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世界を旅する者

「…ル! アル!」

「……あ、ルカ」


目を覚ますと、私のすぐそばでルカが青ざめた顔をしていた。


「アル様、大丈夫?」

ミューも起きている。ふと窓の外を見れば、空はまだ夜の色を残していた。


「どうしたの、二人して」

「どうしたもなにも、お前が急に倒れて痙攣し始めたんだよ!」

「そうだったんだ」


兄上は、きっとこのタイミングで私が記憶を取り戻すと知っていたのだろう。

この体は、もはや“人間”のものではない。多分――成長期の頃に、すっかり変わってしまったのだ。


瞼を閉じて意識を内に向けると、そこには魔力の気配はなく、代わりに神力が満ちていた。

……ということは、魔術が使えなくなったの?


指をくるりと回してみるが、発動の気配はない。

うーん、困った。


「ルカ。どうやら私の魔力、消えたみたい」

「どういうことだ?!」

「そもそも成長期のときに、その根源が絶たれている」

「そんなことあり得るのか? いや、だって……」

「体そのものが変わったみたいなんだ」

「そんな……いや、そうじゃないと説明はつかないけど……」


自分の手を見下ろすと、そこにはまだあの指輪がはまっていた。

けれど――


「それと、私がこの指輪をつけていたのは右手の人差し指だ」

「……」


ルカは目を見開き、口をあんぐりと開けたまま動かなくなる。


「お久しぶりです」


そう言うと、ルカは跪き、丁寧な口調に変わった。

その隣で、なんとなく空気を読んだミューも正座する。


「はは、ミューはそんなことしなくていいよ」


ミューを抱き上げ、膝の上に乗せる。


「ルカ、私はまだ故郷には戻らない。ルナリアとして決めたことを、まだ果たしていないからな」

「と、言いますと?」

「忘れたのか? “世界を旅して回る”って、言っただろう?」

「あっ……」

「だから、これからもよろしくね。ルカ!」


最後の言葉はルナではなく、“アル”としてのもの。

それに気づいたのか、ルカはすっと立ち上がり、いつもの口調に戻った。


「ああ、よろしくな」

「……仲直りした?」


上目遣いのミューが、小さく問いかける。


「いいや、喧嘩はしてないよ。ただ、ルカと昔出会った時のことを思い出しただけだ」

「そっか、よかった……ね?」

「ああ。ところで、外はまだ暗いようだが」

「そうだね。寝ようか」


ルカが指を弾くと、部屋の灯りがふっと消えた。再び、夜の静けさが降りてくる。

そういえば――昔は魔術なんて存在しなかったような……。

考えるより早く、意識が眠りに落ちた。


──夢の中で、兄上に会った。


『帰らないのか?』

「いえ、帰ります。ただ、ルナリアとしての目的を果たしてからにしようかと。それに、まだ気になることがたくさんありますから」

『そうか』


兄上は柔らかく微笑み、光となって消えていった。


目を開けると、東の空がわずかに白んでいた。

……そうだ。ルカに魔術のことを聞かなくちゃ。

でも、起きるのはきっと昼過ぎだよね。

その間に、今の自分の状態でも見ておこう。


目を閉じ、強く念じる。


――――


ルナリア・エラリエン

年齢:11歳 / 性別:女

出身:不明

職業:救世主

保有スキル:目覚めの歌、解放の歌、変化

称号:歌姫、愛し子、神の祝福を受けし者、命を芽吹かせる者、自由を与える者、女神の娘


――――


文字化けは消え、天性の魔導師の称号もなくなっている。

職業も魔導師ではない。年齢も名前も変わっていない。

……恐らく、私自身が“ルナリア”であると決めているからだろう。


魔力がなくても、ステータスが開けるということは、これは魔術ではない。

わからないことだらけだ。もう一度、この世界を学び直す必要がある。


そのためには――ルカを起こさなきゃ。

……でも、昨日あんなに心配してくれたし、起こすのは気が引ける。

ミューも気持ちよさそうに眠っているし。


ずり落ちた布団をそっと掛け直し、私は朝食を取りに食堂へ向かった。


「今日の朝ごはんはパンケーキか!」


甘い香りが鼻をくすぐる。とろりとした蜂蜜と、溶けたバターがパンケーキの表面をつややかに流れ落ちていく。


「いただきます」


ナイフとフォークを入れると、ふわふわの感触が手に伝わった。

口の中でほくほくとほどけていくパンケーキに、蜂蜜とバターの甘い調和。

幸せって、こういう味なんだな。


「美味しい……」

「だろ?」


声の方を向くと、屈強な男が立っていた。


「これ、俺が作ったんだ」

「そうなんですか!」

「ああ。休憩時間に客の顔を見るのが日課なんだ」

「お名前を伺っても?」

「俺はザガンだ。嬢ちゃんの名前は?」

「私はアラニル。旅をしているんです」

「旅人か! どこを回った?」

「マルタ国とかカルダン王国とか、いろいろです」

「ずいぶん遠くまで行ったな……アレンさんぶりだ」


聞き覚えのある名前に、胸がちくりと反応する。


「アレン……?」

「おっ、知ってるのか?」

「いえ、なんか聞いたことがあるような気がして」

「世界一周を果たした旅人さ。ここにも寄っていったんだ」


その瞬間、頭の中のノイズが晴れた。

ああ――そうだ。旅の楽しさを教えてくれた、あの人。

たった一度、ほんの短い会話だったのに、私の心を動かした師。

どうして今まで忘れていたんだろう。


「その人、今どこにいるか分かりますか?!」

「いやぁ……ああ、そういえば。遺跡を見に、この星の“裏側”に行くって言ってたな」


裏側の遺跡――ルカが言っていた南の遺跡のことだ。

こんな偶然、あるだろうか。


胸の奥が高鳴る。

ルカが起きたらすぐ話そう。

疑問の答えなんて、旅の途中でいくらでも探せばいい。

ミューにも、もっと新しい世界を見せてやりたい。


――ああ、楽しみだ。

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