テスト勉強(1)
次の日、早速授業が始まった。
1時限目は数学だった。
ミニスカートの上に白衣を着て露出の激しい先生だなって思っていたのだが……。
「この式は、え、Ⅹぅ、かける、わ、Yぃ、い、イコール、Zぉ……ああん!」
なにあの変態教師……。
単語一つ一つ卑猥な感じで言うし、体震えてるし。
「……」
隣で波月が顔を真っ赤にして俯いていた。
たまにこっちを見ては目が合うとすぐに下を見て、しばらくするとまたこっちを見てくる。
エロに免疫がないのか? この歳で? 箱入り娘かよ。
『ロマン値が94%を超えました。いっそ好きになりましょう』
……マズいなあ、俺こういうウブな反応する女の子に弱いんだよ。
恋したらその人を見るだけでロマン値が100%になりやすくなる。
もう気にしないようにしよう。
黒板に集中していたら、波月が来たことで席が俺の後ろになった帝音が囁いてきた。
「おかしな授業だね」
頷いて同意した。
よく、漫画やアニメで女が官能的な声やしぐさで男を誘惑するシーンがある。
ああいうシーンは大抵、男側は動揺するのだが……。
「答えは……シックスぅ……」
実際に目の前でやられると出てくる感想は、気色悪いだけであった。
長年己の股間との対話のためにネットでAVを漁っていたせいであろう。
現実を直視してしまう。
幻想は幻想のままの方が良いのだと思い知らされる。
しかし、隣の箱入り娘は違った。
さらに顔を赤くしている。
俺は波月の耳元で囁いた。
「波月、そんなに深く考えることはないぞ」
「ひうっ⁉」
よほど頭の中が混乱してたらしい。
耳元で囁くとビクッと大きなリアクションをした。
波月には悪いが、見てるこっちも危ないのだ。
さっさと慣れて平常心でいてもらいたい。
「あ、アンタはなんで平気なのさ」
「いや、平気じゃないのはお前くらいだと思うぞ」
波月は周りを見渡した。
みんな、ニヤけたりヒソヒソ話したりするだけ。
顔を真っ赤にして動揺している人はいない。
その事実に気づいた波月は、余計に顔を赤くし体をプルプルと震わせた。
「もう見ないでぇ……」
しまいには教科書で顔を覆ってしまった。
かわいい……シンプルにかわいい……。
『ロマン値が97%に到達。早く付き合っちゃいましょうよぉ』
ムカつくほどアイがノリノリになっている。
かわいそうだからもう波月の方は見ませんよ、残念でしたねアイさん。
2時限目は化学だった。
数学と同じで白衣を着て、メンズスーツを着て普通の男の先生に見えるのだが……何故かずっと俯いている。
「どうも……はい……こんにちは……」
別に落ち込んでいるわけではないみたいだけど、負のオーラ的なものを感じる。
あと、天辺がハゲている……。
「みなさん……ちゃんと黒板は見えていますか……」
すいません先生、頭皮にしか目が行きません。
問題が起こったのは3時限目の日本史だった。
「どうも、日本史担当かつお前らの担任の大前空です」
お前体育教師じゃないんかい。
化け物みたいな筋肉持ってんのになんで歴史を教える側なんだよ。
お前は逆に歴史的な逮捕をされる側だろ。
「ええ、おそらくきっと絶対に黒狼が私に失礼なことを考えたので、今日の掃除当番は黒狼だけです」
バレバレだった。
「掃除当番が嫌な場合は、爪一本で免除してあげます」
受ける痛みに対する対価があまりにも低すぎる。
「ちなみに明日の日本史はみなさんの学力を測るために中学の全範囲で小テストをするので、みなさんちゃんと勉強してきてください。ちなみに40点未満の生徒は先生と3泊4日で徹夜の特別補習です」
「えっ——⁉」
とんでもないことを言ってきた。
授業1回目からまさかの小テスト宣言。
「大丈夫だ。特別補習でも半分ぐらいは生き残れるから」
つまり半分は死ぬってことじゃないですか。
ていうか死人の出る特別補習ってなに?
地雷原の中を走りながら勉強でもするのか?
ちなみに焦っているのは俺だけではなかった。
教室にいる全生徒、特に手錠で繋がっている生徒は顕著だった。
何故なのか、その理由は——。
「手錠で繋がっている生徒はペアの点数との平均で評価するので頑張れよ」
これが問題だった。
平均ということは俺と波月の点数を足して2で割るということ。
波月が100点を取っても俺が0点なら50点となってしまうのだ。
まあ、仮にそうなったら俺からしたら50点取れてラッキーなんだが、波月は違う。
100点なのに50点になるのは成績から見れば泣きたくなるほど低くなっている。
「あと、前期で成績の悪い生徒は後期で婚活に向けた特別メニューがあるからな」
追加で最悪の情報が入ってきた。
授業が終わると、早速みんなが話し合いを始めた。
俺も波月とすぐに話し合った。
「波月お前、日本史得意か?」
「受験の時は7割ぐらい取ったけど得意ってわけじゃない。アンタは?」
「俺推薦だから試験なかったのでほぼ知識ゼロです」
「え……」
地獄の始まりだ。
「どうすんのさ! 小テスト明日だよ!」
「だからお前に聞いたんだよお!」
ああ、こんなことなら推薦に頼らず勉強してどこか適当な高校に入れば良かった!
ていうか昨日コスプレさせられた時からずっとそう思ってるわ!
「お、落ち着こう。先生も言ってたけど、全範囲と言ってもあくまで中学で学ぶ歴史の全範囲。それぞれの中学校ごとに教える量は違うだろうし、細かい部分は出ないと思う……?」
「そ、そうか! 確かにそうだな!」
大前先生も学力を測るためって言ってたし、波月の言うことは正しいのかもしれない。
「つまり、中学校の歴史の教科書を全部覚えればいいんだよ!」
「なるほどな! 明日までに中学校の教科書を全部覚えればいいのか!」
「……」
「……」
……そんなの——。
「無理に決まってんだろおおおおおおおおおおおお‼」
あまりの絶望具合に膝から崩れ落ちてしまう。
「やだよ……俺やだ……あんな怪物と3泊4日の特別補習なんて……」
死刑宣告だ。
俺は明日死ぬんだ……。
「アタシだってイヤだよ……」
波月も絶望的な状況に死んだ声で嘆いた……。
アイ……こっそりテスト中に答えを教えてくれないか?
『無理です、それはルールに反します……』
ああ……終わった……。
「大変そうだね。流狩流君」
「帝音……」
憐れむように帝音は膝をつき、俺の肩に手を置いてきた。
「ねえ、もしよければ、僕に協力させてくれないかい?」
「え……」
「今から勉強しても間に合わない。なら、することは一つだけ」
「まさか……」
勉強していない学生が唯一高得点を取る方法といえば……。
「カンニングだよ」
「か、カンニング……!」
カンニング……それはテスト中に答えを見たり、他の生徒の答案を盗み見る行為。
「亜瑠楽さんか僕が君に答案を見せれば、君たちは間違いなく特別補習を回避できる」
「い、いいのか帝音……お前のテスト用紙を見ても? バレたらお前もただじゃすまないぞ?」
「同じ独身派だろ。協力し合おう」
て、帝音……!
最初はいろいろ抜けてるところがあって、「コイツ大丈夫かな?」とか思っていたけど誤解だったよ。
君は俺の一番の相棒だ!
「いや無理でしょ。アイがあるんだから。カンニングしたらアイが学校側に知らせて大前先生にしばかれるよ」
波月の言葉で現実に引き戻される。
「ごめん流狩流君……このお話はなかったことにしよう」
帝音ぉ!
「そもそもの話だけど、体内にアイがあるから不正なんか不可能なんだよ。常に監視カメラがついてるようなもん。特別補習を回避するなら、勉強するしかない」
「クソぉ……なんで入学2日目からこんな目にあってるんだ……」
高校で体験することじゃないだろこんな仕打ち。
大人でもなさそうだけど。
「……はあ……」
波月は大きなため息をしたあと、何かを決心したように俺を見た。
頬が紅潮し、これから恥ずかしいことを言うような顔だった。
「学校に泊まって、徹夜で勉強しよう」
「……はいぃ?」
「この学校はカップル成立を促すために申請すれば宿泊が許されてる。勉強のためなら申請は通るだろうし、やるしかない」
そういえば昨日配られた資料の中にそんなことが書いてあった。
「常にラブラブしたい方はぜひお使いください!」とか書かれていてラブホかよって思ったのは記憶に新しい。
使うことはないだろうと思って流し読みしたけど、まさかもう使うことになろうとは。
「待て待て! 別に泊まることはないだろ! 家でだって勉強はできる!」
「アンタちゃんと勉強するか不安だもん。どっちかの家で泊まるほどまだ仲が良いってわけでもないし……。これが一番でしょ」
「そう言ってもな……」
男女2人で一泊なんてしたことない。
間違いでも起こればヤバいだろ。
『大丈夫です。性交渉はロマン値を上げるには重要なことです』
いらねえ情報をありがとよ。
『どういたしまして』
「とにかく、すぐに申請しに行こう! 放課後だとアンタ逃げる可能性あるでしょ」
「え、ちょっと、待てって!」
手を引っ張られ、教室の外まで運ばれてしまった。
「マジで待てって! なんでそこまで積極的なんだよ!」
まさかコイツ、俺のことが……。
「アンタのやる気に私の命かけたくないんだよ!」
「ごもっともな意見⁉」
反論の余地もなかったので、このまま無抵抗で職員室まで運ばれた。
大前先生に理由を説明したらあっさりと了承され、宿泊が決まった。




