『嫉妬と矜持〜地雷姫と第六天魔王〜』
その夜の営業も中盤に差し掛かり、フロアは盛り上がりを見せていた。
信長は再び藤崎みのりを接客中。
例の歴女は今回、しっかり本指名で来店していた。
「信長さん、今日は“稲葉山城”について語って♡」
「ふん、そなたはまた奇妙な趣味を持つ女よ……だが語ってやろう」
周囲がほのぼのとした空気に包まれる中――
フロアの奥で、突如けたたましい電子音とスタッフの掛け声が響いた。
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\いらっしゃいませーーーッ! 本日も“姫”からのご注文は……/
\ドンペリ・ゴールド! 30万入りますーッ!!/
照明が落ち、スポットライトと共に高額シャンパンが運ばれる。
それを囲むように、ホストたちがクラップし、煽り、マイクで盛り上げる。
信長が一瞬、そちらに目をやる。
光の渦の中心には――白スーツの男、北条司がいた。
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その隣には、ふわふわの地雷系ファッションに身を包んだ女性。
涙袋が強調されたメイク、派手なネイル、SNSでバズりそうな雰囲気。
彼女はスタッフたちと一緒に、マイクを握ってこう言い放った。
「信長さんってさぁ~、“歴史”には詳しくても“シャンパンの歴史”は知らなさそ~♡」
「ドンペリ? 見たことあるぅ? 飲んだことあるぅ?」
場内に笑いと歓声が巻き起こる。
「はぁ〜♡ やっぱりアタシのNo.1は司クンだけ♡」
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ヒカリが慌てて信長の耳元でささやいた。
「し、信長さん! あれ……シャンパンコールってやつっス!」
「……何だ、その“戦太鼓”のような騒ぎは」
「ホストにとっての“花形”イベントっスよ。高額シャンパンが入った時の、パフォーマンスっス!」
信長は静かにグラスを置いた。
みのりも苦笑しながら目を細める。
「……あの女、わかりやすく地雷系ね。でも司くん、完璧な対応。さすがNo.3」
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シャンパンの金が反射し、北条が視線をこちらへ送ってきた。
無言のまま、片手でグラスを掲げる。
それはまるで、「これが実力の差だ」と語るようだった。
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だが信長は、微笑を浮かべ――心の中で呟いた。
(あの男……“ただのチャラ男”ではないな。接客、空気の使い方、場の乗せ方――あっぱれ)
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「信長さん、なんか悔しそうじゃない?」
「いや、面白くなってきただけよ。戦は、勝つか負けるか。それだけだ」
信長の瞳に灯るのは、闘志。
地雷姫に煽られようとも、信長の矜持は揺るがない。
――次なる戦いの火蓋は、静かに落とされた。