そのすみれ色は
この街で流れる時間はひどくゆったりとしている。朝日はやわらかくカーテン越しに部屋を満たし、ソファで微睡む私を優しく抱きしめている。新しい今日を歓迎しているかのようだ。
パタパタと可愛らしい足音が近づいてくる。やや乱暴にドアが開けられて、シャッと軽い音を立ててカーテンが開けられた。
「起きなさい!」
「なんだい、こんな天気のいい日は二度寝するに決まってるだろう。」
昨日私が拾った少女――バイオレットはぷくりと頬を膨らませ、もう! と怒った表情を見せた。
「あたし、一時間以上も前に起きて、朝食だってつくったんですから!」
起きないなら全部たべちゃうわ、一人でよ! にっと上げた口角に、わかった、わかったなんて返事を返した。
急いで顔を洗って、リビングに入れば、トーストのいい匂いや、目玉焼きとハムの焼けた匂いが出迎えた。私の腹がぐうと鳴った。
「さ、食べましょ」
「ああ」
互いに椅子に座り、食べる準備は万端だ。
美味しそうだなんて呟けば、ふふんと得意気な顔をするバイオレットに、年相応の表情だと安堵した。
テーブルクロスに広がる普段なら味わうことのできない『自分以外の手作り』の料理が、どうしようもなく嬉しかった。つい、じっと眺めてしまう。いつまで経ってもカトラリーに手を伸ばさない私に、バイオレットがひどく不安そうにこちらを覗き込む。
「パン、嫌いだったかしら……?」
それとも目玉焼きに塩をかけたのがダメだったの? などとぶつぶつ言っている彼女に、
「ごめんよ、ただ勿体無くてな」
とはにかんで見せると、途端に頬を染め、どこか居心地が悪そうにもじもじとし始めた。
「そ、それならいいんだけど……」
さ、さあ、食べましょ! 照れて私を急かすバイオレットに、自分の胸の内に暖かな温度が広がったのが分かった。
朝食後は、私が皿洗いをし、その間にバイオレットには、店内の掃き掃除を頼んだ。彼女は嫌な顔ひとつせず、鼻歌交じりに掃除をしていた。あれではまるで、箒がマイクスタンドだ。
その後は、どちらがよりコップを綺麗に磨けるかだとか、茶葉などの在庫を確認したりだとか、開店準備を行った。この少女が居るだけで、いつも一人でやっていることがこんなに楽しく感じる自分に驚いた。
――ああ、そうだ。彼女には可愛いらしいメイド服でも着てもらうか。そう考えて、クローゼットに仕舞い込んでいた服をいくつか取り出したが、どれも彼女には大きすぎてとてもじゃないが着れないサイズだった。少し残念に思ったが、小さい頃のフリルがついた可愛らしい服が出てきたのでよしとしよう。
「こんなに可愛い服、本当に貰ってもいいのかしら」
「服も喜ぶさ、君みたいな可愛い子が着たら」
えへへ、なんて照れくさそうにはにかむ少女に、さあ、着ておいでと背中を押した。
照れた顔をドアから覗かせる彼女に、ほら、おいでと声を掛けるとおずおずと私の前に出てきた。
「に、似合ってるかしら……」
眉尻を下げ、こちらを伺うバイオレットの瞳に笑いかけた。
見立て通り、よく似合っている。バイオレットも気に入った様だ。裾に大振りのフリルがあしらわれた黒のワンピースに、ボルドーの刺繍が美しいそれは、彼女のために存在するかのようだ。すみれ色の彼女の瞳が一際際立って見えた。彼女の腰まで伸びた金の髪は、黒のワンピースにとてもよく映えている。
「ねえ、まだなの?」
椅子にだらりと座り、ゆらゆらと足を揺らすバイオレット。チラリとこちらに視線を寄越しては、時計をじとりと睨め付ける。
「まだだ」
「どうして?」
小首を傾げ、不満そうな顔をするバイオレットに少しの申し訳なさを感じた。
「うーん、どうしてだろうな」
意味がわからないわ、そう溢した彼女に浮かんだ笑みを、咳払いをして誤魔化す。さもないと、さらにむくれた顔をされるからだ。
――さっきからずっとこの調子だ。
『いつ、店を開けるの?』
『ん? 大体いつも十四時くらいかな』
『――十四時?』
うん、そうなんて返答をすると、ありえないという顔をされた。
『十四時ですって!? 今はまだ十時よ!』
『そうだな?』
『あと四時間もこのままなんて耐えられないわ!』
せっかく朝から頑張ったのに……としょんぼりとした彼女には悪いが、開店時間を変えることはできない。この街の真の夜明けは夕暮れなのだ。そう、私達バンパイアハンターだけが住むこの街は。
カウンターに突っ伏している少女に、薄っぺらい笑みを浮かべながら、少しごわつくその髪を優しく撫でた。
「ウチのイチオシメニュー、飲んでみるかい」
目を輝かせた彼女に、今日は特別だなんて言えば、思った通りに、飲むわ! と元気よく言ってみせる。
――ああ、なんて愚かで可愛い子。
私が君を救ってみせよう。




