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疑問 のち 便器 時々 戦い

「・・・・・・私って何者なんだろうね。」

「・・・・・・」

静かに告げる彼女の言葉に、俺は何も言えない。時には黙っていることも俺は優しさだと思う。

彼女の体が幽霊みたいに透けていると思ったが、そこまで完璧に透けているわけではない。彼女の顔の輪郭もわかるし、手の平だってわかる。そうじゃなければ、あそこまでドキドキしたり精神が戦いを繰り広げたりはしない。ただ、やはり普通の『人』とは言えないだろう。

正直に言うと、雨の中出会ったあの時から、違和感を感じていた。最初は雨が降っていたから視界が少しぶれているのかと思った。しかし、あの公園でハンカチを渡したとき、違和感がより顕著になっていた。

彼女の存在感よりも、渡したハンカチの方が存在感が強かった。そして、彼女の体が透けていることに気がついた。

「・・・・・・」

「・・・・・・」

沈黙が痛い。声をかけてやることができない、自分の不甲斐無さに怒りすら覚える。かといって、この謎を放っておけなかった。俺の洗面所は鏡がついている。一般家庭には標準装備といった物だろう。そして、お風呂に入って洗面所に入れば、どんな方法を使ったとしても鏡を見る。その時、彼女は鏡を見ているはずなのだ。自分の姿を。俺はガムテープでぐるぐる巻きだったからわからなかった。だけど、俺が風呂から出たとき、彼女の顔が少し強張っていたのを俺は見逃さなかった。

「・・・・・・」

「・・・・・・」

外の雨の音だけが妙に部屋の中を満たしていく。彼女は俯いたまま、体育座りをしている。やはりかなりの違和感がある。スウェットの存在感がありすぎるのだ。彼女の顔も髪も手もあるのにかかわらず、スウェットだけが、浮き出ているようにも見える。彼女の体だけが透けている。むしろ薄いと表現したほうがいいのだろうか。

ちらりと時計を見る。時間は午後7時を差し掛かっていた。家に帰り着いたのが午後5時ぐらい。交代で入った風呂で1時間以上。俺をガムテープでぐるぐる巻にした時間は30分くらいだと思う。ということは、かれこれ15分は沈黙ってことか・・・。さすがに辛い。

「・・・・・・」

「・・・・・・とりあえず。」

ピクンと彼女の体が震える。俺は自分にできる最大限の優しさを込めて口を開く。

「・・・幽霊ってわけじゃねえわな。」

「・・・・・へ?」

「触れることもできるし、言葉も話せる。足もあれば服だって着れる。幽霊の要素はこれで消えるな。」

「・・・・・・」

「たとえ幽霊だったとしても、あんたみたいな綺麗な子だったら俺は大歓迎だけどな。」

俯いた顔を上げて、俺の顔を見た彼女はキョトンとしていた。だけど、すぐに彼女は視線を逸らす。

「・・・幽霊でもないとしたら、私は何者なの?」

「知らん。」

「・・・・・・」

「でも、それっとそんなに重要なことかねぇ。」

「え?」

「人と話すことができる。いや、言葉すら必要ないかもしれないな。意識を共有する、思いを伝える、そういったのは、人間じゃなくたって表現できるさ。例えば犬とか、猫とか・・・さ。」

「・・・・・・」

「だからそこまで深刻に悩む必要はないんじゃないか。他の人は知らんけど、俺は気にしない。」

俺はできる限り優しく微笑んだ。彼女はぽか~んとしていたが、目じりに溜まっていた涙を服の袖で拭いて、微笑んだ。

「・・・そんなに簡単な問題なのかな?」

「当たり前だ。根拠なんてどこにもねえがな。」

「ふふ・・・。なんか、悩んでたのが馬鹿みたいだね。」

彼女は微笑み、ニッコリと笑顔を作った。まだ、最初に会ったときみたいな笑顔ではなかったけど、その笑顔は不安の色が少し消えたように見えた。




「ど~やら、問題が解決したようジャーのぅ!!!」

「「!?」」

どこからとも無く声が聞こえた。明らかに俺ではないし、彼女の声もあんなにむさ苦しい声じゃない。

「誰だ!」

俺はすぐに立ち上がり、対面に座る彼女の前に立った。

「ここジャー!ここジャーよぅ!!」

怪しげな声が聞こえる方向を見ると、そこには―――

「・・・・・・トイレ、だと?」

居間を出て、すぐ左がトイレになっている。声はどうやらそこから聞こえてくるということがわかった。しかし、どういうことだ?俺は帰ってきてから一度トイレに入ったが、その時には何もなかったはずだ。もしや俺が風呂に入っている最中に変質者でも侵入したのか?それもありえないはずだ。俺が変質者だったら、まず彼女を襲う。いや、だって・・・ねえ。こんなに可愛い子がいたらそりゃお近づきになりないなぁ~って思いますよ。マジで。まあ、いまはそんなことよりも解決する問題がある。

「ねえ、なんか恐いよ。」

「大丈夫、と言いたい処だが、あいにく相手の出方がわからん。とりあえず、ベランダの方へ行っててくれ。」

「う、うん。って、ここ三階なんだけど?」

「大丈夫。降り方さえ間違えなければ、軽い捻挫で済む。」

「何気にすごいこと言うね!君は!!」

「冗談だ。ロープがベランダには置いてあるんだ。緊急脱出のために。」

「突っ込みたいところだけど、今はあえて突っ込まないことにするよ。」

彼女はそう言いつつもベランダの方へ行ってくれた。カチャリと鍵が外れる音がする。よし、これで逃げ道は確保できた。しかし、解せない。なぜ、変質者は声を出したのだろうか。襲うつもりなら、音は立てない。逃げるつもりでも音は立てない。声を出すメリットが無いはずなのに、変質者は声をだした。変質者のやりたいことが、よくわからない。

「・・・・・・」

さっきとは打って変わって静かになっている。中から音が聞こえてくる様子も無い。しかし、先ほどはハッキリと声を聞いた。彼女が見守る中、俺はゆっくりとトイレのドアに近づいた。鍵はかかっていない。やはり変質者の意図がわからなかった。俺は、近くにあった箒を手に取るとゆっくりとドアノブに左手を添える。箒を持つ右手には力を込めて、軽く息をつき―――


ガチャンッ!

「うおらぁぁぁ!!!」


ドアを開けたと同時に、箒で突きを繰り出していた。が―――


ガツン!

「!?」


自分の思っていたのとは違う反応があった。箒の柄は見事にトイレの壁にぶち当たっている。それよりも不思議なことは、中には誰もいないことだった。俺は明かりをつけて中を見回したが、中には便器、スリッパ、その他もろもろしかなく、人と思われる物は皆無だった。

「どういうことだ?」

「こういうことジャーよ。」

「!?」

いきなり下の方から声が聞こえた。俺はすぐさまバックステップして距離を取る。視線の先には、水が流れている便器があった。

「もしかして・・・。」

「そう、お前が話していた相手はわしジャー!」

パコンカコンと便器の蓋が開いたり閉まったり、ついでに便座も開いたり閉まったり。極め付けに水が流れる音。そう、まさしく俺が喋っていた相手は便器だった。

「夢だな。」

「おおぃ。決断力が早いのは認めるが、いささか現実を見ろぃ。」

「うるせぇ!俺は便器と喋るほど、ラリってねえし、メルヘンでもねえ!よって、これは夢だ!!」

「リョウ。どうしたの?変質者の声がするけど、大丈夫なの?」

ふと視線を横に向けると、彼女が怯えた様子で此方を伺っていた。ヤバイ、超可愛い。てか、待て待て。そんなことを考えてる場合じゃない。夢にしちまったら、彼女も夢ってことになっちまう。

「結論!彼女は現実!しかし、てめえは夢だ!だからさっさと逝きやがれぇぇ!!!」

「うおおお!?とんでもない理不尽を受けてないか、わし!?」

ドカドカバキバキと箒の柄で便器に向かってタコ殴りする俺。ううむ、傍から見れば実にシュールな光景であること間違い無しである。

「ちょ、ま、痛っ!ま、待つのジャー!」

「便器に痛覚なんてあるわけないだろうが!!しかも、ドサクサに紛れて水を流してんじゃねえ!!」

「べ、別にこれはわざと流してるわけジャー・・・痛い!痛い!」

「ちょ、ちょっとリョウ。何してるの!」

いつのまにか彼女が後ろに立っていた。そして、俺の『便器を袋叩きしている光景』を見て、声を上げた。

「ダメだよ!いくら不審者が居なかったからって、便器に八つ当たりしちゃ!」

「止めないでくれ!こいつは、こいつは。」

「不審者ジャーと?それは聞き捨てならん!わしはこう見えても、神ジャー!」

「「・・・・・・」」

便器の言葉を聞いて、俺と彼女はピタリと行動をストップした。

それを見て(?)便器は少し偉そうに蓋を開け閉めする。

「フフフ。どうやら、わしの偉大さがわかったようジャーのぅ。」

ジャーァァァと、水の流れる音がする。いや、それよりもこいつ今、なんと言った?俺は、箒を持つ手に力を込める。

「偉大さがわかったようなら、もっと敬うのジャー!!・・・ん?」

俺が行動したのと、彼女が声を出したのはほぼ同時だった。


「便器が喋ったーーーー!!!」

「夢もほどほどにしやがれぇぇぇぇぇぇ!!!!」

「えーーーっ!!!わし、また叩かれるのかぁぁぁぁ!!!」


俺は先ほど以上に、便器を袋叩きにするのであった。



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