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辺境の老騎士  作者: 支援BIS
第7章 迷宮への挑戦
150/186

第8話 イステリヤ(前編)


 1


 太陽神コーラマが、西の水中に身を隠しかけるころ、東の水の上に大地が現れた。

 小さな大地だ。

 もっとも、小さいというのは周りの広大な水の世界と比べてのことであり、その小さな大地は、パルザムの王都とどちらが大きいか、というほどの大きさを持つ。

 間もなく一行は、その小さな大地の西の端に降り立った。

 波が打ち寄せる際であり、いくつもの岩棚が折り重なっている。

 見れば岩棚の中央を小さな水流が通っており、岩棚の中ほどでは水たまりができている。


「ここで一晩過ごせ。

 あなぐらもあるし、水もある。

 草や木や枯れ枝もある。

 明日、朝の食事が済んだころに迎えに来る」


 そう言ったチチルアーチチに、バルドは、ここまで世話になったのう、と礼を言った。

 タランカは、質問をした。


「チチルアーチチ殿。

 この水の上の大地が竜人のすみかなのか」


「そうだ。

 この(ククル=リ)こそが、竜人の国たるイステリヤだ。

 われらの住まいはククル=リの東側から中央にかけてだ」


「ククル=リとは何か」


(ユーグ)の中にぽつんと浮かぶ大地のことだ」


「ユーグとは、この広大な水の大地のことか」


「水の大地、とはおもしろい言い方だな。

 だが、その通りだ。

 こうした言葉は人間の言葉なのに、お前たちは知らないのだな」


「チチルアーチチ殿。

 竜人には竜人の言葉があるのだろう」


「無論だ」


「あなたがたは普段人間とまじわらないはずだ。

 なのになぜ、あなたはそんなにも見事に人間の言葉が話せるのか」


「……それについては、明日族長に訊け」


 ここでバルドが質問を挟んだ。

 バルドはチチルアーチチにこう訊いた。

 ククル=リというのは、イステリヤだけでなく、ほかにもあるのか。


「ある、と聞いている。

 だが私たちが知るのは、このイステリヤだけだ。

 ……いや。

 もう一つ知っているな。

 それについては明日族長に訊け」


 バルドが訊きたかったのは、取りあえずそれだけだ。

 タランカがチチルアーチチに言った。


「分かった。

 疲れているところを済まなかった。

 他の竜人たちにもチチルアーチチからねぎらいを伝えてくれ。

 チチルアーチチに抱かれての空の旅は心地よかった」


「……お前は変な人間だ」


 チチルアーチチはそう言い置いて、仲間を連れて飛び去った。

 カーラがうさんくさげな目つきをタランカに向けた。


「あんた、あの竜人の女を口説くつもり?」


「いや、そんなつもりはないよ。

 でも仲良くしたい、と思っている」


 仲良くか。

 なるほどそれは大事なことじゃ、とバルドは思った。

 竜人たちは味方というわけではない。

 むしろ敵だ。

 いよいよのところでは決して友誼を結べる相手ではない。

 しかしだからこそ、対話し理解することが必要だ。

 仲良くしたい、というほどのところに心を置くことは、とてもよい。

 そうでなければ交渉などできない。

 タランカはまだ若いのに、老練な貴族のような発想ができている。

 バルドは大いに感心した。





 2


 太陽神は水に没したが、暗闇にはほど遠い。

 中天には姉の月(スーラ)が輝き、妹の月(サーリエ)も銀の馬車に乗って姿を現した。

 星神ザイエンはひときわ豊かに星々の光を降らしている。


 さて、食事の準備をしなくてはならない。

 バルドたちが下ろされたのは波打ち際の砂浜である。


「このまま砂浜で食事にしよう。

 僕はたきぎ拾いをするから、カーラはこの鍋に水を汲んで、スープの具を準備しておいてくれるかな」


 カーラが鍋を持って波打ち際に向かうのを見て、バルドはあることを思い出した。

 そこでカーラに、ユーグの水は塩水のはずじゃ、と声を掛けた。


「あら、そうなの?

 じゃあ、塩が節約できてちょうどいいわね」


 カーラは鍋に(ユーグ)の水を汲み、それを手ですくって飲んだ。

 そして、何とも言えない顔をした。


「うえええええええ。

 からい。

 塩からい。

 それに、なんていうか、まずい。

 だめだわ。

 この水じゃ、スープは作れない」


 そう言って、岩棚をのぼって清流を汲み取った。

 カーズはといえば、砂浜の端にある岩場に上って何かを見ている。

 そこは清流が流れ落ちる場所であり、ごつごつした岩が折り重なっている。

 打ち寄せる波が岩に当たって砕け飛び散っている。

 カーズは砂浜のほうに戻って来た。

 波打ち際をあさっている。

 何かを見つけたようだ。

 それは貝だった。

 二、三個の貝を拾うと、また岩場に戻った。

 カーズの体が岩場の影に消える。

 下のほうに降りたのだろう。

 ほどなく岩場から出て来た。

 剣を抜いている。

 その剣の先で何かがはねている。

 びちびちと。

 魚だ!


 バルドにも、ようやくカーズの狙いが分かった。

 岩場に魚が寄って来るのに気付いたカーズは、貝の身を水に落とし、それを食べに来た魚を剣で突いたのだ。

 なんという技。

 魔剣〈ヴァン・フルール〉をそんなことに使ってよいのか、と少し思ったが、カーズが自分でやっていることなのだから、よいのだろう。

 その後カーズは人数分の魚を獲った。

 (ユーグ)の魚は、泥臭さがなく、非常に美味だった。


 食事のあと、四人は思い思いに過ごした。

 なかなか寝付けなかった。

 何しろこの風景は素晴らしい。

 星神に照らされ、風神に吹かれてさざめき揺れる広大なる海。

 飽きることのない眺望である。


 それにしても、この大いなる海がユーグだったのか。

 バルドは感慨を深くした。

 ユーグ、というのは古い古い神の名だ。

 何の神かといえば冥界の神なのである。

 大オーヴァが流れていく先は巨大な奈落となっており、その落ち込んでいく先は冥界である。

 すべての死者の体が流れ着く場所こそが冥界なのである。

 したがって冥界は闇そのものであり、混沌そのものでもある。

 と同時に新たな命の揺り籠でもある。

 死者はユーグのもとで安らう。

 そして新たな命となって地上に生まれていくのである。

 なんとなれば、闇とは命を包み守り育む働きだからである。

 辺境ではユーグの名は忘れられていない。

 バルドも、川に流した手紙は大オーヴァに流れつき、それからユーグに送り届けられるものだと思ってきた。


 ここから先は、ロードヴァン城からパルザム王都への旅の途次、マッシモサンボ位伯に聞いたことである。


 が、やがて死者の魂魄は霊峰フューザに集まって神々の庭にいざなわれる、という信仰が力を持つようになった。

 また、パタラポザなる闇の神が現れ、(くら)きもの、おぞましきもの、怪しきものをつかさどるといわれるようになった。

 生命の誕生は豊穣神ホランのわざとされるようになった。

 こうしてユーグはその権能を奪われ、ただオーヴァの水を飲み込み続ける神となり、人々から忘れ去られていったのだという。


 だが、ユーグはここにおわす。

 オーヴァの水を飲み込み続けたその巨体で大陸を覆い、人の目に見えないところで人の暮らしを支え、この世のことわりを守り続けているのだ。


 ふと見れば、タランカはひとり何事か考え込んでいる。

 波打ち際ではカーズのそばにカーラがにじりよっている。

 バルドはユーグとザイエンに寿言を贈って報謝した。





 3


 一行が朝食を終えてしばらくして、チチルアーチチがやって来た。

 三騎の飛竜を従えて。

 四人を乗せて飛び立つと、海岸線に沿って北に移動した。

 そしてある場所で空中に静止し、チチルアーチチは言った。


「あれを見よ」


 チチルアーチチが指し示す方角には、一つの(ククル=リ)があった。

 それは小さな小さな島だ。

 薄い赤色をした岩でできており、一本の木も生えていない。

 あれはいったい何なのか。

 あの島がどうしたというのか。

 バルドたちの疑問に答えは与えられず、一行はそこから再び移動を開始した。


 今度はイステリヤの中央部に向かって飛んだ。

 島の中央部は巨大なそそり立つ岩山となっており、その中央部がぱっくりと割れている。

 さらに近づくと、その割れた壁面にたくさんの穴が開いているのが見えた。

 穴と穴とをつなぐように壁面には階段が掘られている。

 穴の中から飛竜に乗って飛び出す竜人がいる。

 つまりあの穴が竜人たちの家なのだ。

 一行は壁面の最上部の穴に向かった。

 バルドたちはそこで降ろされた。


 ここから落ちたら命はないのう。

 と、バルドは思った。

 不思議なことに飛竜に乗って飛んでいるときには、高い空の上にいるという恐ろしさは感じなかったのだが、今は高さの恐怖を強く感じた。

 バルドたち四人とチチルアーチチは、洞窟の中を進んだ。

 どういう仕掛けか分からないが、奥に進んでも洞窟の中はぼんやり光っている。


 ほどなく最奥部に着いた。

 そこには一人の巨大な竜人がいた。

 恐らくひどく年老いた竜人だ。

 岩壁に背を預けて座っている。

 その竜人に向かってチチルアーチチが言った。

 竜人の言葉なので意味は分からない。

 だが短い言葉の中に、フューザリオン、タランカという言葉があったのは聞き取れた。


「人間たち。

 わしはイステリヤの族長ポポルバルポポ。

 お前たちを歓迎しよう。

 タランカという人間はどれだ」


「私がフューザリオンのタランカです。

 族長ポポルバルポポ。

 私たちの要求に応じ、会談の場を設けてくれたことに礼を言います」


 そして待ちに待った竜人の長との対話が始まった。

 ついにバルドが追い求めてきた秘密が明かされるのだ。






2月16日「イステリヤ(後編)」に続く

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