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辺境の老騎士  作者: 支援BIS
第5章 諸国戦争
115/186

第9話 山岳戦(後編)



 7


 しゃりん。

 ちゃらん。


 巫女(みこ)が歩む。

 右手には三個の金輪。

 左手には三枚の銀板。

 それを交互にすり合わせて音を立てながら。


 しゃりん。

 ちゃらん。


 鳴らすごとに足を踏み出す。

 右足を左足にすりつけるようにして上げる。

 左膝の高さまで上げてから下ろす。

 そして地面をこするように前に突き出す。

 今度は左足を同じようにして前に進む。


 巫女は素足である。

 身にまとうのは薄桃色のゆったりとした浄衣(じようえ)

 風にふかれて長い袖がそよぐ。


 八歩進むと、腰にくくりつけた壺の一つを取って地にまく。

 そして八歩戻って、今度は東に向かって歩を進める。

 北には水を。

 東には土を。

 南には塩を。

 西にはワインを。


 中央には聖硬銀(マナディート)の鎧を着けた一人の騎士がひざまずいている。

 儀式を見守る幾千の人々は、それが王であることを知っている。

 〈四謝の舞い〉による祝福を受けることができるのは王だけなのだから。

 先々代の王は、親征の際好んでこの儀式を行った。

 この儀式は戦争に先だって行えば、この地の恵みはわがものなりと宣言する、つまり必勝祈願の意味になるからである。

 そしてその通りになってきた。


 儀式が終わり、王が両手を上げると民衆から歓声が上がった。

 シンカイの大軍がもうそこまで迫っているということは、すでに周知のことである。

 不安や流言も広がる中で、この儀式に安堵(あんど)を覚えたのであろう。

 王軍、諸侯、貴族、官吏ら、立ち並ぶ人々もその表情は明るい。


 役目を終えた巫女は脇に下がって汗をぬぐっている。

 ドリアテッサである。

 本来は神殿の巫女が行うはずだったのだが、直前になってその巫女は恐慌状態になった。

 この舞いを行う者は処女(おとめ)でなければならず、禁を犯せば死ぬ。

 死にたくないとわめいていたから、その点に心当たりがあったのだろう。

 そんな状態では踊らせられないし、資格がないと分かった者を使うわけにはいかない。

 代わりの者など用意していなかったので、どうしたらよいかということになった。

 それを聞きつけたシェルネリア王妃が、ドリアテッサを推薦したのである。

 幼い日二人は五日に一度神殿で教育を受けた。

 そのとき奉納舞いの歩法も学んだことがあり、ドリアテッサは筋がよいと評判だった。

 この〈四謝の舞い〉におけるドリアテッサの美しさは評判になり、〈巫女騎士〉という呼び名を奉られることになる。






 8


 六月一日、シンカイ軍はカッセを出た。

 わずか五日後にその知らせは王都に届いた。

 さらに三日後に続報が届き、物欲将軍はカッセに残ったことが分かった。

 進路上にある最初の大きな街トボシには、足止めだけでよいという指示がまだ届いていなかったため、騎士団を繰り出して少しでも敵軍を削ろうとした。

 そのため大きな被害が出てしまったが、期待以上の日数を稼いでくれた。

 王はあとで手厚く報いるだろう。

 また、明け渡してよい城や砦では逆に思いきりのよい戦い方ができたため、時間稼ぎとしてはよい効果が得られた。

 こうして稼いだ時間の一日一日が勝機を高めてくれる。

 バルドは将兵の訓練に力をそそいだ。


 シンカイ軍の到着予想日は漸次修正され、王都西の平原に到着する最終予想日は七月二十八日となった。

 当初の最速到着予想日より二十七日も稼げた計算である。

 おかげで改良クロスボウと改造槍の数も増やせ、訓練も進んだ。

 山野の地形もじゅうぶん記憶できた。


 ジョグ・ウォードが来た。

 副官のコリン・クルザーと渉外担当の大臣を連れて。

 援軍に来た、それとゴリオラとの協定に一枚かませろ、と。

 たった二人の援軍だがジョグ・ウォードなら戦力になる。

 ゴリオラよりも早く真っ先に駆けつけた、ということの外交的意味は大きい。

 また、通商体制が出来上がってから参加するのと出来る前に参加するのとでは、交渉できる幅が全然違う。

 パルザムの重臣たちは舌を巻いた。

 ガイネリアはいつからこんな外交上手になったのか、と。


 だが事実は違った。

 先の御前会議の結果を受け、パルザムからガイネリアに特使が向かった。

 ゴリオラの援軍が無事速やかに到着できるよう国内通過の許可を求めたのだ。

 それを聞いたジョグが勝手に飛び出したので、あわてて渉外担当大臣がついてきた、というのが実際のところだった。

 事実は違ったのだが、結果は同じである。


 ジョグは、招いてもいないのにバルドの宿舎、つまりトード家に押しかけた。

 カムラーの料理がえらく気に入ったようで、大声で褒めちぎった。

 やつは牛肉が好きだと教えると、カムラーはあの手この手の牛肉料理を出した。

 感激したジョグは、俺はもうここを動かん、と宣言した。

 カムラーも料理を褒められて悪い気がするはずもなく、毎日技のさえを見せつけたのである。

 出番がまだまだ先と聞いて、毎日肉を食っては酒を飲んで過ごした。

 何をしに来たのかと思わせる振る舞いだが、これで山岳戦の大駒が一枚増えたと思えば腹も立たない。


 ある日、変形槍部隊の訓練を終えたバルドが帰宅すると、シーデルモント・エクスペングラーが訪ねて来ていた。


「バルド様。

 ごあいさつが遅くなり、申しわけございません」


  おお、シーデルモント!

  忙しいじゃろうのう。

  よう来てくれた。


 バルドとしても、自分が旅に出たあとのパクラの様子などを聞きたかったから、この訪問はうれしかった。

 筆頭騎士であるシーデルモントを貸してもらえないかという打診がジュールラントからあったときには、さすがに現テルシア家当主ガリエラも断ったという。

 しかし再度申し入れがあり、今度はシーデルモントの貸し出し期間を三年と区切り、しかも能力の高い騎士二名を代わりに差し向けるという条件までつけられては、断るわけにいかなかった。

 二度にわたる申し出を拒否すれば、大国の王であるジュールラントに恥をかかせることになるからである。

 それに何より、ガリエラにとりジュールラントは年の離れた弟そのものであり、かわいくてしかたがない。

 また、テルシア家出身の騎士がパルザム王国の王位についたといううれしさ晴れがましさはたとえようもなく、何としても応援してやりたいところではあるのだ。

 幸い、今はコエンデラ家の策動を気にする必要がない。

 そのことは、騎士の配備のうえで非常なゆとりをもたらしていた。

 ガリエラはこの機会に中堅騎士数名を指揮官として訓練する心づもりだという。


 シーデルモントは妻も子たちも置いて、従者一人を連れて本当に身一つでやってきた。

 いきなり最高位の指揮官に任じられ、パルザム王直轄軍独特の戦い方を大急ぎで学びつつ、未知の戦い方をするシンカイ軍と戦わねばならないのだ。

 その苦労と重圧は大変なものだろうが、態度は悠々としている。

 実にたいした騎士になってくれたのう、とバルドは心うれしく思った。

 考えてみれば、パクラの三人の騎士が、今のパルザムの屋台骨となっている。

 愉快なことではないか。


 この夜の食卓はにぎやかだった。

 バルドとシーデルモントに加え、ジョグ・ウォードとコリン・クルザーがおり、さらにシャンティリオンとドリアテッサが訪ねてきたからである。

 メイン料理は生後二年の雄牛の背骨の脇の肉を、大きなかたまりのまま蒸し焼きにしたものだった。

 これに蒸し焼きにするときに染み出した汁に香辛料や塩を加えたソースをかけて食すのである。

 料理はかたまりのまま食堂に運ばれ、一枚一枚カムラーが切り分ける。

 湯気の出る熱々の肉が薄く切り取られ皿に盛られ、すうっとソースがかけられるのを見ていれば、思わずよだれも出るというものだ。

 切り分けられた断面をみれば、生のままではないかというほど鮮やかに赤い。

 けれども切り分けて口に入れてみれば、過不足なく火が通って柔らかい。

 柔らかいのだけれど、しっかりした歯ごたえもあって、実に食べごたえ満点の肉だ。


「カムラー。

 今度は三枚いっぺんに切ってくれ。

 ソースをじゃぶじゃぶかけてな」


「あ、俺ももう一枚お願いします」


 しかもこの料理、何枚でも好きなだけおかわりができるのだ。

 ジョグとコリンは喜々として次々に追加を頼んだ。

 シャンティリオンとドリアテッサは、シーデルモントからパクラ時代のバルドの武勇伝を聞き出していた。


 七月五日に、ゴリオラからの援軍が到着した。

 騎士八十と従騎士八十、そして従卒が百二十の、合わせて二百八十人である。

 総指揮官はバッタ・ゴッタール将軍。

 うれしいことに、アーフラバーンとキリー・ハリファルスの顔があった。

 ファファーレン家は先の三国連合軍に参加し大きな被害を出したので、今回の援軍からは外された。

 アーフラバーンは個人として参加したのである。

 目的の半分は愛する妹の顔を見ることであったかもしれないが。

 キリーは辺境競武会のあと近衛武術師範の職を辞して修行三昧の生活をしていたが、アーフラバーンに声を掛けられ参加したのだという。

 バルドはバッタ将軍に掛け合い、この二人をバルドの直属にしてもらった。

 また、従卒、すなわち弓兵を待ち伏せ部隊に借り受けた。

 結局、アーフラバーンとキリーは従者ともどもバルドの所で宿泊することになった。

 トード邸はいっそうにぎやかになったのである。


 七月二十四日、準備を終えた連合軍は、王都の西のはずれで〈四謝の舞い〉を終え、西方に一日移動して陣を構えた。

 そして、二十八日、王都西の平原においてシンカイ軍と連合軍は激突したのである。






 9


 シンカイ軍は、実に騎馬一千の大軍である。

 その後ろに八百ほどの歩兵がいる。


 これに対して連合軍は、先陣に王軍を、後陣に諸侯軍を、遊軍として少し離れた丘の上にゴリオラ軍を置く配置を取った。

 王は先陣と後陣のあいだで近衛に守られている。

 後陣の両翼が前にせり出しており、いざというときには王の盾ともなる。

 王軍は中央前面に盾持ちの重歩兵四百と槍兵四百を、その後ろに弓兵四百を、右翼に騎士二百、左翼に騎士二百を置いている。

 先陣の指揮をとっているのはシャンティリオンである。

 バルドとシーデルモントは王のそばにいる。


 騎馬戦力だけでみれば、連合軍は、王軍四百、ゴリオラ軍百六十、近衛八十、諸侯軍二百三十ほどで、計八百七十ほどとなる。

 騎士と従騎士を合わせての人数であり、練度や武具の質には相当の幅がある。


 弓の射程に達する少し前、シンカイの騎馬軍団のうち四百騎が突撃を開始した。

 シャンティリオンの号令が飛び、弓隊が攻撃を開始する。

 パルザム王直轄軍の弓隊は、一定の空間に大量の矢を撃ち込むよう訓練されており、連射速度は非常に優れている。

 しかしシンカイの騎士の鎧は魔獣の皮で出来ている。

 集団の先頭を走る騎士は、馬の頭と首にも矢よけを掛けてあるが、これもおそらく魔獣の皮だ。

 矢の雨をものともせず、シンカイ騎馬軍団は進む。

 速い、速い。

 あまりに速い。

 先を走る馬が倒れようがそれをあざやかにかわし、少しもひるむことなく突き進んでくる。

 重歩兵と槍兵による防御陣に突入する寸前、騎馬隊は左右に分かれた。

 両翼に配した騎馬のさらに外側に向かっている。

 左右から回り込んで中陣の王を襲おうというのだ。

 それは無傷なままのこちらの先陣両翼の騎馬隊に横腹を見せる危険な進撃である。


 王軍両翼の騎馬隊は遠慮なく迎撃にかかった。

 しかし、敵騎馬隊の練度と速度はすさまじいもので、特に先頭を行く数騎の強さは尋常ではなかった。

 こちらの武器の届かない距離から長柄の武器で王軍騎士をはじきとばし、しゃにむに王旗を目指す。

 王軍両翼の騎馬隊が敵先鋒と戦闘状態になったとき、シンカイ軍の残る騎馬六百が突撃を始めた。

 シャンティリオンは落ち着いてよくこれに対応したが、敵の侵攻速度が速すぎて歩兵の展開は間に合わない。

 六百騎は左右に三百騎ずつ分かれ、先発の四百騎が横腹を食い破らせているその外側を大回りして中陣に迫った。

 こんなむちゃな攻撃をすれば、せり出した諸侯軍にすりつぶされてしまう。

 ところがシンカイ騎馬軍団の突撃速度は諸侯軍の予想したそれをはるかに上回るものであった。

 そもそも諸侯軍の先頭にあるのは厚い全身鎧をまとい盾を持った防御力の高い騎士たちである。

 この重量を乗せて走る馬と、革鎧の騎士を乗せて走る馬では速度が違って当然である。

 しかもシンカイの馬たちは野生馬同然の悍馬(かんば)であり、それと心を通わせ乗りこなせる者だけがシンカイでは騎士になれるのである。

 馬の体型も鈍重ではなく、しなやかであり、この目で見ても信じがたいほどの侵攻速度だ。

 見る見る本陣に迫るシンカイの騎馬軍団だが、王の周りは手練れ揃いの近衛の騎士たちが重厚な防御陣を敷いており、これを抜けなければ前後からすりつぶされるほかない。

 さて、ここをどう抜くつもりかとバルドが見ていると、先頭を走る騎士たちが何かを投げつけてきた。

 投げ斧である。

 小振りながらたっぷりの重量を持ったそれは、近衛の騎士たちの盾をはじき飛ばし、あるいは破壊して、騎士たちに被害を与えていく。

 こんな手を隠しておったかと、バルドは感心した。

 ブンタイ将軍は、投げ斧のことなどひと言も言わなかった。


 頃合いとみて、バルドは王に退却をうながした。

 王とバルドとシーデルモントとカーズが馬首をひるがえして逃走に移る。

 その後を王旗を持った騎士が追う。

 シンカイの騎馬隊がこれを猛追するが、近衛騎士が時間を稼ぐ。

 シンカイの騎馬軍団は犠牲が出るのも構わず、ただ王を追う。

 王の真後ろにいた諸侯軍も前進してきてさらに時間を稼ぐ。

 これともまともに戦おうとせず、シンカイ軍はひたすら王を追う。


 無論彼らはこれが偽りの敗走だと知っている。

 わざと攻め込ませて王が逃げ、彼らをおびき出す(わな)だと知っている。

 バルドは王宮内にシンカイの密偵がいることを確信していた。

 でなければ、ゼンブルジ伯爵を傀儡(かいらい)としてトード家で暗殺を仕掛けることなどできないからである。

 確認したところ、トード家をバルドの宿舎に指定し、顔見知りであるバリ・トードを接待役に指名したのはウェンデルラント王だった。

 そこにジュールラントが訪ねていけば、王宮と違ってくつろいで話もできる、という配慮だった。

 これは大勢の臣下の前で語ったことらしい。

 それは辺境競武会以前のことであり、ウェンデルラント王の健康にも問題がなかったから、ジュールラントの行幸についてさほど神経をとがらせるような状況ではなかったのだ。

 密偵はその時点でその王の言葉を聞くことができる地位にいた、と考えられる。

 その密偵は、今回バルドが王をおとりにする案を立てて押し通したことを、シンカイ側に伝えているはずだ。

 それを知ったシンカイ軍は、わざわざ防御陣の内側に飛び込ませてくれるのだから、これを利用しない手はない、と考える。

 罠であっても()み破ればよく、いずれにしても王その人が手の届く所に出てくるのだから、またとない勝機であると。

 彼らはそういう考え方をする。

 ブンタイ将軍と話してみて、バルドはそう確信した。


 だがそこにもう一つの罠があることは、ほんの一握りの人間しか知らない。

 今王の馬に乗り、聖鎧をまとい、黄金の兜をかぶって逃げているのは王ではない。

 シーデルモントなのである。

 二人は髪や目の色が同じで、背格好や面立ちもよく似ている。

 現に顔や髪は露出しているのに、王軍将兵も諸侯も王その人だと思い込んでいる。

 シーデルモントが王の影武者となることで、より際どいタイミングで逃走を行うことができた。

 わずかな違いなのだが、そのわずかな違いが大きい。

 シンカイの将兵は、目の色を変えて偽王を追っている。

 山に入ってからも、シーデルモントはぎりぎりの逃走ぶりをみせ、敵を罠に引き込むだろう。

 といってもシンカイ軍の追撃はすさまじい速度であり、油断すればたちまち捕らえられてしまう。


 王の馬は素晴らしい名馬であり、聖鎧は軽いから、速度は速い。

 バルドも盾は持っているものの鎧は川熊の魔獣の革鎧である。

 重い鎧を着けるのはロードヴァン城の戦いで懲りた。

 ユエイタンの脚力はいうまでもない。

 カーズもいつものように身軽な服装で、盾さえ持っていない。

 愛馬のサトラの脚も並ではない。

 旗持ちの騎士は近衛で最も馬術の巧みな者であり、疾走ぶりは美しささえ感じさせる。

 全身鎧と顔を覆う兜を着けて馬脚の遅いシーデルモントの影武者を取り残して、四人はひた走った。


 四人は平野を避けて山岳地帯に向かった。

 王都の西から北にかけて伸びるゆるやかな山である。

 高速で迫るシンカイの騎馬軍団から逃げるのに、追いつかれてしまう平地でなく山を目指すのは自然なことだ。

 山には槍を持った兵が伏せてあることも、シンカイの将たちは知っているに違いない。

 それが諸侯からかき集めた従者であり、戦闘経験には乏しいことも。

 いずれにしても馬術に絶対の自信を持つ彼らは、山にあってもパルザムの騎士たちに後れを取るなど思いもしない。


 こうしてバルドはシンカイの騎馬部隊を山岳戦に引き込むことに成功した。

 大軍のあいだを無理にすり抜けて追撃してくるのだから、王軍と諸侯軍は存分に横腹を削ってくれるだろう。






 9


「そこをどけ」


「そうはいかねえなあ。

 肉食った分は働かねえとな。

 お前、名前は」


「シンカイの将ラドウ。

 貴様は」


「ラドウね。

 覚えた。

 俺はジョグ・ウォード」


 ラドウはなかなかの猛将で、ジョグとの一騎打ちは見応えがあった。

 だがジョグの黒剣の長さと重さと速さはラドウの想定を超えており、ほどなく武器をへしおられて馬からたたき落とされた。

 そこをすかさず変形槍部隊がよってたかって取り押さえる。

 御前会議では古い槍を補修して使わせるとしか説明していないが、正確には槍ではない。

 槍の柄に先のとがったかぎ爪が取りつけてある。

 鎧のすき間に食い込ませて捕獲するための武器なのだ。

 名工ゼンダッタの指揮のもと、シンカイの鎧を参考に作られたものだけあって、注文通りの威力を発揮している。

 屈強な従者たちに大勢で取り押さえられ、ラドウ将軍は身動きもできない。


「あああ。

 ラドウ将軍をお助けしろ!」


 ラドウの部下たちが飛び込んで来ようとするが、足場が悪くて一度に大勢は進めない。

 そこにゴリオラ皇国の弓兵が矢を撃ち込む。

 狩りで鍛えた彼らの弓術は中近距離では精密射撃が可能であり、動く標的をも正確に捉える。

 装甲の弱い部分を的確に撃ち抜かれ、ばたばたとシンカイの将兵が倒れる。

 たまらず彼らは退却していった。


「よし、これで二人目な。

 じじい。

 何とかって名前の将軍を倒したぞ。

 屋敷に帰ったらうまいもの食わせろよ」


 今までに食べた肉の分を働くと言っていなかったか。

 それに名前を覚えておらんではないか。

 しょうのない男だ。

 だが頼りになる。

 バルドはカーズを連れて次の拠点に向かった。






 10


 じゅうぶんな時間をかけて準備をすることができたので、この山に詳しい下層平民を雇って走り回り、各部隊に道を覚えさせておくことができた。

 バルド自身、平野で大人数同士がぶつかる戦のやり方はよく知らないが、山野での少人数同士の遭遇戦は得意であり、知らない山でも少し走ればすぐに地理がつかめる。

 ジュルチャガの助言を得て待ち伏せ拠点を決めていった。


 シンカイの騎馬軍団では、先を走っているものほど位が高いと見てよい。

 というより、先頭に走り出て誰よりも敵を倒したものが高い地位に昇れるのだ。

 極端な実力主義の軍なのである。

 戦法も、個人の武勇を中核にしたものになっている。

 逆にいえば、指揮官級を取り押さえていけば、彼らの機動力は大きく低下する。

 山岳地帯は大軍では進めないから、どうしても小さな部隊に分かれることになる。

 悪路では馬足の速さも生かせない。

 誘い込みやすい場所を見つけ、木陰や草むらに兵を隠し、先頭を走る指揮官級を捕獲する作戦を立てた。

 うまく拠点に近づかない敵は、ジュルチャガがシーデルモントと旗持ちに連絡して誘い込んでいく。

 およそ中原における騎士同士の戦争の作法には外れるやり方だ。

 だが相手が常道を無視してくるのだから、こちらも常道にこだわる必要はない。

 バルドはこの戦では一切遠慮をするつもりはなかった。


 この日の戦いでは、リュウカイ、ラドウ、ソンキを始め、実に九人の将軍の捕獲に成功した。

 ジョグとアーフラバーンとキリーは、大いに活躍してくれた。

 そして指揮官を失った敵兵たちは、平原で待ち構える諸侯軍の餌食となった。

 バッタ将軍率いるゴリオラ軍もたくさんの敵を討った。

 逃げ去った将兵の数は、おそらく三分の一に満たない。

 空前の大勝利である。


「じい。

 見事」


 集結場所に、女物の豪奢な馬車が入って来た。

 パルザム王家の馬車であり、扉には小さくソリエスピの花の紋章が刻まれている。

 正妃シェルネリアの馬車である。

 正妃とともにジュールラント王が乗っている。

 今朝正妃と三人の側妃が慰問に来たとき、ジュールラントは正妃の馬車に乗ってしばらく時間を過ごした。

 王と正妃の仲が睦まじいことは周知の事実であるから、誰もそれを怪しまなかった。

 そのときシーデルモントと入れ替わったのであるが、そのままずっとこの馬車に乗っていたのだろうか。

 一日中馬車の中で何をしていたのか。


「では、頼むぞ」


 バルドは胸に手を当て、はい、と答えた。

 翌朝早々移動を開始する。

 戦には勢いというものが重要であり、大きな勝利を得たこの勢いをしぼませてはならない。

 また国と国との戦争には形というものがある。

 シンカイはパルザムに攻め込み、北西の拠点といってよいカッセの街をわがものとした。

 そのうえで王都のすぐ近くまで軍を進めたのである。

 物欲将軍と戦うには王城の近くまでおびき寄せたほうが戦いやすいかもしれないが、そのような戦術は取れない。

 最低でも王都とカッセの中間地点まで、できればカッセにまで攻め寄せて戦うのでなければ、国としての体面が保てないからである。

 王を王都に残し、連合元帥たるバルドが軍を率いて物欲将軍を討つ。

 これでやっと互角の形になる。

 有力都市が大きな被害を受けずに残っているから、食料などの確保は問題ない。


 いよいよ決戦である。





8月22日「ヒルプリマルチェ(前編)」に続く

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