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辺境の老騎士  作者: 支援BIS
第6章 フューザリオン
128/186

第7話 ジャン王の物語(前編)



 1


 結婚式が終わり、客たちが帰って、さらにその置き土産の整理が一段落したころ、やって来た人物がいた。

 騎士ヘリダン・ガトー。

 ヴォドレス侯爵家の騎士だった男だ。

 ヴォドレス家から皇王の妃となったマリエスカラ妃の、嫉妬からくる狂気の命を受けて、ドリアテッサを殺そうとした男である。

 こんな辺境のはずれの村にドリアテッサがいると知って来たわけではなく、事件後国を出て辺境を放浪していて、たまたまこの地に立ち寄ったのだという。

 嘘をつくような男ではないから、その言葉は信用してよい。

 騎士ヘリダンはドリアテッサの前にひざまずいてわびた。

 ドリアテッサは騎士ヘリダンを許し、これからはフューザリオンの騎士となって尽くせ、と命じた。

 騎士ヘリダンはこれを承諾した。

 こうしてフューザリオンは強力な戦力を得た。


 ヘリダンは一人の若者を連れていた。

 辺境で出会い、騎士にしようと見込んで養育しているのだという。

 その若者の名を聞いたとき、バルドの背筋を雷電が走り抜けた。


 タランカ。


 それがその若者の名だった。

 その名は、いつぞやの奇妙な夢で出てきた名だ。

 クインタという名の壮年の騎士が、御大将と呼び掛けた人物に話していた。

 すでにタランカが準備を調えております、と。

 あれはやはりこれからずっと先に実際に起こる出来事なのだろうか。


 タランカという青年は、十六歳だという。

 よく鍛えられ、年よりもずっと落ち着いてみえる。


 ヘリダンとタランカの加入により、バルドは非常に楽になった。

 近頃クインタとセトの成長も著しい。

 この一年半のあいだに、普通の若者の三年分にも四年分にもあたる心身の成長をみせた。

 例えていえば、水気も乏しく栄養も足りない荒野に芽吹いた若芽が、雨の訪れとともに一気に成長するようなものだろう。

 最近では言葉遣いも変わってきた。

 クインタは十歳ぐらいかと思っていたが、たぶんもう少し上だ。

 十三歳か十四歳だろう。

 セトが十歳ぐらいだ。


 クインタはすっかりカーズの弟子のようになり、毎日剣の稽古をつけてもらっている。

 そこにタランカが来た。

 タランカもカーズに剣を教わるようになった。

 カーズにいわせると、タランカには天性の防御勘があり、守勢の剣を目指せば天下一品の剣士になれる。

 クインタはバランスの取れた万能型の剣士で、細剣よりむしろ盾と騎士剣の戦いに向いている。

 セトも並以上の剣才があるのだが、タランカとクインタに比べれば二段も三段も劣る。


 バルドはクインタに、騎士ヘリダンに剣を教わってみてはどうかと勧めたが、クインタはどうしてもカーズがいいと言う。

 カーズにつきまとうようにして剣を教わるものだから、カーズも力を入れて指導している。

 その様子を見たドリアテッサが、自分にはあんなに優しく教えてくれなかったと怒っていた。


 ここまできて、バルドも心を固めた。

 ジュルチャガとドリアテッサとも相談の上、クインタに騎士を目指してカーズの従卒となれ、と命じたのだ。

 クインタが壮年の騎士となっていたあの夢が、バルドの背中を押したかもしれない。

 正確には命じたのは村長でありオルガザード家の家長であるジュルチャガなのだが、誰の意志か皆が知っていた。

 クインタは驚喜して拝命した。

 バルドはまた、カーズは説明を面倒がるから、騎士の心得の分からない点については騎士ヘリダンに教えを受けるよう諭した。

 クインタもその点は分かっていたようで、真剣な顔でうなずいた。

 騎士の修業をするとなれば、覚えることは多い。

 礼儀作法はもちろん、手紙や帳面の読み書きもできなくてはならない。

 経営の基本となる算術や収支のまとめかたも知らなくてはならない。

 各種の武器や馬の扱いも学ぶことになる。

 行軍のしかたは狩りをしながら教わることになるだろう。

 最低限、各国の歴史も知らねばならない。

 さらに軍の組み方、従卒らの使い方も覚えていくことになる。

 騎士ヘリダンは大国ゴリオラの騎士だったのだから、バルドよりずっと正式の騎士の教程を知っており、知識も豊富のはずだ。

 クインタも、タランカも、辺境にはもったいないような騎士となれるだろう。


 このバルドの読みは正しかった。

 騎士ヘリダンは、タランカを見いだしたとき、泥の中に宝石を見つけたような気分だったのだが、クインタの資質はそれに劣らない。

 この二人の才能あふれる青年を指導できる喜びは、非常に大きいものだった。

 騎士ヘリダンは、精魂を込めて若者たちを指導し、そして期待以上の成長ぶりに胸を震わせていくのだ。


 すでに村はほぼ自給自足の態勢を調えている。

 布を自給できるようになるのは相当先のことだろうし、鉄などは永久に自給はできないかもしれない。

 だがそうしたものは頻繁に買うものでもない。

 使い切れないほどの土産をアーフラバーンたちが置いて行ってくれたのだから、当面何の心配もない。

 すでにエガルソシアは特産品として販売を始めている。

 薬草としても食品としても優秀なうえ、絞り汁をまけば野獣よけになるという特性が知られつつある。

 これほどの優良商品はないといってよく、しかもここ以外では大量に作ることはできないのだ。

 輸送が一番の難点なのだが、ジュルチャガは自信満々で、そのうちボーバードやヤドバルギ大領主領がここまで馬車を出して買い付けに来るよ、と言っている。


 フューザリオンはこれから大きく発展していくだろう。






 2


 陣容が調ってきて余裕のできたバルドは、近頃しきりに考え事をしている。

 魔獣のことだ。

 魔獣とはいったい何なのか。

 魔獣を作れる石があるという。

 それはマヌーノの女王から聞いたことだ。

 また、魔獣を操れる石がある。

 それはジャミーンの居住地で実際に見たことだ。


 バルドは長年魔獣と戦いこれを殺すことを使命としてきた。

 その使命を必死に果たしながら、心の奥に疑問を持っていた。

 魔獣というが、それは普通の獣が何かの作用でこうなるのだ。

 なぜ魔獣になるのか。

 なぜ魔獣などというものがこの世にあるのか。


 いったん魔獣になれば、絶対にもとの獣には戻れない、と思っていた。

 そう教えられてきたからだ。

 だが。

 あの大攻防の最後に古代剣からあふれ出た光は、魔獣たちをマヌーノの呪縛から解くだけだったろうか。

 しかとは分からないが、もしや魔獣をただの獣に戻しはしなかったか。


 分からない。

 考えたからどうにかなるものかも分からない。

 だがなぜか、そのことが気になって仕方がない。


 それからまた、この世界ではない別の場所にいてバルドを、というより古代剣を狙っているという存在のこと。

 その存在は、バルドがどこに行こうが居場所が分かるのだと、マヌーノの女王は言っていた。

 やがてその存在と戦わねばならないのだろうか。

 その存在とは何者なのか。

 その狙いは何なのか。





 3


「近頃ずいぶん考え込んでるようだねえ。

 何を悩んでるんだい」


 ザリアが訊いてきた。

 この叡智(えいち)豊かな老婆(ろうば)なら、何かを教えてくれるかもしれない。

 バルドは、長い話になるがと前置きして、自分の経験してきたことと考えていることを話した。

 話が終わったあと、ザリアはしばらく黙り込んだ。

 そして、おもむろに口を開いた。


「こいつは驚いたねえ。

 その剣がただの剣じゃないことは気付いてたし、その腕輪もただの腕輪じゃないことは気付いてた。

 だけどそれが偉大な精霊が宿る剣で、ヤナの腕輪だとはねえ」


 古代剣やこの腕輪について何か知っているのなら教えてほしい、とバルドは言った。

 だがザリアは、その二つについては噂程度に知っているだけで、あらためて教えるようなことはない、と答えた。

 ただし、魔獣についてはいろいろ話さねばならないことがあるという。


「どこから話したもんかねえ。

 まさかこの話をするようなことになるとは思わなかったよ。

 そうそう。

 あたしが魔女だと言われて焼き殺されそうになった話はしたね」


 その話は以前聞いた。

 ザリアの母は旅の途中である村に居つき、薬師として長年村人を助けた。

 ザリアもそのあとを継いで薬師として人を助け続けた。

 だがあるはやり病の薬が一人分しかなかったことから、家族を失った村人から猜疑(さいぎ)の目でみられ、ついには魔女呼ばわりされた。

 長年村に尽くした報酬は、家の柱に縛り付けられ外から火を掛けられるというものであったのだ。


「母親が死んだあと、あたしは一人だった。

 でも本当は一人きりじゃなかった。

 一人の精霊(ムリク)が一緒だったのさ。

 母親の若いころから友達だったらしい。

 母親が死んだあとは、あたしと一緒にいてくれた。

 あたし以外の人間には姿も見えないし声も聞こえないんだけどね。

 火に巻かれて死にそうになったとき、その精霊が訊いてきたのさ。

 死にたくない?

 ってね。

 あたしは馬鹿だった。

 死にたくない、って答えちまったのさ」


 それがどうして馬鹿なことなのだろう。

 それにしても、精霊というのはそんな状況から救えるような力を持っているのだろうか。


「その精霊(ムリク)は、どうしたと思う?

 あたしの中に入ってきたんだ。

 あたしに食べられたのさ。

 精霊はもともとこの世のものじゃない。

 ほんのちょっぴりだけこの世に現れているけれど、体や力の大部分はこの世界にはないんだ。

 でも人間の中に入って、その人間の一部になることで、精霊は力を発揮することができるようになる。

 その人間に大きな力を与えてくれるんだ。

 あたしは縛めを引きちぎり、炎の中を歩いて小屋の外に出た。

 髪や服や肌が焼けたけど、見る見るそれを治すことができた。

 あ、いや。

 服は直せなかったし、髪が元通りになるにはかなりの時間がかかったけどね。

 村人は悲鳴を上げて逃げていったよ。

 あたしはほんとの魔女になっちまったんだ。

 それでも命は助かった。

 お礼を言おうと思ったけど、いくら呼んでも精霊は返事をしなかった。

 しないはずさ。

 あたしに取り込まれて、精霊は消えてしまったんだから。

 あたしは命と引き換えに、たった一人の本当の友達をなくしてしまったんだ。

 それから二百年近くがたつ。

 この前、あたしが炎を操るのを見ただろう?

 あれはあたしの若いころの姿さ。

 精霊(ムリク)の力を強く使うとああなるんだよ。

 たぶん年取った体では耐えられないから、あたしが一番生命力があったころの姿になるんだろうね」


 驚くべき話だ。

 本来なら疑ってかかるべき話だ。

 だがバルドは、そのひと言ひと言が真実であると感じた。

 今まで見聞きしてきたことと符合するのだ。


「さて、ほんとの話はこれからだよ。

 あたしの中に入った精霊は、あたしに食われて消えちまった。

 けれど精霊が何百年のあいだに蓄えた記憶を、あたしは自分のものにした。

 これからあんたに話す話は、精霊の話でもあるけれど、それだけではない。

 魔獣の話でもあるけれど、それだけではない。

 この世界に人間がやってきてから何が起きたかという話なのさ。

 偉大なるジャン王の物語さ」






11月1日「ジャン王の物語(後編)」に続く

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