第9話 山岳戦(中編)《イラスト:シーデルモント》
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戦術についてのおよその考えがまとまったので、五月三十九日に戦略決定のための御前会議を開いてもらった。
まず将軍の人事について伺いを立てた。
これは、バルドの裁量権を越えた事案であり、枢密顧問会と重臣会議の議を経て王が判断すべき事項である。
ザイフェルトの死によって空席となった中軍正将に誰を当てるか。
また、これまでは上軍正将はジュールラントが務めていたが、後任をどうするか。
枢密顧問会でもなかなか結論が出なかった。
一部にはシャンティリオンを上軍正将にという声もあったが、アーゴライド公爵が嫌がった。
シャンティリオンは剣士としては優れていても、将としての経験は不足している。
ましてこの状況で上軍正将の座に就けるのは無理だという理由である。
バルドをという声もあったが、上軍正将は王族の血が流れている騎士を充てるのが慣例である。
またこの有事に兼任は避けたいところでもある。
議論が行き詰まっているところに、ジュールラントがとんでもない人物の名を出した。
シーデルモント・エクスペングラーである。
ジュールラントとともにバルドが手塩にかけて育てた騎士である。
なぜこの人物が上軍正将に就き得るのか。
エクスペングラー家といえば、辺境では〈初めの人々〉の一つとして有名であるが、パルザムでは別の意味で知られている。
初代王はエクスペングラー家から分かれて家を立てたとされており、つまり祖先が同じなのである。
しかも偶然にもシャンティリオンが外部から将を招く際の有力候補としてシーデルモントの名を挙げていた。
シャンティリオンはまさか上軍正将にと思ったわけではないだろうが、アーゴライド家の推薦は重い。
実のところシャンティリオンがシーデルモントの名を知っていたのはバルドのせいなのだ。
バルドは余計なことを言うのではなかったと、大いに後悔することになった。
こうした経緯があり、バルドが連合元帥に就任した直後にシーデルモントは王都に到着した。
一定以上の身分職位を持つ騎士は、指印を登録しなければならない。
シーデルモントの指印を取った紋章官は仰天した。
初代王にそっくりな指印だったのである。
そういえば、シーデルモントとジュールラントは、髪や目の色や顔立ちまでどこか似ている。
血がつながっているのではないかと冗談を飛ばす者も多かったのだが、本当にそうだったのだ。
このことが反対意見を述べていた人たちの気持ちを変えた。
かくしてシーデルモント・エクスペングラーは、上軍正将に就くことになったのである。
彼がパルザムに来ていることさえ知らなかったバルドは、御前会議の直前これを教えられ大いに驚いた。
バルドが連合元帥などという地位を得たことを知ったシーデルモントも相当に驚いたであろうが。
テルシア家の筆頭騎士である彼を引き抜くなど言語道断の振る舞いなのであるが、代わりに優秀な騎士二名を差し向けたからと、悪びれもせずジュールラントは言った。
中軍正将はシャンティリオンに、他の将軍はいずれも王軍の古参騎士に決まった。
こうして王軍の将軍人事はやっと調ったのである。
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バルドはシーデルモントに、王軍の再編成状況を尋ねた。
王直轄軍は本来なら騎馬隊、弓兵隊、槍兵隊、装甲歩兵隊各百名の軍六つから成る。
つまり総兵力二千四百である。
しかしカッセ大平原で多くの将兵を失い、その後補充と訓練に努めたものの、現在やっと千八百に届いたところである。
特殊な訓練を要するので、人数だけを合わせてもあまり意味がない。
各部隊の人数を減らしてしまうと、防御の重厚さも攻撃の浸透力も失われるため、一時的に下軍を廃止し、上軍と中軍のそれぞれ正副軍をもって編成しなおした。
このシーデルモントの報告を、バルドはうなずいて聞いた。
次にバルドはゴリオラ皇国の援軍について、担当の重臣に報告を求めた。
バルドが連合元帥に就任した翌日、つまり五月三十五日、ゴリオラ皇国に対し援軍派遣が要請された。
ただしその条件はこれから話し合うという前提でである。
最速の場合、つまりただちに援軍派遣の手続きがなされあらゆる条件が最良のものであった場合、五十日後に、つまり七月初めに到着する。
実際には七月の半ばか終わりごろになるだろう。
王都防衛戦に間に合うかどうかは微妙だ。
その次に、テューラとセイオンの現況について報告を求めた。
担当する重臣は官吏に説明をするよう合図した。
テューラとセイオンそれぞれの都には、断続的にシンカイ軍への糧食の提供が求められている。
まったく無償というわけではないが、それぞれの王宮の蓄えは減ってゆくわけで、臣下の不満も募っていった。
そうすると両国の王は有力諸侯に協力を求めた。
これに応じた諸侯は、いずれも黒い大きな馬車に入った人々である。
その食料提供も不満を呼んでおり、各有力都市は不穏な状況にあるという。
それが終わると、ゴリオラとシンカイの戦いはどうなっているかの報告を求めた。
シンカイは開戦早々にゴリオラ南部の都市コブシを制圧した。
この街はゴリオラ皇都と中原諸国を結ぶ最大最短の街道を抑える要害である。
ゴリオラは当初の力攻めをやめ、補給や補充を遮断してコブシを干上がらせようとした。
しかしコブシを守るシンカイのバコウ将軍は驚くべき戦上手で、絶妙の呼吸で打って出てゴリオラの動きを邪魔している。
ゴリオラの古強者たる有力騎士たちがよってたかって手玉に取られている状況であり、累積損害の大きさは、南部における軍事活動をいったん収束させざるを得ないほどになっているという。
したがって、パルザムに派遣する百五十騎の援軍の移動費、維持費、褒賞はパルザム側に求めてくるのは必定である、ということだった。
この点が問題である。
ゴリオラの援軍に対してパルザムは何を支払うのか。
金か領地か。
その内容は直接戦略に影響を与える可能性がある。
ここまで重臣会議でもかの国の特使たちと協議に協議を重ねて合意に至っていなかったのであるが、ここでジュールラント王が、とんでもない案を出した。
ロードヴァン城をゴリオラ皇国に譲る。
御前会議に出席している枢密顧問たちも重臣たちも、そろって口をあんぐりと開けた。
いや。
ガドゥーシャ辺境侯とバリ・トード上級司祭は平然としている。
ロードヴァン城は、パルザムの辺境経営の要であるとともに、その版図の広さと国力の高さを証明する街といってよい。
それをゴリオラに譲り渡すとは、辺境全体を譲るという意思表示に取られるだろう。
少なくとも中原諸国は、東部辺境の覇者はパルザムからゴリオラに代わったのだと受け止める。
ここで通商担当の重臣が説明を始めた。
ロードヴァン城は軍事拠点であると同時に一つの街であり、水も食料も自給が可能で半永久的に維持できる辺境最大の拠点である。
これをわが国から勝ち取ることはゴリオラ皇王にとり巨大な成果となる。
つまり受けないという選択肢はなく、受け取った以上は兵を込め民を入れて街を経営し、周囲を巡回して治安を守ることになる。
実は今回パルザムとゴリオラのあいだで商業交流を盛んにすることで合意し、当面の通商品目もすでに決定した。
テューラ、セイオンを避けるとすれば、その中継地点となるものはロードヴァン城以外にない。
ということは、ロードヴァン城をゴリオラに譲り渡しても、こちらは通商拠点として利用し続けられる。
維持費用はゴリオラに押し付けて。
魔獣の襲撃により崩れた北門の補修には相当の労力と時間と費用がかかるが、当然ゴリオラの負担となる。
近年ではガイネリアが付近の地域で勢力圏を広げているため、ロードヴァン城と王都の行き来が困難になってきていた。
この際ガイネリアとも通商協定を結び、通行税を払う代わりに道中の安全を保護してもらえばよい。
今までのような小都市との通商ではなく、国と国との通商が始まるのだから、通行税も大きな金額になる。
同時にロードヴァンの南側はガイネリアの勢力圏であると公式に認めることになる。
ガイネリアにとっても利は大きいだろう。
パルザムは大きな兵力を東部辺境に常駐させる必要もなくなる。
その上、ゴリオラがそこから南に前進基地を作ろうとしても、ガイネリアが許さない。
あの辺りにはロードヴァン城を除いて人間が大きな街を作れるような場所はない。
あの地方にそそいできた費用は、もっと別の有効な場所に使うべきである。
そう説明されてみて、一同はこの案の狡猾さに感心した。
名を捨てて実を取るを地でいくやり方だ。
だが。
事前に相談を受けていたのだろうが、何をもってガドゥーシャ辺境侯を納得させたのか。
ロードヴァンは、何といってもガドゥーシャ辺境侯の領地なのだ。
バルドはじっと地図をにらみつけた。
そして理解した。
ファーゴとエジテ。
今回の戦に勝利したなら、この有力な二都市が完全にパルザムのものになる。
しなければならない。
そしてこの二都市は西方への押さえの要となるのだから、格別に信用が置けて強大な力を持つ騎士を置かねばならない。
長年にわたり利益にもならない東部辺境を守り通したガドゥーシャ辺境侯は、まさに適任である。
なるほど。
これならロードヴァンを譲り渡しても、父祖に対して言い訳が立つ。
言い訳が立つどころか、素晴らしい栄誉だ。
ジュールラントは大した王になったものだ、とバルドは感心した。
いや、そうではない。
なったのではなく、この危難が今まさにジュールラントを成長させているのだ。
最後にシンカイ軍の動静について報告を求めた。
現在のところ、シンカイ軍がカッセをたったという連絡はまだないという。
ルグルゴア将軍は劇を見、絵画や音楽を鑑賞し、珍しい景色を眺め、工房を見学し、貴族たちを招いて夜会を開き、まるで王侯のように毎日を過ごしている。
街の人々はすっかりこの異様な外見の征服者に慣れ親しみ、巨人族か神族の末裔なのだろうと言い合っている。
要するに物欲将軍は、本気でこの国を盗りにきている。
軍の再編と補給が終わり、街を落ち着かせ、拠点としての機能がじゅうぶんに調ったとき、シンカイ軍は王都への進撃を始める。
それは、いつか。
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バルドはこれら諸条件を踏まえ、戦略の大要を語った。
といっても実際に説明するのは、またもやアーゴライド家から借り受けた騎士ナッツ・カジュネルだ。
この男をおいて副官は考えられない。
まず、カッセと王都のあいだにあるいくつもの有力都市に、シンカイ軍の足止めを行うよう命じる。
ただし進軍を遅らせるのが目的であり、大きな被害を受けないよう適宜撤退して街を守る。
カッセという有用な拠点を得た以上、途中の有力都市を片端から攻略するようなことはしないだろう。
といっても有力都市を無傷のままにして王都まで来れば、退路と補給路をふさがれてしまう。
それは絶対に避けたいはずだ。
そこで、住民のない砦や城をいくつか取らせてやる。
そうすれば安心して王都まで軍を進めるだろうから、有力都市の被害を抑えることができる。
カッセから王都までは百二十刻里ほどある。
馬車なら十二日で走れる距離だ。
ここを歩兵を連れて行軍した場合、三十日はかかる。
これに足止めで稼げる日数を加算し、今日つまり五月三十九日にカッセを出発したとすると、シンカイ軍の到着はいつになるか。
最も早くて七月一日、最も遅くて七月二十日。
そうめどを立て、情報が入るに従い修正することにする。
次に戦略上の目的を設定する。
敵の勝利条件は疑いもなくジュールラント王の捕獲であり、さもなければ殺害だ。
王軍を撃滅し王都を支配したとしても、ジュールラントが健在である限りパルザム王国は健在なのであり、有力諸侯を集めて再起できる。
逆にジュールラントさえ捕らえれば、どのようにでも有利に交渉を進められる。
それどころか、いまだ詳細は分からないが、黒い大きな馬車とやらで本当に人の心が操れるなら、王権の譲渡をさせることもできるかもしれない。
現にテューラやセイオンの君公は、心を操られたとしか思えない振る舞いをしているのだ。
では、パルザム側の勝利条件は何か。
それはシンカイ軍を打ち破り、その勢いのままカッセを奪い返すことはもちろん、ファーゴとエジテを完全支配下に置くことである。
そのための必要条件は何かといえば、ルグルゴア将軍を捕らえ、あるいは殺害することである。
バルドはブンタイ将軍との対話からそのことを確信した。
どれほどシンカイの将兵を倒しても、ルグルゴア将軍が健在であるうちは、いくらでも立て直しがきく。
逆にルグルゴア将軍さえ倒せば、シンカイは継戦の力と理由を失う。
要するにこの戦争は、ジュールラントを守りきってルグルゴア将軍を倒すことを目指すのだ。
作戦上の分かれ目となるのは、ルグルゴア将軍が先陣を切って進撃してくるか、部下の将軍に緒戦を預けてカッセにとどまるかである。
これはそのときになってみないと分からない。
共に来るなら軍と将軍を引き離し、来ないなら先鋒の将たちを破って誘い出す。
その両面で作戦を進めることとし、対ルグルゴア将軍用の戦術は、ルグルゴア将軍が出陣してくるまでは秘匿する。
軍編成については、王直轄軍はそのままシーデルモントとシャンティリオンに預けることにした。
直轄軍はまとめて運用してこそ真価を発揮するし、平地における集団戦が真骨頂だ。
バルドは今回別の部隊を率いる。
諸侯の兵からバルド率いる別動隊を編成してもらうことにする。
別動隊の主力は騎馬兵力ではない。
平民でよいから山野を走り回れる屈強で剛胆な男たちが欲しい。
バルドが考えた戦術を説明すると、一同は非常に驚いた。
反対意見が続出したが、シーデルモントとシャンティリオン、それにガドゥーシャ辺境侯とバリ・トードが賛成し、王の決裁で採用が決定された。
偶然とはいえシーデルモントが来てくれたことで、この作戦の成功率は大いに高まった。
そのあとは細目の調整に入った。
具体的な部隊編成や指揮連絡の方法。
訓練日程や配備の段取り。
明け渡す城や砦の選択。
不自然でない明け渡し方の検討。
ここでの調整が済めば、あとは各部署でそれを具体化するための方途を立ててもらう。
会議が終わったのは夜中を越えて明け方に近かった。
皆は疲労していたはずだが、その表情は明るかった。
バルドは最後にこう述べた。
物欲将軍を倒す。
すべてはこの一点に集約される。
かの将軍は人の二倍の身長を持ち、大剣を一振りすれば三十歩先の騎士をまとめてなぎ払うという。
聞けば聞くほど信じがたい化け物である。
しかしそれでも心の臓が脈打ち血の流れる生き物であることには違いない。
耐えきれぬほどの傷を与えれば、倒れもするし死にもするのだ。
人間と思うから恐ろしい。
騎士と騎士の戦いだと思うからあてが狂う。
魔獣と思え。
人に似た姿をした巨大な獣に妖魔が取り憑いているのだと考えろ。
けだものを殺すように、取り囲んで殺すのだ。
それからバルドはジュールラントのほうを見た。
締めくくりのあいさつは、王がするべきだ。
「みな、長時間にわたり、ご苦労であった。
バルド元帥にかかれば、さしものルグルゴア将軍も獣と変わりないらしい。
愉快ではないか。
さあ、みな。
狩りに行こうか」
イラスト/マタジロウ氏
9月19日「山岳戦(後編)」に続く




