第十章 判決前夜
その夜、高瀬は留置室で眠らなかった。
天井を見つめ、時間の感覚だけが薄れていく。静けさは、法廷のそれとは違い、逃げ場のない密室の重さを持っていた。
これまでの証言が、断片として脳裏に浮かぶ。
声。沈黙。視線。
誰かの言葉が、自分の沈黙を代弁していく感覚。
――それでいい。
高瀬は、そう思っていた。
語れば、楽になる。
だが、語れば壊れるものがある。
法は、語られた事実しか扱わない。語られない理由は、裁けない。
一方、桐山は自宅で資料を広げていた。
事件記録。証言の要点。鑑識報告。
どれも、法的には十分だ。判決は出る。そういう事件だ。
だが、納得は残らない。
桐山は、ある一点に何度も目を戻す。
第九章の証言。
「止めようとしていた」という言葉。
もし、あの瞬間に高瀬が介入していなければ、事態はもっと早く、もっと激しく崩れていたかもしれない。
もし、結果だけを見れば――彼は“そこにいた”。
法は結果を裁く。
動機や葛藤は、量刑でしか扱われない。
桐山は、刑事としてその仕組みを知っている。
そして同時に、人間として、その冷たさも知っている。
翌日、法廷は静かだった。
傍聴席は満ちているが、ざわめきはない。誰もが、結末を待っている。
裁判官が入廷し、全員が起立する。
高瀬は、ゆっくりと立ち上がる。顔色は変わらない。
判決文が読み上げられる。
事実認定。証拠評価。証言の信頼性。
理路整然と、揺らぎは排除されている。
有罪。
量刑は、想定の範囲内だった。
法廷に、音はない。
誰かが泣くことも、声を上げることもない。ただ、結果だけが置かれる。
高瀬は、静かにそれを受け止めた。
一度、目を閉じる。
そして、短く息を吐く。
それだけだった。
裁判官が最後に告げる。
「以上で、本件の審理を終了します」
木槌が鳴る。
法は、ここで完結した。




