知ってるか
「あの子は血が飲めないバンパイアだ」
は、と掠れた声が二つ重なった。目の前にいる二人はどんな顔をしているのだろうか。知りたいとは思わなかった。
――昨日、バイオレットが風呂に入っている時。
フランクじいさんはすでに、バイオレットがバンパイアであることを知っていたらしい。
『お前さんがそこまで入れ込むとはなあ……』
たいそう手入れの行き届いた顎髭を撫でながら、彼は目を細めた。だが、瞬き一つの間にその顔は仏頂面に様変わりし、優しい声音で語りかけた。
『お前さんはどうしたい? いや、どうするべきだと思うかね? と問うべきか』
フランクじいさんの心の中まで見透かすような目つきを感じた。きゅっと手を握り締めた。指先が冷たく感じた。
冷えた酸素を吸い込んで
『……私が守るよ』
そう答えた。
『そうか!』
パッと変わった表情に思わずうげぇと顔を顰めれば、手に持っていた杖でコツンと頭を叩かれた。痛くない程度の叱責に、やっぱりフランクじいさんは優しいな、なんて。
こほんと咳払いを一つはさんで、詳しい話は後でしようと言うと、彼はさっさと店を出て行った。
すやすやと眠る少女の頭を撫でる。瞼は閉じられ、起きる気配はない。少女の隣のバースツールに腰掛けて、寝顔を眺めた。
開店時間まで待てないと駄々をこねた可愛い子に、ウチの看板メニューのメロンソーダをあげたのだ。ウチのメロンソーダはバニラアイスを3個までトッピングでき、お好みで生クリームにもできるし、割と評判の品だ。主に子供達にだが。
――ただ、バイオレットにあげたものには、睡眠薬が入っていただけで。
バイオレットは、カウンターに突っ伏している。ぎゅむぎゅむと押しつぶされている彼女の頬がかわいそうなので、クッションを一つ挟んでやった。
触れた少女の温もりが消えてしまわぬよう、手をそっと握りしめた。
私の世界に差し込む太陽の光は相変わらず、穏やかな温度を湛えている。だが、目の前の二人の人間は、剣呑な目付きでこちらを眺めていた。
さて、この和やかと決して言えない雰囲気をどうしようか。
隣の家に住んでいるフランクじいさんは、ズズ……と音を立ててコーヒーを啜った。彼は窓際のカフェテーブルの一脚に座り、我が家であるかのように、ずいぶんと寛いでいる。
その反対側の椅子に座るのは、私の先輩であるナナ姉さんだ。私のバンパイアハンターとしての先輩であり、人生の先輩でもある。彼女は、勝気な性格で、私よりもかなり背が高い、強い女性だ。
「それで、私の可愛い妹につけ込む悪いバンパイアはソイツか?」
腰に差していた拳銃を取り出し、セーフティを外そうとするのを慌てて止める。
「待ってくれ、ナナ姉さん」
そうだ、そうだとフランクじいさんも頷いた。フランクじいさんに止められたのが予想外だったらしい。目を僅かに見開いて、ため息とともに、銃をテーブルの上に置いた。
「バンパイアは敵だよ。そうだろ」
ナナ姉さんは、私の考えを探るかのように、じっと目を合わせ、人差し指でわたしを指差しながら、一文字一文字確かめるように言った。その言葉には強い嫌悪が滲んでいた。
私はその言葉に何も返せなかった。私だってわかってはいるのだ。
出会ったときに、バイオレットを殺してしまえばこうして苦しむ必要もなかった。妙な子供だったなと寝る前に思い出すくらいでよかったのだ。
でも、彼女があまりに彼女自身について知らなさすぎた。何も知らないで死んでしまうのは可哀想だと思ってしまったんだ。
何も言い返さない私を、ナナ姉さんはじっと見続ける。
「降参だよ」
全部話そう。そう言えばにたりと笑って、
「そう来なくっちゃなあ!」
なんて面白そうに話を聞く体勢になるのだから、本当にこの人は……。
頭が痛くなってきた。




