家族の愛
「父上、母上。お話があります」
セリオンは重く息を吐き、両親を呼び出した。
居間に集まった三人の空気は、いつもより張り詰めている。
「なあに?」
柔らかく微笑む母の声に、胸の奥がざらりとした。
——どうしてその優しさを、ルナリアにも向けてやらなかったのだろう。
いや、そもそもこれは“優しさ”なのだろうか。
「単刀直入に言います。ルナリアの捜索願を取り下げてください」
一瞬、空気が止まる。
母の顔に驚きの色はない。ただ、微笑が少しだけ固まった。
「……セリオン。私たちが捜索願を出した理由、わかっているの?」
その声音に、わずかな期待が灯る。
母が、ルナリアを心配してくれているのではないかと。
だが次の瞬間——
「この家門の直系が家出したなんて、醜聞に決まっているわ。
捜索願を出さなければ他の貴族家から責められるでしょう?それくらい、賢いあなたならわかるはずよね」
胸の奥で、何かが軋んだ。
——やはり、愛など最初からなかったのだ。
「本当に……孤独だな」
思わずこぼれた言葉に、母が眉をひそめた。
セリオンは静かに言葉を重ねる。
「母上、あなたはルナリアを少しも愛していないのですね」
心のどこかで、この言葉を否定してほしかった。
だが——
「……あの子を私の子だとは思えないのよ」
「マリア!」
父が声を荒げたが、もう遅い。
母は淡々と続けた。
「あの子は髪の色が変わるでしょう?産んだ時、気が狂いそうになったの。
でも気づいたの。“ああ、この子は私の子じゃないんだ”って」
父の顔が険しくなり、低く命じた。
「マリア、部屋に戻れ」
母が去った後、重苦しい沈黙が残る。
「セリオン、マリアを責めるな。だが、彼女の前でルナリアの話を出すのは避けるべきだった」
「どうしてですか?」
父は一拍置いて答えた。
「……ルナリアが金髪を持たず生まれたせいで、社交界で噂が立った。
それに疲れたマリアは、一度あの子を手にかけようとした。だから引き離したのだ」
「……父上は、母上を愛していらっしゃるのですね」
「ああ。彼女は私の大切な妻だ」
「では、ルナリアは?」
「……あの頃はマリアのことで手一杯だった」
セリオンは俯き、拳を握りしめた。
「ルナリアがどんな生活を送っていたか、ご存知ですか?」
「それが何になる?」
「……一日中勉強漬けで、体罰まで受けていました」
「ああ。そのことか。指示したのは私だ」
「……は?」
「勉強させておけばマリアに近づけない。
それに、あの子には魔導師の素質があった。ポーションを作らせれば金にもなる。
結婚させればマリアの視界からも消える。完璧な策だったはずだ」
優しく微笑んでいた日々が、音を立てて崩れ落ちる。
「……父上……」
言葉にならないまま、父はあっさりと話を戻した。
「ルナリアの捜索願は取り下げない。以上だ」
セリオンは立ち上がり、震える手で扉に手をかけた。
「……ごめんなさい、ルナリア、姉上」
——俺は、何一つ守れなかった。
⸻
王宮。
「……そう。やっぱり駄目だったのね」
アリシアは手紙を握り締め、深く息を吐いた。
「どうしたんだい?」と王太子が覗き込む。
「……殿下、少し実家へ行ってもよろしいでしょうか」
「いいよ。僕も行こう」
「……はい」
光の渦が巻き起こり、転移先の客間にはセリオンが待っていた。
「姉上……って、なんで殿下まで」
「無理を言ってついてきたんだ」
苦笑がこぼれる。
「それで、話というのは?」
「ルナリアの件です。……父と母が、あの子を愛していなかったことがわかりました」
静寂が落ちる。
「母上は外聞を恐れ、父上は……金儲けの道具として見ていました」
アリシアは唇を震わせる。
「そんな……」
「捜索願も取り下げられませんでした」
「……外聞と、金。救いようがないわね」
その時、殿下が低く呟いた。
「虐待と搾取か。法で裁けるかもしれないな」
「本当に……?」
「ああ。世代交代の理由としても十分だ」
アリシアとセリオンは顔を見合わせ、ゆっくりと頷いた。
(ルナリア。いつかあなたが帰ってきた時堂々と歩けるように頑張るから)
二人は空を仰ぎ、同じ祈りを胸に抱いた。




