違和感 のち 観察
『城がある』
ネズミが人間を差し置いて活躍し、広告などで下手に使うと即座に著作権を訴えてくる夢ランド。そこにあるような城が公園に異質な雰囲気を放ちながら建っていた。昨日公園の東屋に入ったときには、あんなものは無かったと思う。大きさはおそらく砂場の場所全てを使っているのだろう。子どもの夢だけじゃ飽き足らず、遊び場まで奪うとは・・・さすがは夢ランド。それほど大きくは無いが、俺から言わせれば見事に公園の風景と合っていない。
「・・・精霊だよな。」
半ば確信しつつも俺は呟いた。あんな建造物一晩で作るなんて、どこぞの秀吉か。しかし、遠めで見る限りかなり本格的に作りこまれてるような気がする。あんなに細かく誰が作ったのか。もしあれが精霊では無く、子どもの手作りだったら俺は感動の涙を流してやろう。「それよりも騒ぎになってねえのが、不思議なんだよな。」
午後3時以降の公園だからといって、無人ってわけではない。おばさんたちの井戸端会議や無邪気な子どもをつれて若い奥さんだっていることは確認している。しかし、騒ぎ立てるような様子は無い。いきなり公園に城ができていたら、普通は騒ぎになるはずだ。それなのに子どもやおばさん達は興味深そうな顔をするだけ。驚いてはいるが、取り立てて騒ぎ立てるのではなく、なぜか納得しているような雰囲気さえある。まるでそれが当たり前であるかのような雰囲気に俺は変なモヤモヤが心の中に入るのを感じた。
一度気持ちを切り替えて遠めで城を見ていると、女の子が城に向かって手を伸ばしているのを確認できた。そして、良鬼は見た。いや、見てしまった。
少女の腕が城の壁に飲み込まれるのを。
俺は驚き、ぞわりと嫌な感覚が背筋を這う。しかし少女の表情はまったく変わっていない。それどころかにぱっと笑い、そして何事もなかったように少女は腕を引き抜いていた。俺は驚きで声もでなかったが、少女の腕はしっかりと付いているのを確認した。そして今度は何を思ったのか、少女は城の中にダイブする。すると少女は城に飲み込まれた。唖然とする俺をよそに次の瞬間には少女が城の中から現れた。別段、体に異常はなさそうだ。少女はニコニコ笑いながら、城に飲み込まれたり飛び出てきたりを繰り返している。それを見た若奥さんが興味が沸いたようで、城に触ろうとして腕が飲み込まれた。
「・・・なるほどね。これが干渉できる、できないの違いということか。」
今のやり取りを遠めで見て、俺は確信した。どうやら便器の神が言っていたように、一般人は精霊に干渉できないようになっているらしい。だから少女も無傷だし、単なる3Dグラフィックのように見えるのだろう。
「さて、俺はどうしようか・・・だな。」
おそらく俺はあの城に触れることができるだろう。何しろこの首飾りを持っているのだから。ただ、あの城に触れてしまったら、なんとなく嫌な予感する。理由は簡単。精霊達の戦闘に巻き込まれそうだからだ。あの城が精霊本体なのか、それとも別に精霊がいるのかどうかは定かではない。しかし、用心することに越したことは無いだろう。
というわけで、俺は遠くから眺めることを決断した。城には近づかず、ゆっくりと城の周りを観察することにする。俺は今公園の入り口に立っており、左には雨宿りをした東屋がある。正面を見据えると城があり、左横にはブランコ、右横には滑り台が一基置いてある。滑り台の上には男の子が興味深そうに城を眺めていた。どうやら高いところから城を見物しようとしているみたいだ。俺は城に近づいてもうちょっと詳しく現場を見ることにする。遠めでは白く見えたのだが、実際に近くで見ると灰色だった。おそらく太陽の光で反射して白く見えたのだろう。砂場独特の細かい粒粒があるのが見える。おそらくあの城は砂でできた城なのだろう。ということは、砂の精霊であることが強い。そんな精霊がいるかどうかは知らないが、まさかまさかの城の精霊ってことはないだろうと半ば心の中で決め付ける。ゆっくりと城の様子を伺う。大きさはそれほどでもない。ただ、3M四方の砂場を全て使っているようだから威圧感はそれなりにある。観察がてら城の周囲を探ると、かなり作りこまれているのがわかった。本当に場所が違えば夢ランドにあるのと見間違えそうだ。俺が観察している間に子ども達が増えたようで、仕切りに砂の中に突入している。まあ、子どもだからしょうがないだろう。俺だって首飾りをつけてなかったら突入していると思うし。だが、騒ぎにならないのはやはりおかしいと思う。いきなり城が公園に建っていたら誰だって不思議に思うと思うのだが。みんなアトラクションと一つと割り切って遊んでいるような節もあるし、いたって普通の反応なのだ。この際、このことはまた別のときに考えよう。とにかく今は情報収集が必要である。気を取り直して俺は城の観察を開始した。
「城がある以外、怪しい点は特に無いな。」
観察を始めて20分は経ったくらいか。俺は城をあらゆる限りを見て廻り、不思議な点を探そうとした。しかし、思った以上の成果は出なかった。わかったことは一つだけ。城の一番上の塔に首飾りが掲げられているのがわかったくらいだ。色は砂で守られているためわからないが、鎖の部分は俺がつけているものに同等の物だと思う。他にわかることを探ろうとするには、実際に触ってみるのが一番かと思うが、それには多少なりともリスクが存在することはわかっている。何しろ俺は一般人。相手は精霊だ。必ずしも戦うとは限らないが、万が一戦闘になったら抗うすべが少なすぎる。
「さて、一番の問題はこのままスルーするか、しないか。だよな。」
一番良いのは、一度家に帰って瑚雨とティシュを呼ぶことかもしれない。しかし、家に帰ってる間にこの砂の城が消えていたら意味が無い。しかもそろそろ四時になる。俺が城を観察している合間にも子どもを連れた若奥さんやおばさん達が家に帰るところを確認した。そして、気づけば公園には俺しかいない状態だった。べ、別に暇人ってわけじゃないんだからね!
まあ、プラス方向に考えるとある意味もうちょっと詳しい調査ができるかもしれないしな。俺はそう思い辺りを見回すと、東屋の隅にゴムボールが落ちているのを発見する。おそらく子どもが置き忘れていったのだろう。野球ボールサイズのゴムボールを掴み俺は城の真正面に立つ。
「ん~~・・・。おりゃあ!」
思い切り振りかぶってボールを投げつけた。もちろん城に。ボールはそのまま城に飲み込まれると思いきや、城の壁に当たってポーンと跳ね返ってきた。
「ん?なんで?」
確か精霊は人間界の物には干渉しないはずではなかったか。しかし、今は間違いなくボールが当たった音がしたし、ボールも問題なく跳ね返ってきた。
「・・・ふんぬ!」
もう一度ボールを投げてみる。しかし、結果は変わらず。壁に当たったボールは俺の足元に転がってくる。本当だったら飲み込まれなければならないボールは、飲み込まれず俺のところまでやってくる。これは一体どういうことだ。
「まさか、あの便器野郎が嘘でもついてたのか?」
可能性としては大いにありそうだ。何しろ便器だから信憑性なんて欠片も存在しない。いやもう、これは確定だな。今度便器に会ったらフルボッコにしよう。マジで。
「とはいえ、コレはマジでどういうことなんだ?」
人間界には干渉しないのが、精霊祭のルール。それが既に適用されていない?いや、そんなことは無い。実際に子ども達や奥様方には干渉していなかった。何か違いでもあるのだろうか。
「・・・もしかして、精巧に作られたギミックやトリックなんてことは無いよな。」
現代技術としてそんなことができるのだろうか?いや、できない。できないかもしれない。できないんじゃね~のかな?いかん、そんなことを考えているとできそうな気がしてきた。この場に俺以外の人がいれば、その人を見ながら城を観察できたのだが、あいにくこの場に俺以外の人はいない。
「しょうがねえ。そしたらやることは一つじゃねえか。」
俺は砂の城を睨み付け、拳に力を入れた。
「帰ろう。」
まあ、当然の選択だよな。こっちは完璧に丸腰。戦いって何?美味しいの?ってな感じに育った高校生だぜ。俺は。くるっと回れ右をして、俺は公園から出ようと足を進めた。
「ちょっと!それはいくら何でも酷いんじゃない!?」
後ろからなんか聞こえてきたが、無視無視。どこかでカップルが痴話喧嘩でもしてるんだろうよ。決して俺に対して向けられた言葉じゃねえはずだ。
「無視!?あれだけ視姦しといて、今度は無視!?あんた一体何様なのよ!」
おうおう。世の中には酷いヤツもいたもんだ。視るだけ視て、あとは放置ってか。どんだけ鬼畜な野郎なんだ。俺は気にせず公園の出口に向かって歩いていく。
「・・・上等じゃない。まだ無視するってんなら、こっちから動いてやるわよ!」
ドゴンッと、後ろで何か音が聞こえた。さすがに気になった俺は振り返る。
「って、何だと!?」
なんと、先ほどまで砂場の位置にあった城が俺に向かって突進してくるじゃないか!いや、これはさすがにヤバイだろ!?あんな質量の物が襲ってくるなんて、俺の辞書には書かれてない!
「う、うわぁぁぁぁ!!」
俺は慌てて逃げ出そうとする。しかし―――
「甘い!」
良鬼は回りこまれてしまった!城のくせにどんだけ俊敏なんだよ!?てか回り込むときに絶対に俺にぶつかるよね!?どんなファインプレーだ!
「ちぃっ!こっちがダメならこっちだ!」
「甘いわ!!」
右に左にフェイントを混ぜて突破しようとするが、全てに回り込まれてしまう。くそったれ、なかなかできる城じゃねえか。つぅか、城と追いかけっこしてる俺って傍から見てどうよ?そもそもこいつは何がしたいんだ?
「・・・てめえ、俺をどうしようってんだ?」
「どうしようもこうしようも無いわ!散々私のことを見てたくせに、しかもボールまで投げてきて、それ で一度も触らないなんてどういうつもりよ!」
「んなもん、人の勝手だろうが!人の価値観を勝手に押し付けてんじゃねえ!第一、てめえ城なのになんで女の声なんだよ!納得いかねえ!」
「何よ!女の声だって!あんたこそ人の価値観押し付けんじゃないわよ!」
一体何なんだこいつは。てか城なのに、女の声ってなんか違和感ありまくりなんだけど。
「ほらっ!早く触りなさいよ!それでさっきの子ども達みたいに『透ける、透ける~』って言いながら喜びなさいよ!」
なんだ、コレ?別のシチュエーションで聞いたら思わず赤面してしまいそうなんだが。というよりも、現段階でも十分恥ずかしいのだが、いかんせん城だしなぁ。俺は城萌えという属性は持ってませんのことよ。まあ、声はそこそこ綺麗なのだが。
「ほら!早く触りなさいよ!さぁ!さぁ!」
それにしても何だ、この城は。いくらなんでも気合入りすぎだろ。俺はいいかげんめんどくさくなって手の平を開けて城を睨み付けた。
「そこまで言うんだったら触ってやるよ!!」
「ふふふ、そうよ。最初っから黙って触ってればいいのよ!」
俺は両腕を突き出して、目の前の城におもいっきり手をついた。
「・・・えっ!?」
「ふむ。なんつうか砂を固めたって感じだな。」
やはり首飾りの効果なのか、俺の腕は城に飲み込まれずに砂の城を問題なく触れることができた。さわり心地は先ほど言ったとおり砂を固めた物を触っている感じに近いと思う。あれほど頑なに触ろうとしなかった俺だが、一度触ってしまえばもう関係ない関係ない。俺はそのまま手を壁伝いにツツーっとなぞっていく。
「ひゃぅ!!」
「ん。こんな風に触るとポロポロ砂が落ちてくな。」
「ちょ・・・あんた、どこ触って・・・。」
「あ?壁だろ?それ以外にどこを触るってんだ。」
ふむ。それにしてもなかなか面白い。指を突っ込めば穴でも開くのだろうか。
「くぅ・・・。確かにそうだ、け・・・ど。あぅ!うぅ~・・・何であんたは触ることができるのよ!?」
「・・・さぁ?偶然じゃねえの?」
「嘘おっしゃい!!」
俺は思いっきりすっとぼけることにした。バレたらヤバイ。もしかすると戦闘になるのかもしれないし、下手に争いとかしたくねえんだ。ほら、俺って平和主義だから。
「くぅ。はっ!そ、そういうことね。あんた!『首飾り』をつけてるんでしょ!」
げ、バレた。
「そうとわかったらこんなことしてる場合じゃないわ!あんたが何色の首飾りつけてるか知らないけど、勝負よ!!」
「ちょ、ま・・・たっ。うわぁぁぁぁ!!」
やっぱりこうなるのか!?てか、俺はこんなでっかい城と戦わなくちゃいけねえのかよ!?
カラスの鳴き声と良鬼の叫び声が、夕暮れの公園に鳴り響いた―――
ユニークが500を超えました。本当にありがとうございます。
不定期更新な私ですが、これからも宜しくお願いいたします。




