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ミューの迷い

「ルカ!」

「うわっ、何?!」


私は勢いよくドアを開けた。

興奮していたとはいえ、少々——いや、かなり端なかった。


「ルカ、明日ここを出よう。南の遺跡に行こう」

「急にどうしたんだ?」

「私の憧れの人がそこに向かってるみたい」

「憧れの?」

「うん。私に旅を教えてくれた人」

「わかった。準備をしないとな」

「ミューは大丈夫?」

「あっ…ひとつだけお願いがある」

「なに?」

「最後に行きたいところがあるんだ」

「わかった。行こうか」

「ルカは来ないで。アル様だけ」

「え?!」


突然の拒絶にルカが声を上げた。


「ルカ、じゃあ買い出しとかお願いできる?」

「あ、ああ」


困惑しながらも受け入れてくれた。

ミューに連れられ外へ出て、あの路地裏に着く。


「ここ、あなたを拾った…」

「うん。でももっと先」


ミューは私の手を握り、引っ張っていく。

酷い臭いが鼻をついた。至る所で人が倒れている。というより、寝ているのだ。

——家がないんだ。

私はゴミの山を通り過ぎ、さらに奥へと進む。


「ここ」


ようやくミューは私の手を離した。

そこには“家”と呼べるか怪しいものがあった。

木の棒で布を張って屋根代わりにし、床は地面に布を敷いただけ。

生活の跡があるが、一人分ではない。


「ミューはここで誰かと暮らしていたの?」

「うん。でも少し前までだけどね」


ミューの金色の瞳が細められる。切なく風が吹き、長い髪が揺れた。


「教えてくれる?なんでルカを連れてこなかったのかも含めて」

「うん」


それに、ミューが私を“女神”と呼んだ理由もわかる気がした。

ルナリアとして生きていたとき、一度もそんなこと言われたことがなかったのに。


「これ」


ミューが一冊の本を取り出した。


「創世の物語…?」

「うん。これは僕のお母さんが持ってたやつ」


パラパラとページをめくるが、ルカが私に教えてくれたものと変わらない。

——いや、途中から違う内容が始まっていた。


『神に無礼を働いたものはやがて王宮を乗っ取りました。仕える主人すら裏切ったのです。その国は奪い取った女神様の力で繁栄しました。ある日、王宮に十二人の旅人たちがやってきました。世界を周った神官たちです。彼らは女神の力を感じ、ここにきたのです。そして激怒しました。

「女神様のお力を奪い、私欲を満たすことに使うだなんて!」

怒った一人がその王国を更地へと変えました。

黒い髪の毛を逆立て、怒りを帯びた紅い瞳は悪魔のようでした。女神の力を奪った男は女神様の力で彼らを攻撃しようとしました。その時落雷と共に女神の力が消えたのです。緑で溢れていた王国は元の砂漠へと戻っていきました。そして、女神の力を失った男は死んでしまいました。富んだ土地がなくなり、困窮した民のため、聖人の一人が手を翳すと雨が降り、大地に少しの緑が戻りました。民は貰った恩恵を失わないよう努力しました。そして、十二人の神官は人々に失望し、新たな国を作ることにしました。十二人は聖人十二席と呼ばれ、今日まで伝えられています』


そして、この本に描かれていた“女神”は私だった。

まるで私をそのまま絵本にしたみたいだ。

それに、この人——ルカに似てる?


「ここの人たちはみんなこの本を持ってるんだ。だから僕は悪魔だって言われてて…」


ミューの顔が暗くなる。

……聖人十二席の一人が怒ったとき、比喩として使われていたっけ。


「でも、ミューの赤い髪の毛は優しさを帯びているよ」

「え?」


ミューがおずおずと顔を上げた。


「うん、やっぱり綺麗だ」

「っっ」


ミューは泣きそうで、でも嬉しそうに笑った。



「大丈夫?」


アル様と初めて出会った日、僕は女神様に会ったんだ。

日の光を透かす銀色の髪の毛が、全てを透き通すような瞳が僕を見ていた。

ついに女神様が僕を迎えにきたのだと思った。

でも彼女は生きていて、だけれど女神様と同じように僕を救ってくれた。

だからこそ、この国を出る前に知って欲しかったんだ。自分が悪魔と言われていた理由を。

でも僕は直接言う勇気が出なくて、お母さんの形見のあの絵本を渡した。

どんな反応が返ってくるかわからなくて怖かった。

あの人もみんなと同じで僕を悪魔だと罵るかもしれないと思うと震えが止まらなかった。

だけど、アル様は僕を受け入れてくれた.

嫌いだった髪の色を褒めてくれた。

びっくりして顔を上げたらキラキラと世界が輝いて見えたんだ。

やっぱりアル様は女神様だったんだ。


——暗くてジメジメしていたこの空間が、急に明るく見えた。

世界が一変した瞬間だった。

僕は何があってもこの人に忠誠を誓おう。

そう、決意した。



「ミュー?」

やば、返事がない。


「ミュー??」

「アル様、ありがとう」


笑った。

この子がこんな笑顔を見せるなんて、初めてかもしれない。


「あ、そうだ。ルカのことだよね?」

「うん」

「あの人は聖人でしょ?」

「…やっぱりそう思う?」

「うん、この絵にそっくりだし。それと、あの人には聞かせたくない話もある」

「うん」

「聖人十二席、彼らはこの国の人を憎んでいるんだよ」

「共和国の人を?できたの最近だよね?」

「いいや、ここの人たちだよ」


ミューは地面を指差した。

このスラムの人たちのこと——?


「どうして?」

「…ここに住んでるのは、かつて女神様の力を奪った男の国の民の末裔たちなんだ。もう大分薄まったけど、僕たちの血には呪いがかけられてる。聖人であるルカは、多分ここの人たちを許さない」

「でも、その絵本に書いてある通りなら、この国に再び緑を芽生えさせたのはルカみたいだけど?」

「…彼らは、僕たちを赦さないよ」

「なんで断言できるの?」

「そのことだけは、口でずっと伝えられてきたからね」


宗教の話で、幼い頃から教えられた認識を変えるのは難しい。

私もよく知っている。その解決策も——。


「じゃあ、ルカに聞いてみようか」

「え!?」


ミューは目を見開いた。


「僕、殺されちゃうんじゃ…」

「大丈夫。ルカはそんなことで殺したりしない」


私は断言した。ルカを信じているから。



「ルカ、話がある」

「真剣な話っぽいな」


宿に戻るとルカが先に帰っていた。

ルカはミューの怯えようを見て察する。


「あなたは私の力を奪った男を赦す?」

「赦すわけがないだろう」


怒りを露わにして魔力を放出する。魔力のコントロールさえ忘れるほどに嫌悪しているのだ。


「じゃあその国の民は?」

「赦すわけがないだろう。アル、さっきから何を言っているんだ?」

「じゃあその人たちの末裔は?」

「…わからない」

「わからないの?」

「ああ。あの国の民も皆、女神の力を利用するのが当たり前だと傲慢になっていた。しかし、悪いのは先祖であって今の人たちではない。だが、一族をもってその業を償うべきとも考えてる。それが証拠にミュー、お前からも血の呪いの臭いがするからな」

「気づいていたの?」

「ああ。だから最初は拾う気など毛頭なかった。だけどアルが欲しそうにしてたしな」

「じゃあ殺す気はないの?」

「俺がなぜ殺さなきゃいけないんだ?」


ルカが首を傾げる。


ミューは呆気に取られていた。


「ね、平気だったでしょ?」

「あ、うん」

「少なくとも私は怒っていないし、その呪いだって死に至る類じゃない。つまり、その程度ってこと」

「アル様、呪い見えるの?」

「うん」

「ええ!?」


宿にミューの声が響いた。


「だから、気にすることないんだよ」

「てか、そんなルカと一緒にいるアル様って何者なの?」


——創世の女神が末娘ルナである。

と言いたいところだけど、今の私は違う。


今の私は胸を張って言える。


「私は、世界を周る旅人だ」

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