第8話 イステリヤ(中編)
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タランカが質問を始めた。
これはあらかじめ話し合っておいたことだ。
タランカが質問をし、相手が答える。
バルドはそれを横で聞きながら随時質問を加えていくという手はずである。
「族長ポポルバルポポ。
ではまず教えてほしい。
あなたたち、あるいはあなたたちの仲間は、なぜ霊剣とその使い手を欲するのか」
しばらくの沈黙ののち、族長ポポルバルポポは話し始めた。
低く深みのある声だ。
だがしゃりしゃりという響きが混ざっており、ひどく非人間的な声だ。
「その前に訊こう。
タランカ。
お前たちは霊剣がどのようなものであるかを知っているのか」
タランカはこの問い返しに慎重に答えた。
「それは太古の神霊獣が宿る武器である、と聞いている。
使い手との相性により、恐るべき力を発揮する武器であると」
「ふむ。
その言い方では、お前たちは、その恐るべき力というものが、その剣自体にあると思っているようだな。
違うのだ。
霊剣は確かに武器として恐るべき力を秘めている。
だが違うのだ。
霊剣の本当の価値は、鍵としての価値なのだ」
「鍵、だと?」
「そうだ。
ところでお前たちは、〈初めの人間〉のことを知っているか」
「ジャン王のことか。
人間がこの大地とはまったく別の世界から来た、ということは知っている。
ジャン王はその人間の一人で、この地のあらゆる種族をまとめる王となったことも知っている」
「あらゆる種族ではない。
そこにはわれら竜人は含まれていないのだからな。
われら竜人はもともとこの地のすべての種族を支配していた。
部族が栄えるのも滅びるのも、われらの思い一つで決まったのだ。
あまたの種族は争い合い、勝利を求めた。
われらを喜ばせるために。
われらは罪を犯した者たちは罰し、手柄を立てた者は賞した。
特に強き者、美しき者には、われらの体に入ってその一部となる、という栄誉さえ与えられた。
すべてはうまくいっていたのだ」
それは竜人たちからみれば、ということであろうがな、とバルドは思った。
われらの体に入ってその一部となる、というのはおぞましくも竜人に食べられるということだ。
そんな家畜のような生活を、他の種族が喜んでいたとは思えない。
少なくとも今生きているそれぞれの種族は、そのような暮らしぶりを決して望まないだろう。
「そこに人間たちが現れた。
いや。
最初に現れたのはたった一人の人間だった。
〈初めの人間〉だ。
〈初めの人間〉は種族同士の争いをやめさせようとした。
われらは異分子が紛れ込んだことに気付いた。
〈初めの人間〉は素晴らしい遊び道具だった。
われらは〈初めの人間〉を苦境に追いやり、命を狙わせ、味方についた者たちを裏切らせた。
どこまで〈初めの人間〉が頑張れるかを楽しませてもらおうと思ったのだ。
だがまったく予想外なことに、〈初めの人間〉はくじけなかった。
くじけるどころか、われらの支配下にあったほとんどすべての種族をまとめあげた。
そしてわれらに反抗の牙を向けさせたのだ」
ここでポポルバルポポは、岩を削りだしたテーブルの上に置かれた木の器を取って中身を飲んだ。
竜人たちは、ひどく原始的な生活をしているようにみえる。
が、逆にいえば、彼らは服も要らず武器も要らず、ほとんど道具も要らない存在である。
それが彼らの文化であり誇りでさえあるのかもしれない。
「それはひどく不愉快なことだった。
だがひどく愉快なことでもあった。
われらは〈初めの人間〉の手並みをみながら、反攻の時を待った。
われらが種族の力を合わせて襲い掛かれば、どんな種族も対抗することなどできないのだからな。
ところが事態は思わぬ方向に進んだ。
人間は一人だけではなかったのだ。
次々と人間が現れた。
しかも恐るべき武器を携えて。
やつらはわれらの聖域であった空をも無造作に侵し、われらを炎の槍で駆り立てた。
もともとわれらの国はフューザの中腹にあった。
やつらはやすやすとわれらの国にたどり着いた。
われらは滅びを覚悟したが、そうはならなかった。
人間どもは二つに分かれて同士打ちをしていたのだが、それが激化し、われわれになど構っていられなくなったのだ。
長い長い、壮絶な同士打ちだ。
やがて〈初めの人間〉が率いる側が勝利を収めた。
われらは息を潜めて長い時を待った。
その後人間どもは次第に空を飛ばなくなった。
われわれは、人間がその強大な力を失ったのだと考えた」
ポポルバルポポの傍らでは、チチルアーチチが身じろぎもせず話を聞いている。
この話はチチルアーチチにとっても未知の物語なのだろうか。
「われらは平地に降りた。
そこには人間どもがはびこっていた。
だが人間たちは、かつての大いなる力を失っていた。
炎の弓や飛行機械を失った人間たちは、あわれなほど脆弱な生き物だった。
われわれは人間たちを集め、一つの都を作り上げた。
われらは集めた人間たちに手を加え、完全にわれらのしもべとなり、われらに奉仕すること以外何も考えないようにした。
そして強力な軍隊を作らせた。
分かるか。
復讐だ。
人間たちに受けた苦痛と屈辱は、人間たちによって晴らされるべきだと、われらの先祖たちは考えたのだ。
われわれは完成された身体を持っているから、人間が使うような武器や家は必要ない。
だが人間には武具や防具が必要だからな。
多くの武具や防具を作らせた。
われわれはその軍隊で、他の街の人間たちを襲った。
それが失敗だった。
人間は力を失ってなどいなかったのだ。
驚いたことに、人間が現れてから二百年がたつというのに、〈初めの人間〉はまだ健在だった。
飛行機械も炎の弓も失われたわけではなく、〈初めの人間〉によって秘匿されていたのだ。
都はたちまちのうちに消し飛ばされてしまった。
〈初めの人間〉はわれらに、滅ぼさないための条件を突きつけた。
それは、大陸を去ってこの島に移り住むこと。
人間の住む場所には降り立たないこと。
そして、〈囚われの島〉を見張ることだ」
ジャン王が、一つの都を消し飛ばしたというのか。
そこに住む人間もろとも。
いったい何がジャン王をそこまで怒らせたのか。
そこに住む人間たちは、どんな仕打ちを受け、どんなふうに作り替えられていたのか。
それは想像するだに恐ろしいことだった。
だがおそらくジャン王は、その都の人間たちにとっては消し飛ばされることが慈悲だと考えたのだ。
そうジャン王に思わせるほどのことを、竜人たちはしたのだろう。
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「囚われの島、だと?」
タランカの質問に答えたのは族長ではなくその娘だった。
「今朝ここに来る途中見せただろう。
この島の北にある小さな島だ」
「そこに何が囚われているのだ」
タランカの問いにポポルバルポポは答えた。
「われらはそれを知らされなかった。
ただ命じられたのだ。
その島には咎人を封じてあるので、一切の者がその島に近寄らないよう見張れ、何人もその島に近づいてはならぬ、と」
「咎人、だと?
そうジャン王は言ったのか」
「そのとき〈初めの人間〉が使った正確な言葉は伝わっていない。
罪人か、咎人か、悪人か。
いずれにしても人間なのだろうとわれらは思っていた。
やがて何十年かがたち、当然封じられた人間も死んだと思われた。
それでもわれらは約定を守って島には近づかなかった。
ところが二人の先祖が禁を破った。
ウルドルウと、エキドルキエの二人だ」
ウルドルウ!
その名にバルドは覚えがあった。
それはシンカイ軍の黒い大きな馬車に入っていた竜人だ。
人の心を自在に操る恐るべき呪術師だ。
そう物欲将軍から聞いた。
その話はタランカも覚えていたようだ。
「ウルドルウという名には覚えがある。
人の心を操る竜人の呪術師だな」
「ほう。
知っているのか。
ウルドルウとエキドルキエは島に降り立った。
だが封じられた存在はまだ生きていた。
それは人間などではなかったのだ。
見たこともない、恐ろしくて強大な存在だった。
〈それ〉はたちまちウルドルウとエキドルキエの心を支配した。
そして二人に恐るべき力を与えた。
二人は老いを知らなくなり、とてつもなく強力な呪術が使えるようになった。
二人は怪物の手足となって働き、〈それ〉はますますその力を巨大化させた。
やがて〈それ〉の支配力は、直接この島に届くほどになった。
〈それ〉はその気になれば、この島に住む誰をも自在に操れる。
この島で語られるどんな言葉も聞くことができる。
そしてそれが真実か嘘かを〈それ〉はいともたやすく見抜くのだ。
〈それ〉はその超越的な力をもってわれらの上に君臨した。
〈それ〉はわれらの〈あるじ〉となったのだ」
ポポルバルポポは低く無機質な声でそれを語った。
だが〈あるじ〉という言葉を発するとき、その声色は激情に彩られていた。
そこには抑えきれぬ憎しみが込められていたのである。
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その言葉を聞いたバルドたちは、一瞬身構えた。
それでは今まさに自分たちは怪物の手の内にあることになる。
だが、族長ポポルバルポポは、右手を上げてバルドたちをなだめた。
「いや。
今は眠っているのだ。
だからお前たちを招くこともできた。
反乱者たちも反乱を起こせた」
「眠っている?」
「そうだ。
〈あるじ〉は、二十年ほど起きては、十年か十五年ほど眠る。
六年前、〈あるじ〉は眠りについた。
見つけたぞ、という言葉を残してな。
まだ数年は目覚めないだろう」
では囚われの島の怪物こそが、あの声の主だったのだ。
この世界ではない別の場所にいる、とマヌーノの女王は言ったが、それは〈大障壁〉の外、あるいは大陸の外という意味だったのだろう。
バルドはあることを思いついて、ポポルバルポポに質問した。
パタラポザの暦、とはおぬしたちの〈あるじ〉の起きて寝る周期のことか、と。
「ほう。
珍しい言葉を知っているものだ。
そうだ。
それはわれら竜人から生まれた言葉だ。
パタラポザの暦では、〈あるじ〉が起きて寝てまた起きるまでを一晩、と呼ぶ」
そうだったのだ。
ということは、二十年起きて十年ないし十五年寝るとすれば、三十年ないし三十五年が一晩にあたる。
ロードヴァン城を襲った魔獣をそろえるのにパタラポザの暦で二晩かかった、とマヌーノの女王は言った。
それは六十年あるいは七十年の時間をかけて準備したということだ。
それほど長きにわたって竜人の呪縛に囚われていたということでもある。
しかし、ということは。
その〈あるじ〉の睡眠の周期を〈パタラポザ〉と呼ぶということは。
まさかその怪物は、かの暗黒神パタラポザなのか?
バルドはそれをポポルバルポポに訊いた。
おぬしたちの〈あるじ〉とは暗黒神パタラポザなのか、と。
「そうでもあるともいえるし、そうでないともいえる。
〈あるじ〉はいにしえより人間世界に関わってきた。
われら竜人を通して。
あるいは協力者である人間を通して。
時には直接その強大な力を振るうこともあった。
ごくまれには人間を呼び寄せて会話をしたり力を授けることもあった。
そんな〈あるじ〉の存在に触れた人間たちは、〈あるじ〉のことをパタラポザと呼んだ。
われらはその言い方を借りて、〈あるじ〉の覚醒と睡眠の周期を、パタラポザの暦と呼んだのだ」
怪物こそがパタラポザの実体なのか。
それともパタラポザの神話に名を借りて、怪物をパタラポザと呼んだのか。
とりとめのない思考に陥りかけたバルドの耳に、ポポルバルポポの声が響いた。
「さて、質問は、なぜわれらが霊剣と使い手を欲しがるか、だったな。
〈あるじ〉は〈初めの人間〉が遺したある物を探している。
それを呼び出し、自由に操るための鍵が霊剣なのだ。
霊剣は、〈初めの人間〉が神霊獣たちと契約をして武具の中に封じたものだ。
それは条件に合う人間が使い手となったときだけ、本来の力を発揮する。
使い手が霊剣を使って命じれば、〈初めの人間〉が遺した物から力を引き出すことができる。
そして自由に扱うことができるのだ」
「族長ポポルバルポポ。
なぜその〈あるじ〉とやらは、〈初めの人間〉の遺産を欲しがるのか」
と問うたタランカを、竜人の族長は恐ろしい目で見た。
「なぜ、だと。
むろん、破壊するためだ。
それ以外に考えられるか」
「破壊だと。
なぜ破壊しなくてはならないのか」
「それが〈あるじ〉を滅ぼせる唯一の力だからだ」
「なにっ。
では、その遺産とは、武器なのか」
竜人の族長は、額にある第三の目を、くわっと見開いた。
タランカはおじけることもなく、まっすぐに族長の顔を見つめている。
しばらくして、第三の目は閉じられた。
「武器なのかどうかは、よく知らん。
ただそれが〈あるじ〉を滅ぼす力を持っていることは間違いない」
「なぜそうだと分かるのか」
「それ以外に、〈あるじ〉があそこまで血眼になって遺産を探し続ける理由がないからだ」
おかしい。
この理屈はおかしい。
たぶんポポルバルポポは、何かを知っていて隠している。
人間たちには知らせたくない何かを。
「今回反乱した者たちは、〈あるじ〉に先んじてその遺産の力を手に入れようと考えた。
だから反乱者たちは、霊剣とその使い手を欲したのだ」
このあまりに意外な新しい情報を理解するのに、バルドにはしばらくの時間が必要だった。
ジャン王の遺産。
それを欲する怪物。
怪物に先んじて手に入れようとした竜人の一派。
遺産を手に入れるための鍵。
頭の中が混乱して、情報と情報がうまくかみあっていかない。
そんなバルドの心の整理を手伝うように、タランカは言葉を選びながら質問を重ねた。
「その遺産とはどこにある、どのような物なのか」
「遺産がどこにあり、どのような物なのかは知らない。
その詳しいことを、〈あるじ〉は決してわれらに教えない。
だが中継器のありかは分かっている。
フューザ山の中だ」
「フューザの……中?」
「そうだ。
〈あるじ〉は長い時間をかけてそれを探し出したのだ。
それはフューザの中腹から地面を掘り進んだ奥深くに隠されていた。
そこにある中継器を使い、霊剣によって命じれば、遺産の力を呼び寄せることができる。
反乱者たちは〈あるじ〉に先んじてその遺産の力を制御下に置き、〈あるじ〉を滅ぼしたいと考えた。
これが最後の機会だからな」
タランカは大胆な質問をした。
「竜人は〈あるじ〉を憎んでいるのか?」
「憎まないわけがあるか?
やつはわれらを操り、支配してきた。
あるときはやつに心を奪われてやつの思い通りに動き、しゃべり。
あるときはやつに命令されて奴隷のように働かされた。
やつの気に入らない動きをした者は容赦なく殺された。
〈初めの人間〉が死んでしまい、強い力を持った人間たちが消え去った今なら、われらは自由に生きられるのに、〈あるじ〉が今でもわれらをこの島に縛り付けているのだ。
そのほうが手駒として使いやすいという理由で」
「そんな言葉を口にしてよいのか。
いや。
今は怪物が眠っているからよいのか」
「われらが憎んでいることなど、〈あるじ〉は初めから知っている。
何しろ〈あるじ〉は、われらが心に浮かべた言葉さえ読み取ることができ、それが嘘か本当かまでを見抜く力を持っているのだ。
だがわれらが〈あるじ〉を憎むと同時に恐れ、その命令に従っている限り、〈あるじ〉はわれらを滅ぼさない。
皮肉なことだが、心をつなげばわれらも〈あるじ〉の心に浮かぶ思いを読み取ることができ、それが本当か嘘かを知ることができるのだから、そのことは間違いない」
ここで再びバルドが質問をした。
最後の機会、とはどういうことじゃ、と。
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ポポルバルポポは、器の中身を飲んでから、バルドの質問に答えた。
ただしその視線は正面に立つタランカに据えられたままだ。
族長ポポルバルポポは、一度もバルドのほうを見ようとしない。
バルドは、ポポルバルポポの口の中が白っぽい色をしているのに気付いた。
チチルアーチチの口の中は赤っぽい色だった。
もしかすると、竜人の男の口の中は白く、女の口の中は赤いのかもしれない。
「初め霊剣は七本あった。
その七本のどれもが鍵だった。
そうしたことは、長い時間をかけて探り出していったのだがな。
〈初めの人間〉は、遺産にたどり着くためのさまざまな手掛かりを残した。
人間の世界にだ。
だから〈あるじ〉はどうしても人間の言葉を学ばねばならなかった。
お前たちは知っているか。
人間の言葉というのは、もともとは人間の言葉ではない。
それは〈初めの人間〉が作り出したものなのだ。
この地のさまざまな種族の言葉を〈初めの人間〉は研究し、それが過去には一つの言葉であったという仮説にたどりついた。
そしてさまざまな種族の言葉から共通の要素を抜き出していって、新たな言葉を作り、人間がそれを話すようにしたのだ。
だから人間の言葉は、どの種族にとっても、学習することがそれほど困難ではない」
そう言われてみて、バルドには思い当たるふしがあった。
いろいろな種族と交流してみて、それぞれの言葉が、発音の異質性を除けばひどく似通った部分があると感じていたのだ。
「〈あるじ〉は、われらにも人間の言葉を覚えることを強要した。
われらは〈あるじ〉の手足となって、遺産の行方を追った。
中でもウルドルウとエキドルキエの二人は活躍した。
もっとも二人はずっとこの島を離れたまま大陸で活動しているので、どこで何をしてきたか正確には知らぬがな。
〈あるじ〉は人間の中にも協力者を求めた。
何人もの協力者が現れたが、その中でもっとも重要な役割を果たしたのが、ルグルゴア・ゲスカスだ。
人間ルグルゴアは〈あるじ〉の協力者となり、〈あるじ〉に霊剣の存在を教えた。
〈あるじ〉は狂ったように喜んだ。
〈あるじ〉はわれらに、人間の世界で動き回っていることを決して知られるな、と命じた。
べつに人間たちを気遣ったわけではない。
人間の世界をかき乱さないためだ。
残された手掛かりは細い線のようなもので、それが途絶えることを恐れたのだ」
ああ。
歴史の影で。
その背後の闇の中で。
怪物と竜人たちは、営々と暗躍していたのだ。
「やがてエキドルキエはフューザの中に中継器があることを探り当てた。
人間ルグルゴアは霊剣とその使い手を捜し出し、ウルドルウがその心を支配した。
遺産の力を呼び出すための手だてがそろったのだ。
だが遺産の力を呼び出すことはできなかった。
それは奇妙なことだった。
調べ上げたことからすれば、確かに遺産の力は現れるはずだったのだ。
ともあれ人間ルグルゴアは役に立つということが分かったので、〈あるじ〉は強大な力を与えた。
また、人間ルグルゴアの要請に応じて、ウルドルウを貸し与え、赤石さえ与えた。
赤石が何かを知っているか」
「知っている」
タランカの肯定を聞き、ポポルバルポポはそのまま話を続けた。
「そうか。
〈初めの人間〉が〈大障壁〉の外側に埋めた赤石を掘り出したのはわれわれだ。
赤石のありかを探り当てるのは、ひどく忍耐のいる仕事だったそうだ」
怪物が赤石を掘り返しておのれの物にしたと聞き、バルドの心に激しい怒りがこみ上げた。
それはまさにジャン王の願いを踏みにじる行いだ。
「何度も失敗が繰り返された。
そしてようやく分かった。
心だ。
呪力によって心を支配してしまうと、使い手の心は〈よごれ〉る。
心の〈よごれ〉た使い手が霊剣を用いても、遺産の力は呼べない。
つまり使い手の自由な意志によってなされるのでないかぎり、遺産は応えないのだ。
しかも一度使い手の心が〈よごれ〉てしまうと、霊剣も〈よごれ〉てしまい、二度と遺産の力を呼ぶのには使えない。
そうして六本目の霊剣までが力を失った。
人間バルド・ローエンが持っているのが最後の霊剣なのだ。
その霊剣は人間の世界のどこかに置かれた。
〈あるじ〉は忍耐強く待った。
いつか使い手が霊剣とめぐりあい、その真の力を発揮する日を。
エキドルキエにマヌーノの女王を支配させ、魔獣の群れを人間の国に突入させようとしたのは、そろそろ霊剣の使い手が現れていて、魔獣相手にその力を発揮しはしないかという、期待を抱いてのことだった。
そして魔獣の進撃が始まるやいなや、霊剣とその使い手が現れたわけだ。
睡眠するべき時期に入っていた〈あるじ〉は、それを見届けてから眠りについた。
今ごろは、さぞ愉快な夢を見ているだろう。
これで最後の機会であるという、その意味が分かっただろう。
〈あるじ〉が目覚めれば、人間バルド・ローエンに取引を持ちかけるだろう。
断りようのない取引を。
そして〈あるじ〉は遺産を破壊し、〈あるじ〉を倒せる方法は永久に失われる。
それをよしとしない者たちにとっては、今が最後の機会であり、バルド・ローエンとその霊剣が最後の希望なのだ」
2月19日「イステリヤ(後編)」に続く