昇級試験
あの日からルカは聖人としての務めを、私は冒険者としての活動をしていた。
ありがたいことに、神殿の一室を貸してもらっている。ふかふかのベッドに、掃除の行き届いた広い部屋。居心地はいいけれど、なぜか落ち着かない。
今日も私はギルドへと向かう。
「アラニルさん! 試験の内容が決まりました!」
「本当ですか?! 」
「はい、こちらをご覧ください!」
紙には《レッドベア一体討伐》の文字。
Gランクから休むことなく試験を受けてきて、気づけばBランク目前になっていた。
「いや、初めてですよ。こんなスピードで昇級していく人は」
試験を受けるために大量の依頼をこなし、お金もかなり溜まってきた。
よし、サクッと狩って、あのお店に行こう。
森へ全力疾走し、探知魔術を発動する。
「見つけた」
レッドベアは三体。少し多いが、素材が高く売れる。
軽く指を弾くと、三つの首が同時に地に転がった。
「よし、戻ろう」
急ぎ街に戻り、ギルドへ報告する。
「もう終わったんですか?!」
「はい」
「まだ受注してから一時間半しか経っていないんですけど」
「ちゃんと持ってきましたよ」
「大丈夫です。そこは信頼していますので。あまりにも早くてびっくりしました」
「今日は少し急いでいたんで」
「そうなんですか! では手短に進めますね」
素晴らしい手つきでデータを打ち込む受付嬢。
彼女は仕事が早く、急いでいる時はいつも彼女に任せている。
「では、魔物置き場へ来てください」
「わかりました」
私はギルドを出て、裏側の置き場へ向かう。
「おお、アラニルさん! またあんたか。今度は何を持ってきたんだ?」
「へへ、今日はレッドベア三体です」
「…三体も?!」
受付のお姉さんが目を見開く。
「実力的には問題ないはず。アラニルさん、明日ギルドに来ていただけますか?」
「……はい」
受け渡しも終わり、あとは審査待ち。
今日急いでいた理由は、そう、スイーツ食べ放題の日だからだ。
⸻
「いらっしゃいませ。アラニルさん! 来ると思ってましたよ」
「こんにちは、スイーツ食べ放題に来ました!」
「やっぱりね!」
この国は小さく、人口も少ないため顔を覚えられるのが早い。
お店には高頻度で通っており、どのスイーツも絶品だ。
たくさんの種類を頬張り、時間いっぱい楽しんだ。
「また来ますね」
「お待ちしてます!」
季節は秋。私がここに来てから半年が経っていた。
「おかえり、アル」
「ただいま〜」
私はルカの隣に座る。
「あ、そうだ。Bランクにはなれそうだよ」
「早いね。一日どれくらい依頼受けてるんだ?」
「一日十件とか?」
「そりゃそうなるわ」
半年冒険者として活動してきたが、魔術を使っているため体力や筋肉が増えたわけではない。
ルカは一日に一度は必ず私に会いに来てくれる。
他愛ない話を交わす時間が、私は好きだ。
「あ、そうだ。明日ギルドに呼び出されたんだ」
「…ああ、なるほどな」
ルカは何かに気づいたらしいが、伝えてこない。
自分で探さなければならないのか。
少しくらい教えてくれたっていいのに。
まあ、明日になればわかる。少しの辛抱。
…でもやっぱり気になる!
「ねえルカ?」
「ダメだ」
「あぁ…」
このやり取りも何回目だろう。
最後まで言わずとも会話が成立してしまうほど繰り返している。
⸻
翌朝。
私はギルドに向かった。
「お待ちしておりました」
出迎えた受付嬢に案内され、豪華な談話室に通される。
そこにいたのはギルドマスターだ。
「ひさしぶりですね」
「ああ、Bランク昇級の件だが」
「はい」
まあ、通るだろう。
「レッドベア三体同時討伐――あれは本来、Sランク認定試験にも使われる」
「……はい?」
「昨日、上層部と連絡を取り、お前のSランク昇格が正式に認められた」
「え、ええっ!?」
どうしよう…私はBランクで留まろうと思っていたのに。
ふとルカの言葉が頭をよぎる。
『目指すなら、一番上だろ』
…よし、やってやる。
「SSSランク試験、受けられますか?」
「ああ。Sランク保持者だから資格はあるが…まさか本気か?」
「はい、本気です」
呆れた二人を尻目に、思考を巡らせる。
SSSランクになれば、自分の力で地位を掴み取れる。
家族にもう一度会えるかもしれない。
SSSランクは王宮のパーティーに招待されるほど高い地位だ。
アシュフォードの姓を失った今、会いに行くならこれが最善だろう。
まだ勇気は出ないし、会いに行くとしても世界を知ったあとだ。
それでも少しの自信にはなるはずだ。
「わかった。少し待っていろ」
ギルマスは通信を始めた。
「――ということだ。はあ!? …わかった、それで行こう」
「終わりました?」
「ああ。そしてお前の試験内容が決まった」
⸻
今、私は暴風と大雨に見舞われている。
「お前の試験内容は、シルバードラゴンの単独討伐だ」
「シルバードラゴンですか。わかりました」
当時は竜種の討伐は少し手こずるだろう、くらいにしか考えていなかった。
しかし失念していた――シルバードラゴンの生息地が暴風雨の中心であることを。
「天候が敵に回ったか…しかも相手は風を操るプロフェッショナル」
最悪の条件下で試験は開始された。
今までの試験とは違い、現地にはギルドから派遣されたギルドマスターが数名来ている。
緊張感が違う。
暴風の中に一歩踏み入れる。
不思議と中は無風で雨も降っていなかった。
シルバードラゴンがこちらを見据える。
その瞳には知性の光が宿っていた。
強い相手には敬意を示さなければ。
「命をかけたお手合わせ、願います」
お辞儀をし、攻撃を仕掛ける。
空間断絶の魔法を無数に張り巡らせる。
しかし、ドラゴンは宙を舞ってかわす。
「避けられるより早く発動させたかったのに」
悔しいが、ここは相手の陣地。
有利なのは向こうだ。
ドラゴンが咆哮し、空気を震わせる。
ビリビリと体の芯に響く。
全力でぶつからなければ、死ぬのは私だ。
深呼吸し、気持ちを落ち着かせる。
〈解放の歌〉が頭をよぎるが、選ばない。
迂闊に使ってはいけない力だ。
暴風の壁が迫る。
側面には風と水の刃がびっしりと張り付き、回転している。
飛行魔術で上に逃げるしかない。
だが空は相手の得意分野。速さで勝てないため、針の筵に叩き落とされるかもしれない。
そうだ、私には〈変化〉のスキルがある。
自らの性質を変える能力だ。
強風にも、鋭利な刃にも耐えられる硬い金属に変化しよう。
みるみる体は鋼色に変わった。
迫り来る暴風壁に当たっても痛くない。
安心していると、ドラゴンが飛びかかり、私を掴んで雲の上から叩き落とす。
「そっか、像をイメージしたから体が動かないんだ」
飛行魔術で衝突を回避。
じゃあ、次は燃えない体をイメージして――
体が赤く染まる。
空間魔術のあと、火の最上級魔術を風に乗せる。
火はすぐに広がり、周囲の酸素を消費し始めた。
ドラゴンの動きが鈍った瞬間――
「今だ!」
空間魔術で首を転移させる。
頭がなくなったドラゴンはその場に崩れ落ちた。
「討伐、完了…!」
急いでギルマスのもとに転移する。
酸欠気味で倒れかけた私を、ギルマスが労う。
「討伐おめでとう」
風は去り、空は晴れていた。
やった。やったんだ!
嬉しさと苦しさで、どうにかなりそうだった。
一生懸命何かをするって、楽しいな。
命のギリギリをかけた戦闘は、私を強くしてくれた。
「はは…やった!」
意識がはっきりしてきた私に、ギルマスが告げた。
「ちょっと本部に来てくれ。すぐ戻るから」
「わかりました」
ボロボロで少し恥ずかしいが、まあいい。
転移スクロールでギルド本部に着くと、目の前にはご婦人がいた。
「アラニル。あなたをSSSランクとして認めます」
婦人の一言でギルドカードが光を放ち、SSSの刻印が刻まれた。
「最速・最年少記録、最高ランク到達おめでとう」
「運が良かっただけです。シルバードラゴン相手に生き残れたのも、試験に値する相手がいたのも」
「お嬢ちゃん、運も実力のうちですよ」
柔らかく微笑む婦人には隙がなく、かなりの手練れだとわかる。
ルカと雰囲気が似ている彼女は、私を“お嬢ちゃん”と呼んだ。
カードに刻印するために本部に呼ばれただけで、街に戻るのは一瞬だった。
神殿に戻ると、ルカが待っていた。
「つくづく叶わないなあ」
最高ランクに至った今でも、ルカには勝てそうにない。
本当に何者なのだろう。
私はそのまま意識を手放した。




