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第五話 遭遇

 姫川さんに委員長がいそうな場所について教えてもらった昼休憩。こういう時に限って時間が遅く、粘度の高いものに感じてしまう。時計を見ないように試みても、一分も進んでいないのに時計をまた見てしまう。


 ……でも、時間は平等に歪むことなく進んでいた。


「それじゃ、気を付けて帰るように」

 と言った代わりの先生が教室を後にした。


 私は姫川さんにお礼を言って、すぐ教室から廊下に出る。廊下では帰宅部の人たちが一分一秒を競い合うようにダッシュをしていた。けれども私は別の場所に向かう。


 別棟になっている図書室。委員長は大体放課後そこの自習室で勉強しているらしい。もちろん今日は早退? の形を取っているから図書室にいる可能性は低いだろう。

 でも私は図書室に入った。

 靴を脱ぎ、靴下越しのカーペットが暖かく感じる。図書室らしい埃が長年堆積した匂い。目の前には本の山。


 私は急いで二階に上がり、初めて開く自習室の扉を押した。

 白い机に椅子。どれも長い期間使われているのがよく分かる。それに私が一番乗りではないみたいだ。一番汚い机に同級生の女子が座っていた。何かを熱心に読んでいるみたいだけど、私からは見えない。


 委員長――髪はキッチリと縛られ、スカート丈をいじってもいない。けれども可愛くて……私もほとんど同じ格好なのにどうしてこんなに差が出てしまうのだろう。


 私が委員長に近づこうと足を進めると、彼女は本に首を落としながら言った。


「私は言った、『先生のことが好き』と。そして先生は困ったような顔をして答えた、『すまない』と」


 私にわざわざ聞かせてくる。そして委員長はパタリと音を出しながら本を閉じた。そして私に振り向く。


 委員長の小さな頭がどこか切なげに笑っていた。

「ねぇ、分かってるんでしょ?」と委員長は言う。

「……何のこと」

 と私は答えた。


 詳細は知らなくても何となくは分かってる。委員長が担任の先生に好意を抱いて、そして能力で少し捻じ曲げただけ。私も同じようなものだからよく分かる……正論なんて欲してないことが。


 委員長は椅子を引き、立ち上がった。

「申し訳ないけどあなたの名前は知らない。クラスの隅っこにいるような人を全員知っているほど私は善良じゃない……分かってるでしょ、私から言わせないで」

「そ、それは」

「そうやっていつも挙動不審。だから姫川さんを取り込んだんでしょ。笑っちゃう」

 委員長はパサパサな笑みを浮かべた。自分自身でも分かっているのだろう、私を傷つけようとしている刀が両刃だってことに。


 私は言った。


「こんなことしてはいけないとか、言うつもりはない、よ。私はただ、この能力について知りたいだけ」


 あぁ、また途切れ途切れになっちゃった。もっと滑らかに言葉が出てくればいいのに。委員長みたいに頭が良くて清楚だったらよかったのに。


 ――そんな委員長は私の期待通り、言葉を紡いでくれた。


「能力を持っているから仲間意識を持ったってわけ? あなたみたいな隅っこで暮らしているような人が、いきなり変わるとでも思ってるわけ!?」


「それは、その。そうだけど、今は変わろうって思ってる!」


「馬鹿なの? 私は変わったところで何にも意味がないの。バカみたいな教師のせいで、生徒との恋愛は禁忌になってる。でも私は本当に好きなの。好いているの。分かる? 私の苦悩が」


 委員長が珍しく息を荒げている。こんな委員長、私は想像もしていなかった。期待外れ、と失礼なことを頭に思い浮かべてしまう。こんな委員長あり得ないって頭が否定している。


 けれども委員長のその思いは本当だと、私は思った。誰が何と言おうが能力は現実を捻じ曲げ、その人が欲しているように変えてしまうことを私は知っている。


 委員長の荒い息遣い。頭まで登った真っ赤な鮮血。

 自習室にでかでかと置かれているホワイトボードには真っ白な空白が書かれるのみ。

 ……私は否定するためにここに来たわけじゃない。委員長が落ち着けていないなら私が落ち着くしかない。今までみたく誰かに期待して、自分が変わらないなんてしたくない。


 落ち着いて、空気を揺らして。

「委員長、私は別に変えたいとは思ってない。あ、いや。自分ことを変えたいとは思ってる」

「だから?」

「だから……委員長が先生のことが好きなのは分かった。何も言わない。だから……能力者としてだけでも知っていることを教えてほしい。友達とかそんなことは言わないから、ただの能力者として……その、えっと」


 やっぱダメだ。一朝一夕で変わるような私じゃないんだ。


「――本当に、」と委員長が言った。


 私は顔を上げる。


「本当に、何も言わない?」

 私は答えた。

「どうだっていい」

「……どうでもいい、ね」


 委員長が笑った。乾いた笑み、だけどそれは自分自身に向けられているようだった。

 その時制服を着た男子が自習室に入ってきた。私と委員長を何度も往復し、首をかしげながら椅子に座る。

 そうだよね、委員長も私も睨み合っているんだから。


「あの、」

「分かってる、場所を変えよう」

 私たちは自習室を後にした。委員長は持っていた本を図書室に返し、背表紙を撫でる指がとても軽やかに見えた。


 靴を履き替え、私は委員長にただついて行く。どこに向かうか聞いても委員長は何も答えてくれなかった。そしていつの間にか駅についていた。私はいつも徒歩登校なので、電車の勝手がよく分からない。そんな私に委員長は溜息をつきながらも切符を買ってくれた。

 電車に乗り、つり革を掴む。

 委員長は慣れた手つきで単語帳を取り出し、赤シートを使って暗記を始めた。私がとりあえず正面を向くと、視線がぶつかり、逃げるように吊り下げられた広告を見ることにした。


『今年の旅行は貌へ!』

『乾燥には早めの対策。シフトクリーム』


 きっと名前は覚えても買わないクリーム。でもどの商品も広告で見たことがあるくらいには有名な物ばかり。

 液晶広告に目を向けると、蛍光色から一転、国の広告に切り替わった。


『能力者の影響を防ぐため、周りの人間がおかしな行動をとっていればご報告ください――日本特殊事案省』


 ご報告ください……か。

 あれ、でも周りの人は影響を受けているからおかしな行動かどうかなんて分からないんじゃないの? それにおかしいと分かるのは能力者だけ……国は私たちのような人間を探しているのかな。

 報告した人が消えたなんて聞いたことはないけれど、あり得ない話じゃないと思う。私はその広告から目をそらし、煙のように流れていく景色をただ眺めた。


 ドアが開き、閉まり、そして発射する。これを五回ほど繰り返したところで委員長に降りるよと言われた。

 降りたホームから見える景色はすでに夕暮れ時。山から流れてきたのか、冷たい空気が稲穂を優しく揺らしている。どうも田舎らしい。この路線については何も知らないのでここがどこなのかもわからない。


「あの、ここは?」

「そんなことどうでもいいでしょ」

 と委員長は私の質問を流してしまった。


 スマホを取り出そうと今更思い至ったけど、委員長は私を待つ気などさらさらないのかさっさと進んでいってしまう。とにかくどうしようもないので私は小走りでその跡をついてく。


 委員長は本当に教えてくれるのだろうか……もしかして、私を始末するためにこんな田舎に連れて来たんじゃ。悪いことが一つ膨らむと、そこから連なった不安が段々と膨張していく。


 そしてニ十分ほど歩いたところで委員長は立ち止まった。


 私はすでにアップダウンでへとへとになってたので、その場にへたり込みそうになった。けれども期待はまた外れ、委員長は階段を上っていく。塗装の剥げた鳥居をくぐり、空気がより一層冷えていく。百段ほど登っただろうか、頂上には小さなお社と缶ビールの広告が張ってあるベンチが二つ置いてあった。


 幸い電気が通っているのが、小さな電灯が森からの虫を寄せている。


「座って」と委員長は言った。

 私は言われた通り委員長の横に座る。

「えーっと、話してくれるんですか?」

「もちろん話す。私を嘘をつく人間だと思っているの?」

「すみません」


 私は自分の手を握りしめた。失礼だ、私。委員長のことをまだ勝手に期待して、勝手にがっかりしているなんて。


 委員長はそんな私を見ることなく、お社に向かって話し始める。

「とりあえず能力について私が知っていることは多くない。だって、このことに気が付いたのはほんの今日だもの。あなたはいつ気が付いたの?」

「私は、えっと、三日前です」

「まぁどうでもいいのだけど――とにかく、能力について調べた限り、現実を能力者の願いの通りゆがめてしまうものみたい。あなたも知ってるでしょ、各国の元首がいきなり変な行動をとったりしていたことを」

 ……そんなことを言っていたような気がする。でもこの三日間、能力に浮かれて何も調べようとしなかった。


 委員長は溜息をついて言った。

「まさか何も知らないなんてありえないわよね。この現象は少なくとも一か月前から起こっているんだから。だから成績が悪いのよ、自分で調べようとしないから」

「それは今関係なくないですか」

「まぁ、それはそうね。それじゃあ本題に戻るけど、能力者は確かに現実をゆがめた、けれどもそれを良しとする人間ばかりじゃない。ま、そうは言っても私たちが変えられるのはほんの小さな範囲なのだけどね。クラスとか、知っている家族とか」


 確かにそれはよく分かっている。学校全体が私に優しくなっていないし、あまり知らないけれど他のクラスの人が、いきなり仲良くなった私たちを噂しているのを聞いたことがある。


 委員長は続ける。

「で、私が知っているのはそのくらい。次はあなたが知っていることを教えなさい」

「……その、私も同じくらいしか知らなくて。えっと、謝って」

 委員長はまた溜息を吐いた。今度は心底あきれ返ったように。

 委員長は頭がいいから知っているんでしょと思ったけれど、それをわざわざ口に出すことはどうもやってはいけないように思えた。


「自分から交換するよう言ったのに何も知りませんとか、本当に馬鹿ね」

「……は、い」

 委員長の言う通り、私は知ろうとしてなかった。知ってしまったら醒めてしまうと思ったから。


 遅すぎるセミの鳴き声がどこからか聞こえ、私の心を騒めかせていく。どこまで行っても私は陰キャだ。

 委員長はスマホを取り出し、何か調べ始めた。


 スマホケースは赤で、隙間にプリクラで撮った楽しそうな写真が入れ込まれていた。委員長のスマホケースをわざわざ見たことはないけれど、隣にいる男の人が誰かは何となく察しがついた。

 そして私が見つめていることに気が付いたのか、委員長は私からケースを隠し、画面を見せる。急に明るくなった画面に目をしばかせていると、そこには日本特殊事案省の動画が流れていた。


◇◇◇


「私たちは歪者(俗称:能力者)に対して抵抗する薬品を開発しました。全国民に一週間以内に配布し、歪者の影響を抑制します」


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