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手錠の距離は愛を生むか?

 シャワー室でインクを洗い落としたあと新しい服を着て教室に戻った。



「お前らわかったか? これがこの学校の伝統行事である婚活イベントだ。不定期開催だが強制参加だから気を引き締めろよ」



 疲労している俺らに容赦なく大前先生は婚活イベントについて説明した。

 そのあと大前先生は教室を出て行き、10分間の休み時間に入った。



 現在、俺の左手は波月の右腕と手錠で繋がっている。

 机同士をくっつけていて窮屈な状態だ。

 今日は入学式だけで授業がないのに、教科書を忘れて隣の人に見せてもらっている感覚だった。



「すまん。俺のせいだ」



 隣でつまらなそうな顔をして髪をいじりながら頬杖をついている波月は、少しだけ間を置いたあと答えた。



「アンタのせいじゃないでしょ。急にあんなイベントに巻き込まれて、あんな化け物教師に追われて、生き残る方が無理だって」



 波月の言うことは間違ってはいない。

 確かにこのクラスでも脱落していないのは帝音を含めても3ペアのみ。

 でも最後の弾を防げなかったのは、俺がアイを不機嫌にしたからだ。

 俺の後先考えない行動がこの結果を招いた。



「凄いんだなお前。俺最初どうすればいいか全然わかんなかったのに、お前が支持してくれたおかげで動けるようになった」

「……褒めるようなことじゃないよ」



 話しづらそうにそう言う波月。



「なあ、もしかして、お前って戦争に行ったことあるのか?」

「え?」

「いやだって、状況の整理が速いし慣れてる感じもあった。ああいうのって、普通の日常じゃ得られないだろ」



 波月は少しだけ黙った後、柔らかく笑った。



「ふっ、そういう風に見えたんだ」

「違うの?」

「違う違う。アタシ、サバゲ―が好きでよくやってるんだよ」



 ……ああ、なるほど。



「日本人なら普通そっちの方を先に想像するでしょ。戦争って、ハハ」



 笑みがこぼれるのを止められないのか、笑いが止まらない波月。

 確かに、なんで先に戦争が出て来たんだろう。

 ここ日本だし、ゲームで培ったって方が理由として妥当だよな。

 恥ずかしくて顔が熱くなってきた。バカだ、俺。



「ていうかアンタなんで独身派なの?」



 まだ笑みをこぼしながら波月が聞いてきた。



「正直さ、アンタの顔見た時てっきり女遊びばかりしてるクズ野郎だって思ったんだよ。でもイベントの時は常にアタシを踏まないように気を配ってたし、さっきだって戦争経験者か聞いてた時アタシのこと憐れんでたじゃん」

「そりゃあ、そうするのが普通だろ」

「まあ確かにね。でもアンタぐらいのイケメンだとそれだけで相手は好きになりそうじゃん。だからどうして独身派なのかなって」



 ……まあ、波月の言うことはわからなくもない。

 俺も独身派の綺麗な女を見てそう思ったことがある。

 ビジュアルが良い人というのは些細な善行一つで裏があることも考慮せず好印象を持たれることが多いのだ。



 普通にしてるだけなのにな。



「女の子のこと、嫌いなの?」

「嫌いじゃない。むしろ俺は平均的な男よりも性欲が強い自覚がある。綺麗な女を見ると視線がそっちに行っちまうし、妄想だってしちまうよ」

「へえー」



 波月は興味津々な様子だった。



「でも性欲と家庭を求める欲求は必ずしも比例しない。俺は、家庭を守る責任を持ちなくないんだよ。金だってかかるしな」



 強い覚悟を持って波月を見る。

 波月はほんの少しの間だけ目を皿にしたあと視線を机に移動した。



「えっと……これはゲームばかりして男経験がないアタシの意見だから参考にならないかもしれないけど、アンタ結婚向いてるよ」



 波月の言葉に俺はまた耳にタコができそうになった。



「他の人にも言われるよ、それ」



 だから、イケメンや美女は普通に生きてるだけで偉く見えてしまう。



「……」

「……でも俺の頭の中、常にアニメかおっぱいケツ太ももしかないから」

「ねえ、ちょっと話しにくい状況にした張本人がすぐに下ネタとか言わないでくれる? 黙った私がバカみたいじゃん」

「そだねー」



 波月はムッとしてそっぽを向いてしまった。

 ちょっとだけ間ができた。

 会話がなくなった。

 面白い話題を考えていると、教室のドアが開けられた。



「駿様、いらっしゃいますか」



 ひまわりの髪飾りをつけた白髪の女だった。

 人形のように美しい顔立ち、それを蝕むような頬にある大きな切り傷の跡。

 痛々しくて眉間にしわが寄りそうになるのをこらえた。



 帝音を探しているようなので、本人がいる隣の席に視線を向ける。

 帝音は白髪の女を見ると、変顔をした。



「どちらさまですか?」

「お忘れですか駿様。今朝あなたを学園の近くまで送迎したメイドの(かん)(ぞう)(はく)です」

「え、送迎? メイド? 何のことかさっぱりですね」



 ……あー、なるほど。

 金持ちなことをバレないためか。



「おふざけも大概にしないとダメですよ。このまま記憶喪失を演じ続けるのなら、旦那様にとうとう駿様がわたくしと結婚したいとおっしゃられたと嘘の報告をすることになります」



 淡々と恐ろしいことを言うなこのメイド?さん。



「あははは、白さんとおっしゃいましたか? ちょっと廊下で僕と話しましょう」



 演技を続けたまま帝音と甘草は教室を出て行った。

 教室はざわざわとしだした。

 帝音が超がつくほどの大金持ちなことがバレたのだ。

 俺も帝音も、正体がバレるまでに1日もかからなかったな。



「ちょっと様子見に行ってもいいか?」

「え? 行けばいいじゃん」

「手錠忘れたのかよ。波月も来てくれないと移動できないんだよ」

「あ、そういうばそうだった」



 教室を出ると、すぐ横に2人は立っていた。

 帝音が甘草を壁ドンしている。



「学園内では他人のふりをしてって言ったはずだよね?」

「そんな……駿様はわたくしにそのような酷い命令をされるのですか?」

「車の中では2つ返事で了承してくれたよね!」

「そうでしたか? あいにく武士の姿の駿様を記憶メモリに保存するためにストレージを空けたので」

「消したってか! 主人の姿を記憶するために主人の命令を消したってか!」



 振り回されてるなあ。

 間に入りたくないけど、入らないと別のクラスにまで帝音の家庭を知られるな。



「帝音、その人お前のメイドさん?」

「……ああ」



 頭に血が上っていたようだがこちらに気づいてはいたようだ。



「駿様のご友人ですね。ごきげんよう。わたくしは駿様の朝から晩までお世話をし、もしかしたら妻になるかもしれないメイドの甘草白です」

「こ、黒狼流狩流です」

「波月亜瑠楽です。よろしく」



 深々と頭を下げてきたので、俺と波月も遅れて頭を下げた。



「僕にそんな予定はない。というか、白はどうしてこっちに来たんだ?」

「ご主人様が女性のご友人ができているのか確認しに来ました。駿様のスペックならより取り見取りなはずです。今のうちに奥方候補を決めましょう」



 ……帝音が家ではどんな扱いを受けてるか想像できてきた。

 毎日のように家族から跡継ぎのことを聞かされてそうだ。



「だから僕は誰とも結婚しないって言ってるだろ」

「ではわたくしと結婚しましょう。旦那様公認なので問題ありません。駿様を完璧にサポートし、立派な子を産むと誓いましょう」

「どう言えば納得してくれるんだ……」



 無敵なメイドさんだ。

 何を言っても無駄なタイプだ。

 俺が口にしないことにしたことを波月が言った。



「……なんか、凄い人だね」

「変わってるの間違いだよ」



 帝音が呆れた声で言った。

 確かに凄いと言うより変わっている女だ。



「俺メイドって始めて見た。本当にいるんだな」

「警戒した方がいいよ。ウチは世間との価値観の違いを避けるために使用人の服装は自由にしてるんだけど、白だけは自分の給料でメイド服を買って着続けてるんだ」

「その方が駿様も喜びますから。外出の際はいつもわたくしを見てお顔を真っ赤にしております。小さな子供みたいでかわいいです」

「恥ずかしくて真っ赤になってるんだよ!」



 結構落ち着いてるタイプだと思っていた帝音が声を荒げて怒鳴っている。

 毎日こういうやりとりもしているんだろうな。



「照れずともよいのです。その体から湧き出る欲望を全てわたくしにぶつけてください。さあ、いつでもどうぞ」



 甘草は手を大きく広げて待機した。



「もう帰ってくれ!」

「確かに休み時間がもうじき終わってしまいますね。では、失礼いたします」



 犬の忠誠心と猫の身勝手が混ざったような人だったな。



「はあ、疲れた……」



 心なしか、帝音の顔がさっきよりもやつれて見えた。



「お前も大変だな」



 肩に手を置いて労わることにした。

 そのまま教室に戻ると、何人かの女がこちらになめまわすような視線を送っていた。



 早い者勝ち、とでも思っているのかもしれない。



 甘草の狙いはこれだったんだな。



 気づかないふりをして席に座った。

 大前先生が来るまでまだ少しあるし、聞いてみるか。



「甘草さんだっけ。随分帝音にご執心みたいだな」



 疲れた顔で帝音は答えた。



「僕よりもっと良い人はたくさん見てきただろうに。なんで僕なんだろうね」

「さあな。でもあの調子だと、もしお前が結婚しても離れてはくれなさそうだな」



 そう言うと、帝音の放つ雰囲気が冷たくなった。



「なに言ってんの……」

「え?」

「拾ったなら死ぬまで面倒見なきゃ。たとえ僕が先に死んでも、幽霊になって見守らなきゃいけないんだよ。だから僕は結婚しちゃいけないんだ……」



 ゾクッと悪寒がした。



 隣で興味無さそうに本を読んでいた波月も帝音から離れるように座りなおした。



 ……甘草さん、喜んでください。

 帝音はあなたがご主人様に思っている以上の激重な感情をあなたに抱いていますよ。



「僕が独身派な理由、わかってくれたよね?」



 どう言えばわからなかったので、とりあえず「そうだな」とだけ言った。

 会話がなくなりどうしようか困っていたらチャイムが鳴り響き大前先生が入ってきた。

 そのあと軽く明日からのことを話した後、初日の学園生活が終わった。


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