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第一話 変化

 からっと乾いた空気、そして私たちの間に満ちる知らない思い。

 私はただどうでもよかっただけ、どうでもよくて、でもたまには面白いことが起きてほしいなんて思ったりして……しかし、何を思ったところで私は座っていた。


「おっはよ!」

 と姫川さんが私に声を掛ける。今朝になるまで一度たりとも話したことはないのに、どうしてだろう?


 私の友人? になった姫川さんはこのクラスのマドンナ的な存在で、中心人物として屈託のない笑みを浮かべていた。その上何でもない私でも嫉妬してしまうほど可愛い彼女。

 とにかく何かいい返事をしないと。


「あ、おはよう」


 はぁ、もっと滑らかに返せればいいのに。しかし彼女は私のウジウジとした考えを知ることなく、ただ屈託のない笑みを浮かべた。


「今日も本読んでるの?」

「まぁ」

「ふーん、どんな本?」


 一番嫌いな質問――どんな本って言ってすぐに答えられるほど薄い本なんてない。けれども何か答えないといけないし。こんな奇跡が起こることなんてもう二度とないかもしれない。

 私はなけなしの頭で必死に考える。


 友情。非日常。それに英雄的。私は口を開いた。


「えっと、この本は突然友達になった転校生と、一緒にこう、その……クラスの雰囲気をよくしていくみたいな。そんな感じ」


 どうだ?


 私は姫川さんの顔を見た。彼女はニコニコとしているだけで、何を考えているか何て全く分からない。お願い、これでも一生懸命話したの。だから……


 そんな私の心配をよそに、姫川さんは言った。

「面白そう! 今度私にも貸してよ」

「う、うんいいよ」


 そして彼女は、ちょっとゴメンと断っていつものグループに戻っていった。


 私は胸をなでおろし、さっきのことについて考える。少しおかしかった、あの姫川さんが私に話しかけるんだよ。事務的な話は今までもあったけどあんな日常会話をすることは一度もなかったのに。


 これもまた、今朝から変わりだしていた。


 私が教室に入ってからおかしかった。もしかして知らない場所でいじめの標的になったんじゃないかって気が気じゃなかったけど、現実はいじめより不可解で、全くもって理解できないことが起こった。


 ギスギスしていたクラスの雰囲気は一転し、彼らは協力して互いを助け合うようになった。

 もちろん大きなイベントもない、ただ日常の延長線上で……分からないよ。


 さっき話しかけてきた姫川さんを、本を読むふりをして盗み見すると、彼女は相変わらず屈託のない笑みを誰にでも振りまいていた。


 ガヤガヤと人の声が混ざり合う教室、そして私はポツンと本を読むふりをしている。バカみたいな男子たちも今日だけは仲良く笑い合っていた。数日前までいじめられていた彼も、まるでそんなことなかったかのように話の輪に加わっている。


 でも、考えたところで仕方ない……私自身は何も変わっていないし。

 私は本に目を移した。

 物語上では、ドッジボールのように会話が繰り広げられている。私もこんなことしたいなぁ、なんて思ったり。


 そうこうしているとチャイムが鳴った。


 立っていたクラスメイト達が席に座り始める。そして教師が入ってきて一言。


「事前に準備しとけよー」

 謎のジャージに短髪。いかにも体育会系教師の風貌――私は嫌いだ。でも、そんなことを口に出せるほど私は凄くない。


「分かってますよ~」

 と姫川さんが答えた。

「しっかりしろよ、姫川」

 そう教師も軽口を返す。


 あれ、こうだったっけ? もっとこう、睨み合っていたような気がするんだけど。しかし私が思い出している間、教室はいつも通り進んでいく。


「それじゃ、ホームルームを始める。別に何もないが、最近お前たちの素行が良くなってると聞いている。だから俺も考えを改めることにした」


 そして教師はいつもの二十倍ほど笑みを浮かべ、気分良く話し始めた。チャイムが鳴った時も名残惜しそうに教室を出ていき、クラスメイト達も同じように思っているのか、悲しそうな顔を浮かべた。

 流石に気持ち悪い……でも居心地が悪いとかそういうのはないんだよね。ていうか、私がずっと望んできたことだから楽しかったり……


 私は意を決して椅子から立ち上がった。休憩時間に立ち上がるなんてよっぽどのことがないとやったことがないけれど、なんか今はできる気がする。ちょうど姫川さんも誰とも話していないみたいだし、話しかけて……みよう。


「あの、今その」

「どした~?」


 上手く話せない私に、彼女は軽く聞いてくれた。ふぅ、落ち着いて。大丈夫だから、何度も思ってきたことでしょ。


 私は喉を震わせ、唇と鼻で言葉を紡ぎ出す。

「えっと、その。どうしてそんなに機嫌がいいの? あの先生のことあんまり好きじゃないように見えてたけど」


 一体何を聞いているんだろう、私は。

 真っ先に聞くことが、嫌いだと思っているかもしれない人のことか……これだから馬鹿なんだって。こういうことがあるから嫌われるんだって。

 だからってさ――「別に」


「え?」


 彼女は繰り返し言った。


「別に嫌いじゃないよ。もともとこんな感じだったと思うけど……どうしたの?」

「その、何となく聞いてみたかったって言うか」

「ふーん。でも私たちっていつもこんな感じだったじゃん、仲良かったし」


 私が間違ってるのかな? そういわれると、初めからこんな雰囲気だったような気がしないでもない。それに私はずっと遠くから見ていただけだし、いつの間にか変わったなんてことがあるかもしれないし……きっとそうだよね。きっとね、きっと。


 私は彼女に言った。

「ゴメン、変なこと言って」

「いいよ~。私、そんなこと気にしないから」

 そう彼女は再び裏表のない笑みを浮かべた。

「ねぇ、そんなことより今日のニュース見た?」

「え……っと」


 今日のニュース。お母さんが何か見ていたような気がするけれど、全然思い出せない。でも、知らないなんて言えないし。


 私がどう返すべきかモジモジ考えていると、彼女は言った。

「知らないの~? それじゃ、私が教えてあげましょう」

「ありがと……う」

「今日のニュースで世界がひっくり返ったらしいよ。なんか、超能力者が生まれたとかなんとか。私もよく知らないんだけどねー」


 超能力者? まさかそんな人間が実在するなんて、あり得ない。だってここは現実だよ、現実に魔法を使えたり人の考えを読めるなんてそんなもの存在できるわけないよ。


「もっと教えて」


 少し前のめりに聞きすぎたかもしれない、彼女は若干引き気味に背中を逸らした。

 しかし、それでも彼女はニヤッと笑い、言った。


「それじゃ教えてあげる。その超能力者ってやつは名前は超能力者だけど、やってることは高度な……その、なんていうのかな。めっちゃ頭がいい人みたいなことをやってるらしいよ」


 そしてその時チャイムが鳴った。あまりにも都合が悪いチャイムにイライラしたけれど、私はさっと授業の荷物を持って机に座る。


 今日は数学だったはず。でも頭の中は超能力者でいっぱいだった。

 サイコキネシス。テレパシー。透視。千里眼などなど……私が物語の中で知った超能力は山ほどある。無限に広がりそうな能力たちだけど、すべてに共通しているのは現実じゃありえないってこと。それこそサイコキネシスなんてあったら、世界中の物理学者が卒倒しちゃう。


 でも、どうして。


 頭が落ち着かない。だって私が今感じている違和感も同じように能力が関係しているかもしれないんだよ。私だって超能力の一つくらい願ったこともあるし……それこそ、ね。


 そんなことをグルグル頭で回し続けていると、いきなり当てられた。


「聞こえてますかー?」

「へ!?」

「しっかり聞かないとダメですよ。今やるべきは空想じゃなくて現実の計算をすることです。それじゃ、この答えが分かる人?」


 いつの間にか授業が進んでしまっていたみたいだ。私は急いで黒板をノートに写し取り、数学に頭を入れていく。でも、もうちょっと先生が優しくなればいいのに、なんて思った。


◇◇◇


 そしてそして昼休憩。私はカバンからお弁当を取り出した。

 いつも通り、一人で食べる……なんてことにはならなかった。何故か彼女はいつものグループで食べず、私のもとに椅子を持ってやってきた。


 分からないよ。全然。


「美味しそ~、私なんてコンビニで買ったパンだよ」

 と彼女はコンビニパンを(かか)げた。でも私からしてみればそれが羨ましい、お母さんがお弁当を作ってくれるのは嬉しいけれど、どうにも芋臭いというか……あんまり好きじゃない。

 けれども今は誰かと一緒にお昼を一緒に食べられることがとても嬉しい。ずっと願ってきたことだし、こうであったらいいなって思ってたから。きっと私はニヤついてるんだろうな。


 私は割りばしを綺麗に割り、ご飯を口に含んだ。


「あ、のさ。どうして私に構うようになったの?」

 と私は聞かなくてもいいことを聞いた。不安になったから……


 すると彼女は喉を鳴らし、私を見つめる。彼女のクリっとした二重の目が、どうして一重で野暮ったい私を捉えるなんてあるのだろうか。彼女はその柔らかそうな唇を震わせた。


「いつもこうだったじゃん? なんか変だね、今日は」

「そうかな」

「そうだよ。狐につままれたような顔して、やっぱり変」


 言われた通り、私がおかしいのかな。

 確かにそうかもしれない。別に悪いことが起こってるわけじゃないんだし、今までもこうだったのかも。


「そうだった、よね。忘れちゃってた」


 すると彼女は再び裏が見えない笑みを浮かべた。裏とか表とかそんなものは存在しないみたいな笑みを。メビウスの輪は両端をひねって繋げるらしいとか、どうでもいいことを思い浮かべ、私は再び箸をお米に入れた。


 咀嚼する音が聞こえなくなり、楽し気な彼女の声が聞こえる。

 私が望んだことだし、いっか。


 私は笑みを浮かべたらしい。彼女が驚いたような顔になり、そして眉をぴくぴく動かす。


「やっと笑った。今日は全然笑わなかったから驚いたんだよ!」

「そうかな?」

「そうそう!」

 そうだったっけ。日常ってこんなもんだったよね。超能力とかどうでもいいし、JKとしていつもの日常を謳歌するんだよ。


 私は彼女に笑みを向けた。彼女も「何、」と言いながら笑ってくれる。


◇◇◇


「夕方のニュースです。超能力と呼称される力は、私たちの認識を変え……えー、ここで私は告白をしようと思います。ずっと好きでした。私はあなたのことがずっとずっと好きだったんです。この放送を見て自分だと思った方は起こし……ちょ、なんで止めるで」


 画面は変わり、しばらくお待ちくださいと白文字で映し出された。


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