日常 のち 違和感
キーンコーンカーンコーン・・・
チャイムが鳴り昼休みになる。あの後、一時間目をなんとか乗り越えた俺は如月と野村の助力を得てなんとか授業を乗り切っていた。一般的な高校なため、授業と授業の合間には休み時間が存在する。その時間を有効活用することで授業を乗り切るなんて容易い。
「おい、そういやあお前って遅刻童貞じゃなかったっけ?」
「さりげなく変な言葉を生み出してんじゃねえよ。」
いきなり変なことを言いやがってこいつは。振り返りながら答えると、如月と野村の両人が弁当片手に俺のそばに寄ってきていた。俺は弁当食うときは大体こいつらと一緒に食べる。あたりを見れば、仲良しグループ同士で弁当を食べる風景が出来上がっていた。
「ふむ。確かに今までリョウと一緒に学校を共にしているが、確かに遅刻はなかったと思うが。如何に。」
「別にいいだろ。遅刻くらいしたってよ。」
俺は頭を搔きながら口を開く。まあ、高校二年になって遅刻が始めてってヤツもなかなかいないだろう。まあ、普通に生活していれば遅刻なんてしないと思うがね。
「大体、俺が遅刻したって何も問題は起きねえだろ?」
「ふむ。まあ、そのとおりだが。如何に。」
「おいおい、そこで俺に振るんじゃねえよ、野村。まあ、ぶっちゃけリョウが遅刻したって行ってもそれほど興味はわかねえのは確かだな。コレが女の子と一緒に遅刻、とかだったら別だが。まあ、一種の社交辞令ってやつだな。」
「素敵な妄想意見有難う、この野郎。」
まあ、いろいろと突っ込まれるのもめんどくさいからコレで良いだろう。大体、精霊のことを説明してもそれを理解するのはほんの一握りだけなんだと思うが。そういえば、瑚雨達は大丈夫なのだろうか(色々な意味で)。何も言わずに出てきちゃったし、戸惑っているかもしれん。
「ふむ。そういえばリョウ。今日は弁当を持っていないのか?」
「ああ。そういやあ忘れてた。まあ、遅刻する身で弁当も何も無いんだが。」
「おいおい。昼食はこれから5時間目と部活を乗り切るための大切なエネルギー元なのに大丈夫なのかよ?」
「そう思うなら友情パワーってヤツで分けてくれよ。」
二人のことは一片頭の隅に置いておく事に決める。いつ自分の口から出てしまうのかわからないからだ。
「ふむ。普段だったら分けてやることなんてないのだが、今日は特別だ。少し分けてやろうと思うのだが、如何に。」
「おおぅ。冗談で言ってみたんだが、言ってみるもんだな。しかし、お前が弁当を分けてくれるなんて珍しいこともあるもんだ。何か毒薬とかでも入ってるのか?」
「ふむ。毒薬は入ってないが人工調味料はたっぷり入っている。なに簡単なことだ。今日は晴れているが昨日の雨のせいでグランドが使えない。よって、今日は室内トレーニングになると予測する。室内トレーニングだと肉体の限界を目指すから、食べ過ぎるとリバースしそうだから程ほどにしておきたいと思うのだが、如何に。」
「おいおい。ってことは俺も弁当分けたほうが賢明かもしれねえな。おし、俺のも分けてやろう。」
「なるほど、昨日雨が降った理由がわかったぜ。今日お前らがこんな奇跡的なことをするから雨が降ったんだな。」
と言いつつも、俺は二人から弁当を分けてもらう。正直二人が分けてくれた物を食べても物足りないが、そこまで贅沢を言ってはいけないだろう。夕飯を少し豪華にすれば良いだけのことだし。おおう、そういやぁあの二人は今日もうちに泊まるのだろうか。いや、それは願っても無いことなんだけど思春期真っ只中の俺にとっては刺激が強すぎるのではないかい!?
「ふむ。そういえばリョウよ。さきほどから気になっていたのだが、如何に。」
「ん?なんか俺不自然か?」
「ふむ、その首飾りのような物はなんだ?」
野村が俺の首元を指摘する。上手く隠していたのだが、どうやら気が緩んだらしい。ほんの少しだが鎖の部分が襟元から出てしまっていた。
「おいおい。そういうアクセはご法度だぜ?」
「それは知ってるが、ちょっと外すに外せなくてな。」
「ふむ。そんな不思議仕様だったら首飾りとして間違ってると思うが、如何に。」
「いや、それがさ。女の子からもらった物だからな。」
「「・・・・・・」」
俺がそう言うと二人は黙ってしまった。おいおい、俺は嘘は言ってない!・・・と思う。もともとは瑚雨の物だと思うし、まああの便器神の野郎に騙されて自分で着けちまったものだから、なんとも言えないのだが。それにしても何この反応。なんか急に真面目な顔しやがって。
「おい、野村よ。今日の俺は耳の調子がどうやらおかしいらしい。」
「ふむ。奇遇だな。俺の耳も昨日の雨のせいでやられてしまったようなのだが、如何に。」
「てめえら・・・。俺がそんなに女の子から物をもらったら変なのか、コラ。」
「おう。」「至極当然。」
「いい度胸だ、てめえら!その弁当よこしやがれぇぇぇぇ!!」
弁当を分けてもらってる身分にもかかわらず、俺は二人の弁当を掠め取るように手を伸ばした。それに対し応戦する野村と如月。まあ、最終的にはぐちゃぐちゃに混ざってしまいどれが誰の物かわからなくなって、結局2つの弁当を三人で分けて食べるだけなのだが。
・・・ふぅ、今日も平和だ。
違和感。何か違和感がある。それが何かは良くわからない。でも、確かに変な気持ちなのだ。まるで歯になにかが引っかかったときのように、そこに有る筈なのに無くなっていたりするように、不思議な違和感。感じつつもわからない違和感を抱えたまま下校の時刻となっていた。
「おい、今日も帰宅か。リョウ。」
「当たり前だろ。俺の所属部を何だと思ってやがる。」
もやもやとする違和感を今は棚に置いといて、後ろからかかる如月の声に答えた。
「ふむ、いい加減部活に入ったらどうだと思うが、如何に。」
「だから入ってるじゃねえか。立派な帰宅部に。」
世の中一般的には『帰宅部=所属部活無し』が当然だ。もちろんこの学校でも、その認識はただしい。
「大体、高校2年だぞ。部活に入ってるんだったら1年の時から入ってる。」
「おいおい、サッカー部ならいつでもお前を歓迎するぜ。」
「ふむ、野球部もそうだと思うが、如何に。」
「そう言ってくれるのは有難いがあいにく俺はどこにも入る予定は無いんでね。」
「・・・まあ、お前はそう言うと思ったよ。」
「ふむ。このやり取りもさすがに何回も続いたからな。」
二人はそれだけ言うと部活に勤しむことにしたようだ。俺はそれを見送ると昇降口に向かう。まだ夕方ってほどの時間ではないから日差しが強い。大体3時半といったところだろうか。6月終盤に近づいてきているためか日が高い。俺はゆっくりとした動作で靴を履き替える。昇降口を出ようとする頃には、廊下側から声が聞こえてきた。おそらく運動部のどこかが、今から階段ダッシュでもするのだろう。その声を聞きながら俺は昇降口を後にする。先ほどから感じている違和感を抱えたまま、俺は帰宅への道を歩くのだった。
歩く。歩く。ただひたすらに歩く。なにせ毎日見ている学校の帰り道だ。道路工事とか交通事故とかが無い限りすごい変化などほとんど存在しない。俺の家まで急いで15分。しかし、のんびりゆっくり歩けば30分強はかかるだろう。普段は歩くだけの退屈な時間と言っても過言ではない。しかし、考えたい時やのんびりしたい時には、結構いい道のりだと思っている。それにしてもやはり違和感が拭えない。なんなのだ、この蹲るようなへんな気分は。ご飯を食べてるのにパンを食べてるようなそんな感じ。いや、さすがにそこまでは気づくとは思うが、何かが変なのだ。
「ん~・・・。さっぱりわかんねえな。」
正直考えを放棄しようとも思った。しかし、そんな時こそ気になって仕方が無いって気持ちになる。所謂、不完全燃焼。とはいえ、答えが出ないのも事実。だから、考える矛先を変えた。
「そういえば瑚雨達は何してるんだろ?」
現在家にいる(だろう)二人のことを考える。今頃何をしているのだろうか。そういえば完璧に置き去りにしてきたような気もする。もしかしたら学校に来るかもとか少し思ったが、場所も教えてないのに来れるわけがない。第一、二人とも精霊だ。普通の人間でないことなんて人目でわかる。普通の人が見たらそれだけで大騒ぎに・・・。
「・・・そうか。そういうことか。」
違和感の正体に気がついた。便器の神が言うには、今人間界では精霊祭が行われている。祭というからには瑚雨やティシュだけでなく、その他多数の精霊達が参加しているはずだ。そしてティシュを見ればわかるが、明らかに人間では無いこともわかる。精霊なんかがいるとわかれば、マスコミは黙ってはいないしましてや大騒ぎになっていてもおかしくない。それなのに、今日は平和だった。もしかしたら俺の周りだけ平和なのかもしれないが、それにしても騒ぎになっていないのはおかしい。
「案外精霊祭って規模が小さかったりして。」
言っておいてそれは無い、と思う自分がいた。規模が小さかったら精霊祭の意味を失うも同然だろう。何しろ、人間に精霊の存在を知らせることが目的ならば、規模を小さくする理由がどこにも無いからだ。それに規模を広くしたところで、首飾りをしていない人間に対しては干渉できないのだから、変に気を使う必要も無いだろう。
「人間界のほうで、何かが起きているのか?」
違和感が消えた代わりに疑問が生まれてしまう。なんという負の連鎖か。しかし、コレばっかりは如何ともしがたい。何しろ答えが見つからないのだ。携帯を使ってネットを開いてみたのだが、新しい機器製品が生まれたとか、最先端技術の応酬とかのニュースが上がっていたが、精霊という文字はどこにも見当たらなかった。メールでカチカチしながら歩いていると、見覚えのある交差点にいることに気がついた。そう、この場所は瑚雨と出会った交差点だ。
「我ながら思うが、立ちながら寝るってありえねえな。」
自分の恥を思い出して思わず苦笑する。まあ、そのおかげで瑚雨と出会えたというのなら何も文句は無いのだが。そして自然と交差点から少し離れた公園に視線がいく。
「・・・ん?」
リョウは首をかしげる。
公園の先に人間界ではありえない物が見えたような気がした―――




