〈これをなんじに伝えておく〉
闇よりも深い闇である、この存在は何か。
あり得ないほど強く大きなこの存在は何か。
まさか。
まさか。
そんなことが。
だが、たぶんそうだと理屈抜きに直感した。
パタラポザ。
暗黒神パタラポザ。
これこそがパタラポザだ。
闇の中にあって闇をいだく神。
まがいものではない真実の神に、すべての暗黒を司る大いなる神に、いまバルドは対面しているのだ。
だが、ゆがみだと。
けがれだと。
それがただされ、払われたとは、いったい何のことなのか。
〈ほうびを与える〉
〈願いを言え〉
願い。
パタラポザは、願いを言え、と言っている。
バルドが欲するもの。
それは、何か。
それは。
それは。
喜びと誇りに満ちた安らかな死を。
〈なんじの願いは聞き届けた〉
〈だがそれは〉
〈いま少しのちのことになるだろう〉
暗黒神の言葉が終わると、バルドは夜の空を飛んでいた。
急に強い風が吹き寄せて、バルドの真っ白い髪とひげをかき乱す。
今のは本当に神との対話だったのか。
それとも意識を失っているあいだに見た夢だったのか。
晴れ渡っていた空は、いつの間にか黒い雲で覆われている。
——ソイ笹を流さねば。
と、バルドは思いついた。
ソイ笹は笹紙の原料でもあり、古い時代にはソイ笹そのものが紙として使われた。
アイドラの好んだ紙だ。
バルドの旅はアイドラのためにあったといってよい。
体が衰えてきたアイドラに代わって世界を見て回り、珍しい景色やうまい食べ物のことを手紙で伝えようとバルドは思っていた。
だが、バルドが旅に出てすぐアイドラは死んでしまった。
最初の手紙を書く前に。
だからコエンデラ家の野望をくじいたあと、パクラに戻るかそのまま旅に出るか悩んだ。
結局バルドは旅に出た。
アイドラが死んだのなら、死んだアイドラに手紙を出せばよい、と考え付いたのである。
すべての川はオーヴァに帰る。
そして大いなるオーヴァは冥界神の懐に流れ着く。
だから川に流した手紙はユーグを経てアイドラの手に渡るだろう。
そう思って、旅をしながら笹を川に流してきた。
珍しい出来事に出合ったり、うまい食べ物に出合ったとき、流してきた。
おのれの感動をソイ笹に込めて。
これが最後の手紙になる。
とびっきりの冒険の思い出を込めた手紙だ。
月神に命じて〈コーラマの憤怒の矢〉を放ち神とも呼ばれる怪物を滅した、となればさすがのアイドラも目をむいて驚くだろう。
まさに最高の報告だ。
最後の手紙にふさわしい。
バルドは笑顔を浮かべ、胸の隠しからソイ笹を取り出そうとした。
取り出そうとして、右手には古代剣を握っていることに気付いた。
まずこれを左手に持ち替えなければならない。
持ち替えねばならないのだが、できない。
両の腕はこわばって動かないのだ。
そのときバルドは、突然気付いた。
——なぜわしは、まだ生きておる?
空を飛ぶ力のないバルドは、イステリヤの岩山に打ち付けられて死ぬほかなかった。
だが、そうはなっていない。
バルドの体は落下せず、宙に浮いて進んでいる。
赤、青、黄、緑、橙、その他ありとあらゆる色彩の光の玉が、バルドの体を支え、運んでいた。
みれば、光の槍にえぐられた海は、今まさに爆発していた。
その水の荒れ狂う場所から、無数の光の玉が飛び出して、次々とバルドのもとに到達している。
そして次から次へとバルドの体の下側に入り、バルドが落ちないように支えている。
光の玉には、羽がある。
足が、手が、顔がある。
精霊だ!
それは精霊たちの群れだったのだ。
〈ありがとう〉
〈ありがとう〉
〈ありがとう〉
〈ありがとう〉
精霊たちはバルドの心にささやきかけながら、その体を懸命に持ち上げる。
半透明の精霊たちは半ばバルドの体にうずまりながら、必死でそれを運んでいる。
大陸の方角に向かって。
〈ありがとう〉
〈ありがとう〉
〈ありがとう〉
〈ありがとう〉
イステリヤがずいぶん遠くなっていた。
そのイステリヤは、圧倒的な水のかたまりに飲み込まれ、無残に崩れて海に沈もうとしている。
あそこにいた竜人たちは全滅しただろう。
しかし知恵の回る族長ポポルバルポポは、竜人たちを避難させていたかもしれない。
〈ありがとう〉
〈ありがとう〉
〈ありがとう〉
〈ありがとう〉
星船が放った光の槍に貫かれて船長は一瞬で滅んだのだろう。
三千年を生きた怪物も、死ぬときはあっけないものだ。
悲しげな断末魔の叫びを聞いたような気もするし、そんなものは聞かなかったような気もする。
その船長が滅んだ場所から、次々と精霊が生まれ出てはバルドのもとにやって来る。
そうだ。
船長は、数え切れないほどの精霊を食べていた。
船長の死とともに、取り込まれた精霊たちは解放された。
いや、今まさに解放されているのだ。
〈ありがとう〉
〈ありがとう〉
〈ありがとう〉
〈ありがとう〉
精霊たちの感謝の言葉が、思念が、あたりの空間を埋め尽くしている。
だがバルドを支える精霊たちは、次々と消え去っていく。
依り主が死んだ精霊は、この世から消滅して精霊の世界に帰る。
いったん帰って再び生まれ変わってくるのだ。
〈ありがとう〉
〈ありがとう〉
〈ありがとう〉
〈ありがとう〉
精霊はバルドに飛びついて、その体を支え運んでくれている。
だが、無理だ。
支えるそばから消えていくのだから。
いずれにしても、いつかは落ちる。
この大いなるユーグに落ちれば、とても生きてはいられない。
〈ありがとう〉
〈ありがとう〉
〈ありがとう〉
〈ありがとう〉
それにしても、続く、続く。
海からあふれ出る精霊は尽きることを知らない。
いったい何万、何十万の精霊を取り込んでいたのか。
それは万の万倍もの数だったろうか。
〈ありがとう〉
〈ありがとう〉
〈ありがとう〉
〈ありがとう〉
かなりの速度で運ばれている。
だが追いついてくる精霊たちの数が目に見えて減ってきた。
もうすぐバルドの体はユーグに落ちる。
落ちれば死ぬ。
それは避けられない。
バルドは古代神ユーグに抱き取られて死ぬのだ。
それでもバルドを必死で運ぼうとする精霊たちの気持ちがうれしかった。
〈ありがとう〉
〈ありがとう〉
〈ありがとう〉
〈ありがとう〉
ふとバルドは体をひねって、自分が運ばれていくその先を見た。
遠くの空から、何かが近づいて来る。
それはみるみる大きくなってバルドのもとに着いた。
精霊の群れだ!
三、四十体ほどもいるだろうか。
船長から解放された精霊の大群と比べれば、まことにわずかな数でしかない。
しかし、どうして西から精霊が。
〈人間ばるど〉
〈迎えにきたよ!〉
その声には覚えがある。
スィ!
ということは、霧の谷から飛んで来てくれたのか。
仲間の精霊たちを連れて。
スィとその仲間たちは、消えていく精霊たちに代わって、バルドの体を支え、運び始めた。
大陸に向かって。
この精霊たちは、大陸に残っていた最後の正常な精霊たちだ。
ルジュラ=ティアントのすみかである霧の谷で、〈大地に根を張る者〉となったモウラたちに守護されていた精霊たちなのだ。
その精霊たちがこうして一斉に隠れ住んだ場所を出るとはただごとでない。
とはいえ、この数の精霊たちではバルドを支えきるのは難しいようだ。
速度も落ち、高度も下がっている。
もう海面まではいくらもない。
〈人間ばるど〉
〈知らせがあるんだ〉
いや。
この声は。
スィの声であって、スィの声ではない。
これは。
この思念は。
この語り口は。
モウラだ!
精霊スィを通して、モウラが語りかけているのだ。
〈人間ばるど〉
〈あなたが解放した精霊たちが〉
〈生まれ変わっている〉
〈彼らは正常なままだ〉
〈解けたんだよ〉
〈呪いは解けた!〉
〈生まれ変わった精霊は〉
〈もう狂わないんだ!〉
そうか!
暗黒神パタラポザは言った。
ゆがみはただされ、けがれは払われた、と。
それはこのことだったのだ。
たぶんやはり船長が元凶だったのだ。
精霊たちの世界に、船長は体をねじ込んでいた。
その船長の存在が、ふりまく憎しみが、絶望が、精霊たちの毒だったのだ。
船長自身は無自覚だったが、船長こそが精霊たちを狂わせていたのだ。
精霊、というのはたぶん、肉体や物質ではなく精神や見えない力に基盤を置く存在だ。
いわば思念のかたまりのような存在だ。
その思念のかたまりのような存在の住む世界で、船長は怨念をまき散らした。
船長の思念は精霊を取り込むことにより強化され、その強化された思念で憎しみと恨みと絶望の思いを振りまいた。
おそらく思念のかたまりである精霊は、その怨念を浴びて狂った。
最初はごく一部の精霊が狂っただけだったかもしれない。
だが船長はどんどん精霊を食べ、その思念は強化された。
ついには精霊の世界に戻った精霊すべてが冒されずにはすまないほどの毒となった。
狂った精霊は獣に取り憑いたが、おのれを狂わした者への憎しみを忘れてはいなかった。
それは人間である。
船長は結局のところ、その精神においては人間そのものだったのだから。
だから魔獣は人間を見ると猛り狂った。
そういうことだったのではあるまいか。
いや、そうではなかったかもしれない。
そうではなく、魔獣の人間に対する憎しみは、船長の怨念そのものであったかもしれない。
船長の心には、この地に住む人間へのすさまじいまでの憎悪が潜んでいた。
〈船乗り〉たちは精霊憑きとなり子孫を残せなかったのだから、この地の人間とはすなわち、ジャン王の子孫を除けば〈眠れる人々〉の末裔である。
それは船長にとっては忌まわしき罪人たちであり、その者たちさえいなければ自分もこんな流刑の地に来ずにすんだのだ。
自分自身の運命を呪えば呪うほど、この地で繁栄を謳歌し喜び楽しんでいる人間たちが憎くてならなかったのではないか。
その憎しみが、狂った精霊たちに伝染し、魔獣たちの心を支配したのではないか。
そうとすれば、魔獣が人間を憎む心とは、船長が人間を憎む心にほかならない。
つまり、魔獣の正体とはすなわち船長そのものであったといえる。
いずれにしても、船長が消滅し、精霊の世界からも消えた今、精霊たちを冒してきた毒は消え、生まれ変わる精霊は狂わなくなったのだろう。
ということは、二度と精霊は狂わない。
すなわち、二度と魔獣は生まれないのだ。
ああ!
思えば船長もあわれな男だった。
復讐こそが望みだと言っていた。
そう自分で思い込んでいた。
しかし本当に船長の心にあったものは、望郷ではなかったろうか。
捨てきれないふるさとへの思いに、あの魔神のような存在は突き動かされていたのではなかったのか。
星船は隠されてなどいなかった。
初めから船長の頭の上を舞っていたのだ。
だが船長は隠されているものと思い込んで捜索を竜人たちに命じた。
だから竜人たちも隠された巨大な鉄の塊を探した。
頭上の星船に気付きもせず。
船長が視力を失ってさえいなければ、すぐにそうと知っただろうに。
ジャン王は星船を隠す必要など感じていなかった。
船長の寿命は自分と同じぐらいだと思っていたろうし、古代剣を持つものにしか最初の命令は下せないのだから、むしろ見つけやすい場所に置いたのだ。
古代剣の使い手が現れたとき、その命令がどこからでも星船に届くようにと。
先ほどバルドが命令を発したとき、その思念はまっすぐ船に届いたように感じられた。
たぶん人の多い大陸の中ではそうはいかない。
雑多な思念に妨げられてしまう。
だからジャン王は各地に中継装置を置いたのだ。
高くうねる波が左足にかかった。
もう水面までわずかしかない。
今にもユーグの吐息がバルドを包む。
それに、ああ。
星船が囚われの島を打ち砕いた衝撃で巨大な高波が生まれ、押し寄せている。
ほどなくあの迫り来るとてつもなく大きく強い波はバルドを飲み込むだろう。
スィたちはよくやってくれた。
しかし、やはり無理だ。
この数の精霊ではバルドの体を支えられない。
もうすぐバルドはユーグに抱き取られ、死を迎えるだろう。
だが悔いはなかった。
精霊たちを解放することができたのだから。
ジャン王の無念を晴らすことができたのだから。
もう二度と新たな魔獣が生まれることはない。
精霊たちが狂うことはないのだ。
それはなんと素晴らしいことか。
この世界のことわりを狂わせてしまった妄執は取り去られ、再び清浄な世界がよみがえったのだから。
むろん、これは誰にも知られることのない功績である。
しかしそんなことは少しも問題ではなかった。
ああ。
ああ。
心から安らいで。
感謝して。
死んでいくことができる。
冥界神よ、大海原よ、わしを包め。
〈もう少し!〉
〈もう少し!〉
〈もう少しなんだ!〉
何がもう少しなのだろう。
ふと西の空を見やれば。
あれは?
橋だ。
光の橋だ。
暗黒の虚空をわたる一筋の橋が、こちらに向かって伸びてくる。
大陸の方角からまっすぐに、光の橋がバルドめがけて伸びてくる。
精霊たちだ。
驚くべき数の精霊たちが帯のようにつながってこちらに向かって来るのだ。
そうか!
いったんマヌーノに与え、そして取り上げた赤石は、船長の命令により、大障壁の外のどこかに運ばれた。
それは赤石の全部というわけではなかったが、大多数を占めるほどの数だったろう。
船長は、魔獣の大侵攻を何度も行うつもりだった。
だから赤石を自分のもとには運ばせず、大障壁の外側のどこかに運ばせたはずなのだ。
大障壁の内側に置いておけば、そこから魔獣が次々に生まれ出てくるのだから、人間がその存在に気付いて赤石を持ち去るかもしれない。
だから、大障壁の外側のどこかに運ばせたはずなのだ。
船長に取り込まれていた精霊たちは、船長の死とともに解放された。
解放され、いったんバルドの体を運びに来てから消滅して精霊の国に帰った。
精霊の国に帰った精霊たちはただちにこの世界に生まれ変わり、その赤石に引き寄せられた。
そして、その場所からまっしぐらに、バルドのもとに飛んで来てくれたのだ。
今にもバルドの体が水面に落ちようとしたとき。
光の橋が水面すれすれでバルドに届いた。
ぶわり、とバルドの体が舞い上がる。
高く高くバルドの体は舞い上がる。
風が吹いて雲を取り払った。
巨大な高波がバルドの下を通り抜けていく。
満天の星のもと、精霊たちは笑いさざめきながらバルドを運んだ。
見下ろすサーリエが、ほほえんでいる。
ユーグの波音が、喜びの歌を歌っている。
なんと多くの精霊たちが集まっていることか。
銀河のようだ。
しかもなおその数は増え続けて限りもない。
精霊たちの光のじゅうたんに乗せられて、夜の空をバルドは飛んだ。
精霊たちに運ばれながら、バルドはアイドラの手紙を思い出した。
バルドがテルシア家を辞したあとに、アイドラがバルドに宛てて書いた手紙である。
その手紙はジュールラントからジュルチャガが盗み取り、カルドス・コエンデラの手に渡った。
コエンデラの城でバルドはその手紙を奪い返したのである。
その手紙の中に、こんな一節があった。
〈あのささやかな庭の小さなテーブルを、覚えておいでですね〉
〈あなたと、わたくしと、ジュールと〉
〈ああ!〉
〈本当に楽しゅうございました〉
〈あのひだまりの庭で話に興じる私たちは、まるで一つの家族のように見えたでしょうか〉
バルドは任務から帰るたびに、ひだまりの庭に足を運んで、アイドラとジュールとともに歓談を楽しんだ。
それは人が見れば一つの家族のようにみえる光景だったろうか。
そうだとすれば、そうだったのだ。
アイドラとジュールとバルドは、一つの家族だったのだ。
そうなることを、バルドは切望していた。
アイドラも望んでいたのだ。
だがジュールの身分を守るため、バルドの求婚を受けることはできなかった。
それでも本当の家族のようでありたいと、アイドラは思った。
その気持ちが、あの一節に込められていたのではあるまいか。
たとえ婚姻という形で結ばれていなかったとしても、アイドラとバルドと、そしてジュールは、一つの家族であったのだ。
そうだ。
バルドは本当に欲しかったものを。
とうに手に入れていたのだ。
ジュールを愛すると決めたからといって、急にそういう心になれるものではない。
バルドは憎しみを押し込め、次第次第にジュールへの愛情を育てていった。
いったいいつのころからだったろう。
心の底からジュールラントを愛せるようになったのは。
バルドの脳裏に、ジュールラントの思い出が、次々に浮かんできた。
幼きころ。
少年のころ。
青年のころ。
おとなとなってから。
常にバルドはジュールラントを守り導き、その成長ぶりにアイドラと笑みをかわした。
あれこそが幸せであり、あれこそが喜びであり、あれこそが生きるということのすべてであったのだ。
なんと。
ああ、なんと。
なんと楽しい人生であったことか。
その夜が明けかかるころ、フューザリオンに光の雲が舞い降りた。
それを目撃した人々は、この奇瑞はフューザリオンの繁栄のきざしだ、と言い合ったという。
(第8章「パタラポザ」完)
7月1日「告知」(終章「終わりなき旅」第1話)に続く