戦い のち 精霊
「んで、一体全体これはどういうことなんだ?」
「ふむ、今の今までタコ殴りを全て無かったことにするのジャーな。お主は。」
「黙れ。便座野郎。くそっ、皮肉で言ってもそのまんまだから、余計に性質が悪りぃ。」
俺は苛立つ気持ちを抑えながら目の前に便器を睨み付けた。あれから、15分程便器をタコ殴りした俺は、ようやく正気に戻ることに成功する。今では、なんとか冷静に物事を考えるまでになった。彼女はというと、アワアワしながら俺の後ろに立っている。やはり便器が喋るというのは、破天荒なことなのだろう。そこには、俺も大々的に賛成する。そんなことを考えていると、便器がまたしても喋りだした。
「ふむ、わしは偉大な神ジャーから、お主らがこれからしっかりと敬えば、これまでのことを水に流しても良いぞぃ。便器だけにな。」
「さて、どこにウォーハンマーあったっけかなぁ・・・。」
「待て、冗談じゃ、それ以上殴られたらさすがのわしも壊れぎゃあぁぁぁぁぁ!」
「うるせぇ!黙れ!つまらねえギャグを言う便器なんか、この世にはいらねえんだよ!」
すでにボロボロになっている便器に更なる追い討ちをかける俺。箒の柄で、ドカドカ殴っていると後ろにいる彼女が俺の裾を引っ張った。
「落ち着いて、リョウ。」
「止めないでくれ。男にはやらなきゃいけない時ってヤツがあるもんなのさ。」
「それはここで使っちゃいけない物だと思うのは置いといて、殴りすぎるとリョウが困るよ?」
「え?」
「それ以上破壊すると、明日から便器が使えないよ?」
「・・・・・・」
もっともな意見だった。すでにボロボロなトイレ。時折ジャーと流れているから完璧には壊れていないだろうが、いつ壊れるかわかったものではない。俺はボロボロになった便器に一瞥して、箒を元あった場所に立てかけた。
「よかったな。てめえが便器で。まだ利用価値があるからこれくらいにしてやらぁ。」
「・・・ここまで殴っておいて、その言葉を言えるお主が心底羨ましいわぃ。」
なんか便器がため息をついたような気がしたが、気のせいだろう。だって便器だし。つうか、マジで便器が話すって何よ?確かに俺は言いましたよ?思いを通わせることができるのは人間だけじゃないですよ~的なことをさ。でもさ、無機物はどうよ?しかも、便器だぜ?ありえんだろ。つか、便器と思いを通わせたくなんかないんだけど。
「まったく、偉大なる神に向かって箒で叩きまくるとは、人間界ってヤツは物騒ジャーのぅ。」
「・・・・・・」
便器がぶつぶつ独り言を喋っている。ううむ、実にシュールな光景だ。なんつうか仕事疲れのサラリーマンが唸っているようなそんな感じ。そういえばさっきから、こいつは『神』とか言っているがどういう意味なんだろう。
「おい、便器。」
「・・・間違ってはいないが、もうちょっと言い方は無いかのぅ。」
「うるせぇ。ところで、てめえ。さっきから、神とか言ってるがなんの世迷言だ?」
「世迷言ジャーない!正真正銘の神ジャー!」
「ジャージャーうるせぇ!てか、なんでてめえが神様なんだよ!証拠でも見せて見やがれ!」
「いや、そう言われると困るのジャーが・・・。そうジャー!そこの娘、お前が何者か知りたくないかの!!」
いきなり話を振られて、彼女はピクンと体を震わせた。そりゃそうだろう。何しろ、便器に話しかけられてるのだ。俺だったらフルボッコにしてるね。もうしてるけど。
「わしは、神と言っても精霊界の神なのジャー!だから、その娘の正体も把握しとる。」
「は?精霊界?何だそれ?自称神宣言の次は、電波か?」
「ええぃ、おぬしと話してると始まらん!娘、ちょっとわしに近づくのジャー!」
この野郎。俺と話してると殴られるからターゲットを変えやがった。話を振られた彼女は、オドオドといた様子で俺の顔と、便器を交互に見る。
「胡散臭さ100%だから、デストロイする?」
「い、いいよ。そうするとリョウが後々困るよ。それに・・・」
それだけ言うと、彼女は少し俯いた。なるほど、やっぱり自分の正体が知りたいか。まぁ、それはそうだろう。俺は頷いて、便器を睨む。
「変なことをしやがったら、タダじゃおかねえからな。」
「この姿で変なことなんかできない気がするのジャーが。」
彼女は少し深呼吸をして、両手をキュッと握って顔を上げる。どうやら、決心がついたようだ。ゆっくりと便器に近づいて、トイレのドアをはさむような形で便器の前に立つ。俺は彼女の後ろで事の顛末を見届けた。
「教えてください。私は何者でしょうか?」
「うむ、しばし待たれよ。そなたの容貌、性格、状態を今スキャンしておる・・・」
ぶつぶつと便器が何か呟いている。すごくシュールな光景だ。彼女に視線を向ける。どうやら、少し震えているようだ。恐いのだろうか。俺はその小さな背中に話しかけた。
「お前がどんな存在でも、お前はお前だ。俺は気にしない。」
「・・・ありがと。」
彼女は少し頷いた。後ろからでは見えないが少し微笑んだような気もする。
「おのれ、こっちは必死に検索かけてるというに、イチャイチャしおって。大体、こいつは何様なのジャー。神のわしをタコ殴りにするわ、口をはさむわ、目上の人に対してなっとらんわぃ。それにしても、どういうことジャー?容貌からして上位なのは間違いないのジャーが、なぜこんなに存在が希薄なのジャー・・・。こっちに来る時に少し以上でも発生したのかのぅ・・・。」
待つこと30秒くらい。便器は謎が解けたってな感じで、カコンと便器の蓋を鳴らす。
「結論から、言おう。そなたは、『雨の精霊』ジャー。」
「雨の・・・」
「精霊・・・ですか?」
「うむ、そこの人間にはわからん・・・というか、体が透けているからわかっておると思うが、彼女は人間ではない。それはわかっておるな。」
「便器の意見には賛同したくないのだが、彼女の体が透けているのは確かだな。」
「一言余分ジャーが・・・。まぁ、それは言いとして。なぜ、精霊がこの世界にいるのか、それを説明してやろう。」
さっきまでの便器とは、雰囲気が違うような気がした。自然と背筋を伸ばさなければならない感覚に襲われる。もしかすると、本当に神なのかもしれない。
「ちょっと待て、便器。その話は長くなるのか?」
「そうジャーが。なんジャー?聞きたくないのか?」
「いや、そうじゃねえ。話が長くなると立つのがきついからな。クッションでも持ってこようかと思ってな。」
「・・・意外と冷静なお主に感服するわぃ。」
またしても便器にため息をつかれたような気がするが俺はまったく気にせずに、クッションを取りに居間に入るのだった。
「精霊祭が始まったのジャー。」
「なるほど。って、それだけの説明でわかるか!短いし、面白みも無いし、そもそも精霊祭って何だよ!?」
開始早々意味不明なことを言う便器に対し、俺は声をあげた。俺と彼女はただいま、クッションを下にしてトイレの前で座っている。実に可笑しな光景だ。何しろ、トイレの前で座っているんだぜ?なぜに、自分の家でトイレ待ちみたいにせにゃならんのだ。
「詳しく話すとかなり長くなるのでな、省略しても良いかのぅ。」
「ああ、あんまり長いのは勘弁だしな。俺は良いぞ。」
「私も良いよ。」
「わかった。まず最初に、この地球には『人間界』と『精霊界』となる物が存在する。」
「また、ありきたりな世界観だな。」
「だまらっしゃい。この二つの世界はいわゆる並行世界ってヤツじゃ。つまり、『人間界』と同じように『精霊界』も存在に、同じ時間軸の中で生活していると思ってくれれば良い。この二つの世界は交わることが無いと思っていたが、ある時『精霊界』は『人間界』が存在することに気がついた。」
「ありきたりの大安売りだな。んで、『精霊界』は『人間界』を支配しようと考えたのか?」
「違う。『精霊界』は『人間界』に興味を持った。気づいた以上何かをしたくなるというのは、人間も精霊も同じなのジャー。ジャーが、下手に接触を持とうとすると二つの世界共々、様々な混乱を起こしてしまう。そこで考えたのが精霊の祭り、『精霊祭』なのジャー。」
「いきなりそんなことを言われても、現に俺はかなり混乱しているんだが、それは気のせいか?」
「まあ、ショックを受けるのはしょうがない。だが、あまりショックが大きくならないように、『人間界』の神に人間を選定してもらったから、大丈夫ジャー。」
「なるほど、『人間界』の神も一枚噛んでたわけね。一度あったら殴りてえ。それで、祭りっていうんだから、何かをするんだよな?」
「そうジャー。『精霊祭』と言っても、行われるのは一つだけジャー。簡単に言うと『首飾り争奪戦』。」
「なんだそりゃ?」
「言葉のままジャーよ。現在、精霊祭は赤と青の二つに分かれておる。正確には白もいるが、今は説明しないぞぃ。各々の精霊には一つの首飾りが渡されておる。娘をみてみぃ。」
便器の言葉を受けて、俺は彼女を見てみると、彼女も服の中を見ている時だった。自分の襟元を伸ばすように見ているため、自然と胸元が―-―
俺は、神速で首を真逆に方向転換。ふぅ、危ない危ない。一瞬でも気を許したら俺は猛獣にクラスチェンジするところだった。首の根元からピキッと音が出た気がしたが、今は気にしている暇は無い。
「そういえばさっきお風呂入ったとき、首飾りをかけてるなぁ~って思ったんだっけ。」
彼女は、服の中から首飾りを出した。とてもシンプルなデザインで、石にチェーンをそのままつなげているような物だ。イメージ的にはラピ〇タの飛行石?みたいなもので、石は空のような青さ。それがキラキラと輝いている。
「それは見てのとおり、青の象徴じゃな。つまり娘は精霊祭の青に属する。そして、それを奪いあうのが今回の精霊祭ジャー。青の首飾りは赤の首飾りの精霊に奪われるもしくは破壊されると、強制的に精霊界に送還される。逆も然りジャー。それで最後まで残った方が『勝利』ってわけジャー。」
「なるほど。そこはわかったが、どうやって奪うってんだ?」
「精霊は様々な能力をもっておる。火の精霊だったら火を操れる、といった具合にな。だから自然と戦闘になるジャーろう。それで戦闘不能になったら首飾りを奪うってことになるジャーろう。」
「ふむ、戦闘になるのはわかった。しかし、そこに人間が入り込む要素が見当たらいぞ?それに、普通の人間は特殊な能力なんて持ってないぞ。精霊達が、勝手にドンパチするのは結構だが巻き込まれる側としたら正直迷惑なんだが。」
「いいところを気がついたのぅ。人間は精霊と違い能力を持っていない。生身のままでは精霊に負けてしまうこと間違い無しジャー。そこで考えたのが『首飾り』なのジャー。娘よ、そこの男に首飾りを渡してみぃ。」
「は、はい。」
彼女は首飾りを首から外し、俺に手渡した。キラキラと輝いているそれは、宝石よりも綺麗に見える。
「お主。それを首にかけてみぃ。」
便器に指図されるのはいささかムカつくが、ここで騒ぐのもめんどくさいので素直に指示に従う。首飾りをかけ終えると、首飾りがキラリと光ったような気がした。
「これで何かが変わるのか?」
「うむ。これでお主は精霊に干渉できるようになるのジャー。」
「は?」
「首飾りをかけていない人間は、精霊を見ることはできても触れることができないものなのジャー。それは精霊も同じ。だから、人間に被害は及ばない、単なる3Dアトラクションの一種だと割り切れるジャーろぅ。しかし、首飾りはその垣根を壊す。つまり、精霊に触れることもできるし、精霊も人間に触れることができるようになる。」
「ふむ。ということは、首飾りをつけると精霊の特殊能力もモロに食らうってわけか。」
「その通り。ジャーが、人間の行動も精霊にモロに食らう。例えば、普段のお主が棒切れを持って精霊に殴りかかっても幽霊のように通りすぎるだけじゃが、首飾りをつければ、なんということでしょう!攻撃があたるジャーあ~りませんか!」
「ふうん、でも彼女にはコレが無くても触れることができたぞ?」
「なんジャーと!?・・・ふむ、おそらくジャーが、記憶喪失がその原因ジャーろぅ。娘も人間と信じ込んでおったから、少しだけズレが生じたのジャー。まあ、ぶっちゃけ詳しいことはわからん。そこは調べておくとしよう。」
軽く流された。ふむ、そこまで重要ってわけじゃないんだろう。
「わしは精霊界の神ジャーが、人間界の便器に憑依しておるからの。お主でも触ることができるのジャーよ。」
「ふむ、大体把握した。そういえば、さっき言っていた『白』はなんなんだ?」
「『白』は赤にも青にも属していないことを表しておる。もし、『白』の首飾りがあるとすると、負けた色に変わるのジャー。つまり、『白』が『青』に負けると『青』の首飾りになる、といったふうにな。」
「じゃあ、白が勝つとどうなるんだ?」
「何も起こらんよ。それほど『白』は力が強くないのジャー。ただ、『白』の精霊に首飾りを奪われたり、破壊されたらそれは強制送還ジャーがのぅ。」
なるほどね。大体『精霊祭』ってヤツがどういうのかはわかった。しかし、わざわざ人間界でやらなくても良いような気がする。
「まあ、人間には精霊が存在するんジャーよ、っていうのがわかってくれればそれで良し!とわしは考えておる。それを踏まえて次のステップに進もうってことジャー。」
この野郎。人の気持ちを盗みやがった。
「さて、そろそろわしも精霊界に戻るとするかのぅ。ちなみに、わしが便器に憑依したのは『神』を流すという不届きな物があるので、それを支配しようと考えたからジャー。」
「聞いてねえし、面白くねえし。しかも紙違いだ、この野郎。」
「お主とは一生分かり合えない気がするわぃ。」
安心しろ。俺もそう思うから。てか、便器と気持ちを通わせるってどんなイジメだ。
「では、最後に一言。その首飾り、人間が一度つけると外れんからの。」
「・・・・・・は?」
「フォッフォッフォッ。わしを馬鹿にし、タコ殴りした罰ジャー。せいぜい精霊達の戦いに巻き込まれるがよぃ。さらばジャー!」
それだけ言うと、カコンパコン言っていた便器が急に静かになった。俺は最後の一言を理解するのに、数秒の時間をもらった後、天井に向かって大声で叫んだ。
「どんだけありきたりな設定なんだよぉぉぉぉ!!!」
説明苦手です。わからなかったら、前書きに簡単に書こうかな~と考えておりますが、意見ありましたら宜しくお願いします。




