『初陣の夜Ⅱ 〜俺たち、送り指名入りました〜』
その夜、信長とヒカリに与えられた任務は「2人組の女性客への初回接客」だった。
“初回”とは、ホストクラブの基本にして最重要イベント。
初めて来店した女性に好印象を与え、また会いたいと思わせる――言うなれば「口説きの合戦」だ。
⸻
VIPルームの一角。
照明が落とされ、グラスが並ぶテーブルの向こうには、明らかに“慣れていない”雰囲気の女性2人組。
「こんばんは〜! 今日担当させてもらうヒカリですっ!」
元気に笑顔で入っていくヒカリ。その背後から、ゆっくりとした足音が続く。
「そしてこちらが……えーと……信長さん……?」
「ふん……貴様ら、名を名乗れ」
「えっ!?」
「な、なにこの人! え、武将!? まさかの時代劇系ホスト!?」
初回から“圧”がすごい。
「そなたらが拙者を試すというのならば、心してかかるがよい。我が前にて飾るな、偽るな、ただ――素を見せよ」
「な、なんか言ってることはカッコいいような……そうでもないような……」
⸻
ヒカリは焦った。
通常なら、まず軽い会話で場を和ませ、笑わせて、リズムを作る。
けれど信長は一切笑わない。いや、笑っているつもりなのかもしれないが、完全に“威圧型”。
(ダメだこれ、怖がられちゃうって……!)
そう思った矢先、女性客のひとりがふと呟いた。
「……でも逆に、こういう人って、ホストって感じしなくて面白いかも」
「わかる! ガチでキャラ作ってるんじゃなくて、素でやってる感じがいいよね」
ヒカリ(!?)
⸻
そのあとは、信長の圧とヒカリの軽さという“真逆コンビ”が絶妙なバランスを生み、
女性たちは笑いっぱなし。気づけばグラスも空になっていた。
⸻
「今日、めっちゃ楽しかった! ねぇ……送り、誰にしよっか?」
女性客のひとりがグラスを置き、連れに小声で耳打ちする。
もう一人がうんうんと頷きながら、笑みを浮かべた。
「じゃあ……2人で“この人たち”って言っていいかな?」
スタッフが笑顔で尋ねた。
「送り指名、お決まりでしょうか?」
2人の女性は声を揃えて言った。
「信長さんと、ヒカリくんの2人で!」
⸻
その言葉を聞いた瞬間、ヒカリの目がまるくなった。
「……え!? お、俺も!? え、マジで!?」
顔が一気に明るくなる。
喜びを抑えきれず、思わず横にいた信長の肩をポンッと叩いた。
「やったじゃん、信長さん! オレたち、Wで送り入ったってことっすよ!」
「……ふむ」
信長は微動だにせず、ゆっくりと立ち上がると、
手を後ろに組み、まるで戦場から凱旋するような落ち着きで言った。
「当然だ。我は“選ばれる男”よ」
「いやいや、初めてでこれはすごいって! ちょっとは喜んでくださいよ〜!」
⸻
女性客を見送った帰り道。
ヒカリはしみじみと呟く。
「オレ……正直、自信なくて。でも今日初めて、ホストやっててよかったって思えたっす」
信長は歩みを止め、夜の街を見上げる。
「人の心を動かすは、兵を動かすより難しきことよ。だが――」
彼はふとヒカリを見て、にやりと笑う。
「……貴様、やるではないか。褒美に、次の戦でも共に参れ」
「っしゃー! じゃあ次は“指名”取りましょうね、信長さん!」
⸻
こうして、2人は確かな一歩を踏み出した。
戦国の魔王と、太閤の血を引く若者。
時を越えた主従(?)が、今――歌舞伎町で指名という“領土”を広げてゆく。