ナンティア
飛行船の旅も、今日で終わり。
私たちは寝坊助のルカを叩き起こし、簡単な朝ごはんを済ませた。
「あと数時間でナンティアだよ」
「そうだね」
「見て!あの大きな岩…?」
ミューが指差す先、雲の切れ間に巨大な岩がそびえていた。上空から見てもなお、その威容は圧倒的だ。
「あれが南の遺跡だ」
「あれが? あの超巨大な岩の集会場みたいなのが?」
「そう、それが」
陸地はまだ豆粒みたいなのに、あの岩だけははっきり見える。どれだけの大きさなんだろう。
『皆様、もう少しで着陸となります。お部屋にお戻りください——』
船内放送が響く。
どうやって着陸するのか、少しわくわくする。期待を胸に、部屋で大人しく待った。
『確認が取れましたので、これより着陸準備に入ります。お部屋から出ないようお願いいたします』
「いよいよだね」
「うん、楽しみ」
「僕はちょっと怖いかも」
「離陸よりは楽なはずだよ」
轟音と共に船が静かに降下を始める。行きとは違い、穏やかで安定していた。
「あれ?あんまり揺れを感じないね」
「離陸はすぐ高度を上げないと不安定になるけど、着陸は慎重にやらないと船体がもたないからね。ゆっくり降りるんだ」
「へぇ〜」
……てか、私、昼寝ばっかして全然飛行船楽しんでなかったんじゃ?
まあ、今さら後悔しても遅いか。
着陸開始から三十分ほど経ち、ようやく船は大地へと降り立った。
「本当に長かったね。あと——」
「見上げても、上が見えない」
南の遺跡は雲を突き抜け、天辺が霞んでいる。
大岩はまるで太陽を背負うように立っていた。
「ここにアレンさんがいるかもしれないんだよね」
「まって、今アレンって——」
「誰か呼んだ?」
ルカが深くため息をついた。
「お、ルーカス!」
「久しぶりだな、アレニウス」
「やだなあ、“アレン”って呼んでよ」
「冗談でもそんなこと言うな」
黒髪に赤い瞳の男が、ルカの背中を軽く叩く。
彼はこちらに気づくと、姿勢を正した。
「おかえりなさい、ルナ様」
……ルナ。
その名を知るのは、私の正体を知っている者だけ。
「お久しぶりです。聖人十二席——第五席、アレニウスです」
記憶を探る。確かに、そんな男がいた。
「だいぶキャラ変したのね」
ルカが吹き出す。
「だってよお?」
「まあ、私も色々ありまして。長く生きてりゃ多少は変わりますよ」
「それは受け入れるとして……他の子たちはどうしてるの?」
「私とルーカス以外は、輪廻へ戻ることを選びました」
「そうなのね……」
静かな沈黙が流れる。
「ルーカス、お前も墓参りに?」
「まあ、その予定だったけど、焦る羽目になったのはアルが“お前に会いたい”って言い出したから」
「アル?」
「ああ。私は今、“ルナリア”という一人の人間として生きてるの」
「それは知ってるけど」
「“アル”はその偽名だよ」
「なるほど。それで、なぜ俺に?」
「あなたが私に“生きる理由”をくれたから——お礼を言いたかったの」
春の風が頬を掠め、静かに舞った。
「俺はただ、ルカに会うきっかけを作っただけだよ」
「それでも、あなたが話してくれた旅の話は私の支えだった。本当に、ありがとう」
敬語が崩れた。つまり彼は、もう“ルナ様”ではなく、今の私を見て話してくれている。
「どういたしまして、後輩ちゃん」
「後輩ちゃん?!」
「ん? 隣の子は……」
「ひっ」
ミューが怯えて私の背に隠れる。
「ああ、王国の民か。怖がるのも無理はないな……」
アレンの視線がミューの赤い髪に止まった。
「……大変だったな」
そう言って、彼は優しく頭を撫でた。
「赤い髪は縁起がいい。なんの獣人だ?」
「酉」
「……! 酉か。金の瞳も持ってるし——お前は神の使いだな」
「え?」
「ああ。不死鳥の伝承は知ってるか?」
「お伽噺の?」
「そう。不死鳥は赤い羽と金色の瞳を持ち、この世の真実を見通す。神が下界と交信するとき、その媒介となる存在だ」
「僕が……不死鳥?」
「ああ。まだ幼いが、遠くないうちに“覚醒”するだろう」
ミューが困惑した顔で私を見る。
その疑問に、ルカが代わって答えた。
「アレニウスには未来が視えているからな」
「いつから?」
「ルナ様が亡くなってからだ。あのとき神が下界に“祝福”を授けた。それがスキル。神の力の一部を借りる術さ」
「じゃあ、アレンは魔術が使えるの?」
「……俺がそんな下劣なものを使うわけないだろう」
その一言で、ひとつの仮説が生まれた。
魔力と神力——二つは相反する力。だから私は魔術が使えないのだ。
きっとそう。これまで“魔術とスキルの併用者”を見たことがないのも、その証拠だ。
……けれど、昔絵本で見たアレンは確かに魔術を使っていた。
なぜだろう——。
「二人に聞きたいことが山ほどある。夜にまた会いましょう」
「わかりました」
「では、九時にここで」
「はい」
話を切り上げ、私たちは宿を探すことにした。
「……あっつい!」
「そういやアル、半袖持ってないんだっけ」
「そう、早く買いたい!」
「じゃあ宿取ったら服屋行こう。ミューもいい?」
「うん。……でも、さっきの話。僕が不死鳥って——?」
「長くなりそうだから、今夜アレニウスと話してから説明するね」
「うん、わかった」
五歳の子なら駄々をこねてもおかしくないのに、彼は素直に頷いた。
それが、少し切なかった。
宿はどこも満員で、結局ギルドに向かう。
「ご用件をどうぞ」
「泊まりたくて」
「三人部屋は満室ですので、四人部屋のご案内になります」
「わかりました」
「こちらルームキーです」
荷物を置き、服を買い、食事を終える。
——そして夜九時。
再び、遺跡の前へと向かった。




