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出会いのち、自宅時々煩悩 そして疑問

「あれ?私の名前ってなんだっけ?」

「・・・はい?」

どうやら、彼女は名前を忘れてしまったご様子。あら、困った人ですね~って、人事じゃねえよ!

「・・・名前、わからねえの?」

「うん。」

「・・・その他のことは?」

「ん~・・・やっぱりわかんない。」

そうか。わからねぇのか。それではしょうがない。だって、俺だって彼女のことわからねえし。つか、いつの間にかタメ口聞けるくらい仲良くなってたのか、俺達。さすがは72時間テレビ。男女の垣根も簡単に飛び越えてくれる。しかし・・・『わからない』か。『覚えていない』ではなく、『わからない』。

「自分の家とかは?」

「わかんない。」

「あなたが着ている服は?」

「学生服でしょ?」

「俺の名前は?」

「良鬼でしょ?短く読んで、リョウ。・・・て、なんか馬鹿にしてない?」

「うんにゃ。ぜ~んぜん、そんなこと思ってなぃ。」

どうやら、電波少女ってわけでもなさそうだ。話を聞く限りでは、頭も良さそうだし、顔も良い。まあ、それは関係ないが。つまり『自分』に関する物事を無くしているってわけか。なんだか色々ややこしい。

「もしかして、君の右手は何か特別な力でもあるのかぃ?」

「いや、無いと思うけど・・・。」

ふむ、やはりどこぞの〇〇〇しとは違うか。それは良かった良かった。何が良いのかは知らないが。

「くしゅんっ。」

おおっと、そうだった。俺たちは雨に打たれて公園ここにいるんだった。しかし、彼女は家が無いという。・・・普通に考えれば、『俺の家、来る?』的なこと言ってさ、行動を促したりするんだろうけど。それって、現実リアルでやるって無理があると思うんだよな。だって、会って間もない男と女だぜ?普通は警戒するだろう。しかも、今家には俺しかいないんだよな。ぶっちゃけ、俺の理性が持つかわからん。

「ん~。これでも使って鼻を拭いてくれ。」

「ありがとう。・・・ねえ、このハンカチ。ビショビショなんだけど?」

「そりゃあ、雨に打たれてたからな。むしろ乾いてたら奇術だろ?無いよりはマシだと思うがね。」

「う~、確かにそうだけどさ。」

そう言いながらも少し赤くなった鼻を拭う彼女。


ダメだ!可愛い!!!


ああっお持ち帰りしたいお持ち帰りしたいしたいしたいぃぃぃ!!!

いやいやいや、待て待て、落ち着け落ち着け俺。

そう、こんな時は円周率を数えれば良いのだ。いくぞ!3.14・・・までしか知らねえよ!バーカバーカ

円周率のバーカ!!

さて、落ち着いた。しかし、このままでは良くないってことぐらいはわかる。一向に雨は止む気配を見せないし、俺の心は彼女によってヒートしてるけど、彼女はそうはいかないだろうし。風邪にでもなったら大変だ。漢には意を決して前に出ないといけないこともあるんだ!

「あ~、ところでさ。」

「うん。」

「どうやら、このまま公園ココにいても雨が止みそうにないからさ。俺の家、来る?」

「うん!」

即答!?しかもなんか嬉しそうだし!これは脈有り?完璧にフラグ立てちゃったのか、俺。いや、嬉しいよ?正直マジで嬉しい。なんつうか、『わが世に春がキターーー!!!』って感じ。別に春はもう終わってんだけどさ。今、梅雨だし。でもさ、逆にこんなにトントン拍子で話が進むとさ、逆に恐くなっちゃうもんなのよ。

「あの、即答してくれたけど、大丈夫?」

「へ?何が?」

「俺、オトコ。君、オンナ。」

「うん。」

「しかも、今、家に、誰もいない。ユーとワタシ、二人きり。」

「何で片言になったのかが、一番の疑問なんだけど・・・それで?」

「・・・・・・」

キョトンとした表情の彼女。本当にわかっていないのだろうか。

「いや、俺が言うのもなんだけどさ。警戒とかさ不安とかを感じたりしないかい?」

「何の?」

「・・・・・・その、エッチなことされたりとか嫌らしい事されたりしないのかって思わないのか?俺、もう高校生だし。それくらいのことは普通に考えるし。」

「じゃあ、するの?」

「・・・は?」

「だから、エッチなことや嫌らしい事。」

攻守交替って形で彼女は俺に訊いてきた。少し彼女の目つきが尖ったような気がするが、それもそうだろうと自分勝手に納得しておく。

「・・・するかもしれない。」

彼女から少し視線をそらして、俺は口を開いた。

彼女はしばし沈黙した後、俺の耳に良く聞こえる声で言う。

「正直者なんだね。」

「自分が暴走した時に逃げるための口実さ。正直とは程遠い。」

「そうかな?私は別に良いと思うけど。」

「ただ逃げてるだけだ。それと極端に小心者なだけ。まあ、簡単に言うとヘタレだな。」

彼女が家に来てくれるのは嬉しい。ただ、間違いなく俺は理性を失う。なんというか、彼女の笑顔が変わってしまうことを考えると複雑な気持ちだった。今思うと、俺が家に来るかと誘ったとき、俺は否定の言葉を待っていたのかもしれない。

「それじゃあさ。」

鈴のような声が聞こえ、視線を前に向けるとニコニコ顔の彼女が微笑んだ。

「リョウの家に連れてってよ。このままだと風邪引いちゃうから。」

「・・・・・・」

「これなら、大丈夫だよね。」

ニッコニコてな感じで、彼女は微笑む。私からお願いしてるんだから、何が起きてもかまわないってか。まったくどんな理論だ、それ。気づけば俺は苦笑いしていた。

「・・・・・・はは。可愛い子にそんなこと言われたらしょうがねえな。」

「うん、そうだそうだ!潔く諦めろ~。」

彼女は微笑みながら俺の手を握った。

恥ずかしさと自分のヘタレさで赤くなったであろう頬まで、彼女の手の平の冷たさが感じ取れたような気がした。



△▼△▼△▼△▼△▼△▼



拝啓 お母様

どうやら俺は、苦節16年高校2年生において『大人の階段』を上るみたいです。

今、俺の部屋にはとんでもなく可愛い女の子がいます。

別に『彼女』ってわけではないのですが、こんな状況初めてで、私のハートはオーバーヒート寸前です。

なにしろ、今、『彼女』は・・・


お・風・呂・・・に入っているのです!!!


いや、もう、なんというか・・・ふぉぉぉぉぉ!!!って感じです。

そりゃそうですよ。思春期真っ只中の俺、さすがに我慢も限界ってヤツですよ。

でも、俺は今頑張ってます。

意識は風呂に行ったとしても、魂は行かないように心がけてます。

耳栓、アイマスク、ついでに鼻栓までつけて、ガムテープでぐるぐる巻きにしてもらっています。

手は後ろに、足は体育座り。もちろん、ガムテープで縛っております。

これだけすれば、いくら俺でも暴走しないと自負しております。

それくらいしないと、破壊力がすごいのです。核兵器並なのです。

ガムテープを剥がす事を想像すると、悪寒がしますが・・・そこは気力でカバーします。

親愛なるお母様。

我慢するって、とっても辛いことだとこの年になって初めてわかりました。

今度お会いした時には、一つ大人になった俺をみてください。

そして、一緒にお酒でも飲んで語りましょう。

では・・・また。


   良鬼より


真っ暗だった。それはそうだ。アイマスクつけてるんだから。

匂いがガムテープ臭い。ああ、調子乗ってガムテープ張りすぎたと今更ながら後悔する。

何も聞こえない。耳栓した後に耳もガムテープでくっつけたからなぁ。剥がす時、髪が抜けるんだろうな。

正直今の現状をまったく知らない人が見たら、俺って拉致されてて死ぬ寸前ってヤツじゃなかろうか。こんな姿で死ぬのは嫌だなぁ。ガムテープのミイラになっちまうよ。

それにしても、正直誤算だったなぁ。女の子のお風呂が意外と長いなんて・・・。

音も無く、視界も無く、匂いすら感じない。いやガムテープの匂いだけするか。だけど、この状態がキツイと感じたのは早かった。足も動かないし手も動かない。これがホントの手も足も出ないってヤツか。

どれくらい時間が経ったのだろうか・・・。

俺の視界にはまったく変化が無い。

ふと頭の中に最悪な想像がよぎる。


俺・・・もしかして忘れられてる・・・?


いや、あの娘にかぎってそれは無い。無いと思う。無い・・・かも。本当に無いのか?

一つの不安は大きな不安になって俺を襲う。

考えすぎだと思う。だって彼女は良い娘だ。俺がこんな状態にする時もちょっと不安そうな表情だったし・・・。あんなに良い笑顔を浮かべる娘が、俺をこのまま放置するわけが無い!!


・・・それがもし、女の子の演技だったら?


ガクガクガクガクブルブルブルブル・・・。

やば・・・嫌な汗が出てきた。あれ、おかしいな。涙の味がするぞ?誰か、誰か助けて!畜生!こんなに分厚くガムテープ巻いたヤツは誰だ!声も出せねえじゃねえか!


バリバリィ!!

「お風呂出たよ~・・・。何で泣いてるの?」

疑心暗鬼から、人間不信。挙句の果てに八つ当たりまで始めた時、彼女の声が聞こえた。どうやら、風呂から出て、俺のところに来てガムテープを剥がしたらしい。敗れる音と同時に蛍光灯の明かりと、彼女の顔が見えた。彼女の言葉から察すると俺は泣いてるらしい。

「や、やっぱり苦しかったんだよね!すぐに、すぐに剥がすから待ってて!!」

パタパタと足音が遠ざかっていく音を聞いて、俺は心の底から思うのだった。

「生きるって・・・素晴らしい。」

その呟きは、ガムテープを全部剥がし終わった時にもつぶやくことになるとは、今の俺は思いもしなかった。


俺も風呂に入り、髪を拭きながら居間に向かう。

「おかえり~。」

ニコニコ~てな感じで擬音がつきそうな笑顔を浮かべる彼女。うん、すごく可愛い。

今の彼女は、俺が持ってたスウェットを着ている。下手に生地の薄い服を着せたら俺が暴走すること間違い無しだったからだ。低反発クッションが気に入ったのか、その上に座っていた。てか、くつろぎすぎだろ。彼女。俺は、彼女の対面に座り、後ろにあるベッドに寄りかかる。

「部屋、綺麗だね」

「喘息持ちだったからな。掃除するのが習慣なんだよ。」

「そっかぁ~。」

「キョロキョロするのやめれ。恥ずいから。」

これが男だったら別になんとも思わないが、さすがに異性だとちょっとな。だが、今はそれよりもどうしても聞かなければいけないことがある。俺は、ゆっくり息をついた後、口を開いた。

「なぁ。」

「なに~?」

「お前、『鏡』見た?」

「・・・・・・」

俺の一言で、彼女の表情が曇ったのがわかった。それを俺は肯定と受け取る。

「そっか。」

「・・・・・・」

彼女は顔を下げて俯いた。正直、彼女に声をかけることができないと思った。何を言えばいいのかわからないのだ。だから、俯く彼女に対して、俺はただただ見つめることしかできなかった。



最初見た時は、目の錯覚だと思った。


話もできたし、触れる事だってできた。


笑顔も不安そうな顔も見た。


表情も仕草もすべてとても可愛かった。



ただ一点違うところがあるとすれば―――


彼女の体は、幽霊のように透けていることだった―――


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