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辺境の老騎士  作者: 支援BIS
第5章 諸国戦争
113/186

第9話 山岳戦(前編)


 1


 翌日、すなわち五月三十五日、バルドは連合元帥(ワジド・エントランテ)に任命された。

 あわただしく日取りの決まった任命式であるが、文武百官と王軍精鋭とゴリオラ皇国特使らが見守るなか、バルドは連合元帥となった。

 このあと、重臣たちはゴリオラ皇国特使たちと、細かい条件を詰める。

 軍事同盟自体は大まかな枠組みしか決めておらず、詳細はその都度状況に合わせて協議することになっているのだ。

 この場合、パルザムに対してゴリオラが援軍を派遣するという形になる。

 それでも重臣たちは、ゴリオラの騎士たちの参戦にこだわった。

 実際に共同戦線を組んで軍事行動を行ったという実績を作ることを重視したからである。

 協議の内容は広範囲にわたることが予想される。

 ゴリオラからの特使も、正使が第一外務卿であるほか、副使として第二軍務卿と第二商務卿がやって来ている。

 あちらも本気だということだ。

 決着するには相応の日数がかかるだろう。






 2


 バルドはまず、ブンタイ将軍に会おうとした。

 オーバス城攻城戦でザイフェルトが捕虜としたシンカイの将軍だ。

 捕らえて二か月になるのだが、名前以外は何もしゃべらないので王宮の地下(ろう)に入れてあるという。

 地下牢に行ってみると、薄暗く不潔なところで、捕虜も汚れ放題で、とても話のできる状態ではなかった。

 バルドは、捕虜の部屋を地上の風通しのよい部屋に変え、湯浴みをさせてちゃんとした食事を与えるよう命じた。

 また、散髪もして服も清潔な物を用意せよと命じた。


 次に戦況を聞くため、シャンティリオンと軍務官を呼び出した。

 王軍が大敗したいわゆるカッセ大平原の戦いがあったのが、四月二十六日だった。

 シンカイ軍は相変わらず騎士を捕らえようとせず殺そうとする戦いをした。

 その前に征服していたカッセの街では、領主を殺しその一族を追放したほかは、一切残虐なことをしなかったという。

 住民たちを安心させ、支配を行き届かせようとしている。

 つまり、今度は本気で侵略する気なのだ。

 母国から増援も到着しているという。

 今はカッセを落ち着かせるとともに、兵を休ませ軍を再編しているのだろう。

 とすれば、シンカイ軍が王都に攻め込むまで、まだしばらくの時間がある。


 物欲将軍の強さは異常だ。

 シンカイ軍に勝てたとしても物欲将軍を倒せなければ、この戦争は負ける。

 シャンティリオンには、古参の将兵と協力して王軍の補充再編に力を入れるよう命じた。


 工学識士オーロの工房では、改良クロスボウの製作を依頼した。

 説明を聞いたオーロの瞳には何かの火が燃えていた。

 この種の人間は、やる気になったときにはとんでもない力を発揮するものだ。

 また、槍の改造について相談した。

 ちょうどゼンダッタがやって来て、一緒に考えてくれた。


「大将軍はこれを鋳型で作るお考えのようだが、この輪になった部分とかぎ状の部分の結合が弱くなります。

 これは打ち物で作ったほうが早い。

 槍を持ってきてくだされば、こちらではめ込みます。

 輪ではなく折り曲げて固定するやり方でいきましょう。

 それにたぶん、とがった部分の形と強度が決め手になると思います。

 魔獣の革鎧は、案外滑りますぞ。

 表面が硬いから切っ先が入らないのです。

 これに食い込むように作るには、やはり鍛冶の技に任せるのがよろしいでしょう。

 なに。

 目的がはっきりしているものは作りやすいのです。

 私のつてで鍛冶を十人集めましょう。

 三十日で三百の数をそろえることができます。

 それと部品ではなく、敵の鎧の完全なものをお貸しください」


 鍛冶は何人集めてもよいので十五日で作ってほしいと頼んだ。

 残された時間がどれほどあるかは分からないのだ。






 3


 地下の(ろう)から出すように命じて三日目に、ブンタイ将軍に会った。

 王宮の庭のあずまやに連れて来させた。

 見張りは遠ざけた。

 カーズも付いているのだし、丸腰の人間一人を怖がる必要もない。

 ひげをそり調髪したその顔は、驚くほど若かった。


「あんた、この前、地下牢に来た人だな」


 そうだと答えて、年はいくつじゃ、と()いた。

 二十六だという答えが返ってきた。


「体も洗えたし、髪やひげも切ってさっぱりした。

 何よりうまい物食えてうれしかったよ。

 俺は死刑かい。

 うちの国では身代金は払わないからなあ」


 死刑にするつもりはないが、身代金を払わないのは家族に金がないからか、と訊いた。


「いや、そう金持ちじゃないけど、貧乏ってわけでもない。

 俺が将軍になってからは給金もうんと上がったしな。

 うちの国じゃ、敵に捕まるってことが恥なんだ。

 女房が身代金を払って俺を助けようとしたら、どこの店でも何も売ってくれなくなっちまうな」


 バルドは茶を運ばせ、一緒に飲みながら話をした。

 名前以外何も言わないはずだったブンタイは、訊かれたことにはすべて答えた。

 謎だといわれていたシンカイ国の様子をずいぶん知ることができた。

 中でもバルドを驚かせたのは、〈怒りの谷〉という場所の存在だった。

 なんとそこには魔獣がいくらでも湧いて出るのだという。

 その魔獣と戦いながら、シンカイの将兵は武を磨くのだ。


 バルドが自分はオーヴァ川の東の辺境の騎士で、〈大障壁〉の向こうから来る魔獣と戦って一生を送ってきたのだと言うと、目を輝かせて、


「へえっ。

 そんな所にも人が住んでて、国があるんだ。

 世界ってのは、広いんだなあ」


 と感心した。

 ブンタイはルグルゴア・ゲスカス将軍を心から尊敬していた。

 何百年も生き続け、国を支え守ってきた生き神のような武人であり、歴代の王からも国の元勲として敬まわれてきた人物なのだ。

 貧しいきこりの小せがれだったブンタイを引き立ててくれたのもルグルゴア将軍だ。

 ブンタイだけではない。

 今の武将たちはみなルグルゴア将軍に見いだされ、育てられてきたのだ。

 そのルグルゴア大将軍が、世界を獲る、と言った。

 だから俺たちは戦うのだ。

 そう口にするブンタイの目にも話し方にも狂信的な香りはない。

 若く覇気あふれる武人の匂い以外、何も嗅ぎ取ることができなかった。


 すると、今シンカイ軍を率いている物欲将軍というのは、やはりあのルグルゴア・ゲスカスなのだ。

 バルドは訊いた。

 いったい、ルグルゴア・ゲスカスとは何者か、と。

 知らない、とブンタイは答えた。

 ルグルゴア将軍はルグルゴア将軍であり、それ以外ではない。

 何歳かも正確なところは知らないし、その強さの秘密も知らない。

 シンカイの武人が全員で束になってもルグルゴア将軍には勝てない。

 世界中の誰であっても、ルグルゴア将軍には勝てない。

 それだけを知っていればじゅうぶんだという。


 また、シンカイの武器と戦い方について訊いた。

 すると昔から今のような戦い方をしたわけではなく、ある時期からルグルゴア将軍の指示によって長柄武器を振り回して使う戦い方をするようになったのだという。

 それはいつごろからかと訊けば、十年と少し前だという。

 十年と少し前、ルグルゴア将軍は世界を獲ると宣言し、今のような武器と防具を作り、戦い方を教えたのだという。

 それだけではない。

 人口を増やし、産業を振興し、食料と武器を生産し、この日のために備えたのだという。


 それからまた、魔獣の侵攻について訊いた。

 それについては、それが起こることをルグルゴア将軍は知っていて、それに合わせて戦争を始めたのだという。

 魔獣の侵攻自体はルグルゴア将軍が起こしたことではないが、誰のしわざなのかは知らない。


 ケルデバジュ王の槍については、ルグルゴア将軍はどうしてもその槍と使い手が必要だったらしい。

 それが何のためであったにせよ、失敗した。

 使い手の騎士は殺した。

 ただ失敗ではあったけれど、ルグルゴア将軍には大きな利益があったらしい。

 謎のような話だが、それ以上のことはブンタイ将軍も知らなかった。

 この出来事はブンタイ将軍の生まれるずっと以前のことだが、シンカイの騎士たちのあいだでは有名な話であるという。


 ザルバン公国侵攻については、魔剣ヴァン・フルールを得ることが目的だった。

 当時の主立った将軍には、そのことははっきり告げられていたらしい。

 それは結局得られなかったのだが、ザルバン公国を滅ぼしてから四、五年後、ルグルゴア将軍は、ヴァン・フルールのありかが分かったぞ、と話していた。

 このことをブンタイは、大先輩であるバコウ将軍に聞いた。

 ゴリオラ皇国の要害コブシ城を落として現在そこを守っている将軍である。

 ルグルゴア将軍の部下の中で筆頭格であり、弟のバエン将軍、バトツ将軍とともにシンカイ軍の三傑とみなされている。


 ヴァン・フルールのありかが分かったのなら、なぜ奪いに行かなかったのか。

 それは俺にも分からん、とブンタイ将軍は言った。

 そのことをバコウ将軍がルグルゴア将軍に尋ねたとき、そのことはもういいのだという答えがあったという。


 この会話を、カーズは静かに立ったまま表情も変えずに聞いていた。

 バルドからの質問が終わると、ブンタイ将軍は、あんた強そうだな、と言った。

 わしの後ろの男はもっと強いぞ、とバルドは答えた。

 そしてこう付け加えた。

 戦ってみるか、と。

 いいのかい、とうれしそうな顔をみせたブンタイ将軍に、いいぞ、と答えた。

 カーズのほうをみて一つうなずいてみせると、カーズも目を細めて了解の意を示した。


 練武場に移動し、ブンタイ将軍の鎧と武器を持ってこさせた。

 カーズは練習剣を取った。

 そんなんでいいのかい、俺は殺す気でいくぜ、とブンタイ将軍は言った。

 もちろんそれでいい、お前がこの男を殺せたら、食料と馬を与えて解放してやる、とバルドは言った。

 ブンタイはさすがに驚いた顔をして、


「こりゃ、びっくりだ。

 俺が負けたらどうしたらいい」


 と訊いてきた。

 何もせんでよい、先ほどの話でじゅうぶんじゃ、とバルドは答えた。

 ブンタイは恐るべき戦士だった。

 長大な斧槍をすさまじい速度と技で振り回した。

 カーズはこれをかわし、あるいはさばいていたが、最後に相手の武器を真っ二つに斬って勝負を終わらせた。


 牢に帰されるとき、ブンタイ将軍は振り返って訊いた。

 俺を倒して捕らえた気取ったひげをした騎士はどうしてる、と。

 バルドは、その男ならルグルゴア将軍と戦って死んだ、と答えた。

 ブンタイ将軍は、そうかい、とひと言口にして牢に帰った。


 ブンタイ将軍が去ったあと、バルドはカーズに、どうじゃった、と訊いた。


腕力(うでぢから)としなやかさが非常に優れている。

 内股の(きん)がずいぶん鍛えられている。

 馬に乗って戦ったら苦労させられるだろう」


 この答えを聞いて、お前でも苦労するのか、と驚きをもらした。


「複数の敵からあれだけ威力と速度がある攻撃半径の大きい武器で狙われるのは厳しい。

 それに、あの攻撃のしぶりだと、いざとなったら馬を狙ってくるかもしれない。

 なかなか厄介な敵だ」


 わざと敵の馬を狙う騎士はあまりいない。

 馬を狙うこともためらわない相手であるとすれば、確かに厄介だ。

 それ以上に、カーズに厄介だといわせるような相手とまともにぶつかるわけにはいかない。

 となるとやはり、戦う場所が問題になる。






8月16日「山岳戦(中編)」に続く

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