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沈黙なる正義  作者: ふぁい(phi)


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9/11

第九章 証人席の重み

呼ばれた名前が、法廷に響いた瞬間、空気が一段沈んだ。

それは事件の核心に最も近い人物だった。


証人は、ゆっくりと証言台に向かう。

足取りは重く、視線は定まらない。傍聴席のざわめきが、自然と収まっていく。


宣誓が終わり、裁判官が促す。


「証言をお願いします」


証人は、しばらく口を閉ざしていた。

沈黙が続く。

だが、それは高瀬の沈黙とは質が違う。耐えきれない揺らぎを含んでいる。


「……あの日」


ようやく言葉が落ちる。


「私は、被告と被害者のやり取りを、見ていました」


一斉に視線が集まる。

検察官も弁護人も、動かない。続きを待つ。


証人は、事件直前の状況を語り始める。

校舎の廊下。夕方の光。人影は二つ。声は低く、激しいものではなかった。


「口論ではありませんでした。

 むしろ……被告は、止めようとしていたように見えました」


その一言が、法廷に落ちる。


高瀬は、初めてわずかに眉を動かした。

それだけだが、桐山は見逃さなかった。


検察官がすぐに確認に入る。


「止めようとしていた、とは?」


証人は言葉を探す。

「被害者が、かなり感情的で……。

 被告は、声を荒げずに、何かを必死に伝えていました」


それは、これまで積み上げられてきた“動機像”と噛み合わない。


弁護人が静かに続ける。


「では、暴力的な様子は?」


証人は首を振る。

「少なくとも、その時点では」


法廷の重心が、確実に動く。

証言は断定的ではない。だが、方向を変える力を持っていた。


桐山の意識に、点が線で結ばれていく。

沈黙。逃げなかった行動。語られない理由。

それらが、一つの仮説を形作り始める。


――高瀬は、事件の“始まり”ではなく、“途中”にいたのではないか。


検察官は踏み込む。


「では、事件そのものは見ていない、ということですね」


「はい……音を聞いただけです」


鈍い音。

倒れる衝撃。

そして、沈黙。


証人の声が震える。


「そのあと……被告は、しばらく動きませんでした」


その沈黙は、逃走のためではなかった。

状況を、受け止めていた沈黙だった。


高瀬は、証人を見なかった。

ただ前を見つめ続ける。


だが、その背中は、これまで以上に重く見えた。


証言が終わり、証人が席を離れる。

法廷には、説明しきれない感覚が残る。


誰もが気づき始めていた。

この事件は、「犯したかどうか」だけでは測れない。


裁判官が静かに告げる。


「本日の審理は、ここまでとします」


木槌が鳴る。

だが、終わったのは一日だけだった。


沈黙は、もはや疑念ではない。

責任と選択の形として、法廷に居座っている。


そして次に問われるのは、

それでも裁くのか――という問いだった。


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