第4話 双子の虹(前編)
1
ゲリアドラは奇怪な草である。
その実は悪魔の実とも呼ばれる。
はじけたときばらまかれる粉は、実は小さな虫の卵であり、人間の体の中を食い荒らして成長する。
宿主を得た虫は多数の卵を飛ばして村を国を滅ぼしてしまうというのだ。
バルドは以前ゲリアドラの粉を吸って死にかけたところを、不思議な薬師の老婆に助けられたことがある。
ゴリオサという草の実をつぶして飲めば、体に入った卵を殺すことができる。
ゲリアドラもゴリオサも、めったに生えない草である。
ゲリアドラが茂るときは、必ずゴリオサも茂る。
そのゴリオサが、一つの小山を埋め尽くして生えている。
ということは、それに見合うほどのゲリアドラが生い茂っている、ということなのだ。
バルドは全身があわ立つのを感じた。
腹の中に千匹の虫がうごめいているかのような悪寒が身を包む。
目の前の光景が意味するもののあまりの恐ろしさに。
「旦那!
カーズ!
これをかむんだ。
しっかりかんで、かんで、じゅうぶんつぶしてから飲み込むんだっ。
早くっ」
見ればジュルチャガがゴリオサの実を両手に乗せて差し出している。
バルドは右手を伸ばしてひとつかみ取り、口に放り込んでかみしめた。
ひどく苦く、青臭い。
本当は実の中身だけを出してすりつぶして服用するのだ。
だが今はそんなことをいっている場合ではない。
カーズも同じようにしている。
ジュルチャガは、ゴリオサの実をユエイタンとサトラにも食べさせた。
二頭の馬は、素直にそれを食べた。
ジュルチャガは、再びゴリオサの実を取って、ユエイタンとサトラに食べさせた。
自分も口にゴリオサの実を入れ、かみ始めた。
バルドは不思議に思った。
確かゲリアドラが宿主にするのは人間だけのはずだ。
そう言うと、ジュルチャガはびっくりした顔をした。
「えっ?
そうなのっ?
てか、旦那。
何でゲリアドラを知ってるんだよ」
バルドからすればジュルチャガが知っていたことのほうが驚きだ。
前にゲリアドラの実の粉を吸い込んで死にかけたことがある、と教えた。
「そうだったんだ。
旦那も、こいつに。
おいらね。
こいつにやられたんだ。
母ちゃんも、村のみんなも。
おいらはザリアに助けられたけど、ほかのみんなは死んだ。
死んで体中から卵が」
ジュルチャガの言葉が途絶えた。
遠くのほうに注意を向けている。
「子どもだ。
二人」
と言ったのはカーズだ。
ジュルチャガが駆け出した。
カーズがサトラを駆ってあとに続く。
ユエイタンも走り出した。
いた。
森の出口に子どもが二人。
一人は十歳を少し過ぎたぐらいで、もう一人は十歳より少し前だろう。
二人の子どもは駆け寄る馬と大人たちに気付いておびえた様子だ。
ジュルチャガが駆け寄ってなだめている。
「お父が、お母が、村のみんなが。
み、みんな倒れて眠って」
「虫の卵みたいなのが、ぶわって出てきて」
「ばあちゃんが。
逃げろって」
ジュルチャガは、背中の袋からゴリオサの実を出して、子どもたちに食べさせようとした。
すると子どもたちは、それはもう食べた、と言った。
バルドは、いつ食べたのかと訊いた。
「さ、さっきだよう。
ばあちゃんが、それをすりつぶして、食べろって」
「苦かった」
知識のある人物だったようだ。
よかった。
バルドのときは、一度体内に入った実の粉のせいで体調が崩れ、気を失った。
そのあとに老婆からゴリオサの実を与えられて、それでも命が助かったのだ。
実の粉が体内に入って倒れる前に、ゴリオサの実を口にしたというのだから、この子たちは大丈夫だろう。
そのとき、強い風が吹き始めた。
風が運んできた匂いは、物が焼ける匂いだ。
火事だ。
この森の向こうで火事が起きている。
そうか。
ゲリアドラを滅ぼすには、強い火をもって地下茎ごと焼き払うしかない。
それを知っている人間が、火をかけたのだろう。
さらに強い風が吹き寄せた。
ばちばちと木々が焼ける音も聞こえる。
火神ガーロゴは風神ソーシエラが憎くてたまらない。
手ひどく振られたことを根に持っているのだ。
ゆえに風が吹き寄せれば、火は猛り狂う。
まずい。
この風では。
「風が吹いてきた。
火はすぐにここまでくるぞ。
逃げなくちゃ。
旦那。
カーズ。
子どもたちを乗せて」
子どもたちは、ジュルチャガが自分たちを助けようとしていることが分かったのだろう。
おとなしく馬の背に担ぎ上げられた。
もう見える所まで火が迫っている。
風はますます強くなってきた。
バルドは左手で子どもを抱きながら右手で手綱を取ってユエイタンを走らせた。
カーズも同じようにしている。
ジュルチャガは、二頭の馬に遅れもせず走っている。
北へ走った。
西寄りに走ればオーヴァ川のほうに出る。
しかし川辺は草木も茂っているから、火が追ってくるだろう。
東も樹影が濃い。
だからもと来た方角目指して走った。
沼地になれば火は燃え移りにくいはずだ。
だが。
風はますます強くなり、火は天を焦がして吹き上がった。
木や草をかきわけながら進むのだから、いかに名馬でもそう速くは駆けられない。
火の粉が掛かってきた。
逃げられないのか。
ここで死ぬ運命なのか。
それが運命なら。
それが運命なら。
そんな運命には従えぬ!
バルドは思わず、うおおおおおお、っと大声でうなった。
ユエイタンが馬脚を上げる。
と、天空に雷光が走り、天の太鼓が鳴り響いた。
突然一帯は大雨に包まれた。
水神イーサ=ルーサは、火神ガーロゴの姉である。
弟をなだめに降りてきてくれたのだ。
乱暴者のガーロゴも、優しきイーサ=ルーサの前ではおとなしくなるほかない。
火事はしゅうしゅうと収まっていった。
バルドたちは木陰に身を寄せ、やっと休憩することができた。
激しい火事だった。
火はわざとつけたのだろうが、まさかここまで大きく速く燃え広がるとは思っていなかったのではないか。
あの中にいる者は、助からない。
そもそもおとなが付き添いもせず子ども二人を逃がしたということ自体、よほど切羽詰まっていたことを示している。
この辺りは危険な獣が多い。
危険な虫もいる。
獣とも虫ともつかない生き物も人を襲う。
沼地などは、それ自体が危険だ。
そんな場所にこの二人を逃がしたのだから、それだけ余裕がなかったのだ。
食事を与え、水を飲ませると、子どもたちはことりと寝入った。
2
三日後、バルドたちは焼けてしまった森を、ゆっくり進んでいた。
いまだに小雨が降り注いでいる。
焼け焦げた匂いが立ちこめ、煙と雨霧で辺りは白くけぶっている。
二人の子どもが、どうしても家を見に行くと言って聞かないのだ。
二人の子どもは、それぞれ、クインタとセトという名前だった。
兄弟ではないが、とても仲良しだ。
「だって、ユグルが、ヌーバが、ミヤが。
ばあちゃんが、きっと見つけるからって」
「ユグルとミヤは女の子だから。
ぼくらが守ってやらないといけないんだ」
おばあちゃんなる人物は、二人の祖母というわけではなく、皆からそう呼ばれているらしい。
そのおばあちゃんとクインタとセトは、村から少し離れた場所に植えた野菜の様子を見に行った。
村に帰ると、村人が集まっている。
旅人がやって来て倒れたのだという。
その倒れた旅人をみて、おばあちゃんなる人物は狂ったように騒ぎだした。
この男の上に木ぎれを積んですぐに焼くようにと。
みんなにすぐに村を捨てて遠くに逃げるように言い出した。
だがみんな取り合わなかった。
おばあちゃんは、村を飛び出した。
年を取っているとは思えない速さで走り、何かを探していた。
クインタとセトはおばあちゃんに懐いていたから、そのあとを追った。
二人とも駆けっこは大の得意なのだ。
ずいぶん走り回ったおばあちゃんは、ある草を見つけ、その実を二人に食べさせた。
そして袋一杯にその実を詰め込んで、村に帰った。
村はひどいことになっていた。
何人もの人が地面に倒れていた。
体に虫の卵のようなものが噴き出している人もいた。
倒れていない人たちは大騒ぎをしていた。
おばあちゃんは、草の実を食べさせようとしたが、みんな言うことを聞かなかった。
そうしているあいだにも、次々人が倒れた。
そのうち火事が起きた。
家が次々と焼けていった。
おばあちゃんは、クインタとセトに、逃げるように言った。
クインタとセトは、ユグルとヌーバとミヤを連れて来ると言った。
五人はとても仲良しなのだ。
おばあちゃんは、その三人は自分が探すから、とにかくできるだけ遠くに逃げるように言った。
二人はおばあちゃんがあまりに必死な様子なので、言われた通りにした。
クインタとセトから聞いた話をまとめると、そういうことになる。
二人はおばあちゃんがユグルとヌーバとミヤを探して守ってくれているはずだから、探しに行ってあげないといけないのだと言う。
あの火勢では生きていられるわけがない。
死体が見つかるとしても、むごい状態だろう。
できれば見せたくなかった。
けれど二人は何と言い聞かせても、村に帰ることを諦めなかった。
やっと見つけた俺たちの村だという。
それは親たちの口癖なのだろう。
三日たってようやく踏み込めるほどに熱さが収まってきたので、村があったはずの場所に向かっているのである。
3
森の南の端にぽっかりと開けた空間に、その村の跡はあった。
雨が降ったため、森の木々同様、村のたたずまいもわずかにその面影をとどめている。
とはいえ家という家は焼け落ちて崩れ、そのあとに土砂降りの豪雨に押し流されたのだから、その面影は霧雨に溶けて消えそうなほど幽かなものにすぎない。
そんな焼け跡に、あり得ざるものがあった。
そんな村の跡地の一角に焼け残った一軒の小屋である。
ひどくみすぼらしい小屋ではあったけれど、何もかもが焼け落ちて流されたその跡に、焼けることも流されることもなく、毅然と立っていた。
それはひどく粗末な苫屋であったけれども、二人の子どもたちにとっては、希望そのものだった。
「ユグル!
ヌーバ!
ミヤーーーーーーーっ!」
クインタとセトの上げる悲鳴にも似た呼び掛けに応えて、小屋から三人の子どもが飛び出して来た。
すすけて、どろどろで、ぼろぼろだけれども、元気いっぱいの子どもたちが。
バルドは走り寄る子どもたちより、焼け残った小屋に目を奪われていた。
いったいこれは、どういうことか。
周りがこれほど焼けて何もかもが失われてしまったというのに、その小屋だけがぽつんと、何事もなかったかのように立っている。
業火の中で、この小屋と子どもたちは、どうやって自らを守ることができたのだろう。
そのときバルドの中で、何かの記憶がもぞもぞとうごめいたが、はっきりした形を取るまでには至らなかった。
クインタとセトは馬から飛び降りて走り寄った。
そして五人の子どもたちは抱き合いもつれあって、お互いの無事を喜んだ。
ジュルチャガは、しばらく子どもたちの様子を笑顔で見守ったあと、小屋のほうに走って行った。
バルドもユエイタンを小屋のほうに歩ませた。
小屋の中に入ったジュルチャガが、
「ザリア!」
と驚きの声を上げるのが聞こえた。
バルドは馬を下り、小屋に入った。
そこでは一人の老婆が倒れていた。
バルドは、おおっ、と声を上げた。
その老婆をバルドは知っている。
それはまぎれもなく、かつて死にかけたバルドを助け、薬草の知識を授けてくれたあの老婆だった。
10月16日「双子の虹(後編)」に続く




