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沈黙なる正義  作者: ふぁい(phi)


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第2章 明白な証拠

事件現場は朝の光に包まれ、空気は冷たく澄んでいた。警察の規制線の向こう、現場検証が淡々と進められている。鑑識官たちは白衣を光らせながら指紋採取や写真撮影を行い、凶器や証拠物品を慎重に扱った。その一つひとつが、事件の真実を物語るかのように整然と並べられる。


桐山は現場の端に立ち、手にしたファイルを何度も確認した。指紋の位置、凶器の状態、動機、複数の目撃証言……すべてが揃っている。だが、完璧に整った事実が、逆に不自然に見えた。頭の中で整列する証拠と、心の奥でくすぶる違和感の間に、微かな歪みを感じる。


高瀬の沈黙が、頭の中で反芻される。彼が口を閉ざすことで、すでに「真実」の輪郭は自らの意志によって形作られているように思える。現場の光景は整然としているが、その整然さの奥に潜む不穏さを桐山は敏感に感じ取った。


鑑識官の一人が凶器の刃先を指差しながら言った。「ここに指紋があります。鮮明に出ています」

「間違いない、現場はほぼその通りだ」と刑事が応じる。

桐山は頷きつつも、目線は高瀬の不在を意識する。整然とした現場と、彼の沈黙が生む異質感――二つが交錯し、法廷に向かう道筋を鋭くする。


さらに桐山は目を凝らし、現場周辺の状況も確認する。通行人の足跡、街路灯の角度、建物の影、微細な痕跡……どれも事件解明のピースだ。目撃者の証言と照合すると、一見単純な現場図も、複雑な心理戦の舞台として見えてくる。


車内で桐山は、証拠と証人の証言を整理する。法廷での展開を想定し、どの証拠をどう見せるか、どの順番で証言を立証するかをシミュレーションする。完璧に揃った証拠の裏で、高瀬の沈黙がどのような波紋を生むのか、誰にも読めない。桐山の手はファイルに触れるたびに微かに震えた。


署内に戻ると、取り調べ室は証拠物品と書類で埋め尽くされていた。警察官たちは法廷資料を作り始め、段取りの確認、証拠番号の照合、検察・弁護との連絡調整を細かく行う。新人の佐々木も現場情報を整理しながら高瀬の存在を意識し、胸の奥で小さな不安を抱えつつ作業を進めた。


検察側では、主任検事が机に資料を広げ、証拠を並べながら戦略を立てていた。どの順番で証拠を提示すれば最大のインパクトがあるか、目撃者証言の信憑性をどう補強するか、何を裁判で伏せるか。すべては計算され尽くした段取りの上に成り立っている。


一方、弁護側も対策を練る。被告の沈黙がもたらす不確定要素を逆手に取り、法廷での心理戦を仕掛ける準備を進める。弁護士たちは事件の細部を丹念に検証し、鑑定資料や現場写真の不備、目撃者の証言の微妙な食い違いを洗い出す。高瀬の沈黙は、法廷での戦略の軸になりうる。


署内でも、桐山は証拠物品の一つひとつに目を配り、現場との照合を繰り返す。指紋の位置、刃の状態、血痕の角度、凶器に残る痕跡。数字とデータの背後に、人間の心理が潜むことを彼は知っている。高瀬の沈黙は、証拠そのものの意味を変質させる。


街の空気もまた事件を映す鏡だった。通勤する人々は、無意識に事件の波紋を感じ取り、立ち止まり、目を細める。子どもたちは直感的に恐怖を察し、親の手をぎゅっと握る。日常の光景と事件の非日常が交錯し、街全体が微妙にざわめく。


高瀬の存在はその空気を通り抜けるだけで、すべてを静かに支配している。沈黙は強制でも命令でもなく、ただそこにあるだけで重みを持つ。署内の視線、街の直感、桐山の葛藤、警察官たちの緊張――すべてが重層的に絡み合い、法廷に向かう緊張感を増幅させる。


高瀬の意識は過去と現在の間で静かに揺れていた。教室のざわめき、家族の声、街の空気、署内の視線、桐山の冷静な視線、警察官たちの微かな動揺、街の目撃者の直感……すべてが沈黙に溶け合い、余韻として漂う。その静寂は重く、法廷での攻防に続く。


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