はじめての依頼
「おはよう、ルカ」
「おはよう、アル…なんで汗かいてるの?」
「少し運動したからね」
「少しって量じゃないけど…」
ルカは朝が弱いらしい。眠気と格闘して、結局惨敗していた。私は苦笑しながら、ルカを部屋に残して朝ごはんを食べに食堂へ向かった。
「おはよう、坊主」
「おはよう、カイゼル。あと僕の名前は坊主じゃなくてアラニル」
「おはようございます、アラニル。私たちは今日ここを発ちます。短い間でしたが、ありがとうございました」
「こちらこそ」
セインはカイゼルと正反対で、常に丁寧な口調だ。その控えめさが、昨日の独り言祭りをより面白くしている。
「あら〜おはよう。ルーカス君はどうしたの?」
「ルカは寝てます」
寝起きのイザベルは、普段より二割増しで色気があるように見える。自然体なのに、周囲を魅了する力がある。
「昨日はありがとうね!」
サニは…相変わらず明るく、元気。キャラが崩れず安心感がある。
紅き月と別れを告げ、私は部屋に戻った。
「…ルカ。そろそろ起きて」
「…あ゛?」
「ガラ悪」
暇だし、歌おうか。昔聞いたあの曲を。
「〜〜〜♪」
楽しい気分が湧いてくる。確かこの曲のタイトルは《生命の息吹》だったはず。今でも鮮明に思い出せるのだから、心に残る曲だったのだろう。
「___い。____おい!!」
「うわっ、急に叫ぶなよ」
「周りを見ろ、叫びたくもなるだろ」
部屋に、大量の草花が生えていた。風に揺れ、光にきらめいている。
「止めなきゃ、この木造の宿ごと吹き飛ぶところだったな」
「うわぁ…ありがとう」
「人が気持ちよく寝てるっていうのに目覚めの歌とかほどほどにしろよ」
「目覚めの歌?」
「まさか知らないで歌ってたのか。無知とは恐ろしいな」
「大体ルカが起きないのが悪いんだよ」
「関係ないだろ」
「大ありだ。君が起きないから暇で歌うしかなかったんだ」
「とにかく、声に魔力をのせるな」
「やった覚えはない」
「無意識か…めんどくさいな。歌うの禁止」
「はあ!?」
文句を言いつつも、渋々草むしりを始める。歌うたびこうなるのは困るし。
「あ、そうだルカ。ルカはこの街に詳しい?」
「まあ、ある程度は知識あるけど」
「美味しいご飯屋さん知ってる?」
「この街で美味しいって言ったら森の定食屋かな」
「名前?森にあるの?」
「名前だよ、名前」
森にないのに森の定食屋…思わず笑ってしまう。
「今日のお昼はそこにしよう」
「わかった。そういや、お前の旅の目的は?」
「色んなものを見て聞いて実感することかな。この街に来たのは、美味しいご飯屋さんがあるって聞いたからだし。行き当たりばったりになるだろうね」
「行き当たりばったりか。意外と計画性ないんだな」
「無いね。ギルドに行くまで街に入るのにお金がかかるのも知らなかったし」
「下調べもなしか。呆れるほど能動的だな」
「それが楽しいんだ。綿密に立てた計画を遂行するのはつまらないだろう?旅先での出会いを次へ活かす方が面白い」
その言葉に、ルカは仕方なさそうに笑った。
「それもありか。そういやお前ランクはいくつなんだ?」
「一番下のGだよ」
「ある程度ランクは上げた方がいいぞ」
「なんで?」
「ランクが高い方が恩恵も多い。ギルドの宿なら高ランクならより良い部屋を安く使えるし、危険地帯も通れる。低ランクだと遠してもらえない場合もある」
「…なるほどね。どのくらいが理想かな」
「狙うなら一番上だ」
「…緊急依頼めんどくさくない?」
「確かにな。あと試験を受けるなら、依頼をある程度こなさないと参加資格も得られないぞ」
「そうなの?」
「本当に何も知らないんだな」
「うん、だからこれから色んなこと教えてね」
ルカは頼れる知識をたくさん持っていそうだ。戦闘能力も高く、戦っても勝てる気がしない。
「やっと終わった〜」
一時間ほどかけて部屋の草むしりを終えた。
「お昼には早いけど、街も見たいし外行こう」
「ああ、試しにギルドの依頼も見てみるか?」
「うん!」
クエストボードには、さまざまな依頼が貼られていた。
『ムーンベア討伐 報酬:金貨五枚+食事一回無料券 森の定食屋/推奨ランクB』
「ねえ、ルカ。ルカってBランクより上だよね?」
「ああ…それがどうした?」
「見てこれ」
「…受けてみるか」
依頼用紙を取り、受付に渡す。頼りなく見えたのか受付の人は少し不安そうだ。ギルドカードを出し、機械に通す。
「…受注されました。お気をつけてくださいね」
受付嬢の驚きが隠せない。
⸻
森に入り、ムーンベアの棲家を探す。
「俺は手を出さないから、お前一人でやってみろ」
「わかった」
葉のざわめきが耳に届く。風が木々の間を吹き抜け、影が揺れる。心臓の鼓動が早くなるのを感じながら、私は静かに進む。魔法の気配を指先に集中させる。
ムーンベアの巨大な影が視界に入った。全身が黒光りし、鋭い牙を覗かせている。近寄るだけで重低音の息づかいが体を震わせる。
「ここから…一気に…」
指先が閃き、魔法が光の筋となって放たれる。風を切る音、焦げる匂い。ムーンベアは反応する前に、首をもぎ取られた。血の飛沫が木々の間に散り、倒れた体の揺れが討伐の現実感を強く刻む。
「…もっと遠くからでもできたよね」
「うん、でも確実に仕留めたかった。ご飯に使うなら、できるだけ傷は少ない方がいいでしょ?」
ルカは少し笑った。森の静寂と倒れた獣の余韻の中、私の胸はまだ高鳴っていた。
「依頼も終わったし、ギルドに戻ろう」
「そうだな」
森を抜け、ギルドに報告に向かう。ムーンベアは大きいので、カウンターではなく別室での引き取りになった。
「アラニルさん、空間魔法が使えるんですね」
「まあ、一応」
「すごいです!」
「そんなこともないですよ」
「お前、なんでそんなに自信がないんだ?」
「本当に大したことじゃないし」
「…はあ、これが終わったら常識を教えてやる。授業だ」
勉強…? ご飯は?
…まさかお預け!?




