第5話 信長ではござらぬ
永禄10年(1567年)。信長は伊賀の隣国伊勢を攻めた際、領主であった北畠具房と和睦するため、次男の信雄を養子に差し出した。
が、これは信長の企てであった。息子を北畠家に送り込み、北畠一族の暗殺とその領地の強奪を命じていた。
次に父が狙うのは伊賀の国。そこを自分が先んじて落とし、父に献上したい。そう信雄は考えていた。信雄は甲賀忍者を召し抱えてその時を待っていたのである。
郷に戻った小太郎と衣茅は、伊賀忍者を代表する十二人の評定衆が集まる場に呼び出された。評定を取り仕切っているのは伊賀忍者の中でも特に家格が高い上忍三家と呼ばれる百地丹波、服部正成、藤林保正の三人。その筆頭格は百地丹波。
「大儀であったな」
二人を丹波は労った。小太郎と衣茅は変装した山伏の装束のまま平伏した。小太郎が丹波を覗き見る。表情は変わらなかったが、険しさが増している。
丹波は訊ねた。
「信長に間違いなかったか?」
小太郎が答える。
「間違いござりませぬ」
丹波は衣茅にも訊ねる。
「おぬしは間近で見たであろう。信長に間違いなかったか?」
衣茅は平伏したまま言った。
「わかりませぬ」
藤林保正が衣茅を睨みつけた。
「わからぬとはどういうことだ!」
緩々と顔を上げ衣茅が呟く。
「これまでに会うたことがござりませぬ。あれが信長というのならそうでござりましょうし、信長でないというのならそうではないのでありましょう」
くノ一にからかわれたと思ったか、保正が声を荒げる。
「おぬしの目は節穴か! 乱世の覇者じゃ。もしそうならば死に際も常とは違うとったはずじゃ。如何か?」
衣茅は保正を見ずに言った。
「それで申せば、あっさりと術に掛かり常と変わらぬ戯男でござりました」
服部正成が呟く。
「やはりな」
保正が正成を見る。
「どういうことじゃ?」
「信長ではござらぬ」