白い水着
交通事故に遭った。
そして、死んだ。
目を覚ますと、そこには女神がいた。
『ごめんなさい! 手違いで殺しちゃいました!』
みたいなことを言われた。
幽遊白書かな?
とも思ったが、死んでしまったものは仕方がない。
女神いわく、お詫びとして好きな世界へ転生させてくれるらしい。
さらに、ひとつだけ願いも叶えてくれるという。
そんな、どこかで百回くらい見た転生イベントを終えた俺の目の前に広がっていた風景。
それは、新たな命を授かって喜ぶ両親の顔でもなければ——どこまでも広がる青い空と草原、その向こうに連なる山々でもなく——牢獄からスタートというわけでもなければ——罪人として馬車に揺られ、どこかへ運ばれている光景でもなかった。
闇であった。
「…………?」
いや。
声が出ない。
闇。
何も見えない。
身体を動かそうとする。
動かない。
というより——手足がない。
いや、それどころか……なんというか、俺の身体、二つに分かれてない?
どういうことだ?
闇の外から、かすかに音が聞こえる。
さらさらと、水の流れる音だ。
ということは、この闇は世界そのものが暗いわけではない。
単純に、俺の視界が何かに塞がれているだけらしい。
外には世界がある。
なら、とにかく現状を確認したい。
お約束の「ステータスオープン!」と口を開こうとする。
開かない。
いや——口がない。
なんだこれ?
どういう状態なんだ、俺?
とりあえず、目を閉じてみる。
いや、目もないんだけど。
なんとなく、視界を閉じるような感覚を意識した。
すると——目の前に、半透明の文字が浮かび上がった。
ステータス。
おお、そういうことができる世界か。
なるほど。
声に出して「ステータス!」とか叫ぶタイプじゃないのね。
よかった……。完全に詰んだかと思った。
ここから何かできることは——。
そう考えながら、自分自身のステータスを確認し。
俺は絶句した。
名前欄。
『白い水着』
「…………」
いや。
待て。
もう一度見る。
『白い水着』
見間違いではない。
どうやら俺は……白い水着に転生したらしい。
なんでだ?
◇
そこで俺は、自分が転生を希望した世界を思い出した。
《グランディオ・サガ》
それが、俺が転生した世界だ。
フリーシナリオ型のRPG。
世界中に存在する三十人を超える仲間たちから、好きなメンバーを選んでパーティーを編成する。
陣形に技。様々な術。そして大量に存在する装備。
それらを組み合わせ、巧みな戦術を構築することで、圧倒的な格上の強敵すら無傷で倒すことができる。
俺は、このゲームが大好きだった。
何周したかわからない。
そして——この世界には、フレリアというキャラクターがいる。
俺の推しだ。
毎回、必ずパーティーに入れていた。
フレリア自身を主人公として選択することもできる。
だが、俺は基本的にやらなかった。
主人公として使うより、仲間として運用したほうがステータス的に恵まれているというのもある。
それ以上に。
主人公にすると、序盤でこう……なんというか。
NTRみたいなイベントが挟まるのだ。
俺はあれが嫌いだった。
仲間として加入させれば、そのイベント自体がなかったことになる。
なので俺は毎回、フレリアを仲間として迎えていた。
そんな《グランディオ・サガ》には、膨大な数のアイテムが存在する。
中には、入手確率が頭のおかしいものも多い。
アイテムコンプリートを目指したら年単位で時間がかかる。
そんなふうに揶揄されるほどだ。
もちろん、普通にクリアするだけなら必要ない。
そして、そんな大量のアイテムのひとつに《白い水着》と呼ばれるものが存在する。
水耐性、驚異の300%上昇。
水属性が弱点のキャラクターですら、装備するだけで水属性攻撃をほぼ無効化できる。
しかも、装備カテゴリーは《インナー》。
鎧とは別枠だ。
普通の鎧はもちろん、他の防具との厳しい装備制限を課す全身鎧とすら併用できる。
物理防御力は皆無。
だが、魔法防御力は非常に高い。
全防具の中でもトップ10に入るほどだ。
ラスボスが使う攻撃の八割近くが魔法防御力を参照するため、手に入れば攻略が一気に楽になる。
おまけに睡眠耐性までつく。
普通に強い。
いや。
めちゃくちゃ強い。
俺だって手に入れた周回では愛用していた。
もちろん——フレリアに装備させたこともある。
「…………」
そんなものに……俺は転生した?
なんでだ?
思い返す。
俺は女神に、最後になんて願った?
『フレリアと一緒に旅をしたい!』
そう言った。
間違いない。
俺は確かにそう願った。
まさか……その願いが曲解され……一緒に…………旅?
なら、ずっと装備していればいいですよね?
という理屈で、インナー装備にされた……?
「…………」
ありえなくもない。
いや、あってたまるか。
苛立ちになにかを殴ろうとするも、俺にそんな自由はなかった。
◇
さて——問題は、《白い水着》の入手ルートだ。
耳を澄ませる。
相変わらず、闇の向こうからは水の流れる音が聞こえている。
おそらく、ここは『水曜の回廊』だろう。
《グランディオ・サガ》には、『七曜武器』と呼ばれる七つの強力な武器が存在する。
水曜の回廊は、そのうちのひとつ。
《水曜の錫杖》が眠るダンジョンだ。
もっとも、プレイヤーにとって重要なのは七曜武器だけではない。
このダンジョン。
出入りするたびに、内部の宝箱がランダムで再配置される。
つまり周回できる。
ハクスラ大好き人間にとっては、実家みたいな場所である。
そして、ごくまれに出現するレア宝箱。
その中に入っているアイテムのひとつが——そう。
俺、《白い水着》である。
水曜の回廊自体は、それほど到達難度の高い場所ではない。
ゲームに慣れたプレイヤーなら、ニューゲームから二時間もあれば来られる。
《グランディオ・サガ》では、モンスターの強さが完全なエリア固定ではなく、ある程度こちらの戦闘回数に応じて変動する。
そのため、序盤から七曜武器を取りに行くプレイも普通に可能だった。
特に《水曜の錫杖》は、七曜武器の中でも入手が楽な部類に入る。
一度手に入れてしまえば、それを使って残りの七曜武器を集めやすくなる。
七曜武器コンプリートを狙うなら、まず水曜の錫杖を取れ。
攻略サイトにも、だいたいそう書かれていた。
そう考えると——女神の判断も、まったく理解できないわけではない。
俺はかなり序盤から入手できる。
しかも性能的には終盤まで通用する。
仲間キャラクターなんて、下手をすると二十時間遊んでも加入フラグすら立たないやつがいる。
中には、《七曜武器をすべて集める》なんて頭のおかしい条件を満たさないと仲間にならないキャラまでいる。
それに比べれば……プレイ開始から二時間ほどで手に入り、そのまま最後まで装備してもらえる俺は——。
「…………」
いや、待て。
いま、ものすごく自然に「装備してもらえる」と考えなかったか?
違う。そうじゃない。
俺が望んだのは、フレリアと一緒に旅をすることであって、フレリアに着られて旅をすることではない。
俺は断じてそんな変態趣味は持ち合わせていない。
だが、問題は、それだけではなかった。
俺が入っているこの宝箱。
そもそも——ちゃんと配置されているのか?
そう、水曜の回廊に出現する宝箱はランダムだ。
そして《白い水着》が入ったレア宝箱の出現率は——0.06%。
ネトゲかな?
そう思ったそこのお前。
知ってるか?
これ…………コンシューマーゲームなんだぜ?
ありえないだろ。
頭がおかしくなるわ。
しかも、それだけではない。
ここはゲームの世界ではない。
おそらく……現実だ。
だとしたら……この世界の人間は、水曜の回廊を何百回、何千回と周回したりするのだろうか?
ゲームならやる。
俺だってやった。
ダンジョンに入り、宝箱をあらかた開けてから、外に出る。
そして、また入り、宝箱を探す。
以下、欲しいものが出るまで繰り返し。宝箱の出現位置を完全に記憶し、無心で周回するのだ。
正気の沙汰ではないだろう。
だが、ゲーマーとはそういう生き物だ。
しかし、この世界で実際に生きている人間たちは違う。
そもそも——《白い水着》の存在を知っているのか?
このアイテム、なんと攻略本にすら載っていなかった。
存在が広く知られるようになったのは、《グランディオ・サガ》発売から六年後。
ネットが普及し、全国のプレイヤーが情報を持ち寄るようになってからだ。
それまで、《白い水着》は半ば都市伝説みたいな扱いだった。
そんなものを、この世界の人間が、わざわざ探すだろうか?
「…………」
恐ろしい話である。
誰にも見つけてもらえなければ。
誰にも宝箱を開けてもらえなければ。
下手をすれば俺は——。
一生、このまま。
何も見えない闇の中で——。
ガチャリ。
「——!」
音がした。
次の瞬間。
闇の中へ、一筋の光が差し込んだ。
マジか!
見つけたのか!?
眩しい。
だが、俺には、その光の向こうにいる人間の顔が見えた。
見知った顔——ユリアンだ!
《グランディオ・サガ》で主人公として選択することのできるキャラクターの一人。
しかも、主人公に選び、得意武器を特定のものに変更すると、とんでもないステータスに化ける。
通称。
暴力の化身。
間違いない。
ユリアンだ。
ということは!
こいつらは主要キャラクターのパーティーだ。
そして、その隣に、彼女はいた。
フレリア。
俺の推し。
何周しても。
何度ゲームを最初からやり直しても。
必ず仲間に入れたキャラクター。
フレリアが、目の前にいる。
やった!
これでフレリアに装備してもらえ——いや。
もういい!
着られるとか、そういうのはもういい!
フレリアと一緒に旅ができる!
願いが叶った!
そう思った。
そのとき。
俺は見てしまった。
フレリアの後ろ。
そこに立っている、一人の男を。
巨大な全身鎧に身を包んだ、筋骨隆々の巨漢。
ベア。
「…………」
さて。
ここで《グランディオ・サガ》というゲームについて、もうひとつ説明しておこう。
このゲームは、フリーシナリオRPGである。
仲間は自由に選べる。
陣形も自由。
敵から狙われる確率すら、陣形によってある程度操作できる。
そして、装備の自由度も高い。
非常に高い。
武器。
防具。
アクセサリー。
基本的に、誰でも好きなものを装備できる。
男だから。
女だから。
そんな理由で装備を制限されることはない。
公平である。
素晴らしいゲームデザインだ。
つまり——たとえ見た目がどう見ても女性用のビキニである《白い水着》であっても。
男性キャラクターが問題なく装備できる。
そして——ベア。
この男、《グランディオ・サガ》最高のタンクと呼ばれるキャラクターである。
高いHP成長率。
高い体力と精神から来る耐久性と状態異常への耐性の高さ。
陣形の最前列に置き、攻撃をすべて引き受けることを前提とした性能。
弱点は——魔法防御が、やや低いことと、水属性に弱いこと。
さて、《白い水着》の性能を思い出してほしい。
物理防御はない。
代わりに、魔法防御が非常に高い。
水耐性、300%。
睡眠耐性。
そして、全身鎧と併用可能な、インナー装備。
「…………」
そう、ベアは——《白い水着》を装備させるのに最適解とまで言われているキャラクターだった。
◇
それから、五年間。
この世界で、俺はフレリアと一緒に旅をした。
ベアが着用するインナーとして。
おわり




