第1話 姫騎士と求婚者たち(後編)
前編の第2節に若干の加筆を行いました。
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「そこで、ゴドンの旦那はこう言ったわけ。
伯はご存じか。
卵を混ぜた炊きプランは、食べ物にはあらず、飲み物にござる。
それを聞いてクラースクの初代領主様も、バルドの旦那も大笑いしたってさ」
「はは、ジュルチャガ。
その話は何度も聞いたぞ」
「ドリアテッサ殿。
私は初めて聞きます」
「そのあとのハドル・ゾルアルス様の言葉が傑作なんだ」
ジュルチャガと、ドリアテッサと、シャンティリオンが、茶を飲みながら談笑している。
バルドもソファーに深く腰を下ろしてくつろぎながら、三人の話を聞くともなしに聞いている。
ハドル・ゾルアルス伯がバルドたちを訪ねて来たとき、ジュルチャガはリンツに向かっていて、その場にはいなかった。
だからジュルチャガがこのやり取りを知っているというのは、たぶんゴドンから聞いたのだろう。
カーズは立ったまま壁にもたれて話を聞いているが、その表情は穏やかだ。
話の内容によるのかもしれないし、今日は挑戦者がいないからかもしれない。
押し寄せる自称見舞客たちに対処するためジュルチャガが出した案は二つだ。
一つはドリアテッサ目当ての青年騎士たちに対してである。
バルドの息子であるカーズ・ローエンに細剣の勝負を挑んで勝った者には、ドリアテッサへの求婚をバルドが取り持つ。
そういう噂を流したのだ。
ただし挑戦できるのは一回だけで、代理人は認めない。
最初の一人は恐る恐る申し込んで来たが、バルドとカーズがあっさりとこれを受諾したため、申し込みが殺到した。
とうてい青年とはいえない年齢の騎士も混じっていた。
昨年の戦役で〈七勇士〉の一人としてカーズ・ローエンの武名は鳴り響いていたが、辺境競武会でシャンティリオンに負けたということも知られていた。
勝てるかもしれない。
そう思う挑戦者たちを、カーズは容赦なくたたきのめした。
二度と不心得を起こす気にならないほどに。
ここまで厳しくしなくても、もう少し軽くあしらってもよかろうに、とバルドに思わせるほど、そのやり方は手厳しかった。
なぜか挑戦者の名簿にはシャンティリオンの名もあったが、今度こそカーズは遠慮なくこの天才剣士を地にはわせた。
シャンティリオンの惨敗ぶりが噂になったのか、申し込みを取り消す者が続出し、やがて彼らは顔をみせなくなった。
もう一つはバルドの名声と影響力を利用しようと考えるやからに対してである。
なんとジュルチャガは、バリ・トードを通じて王命を発してもらった。
諸国戦争の大功労者バルド・ローエン卿は体調が思わしくないため、見舞いに制限をかけるというものだ。
一日の見舞いは五組までとされた。
一組は最大三人までである。
十日前までに予約をしなくてはならない。
予約名簿に名のない者は同席できない。
これをトード家の侍従頭が厳しく取り仕切った。
しかも面会時間は午後の入りの刻から一刻に限定され、五組と同時に対応した。
遅れた者は入館さえ許さなかった。
侍従頭はここが閉鎖されたあとはためた給金で悠々自適の生活をすることになっており、自分の評判など気にしなくてよかったのである。
大貴族たちは見舞いに来るのでなくバルドを自宅に招こうとしたが、すべて断っている。
そして、バルドがこの国に根を下ろすつもりはなく近々放浪の旅に戻る予定であることが知れ渡るにつれ、訪問の申し込みも少なくなっていった。
平穏を取り戻すことができたバルドは、ひどく落ち着いて満ち足りた気分になった。
実のところ体調は見る見る回復している。
毎日の食事がおいしくてたまらない。
昨晩のシュレイニという山鳥の蒸し焼きも素晴らしかった。
ソースが美味いのだ。
子牛から取った肉のエキスに野菜などの汁と赤ワインと薬味酒を加えて煮込んだソースであるという。
カムラーは、その子牛を見ただけで、どの料理に合うソースが取れるかを見抜けるのだという。
たいしたやつだとは思うが、その言い方がいちいち腹の立つ言い方なのだ。
「軍にあって将は兵の資質を正しく見抜き、それぞれの特性が生きるような役割を与えるものと聞き及んでおります。
見ただけでその子牛の肉の質やだし汁の質まで見抜けなくて、どうして厨人頭が名乗れましょうか」
もう少し謙虚な言葉というものをはけないものなのだろうか。
だが料理は素晴らしい。
シュレイニは、非常に味が濃く、かみしめた風味は複雑で際立っているのだが、食べ続けて舌がなれると、ややばさりとした空虚さを感じる。
おそらくこれにおとなの牛から取ったソースをかければ、うまくはあるが、微妙な鳥の味はかき消されてしまっただろう。
おとなの牛から出るだし汁は、味付けをしなければあっさりしているように感じられるが、実は非常に強くてくせのあるだし汁であって、いわば頑強な金属全身鎧のようなものだ。
子牛からとるソースというのは、まったりとしていて口に含んだ瞬間の味は強いのに、あとを引かない。
料理を優しく包み込むような風趣をもっている。
いわば要所だけを軽く守る革鎧のようなものである。
子牛のソースを使うことによって、シュレイニのとがった味や、かすかな野趣が生きるのである。
昨夜はシーデルモントも同席し、カムラーの料理に舌鼓を打った。
シーデルモントは近頃王宮の書庫に入り浸っている。
上軍正将となったシーデルモントは、軍事記録についてはいっさい制限なしに閲覧ができる。
古今の戦いの記録をつぶさに研究しているのだ。
もともとシーデルモントは、パクラのような田舎にあって可能な限り各国の戦いの記録を収集していた。
陣形や戦法を研究するためである。
シーデルモントは、武芸においては攻勢というより守勢の人である。
つまり守りは堅いが攻めて勝つ力は強くない。
その代わり、戦術戦略に通暁し、多数の兵を縦横に率いる技術や駆け引き、戦いの流れを読む呼吸は、バルドよりよほど優れている。
この男に幾百人の騎士を与えて存分にその力をふるわせてみたいものだと、常々バルドは思っていた。
それが今回のパルザムからの招聘により図らずも実現した。
そして今は、王直轄軍の再編と訓練にいそしみつつ、パルザム王国に蓄えられた豊富な軍事記録を存分に読みふけっている。
要するにシーデルモントは、今や水を得た魚といってよい。
新たに発見した用兵術をうれしそうに語るシーデルモントをみて、バルドは目を細めた。
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今日はシャンティリオンは来ていない。
部屋にいるのは、バルドのほかドリアテッサとジュルチャガだ。
カーズは革防具職人のニテイの工房に行っている。
いったんリンツ伯の元に納品されていた革鎧をあらためて王都に取り寄せた。
その微調整を頼んでいたのだ。
仲良く話すドリアテッサとジュルチャガを見ていると、あの滝のほとりの日々が思い出されて懐かしい。
ふとバルドは、あることを思い出した。
辺境競武会が終わって、ロードヴァン城を去る前のことである。
国元に帰ることになるドリアテッサに、バルドは大丈夫かと訊いた。
実の兄であるアーフラバーンがドリアテッサを一人の女性として愛している、そのことについての懸念である。
あのときドリアテッサは何と答えたか。
パルザムに行けば、一年か二年の時を得る。
それでも問題が起きるようなら、ジュルチャガが教えてくれた方法を採る。
本当によい方法を教えてくれた。
バルド殿たちには余計にご迷惑を掛けることになる。
まことにかたじけない。
パルザムでの女性武官候補たちの教育は非常に順調で、今年の六月か七月には終了しそうだとドリアテッサは言っていた。
そうすれば帰国することになるのだが、そのときジュルチャガが教えたというよい手段を採るのだろうか。
そもそもそのよい方法とは何なのか。
バルドたちに迷惑を掛けるという、その方法とは。
バルドはそれを二人に訊いた。
とたんにドリアテッサは赤くなってうつむいた。
ジュルチャガが説明した。
「ああ、あれね。
あれはね。
もうやっちゃったんだ。
え?
いやいや、大丈夫。
何の問題も起きなかったよ。
つまりね。
おいら、ドーラにこう言ったんだ。
アーフラ兄ちゃんには、私には好きな人がいます、その人と一緒になることが私の幸せです、って宣言しちゃったらどうかって。
そうしたら兄ちゃんは、案外認めて応援してくれるんじゃないかって。
ただし誰かってはっきり言ったら、それはそれで問題が起きるから、一行の中の誰かだとだけ言えばいいって」
一行、とはバルドたち一行のことだろう。
あのとき一緒だったのは、ドリアテッサのほかには、バルド、ゴドン、カーズ、ジュルチャガの四人である。
その四人のうちの誰かということになる。
なるほど。
方便とはいえ、そんなことを言えば、四人に迷惑を掛けることになる。
「で、あのあとね。
カーズと一緒にドーラは国に帰ったでしょ。
そのとき、そう言っちゃったんだって。
ところがみんなはあんまりびっくりしなかった。
みんな、っていうのはドーラの父ちゃんや兄ちゃんたちね。
どうもね。
辺境から帰って来たときに、好きな人が出来たって、ばれてたらしいんだ」
ふむ。
辺境競武会が終わったあと、ドリアテッサは国に帰った。
カーズはバルドの代理としてファファーレン家を訪問した。
そのとき、四人の中に好きな人がいる、とアーフラバーンに宣言したわけか。
ところがアーフラバーンは驚かなかった。
アーフラバーンだけでなく、父や兄弟たちも驚かなかった。
それは、それ以前に辺境で大赤熊の魔獣を討って皇都に帰還したとき、好きな人ができたということに、家族が気付いていたからだと。
なるほど。
む?
……な、に?
何だと。
すると、つまり、一行の中に好きな人がいるというのは方便ではなく、本当のことだというのか。
誰だ。
誰なのだ。
ドリアテッサの思い人というのは、いったい誰なのか。
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はっきり訊けばよかったのかもしれないが、それもためらわれた。
無神経な老人だと思われるのは構わないが、ドリアテッサを傷つけるのが嫌だったのだ。
どうもこういう事項には気が回らない。
バルドにとって恋愛の機微というのは苦手事項なのだ。
ドリアテッサはテラスに出て、庭と池を見下ろしている。
よい風が吹いているようで、だいぶ伸びてきた栗色の髪をそよがせている。
と、ドリアテッサが花を手折り、花びらをちぎって風に遊ばせた。
バルドは、はっ、とした。
風の神ソーシエラへの供物だ。
貴婦人が騎士に恋をしたとき、その騎士の守護神に供物を供え、機嫌を取る。
そうすれば守護神が騎士との恋を取り持ってくれるからだ。
今ドリアテッサが行ったのは、風の神への恋の供犠にちがいない。
四人の中で風の神ソーシエラを守護神に持つ者は、誰か。
カーズだ。
カーズ・ローエンしかいない。
バルドの守護神は暗黒神パタラポザであり、ゴドンの守護神は大地神ケッチャ=リだ。
そもそもソーシエラは放浪の神、あるじにとらわれぬ神でもあるから、主持ちの騎士が守護神にすることはほとんどない。
ジュルチャガは騎士の誓いをしていないから特定の守護神はないが、頻繁に祈っているのは交易神エン・ヌーだ。
ソーシエラに祈っているところなど見たことはない。
ドリアテッサの思い人は、カーズだったのだ。
にこにこしながらドリアテッサの様子を見ているジュルチャガも、そのことを知っているに違いない。
シャンティリオン。
気の毒に。
いつの間にか、バルドはシャンティリオンが大好きになっていた。
挙措や、学問、武術、戦闘指揮などは洗練されて鋭いのに、いざ生きるということになると、妙に不器用で純な青年。
その不器用なひたむきさが、大好きになっていた。
バルド自身はついに歌うことのできなかった心からの恋歌を何のてらいもなく歌ったみせたその姿は、はた迷惑でもあり、的外れで不格好でもあった。
だがその堂々たる不格好さの、なんとまぶしく愛おしいことか。
その恋が実ってドリアテッサと結ばれることを、ひそかに祈っていたのだ。
身分や生き方の上で、二人は相性がよいように思える。
考えてみれば、いつぞやファファーレン家が名家であると知ってシャンティリオンが喜んでいたのは、そのためだ。
大家であるアーゴライド家にじゅうぶん釣り合う家なのだ。
美男美女で二人とも名剣士である。
本当にお似合いの二人だと思えたのだ。
しかもその場合パルザム国に嫁いでくることになるから、シェルネリア姫とも一緒にいられる。
みんなが幸せになれると思っていたのだ。
だが。
ドリアテッサの気持ちがカーズにあるとすれば、無理にシャンティリオンと結婚させることはできない。
もともとバルドが口を出すようなことではないのだが、ドリアテッサの望みがかなうよう、精一杯の応援はさせてもらいたい。
それにしても、ドリアテッサがカーズを。
あの無愛想を絵に描いたような男のどこを気に入ったのか。
うむむ。
だが、よくよく考えてみれば、あり得ないことではない。
カーズは無口ではあるが、心に正義を持ち、いちずな男だ。
そして本当のところはひどく優しい男だ。
ドリアテッサが辺境競武会で優勝できるようできるだけのことをせよ、というバルドの命を受けて、じつに厳しい稽古をつけた。
その厳しさはドリアテッサのことを思えばこそである。
たとえドリアテッサに憎まれようとも、カーズはドリアテッサに勝利を与えるべく、ぎりぎりの修練を強いた。
それこそが真の献身でなくて何だろう。
そしてまた辺境競武会の細剣部門でドリアテッサがシャンティリオンに敗れると、カーズは模範試合でシャンティリオンの技を引き出し切った。
そして惜しげもなく秘技をドリアテッサに教えた。
ドリアテッサにわずかでも総合部門戦での勝機をつかませるために。
自分がシャンティリオンとの試合に勝つか負けるか、人からどう思われるかなど気にもとめていなかった。
おのれの名誉など眼中にないほど、カーズはドリアテッサのことだけを考えていたといってよい。
そうしたカーズの振る舞いの意味に気付くだけの感性を、ドリアテッサは持ち合わせている。
自分を高みに引き揚げ、到底届かないはずの夢をつかませてくれたのが誰かを、ドリアテッサは知っている。
そこに思慕が生まれたとしても、何の不思議もない。
いや。
むしろ生まれないほうが不思議だ。
ここまで考えて、バルドはあることに気付いた。
もし。
もしドリアテッサがカーズと結婚したら、どうなる。
つまりそれは、バルドの義理の娘となる、ということである。
生まれてくる子はバルドの孫となる、ということである。
絶えるはずだったローエン家が続いていく、ということである。
思いもしなかった展開に、バルドは叫び出したいような気分になった。
だがしばらくのあいだ心の中で大騒ぎをしたあと、思い直した。
そして自分に言い聞かせた。
いやいや、落ち着け、バルド・ローエン。
馬鹿なことを考えるな。
自分の喜びのためにカーズとドリアテッサを結び付けるようなことは考えるな。
二人が幸せになることが大切なのであり、それ以外の動機を持てば、言葉は不純となる。
ここは自分の気持ちを抑えなくてはならない。
そうとして。
カーズはドリアテッサのことをどう思っているのだろう。
そういう疑問を持ったとたん、いろいろのことが思い浮かんだ。
なぜカーズはアーフラバーンと闘ったのか。
私を倒すほどの剣客ならわが父に会う資格があると言ったところ、アーフラバーンが挑んできた、とカーズは言った。
だが本当にそれだけだったのか。
むしろアーフラバーンの本音は、ドリアテッサを娶る資格があるかどうかを試したかったのではないのか。
それをカーズも感じ取ったからこそ、「念のため徹底的にたたきのめした」のではないか。
パルザムでの求婚者たちをおとなげなくたたき伏せたのも、ドリアテッサに言い寄る者たちに腹を立てたからではないのか。
つじつまが、合う。
考えてみれば、いろいろと符合する。
そうだったのか。
ドリアテッサはカーズのことを思っており、カーズもまたドリアテッサのことを思っているのだ。
だがカーズとドリアテッサは、お互いが思い合っているということは、知っているのだろうか。
知っているようにはみえない。
ふたりの様子を見ていて、そのあいだには距離がある、と思わざるを得ない。
となれば、わしがその橋渡しをするべきではないか。
いや。
バルド・ローエンよ。
要らぬ手出しは考えるでないぞ。
お前が取り持とうとした恋はことごとくつぶれてきたことを思い出せ。
静かに見守るのが一番じゃ。
そして、もしも二人が結ばれたら、自分は何をすればよいのか。
何ができるのか。
バルドはそう考えて、一つの着想を得た。
その場合には、パルザム王国で領地と爵位をもらおう、と。
それはカーズが、そしてその子孫たちが受け継ぐことになる。
となると、しばらくこの国にとどまって、二人の関係がどうなるかを見定めるのがよい。
バルドは、まだ見ぬ未来に思いをはせた。
10月7日「皇都への長い道」に続く




