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41.「血(※途中までマイカ視点)」

「チッ! 最悪だね」

「リュウさまになんてことを!」


 怒りを爆発させ武器を構える仲間たちと違い、マイカはただただショックで愕然とし、身体を震わせることしか出来ない。


「……人間……殺す……」

「……ああ……そんな……リュウ君……!」


 エルアがマイカの胸倉を掴んだ。


「何してんだい! こういう時こそ、あんたの出番だろうが!」

「わ……私の……?」


 二人の間に手を差し込んでマイカの顔を掴んだウルムルが、ぐいっと強引に顔の向きを自分の方に変えさせる。


「想いを寄せる殿方がいるならば、如何なる時も、心を強く持たねばなりませんわ。それが出来ないならば、私が彼を救い出して、一緒になって幸せに暮らしますわ。意気地のない女のことなどは忘れてもらって」


 そうだ。

 私は、ショックを受けてる場合じゃない。


「ありがとう、エルア、ウルムルさん」

「ったく。世話が焼けるね」

「全くですわ」


 落ち着いたマイカは、冷静に思考する。


 リュウ君を元に戻すためには……〝アレ〟が必要だ……

 そのためには……よし、それなら……!


「リュウ君! 目を覚まして!」

「……人間……殺す……」


 必死に呼び掛けるが、彼は目から光を失ったままで、変化はない。


 漆黒の魔力を練り上げ、膨張させたリュウが、感情のこもっていない声で呟く。


「……『召喚サモン』……」


 すると、スピドラ、パワドラ、ファイアドラゴン、アイスドラゴンが同時に出現する。

 皆黒き魔力に包まれており、その瞳は血の色に染まっている。


「二体までしか召喚出来ないんじゃなかったの!?」

「妾が強化したからのう。制限は無くなったのじゃ」


 リュウに目を向けると。


「ぐはっ!」

「リュウ君!」


 吐血した。


 やはり、身体に無理が掛かっているのだ。


「ほう。やはり負荷が大き過ぎたかのう。じゃが、妾がより多くの魔力を注ぎ込めば、十体、百体、最終的には、千体ものドラゴンを同時に召喚することすら可能になるのじゃ。この世界では〝モンスターの概念〟に当てはまらないこやつは、最賢の勇者の封印術の条件に引っ掛からず、何体でも地上に出せるからのう。まぁ、そこまでいけば無理が祟ってリュウは死ぬじゃろうが、人類を滅亡させることが出来れば良いからのう。その後ドラゴンが召喚出来なくなろうが、もう用済みだから痛くも痒くもないのじゃ。まぁ、顔は可愛いからのう。頭部だけは冷凍保存しておいてやっても良いがのう」


 魔王に対して、圧倒的な嫌悪感と怒りが湧いてくる。


「そんなこと、絶対にさせない! 『サンダーブレード』!」


 雷刃が空気を切り裂き、魔王を狙う。


「ディフェガアアア!」


 が、新たに召喚されたディフェンスドラゴンによって弾かれてしまう。


「おらああああ!」

「はあああああ!」


 闘気を纏ったエルアとウルムルが跳躍、ディフェドラを飛び越えて魔王を狙うが。


「ファアガアアア!」

「アイガアアア!」

「チッ!」

「くっ!」


 ファイアドラゴンとアイスドラゴンが吐いた炎と氷のドラゴンブレスを回避するために空中で身を翻し、魔王には近付けない。


「ポイガアアア!」

「ウォオガアアア!」

「アスガアアア!」


 ポイズンドラゴン、ウォータードラゴン、更にはアースドラゴンまでも呼び出された。


「『エリアプロテクト』!」


 一旦マイカのもとに集合した仲間たちを包むように、半球状の防御魔法が展開されるが。


「スピガ!」

「パワガ!」

「アスガ!」

「ウォオガ!」


 スピドラ・パワドラ・アースドラゴンの殴打とウォータードラゴンの圧縮水塊によって、粉々に破壊されてしまう。


 味方の時はあれ程心強かったスピドラちゃんたちだけど、敵に回るとこんなにも恐ろしいのね……!


 距離を取りつつ、マイカはドラゴンたちを魔法で牽制、リュウに向かって叫ぶ。


「リュウ君! お願い、正気に戻って!目を覚まして!」

「……人間……殺す……」

「無駄じゃ。妾の精神操作によって、完全に自我を失っておるからのう」


 違う!

 そんなことない!


 その証拠に、先程防御魔法が破壊された際は、四体のドラゴンの力を必要とした。


 いくらマイカのレベルが上がったと言っても、限界がある。

 もし本気なら、パワー特化型のパワドラ一体だけでも壊せたはずなのだ。


 ということは。


「パワドラちゃんたちは、手加減してくれてる! 術者であるリュウ君の意向に従って!」


 つまり、リュウの意識は、まだ完全に魔王の支配下に落ちた訳ではないということだ。


「致命傷を負うような攻撃は誰も仕掛けて来ないし! ポイドラちゃんに至っては、毒を吐くことすらしていないわ!」


 マイカは、ドラゴンたちの猛攻をなんとか凌ぎながら、リュウに言葉を投げ掛け続ける。


「リュウ君! 元の世界に戻るんでしょ! もう一度御両親に会うんでしょ! だったら、魔王なんかに負けないで!」

「……人間……殺す……」


 相変わらず変化は無し。

 でも絶対に諦めない!


「エルア、ウルムルさん! お願い! 〝道〟を作って!」

「ハッ! 任せな!」

「仕方がないですわね!」


 縦横無尽に動き回りつつ、ドラゴンたちに対してギリギリの攻防を続けていた二人は、マイカの意を汲み取って、即座に行動を始める。


「おらああああ!」

「はあああああ!」


 リュウに向かって真っ直ぐに走っていくマイカに左右から襲い掛かろうとするドラゴンたちに対して、エルアとウルムルが大斧と棍棒で渾身の一撃を食わらせて、足止めする。


「『サンダーブレード』!」


 他のドラゴンたちが止めようとするが、棘のように全身に纏った無数の雷刃によって弾いて、なんとか間を擦り抜けたマイカは、雷刃を消し、魔法の杖を投げ捨て、リュウに抱き着いた。


「リュウ君! 私よ! マイカよ!」

「……人間……殺す……」


 両手でリュウの頬に触れて、必死に問い掛ける。


「お願い! 目を覚まして! 正気に戻って! リュウ君が元いた世界に、私も一緒に行かせて!」


 意識を取り戻して欲しいと。

 元に戻って欲しいと、願いを込めて。


「!?」


 リュウの唇に自身のそれを重ねる。


 唇を離すと。


「マイカ……さん……?」


 リュウの目に光が戻った。


「そう! 私よ!」


 マイカが歓喜の声を上げた。


 次の瞬間。


「がはっ!」


 彼女の身体は、リュウが手にするショートソードによって貫かれていた。

 眼前の少年の瞳からは、再び光が失われている。


「どうじゃ? 愛の口付けで王子様が一瞬だけ正気に戻って、嬉しかったじゃろう? 妾は優しいからのう。ささやかなプレゼントじゃ」


 魔王は口角を上げた。


「マイカ!」

「マイカさま!」


 エルアとウルムルの悲鳴が聞こえる。

 吐血、出血。

 激痛に意識を失いそうになる。


 見ると、リュウは相も変わらず、意識を乗っ取られたままだ。


 キスでも駄目。

 胴体を貫かれて瀕死の自分を目にしても元に戻らない。


 ……覚悟してはいたものの、正直ショックだわ……


 ……これはもう、しょうがないわね……


 ……しょうがないわ……


 マイカは、震える手を伸ばして。

 顔を近付けて。

 再びリュウにキスした。


「最期に接吻出来て良かったのう。ヒヒヒヒヒ」


 哄笑が響く。


 ……だって、しょうがないもの……


 ……これはもう、しょうがないから……

 

 ……〝奥の手〟を使うしかないわ!


 ごくん


「!」


 それを飲み込んだリュウが、目を見開く。


「……マイ……カさん……?」


 身体を包み込んでいた黒き魔力が霧散、角、牙、黒翼が消え、爪も元に戻って。

 

 完全に意識を取り戻した。


「……良かった……!」

「マイカさん! あああああああああ!」


 ようやく事態を把握したリュウが、剣に貫かれ倒れそうになるマイカを抱き留めて跳躍、距離を取る。


「僕は、なんてことを……! ごめんなさい……ごめんなさい……!」


 とめどなく涙を流すリュウ。


「……くすっ……。……良いのよ……こんなの……すぐ……治る……から……『エリア……ウルトラ……ヒール……』」


 優しい光が、マイカとリュウを包み込む。


 自身の身体からショートソードが抜けつつ、傷が癒やされていくのを見下ろしながら、マイカは思考する。


 アキラたちの様子を見る限り、これくらいじゃリュウ君の身体を完全に回復は出来ないかもしれないけど、少しでもマシになれば……


 完全回復したマイカが、魔王の魔力が込められた忌々しいショートソードを投げ捨てる。

 リュウは尚も謝罪を続ける。


「本当に、ごめんなさい……!」

「気にしないで。だって、魔王に操られていただけだもの」

「ごめんなさい……ごめんなさい……!」

「だから、もう良いって言ってるでしょ?」

「ごめんなさい……ごめんなさい……ごめんなさい……!」

「リュウ君!!!」

「はい!」


 突如大声で呼ばれたリュウは、思わず背筋を伸ばして返事をする。


「もし私に対して悪いと思うんだったら、魔王を倒して!」

「!」

「そしたら、許してあげるから! ……ね?」

「……分かりました!」


 リュウは涙を拭い、顔を上げた。


 元気になって良かった……!


 ようやく、リュウは闘志を取り戻した。


※―※―※


 マイカさんのおかげで本来の自分を取り戻した僕は、魔王を睨み付ける。


 得物は無い。

 ドラゴンたちは、先程意識が戻った瞬間に、身体への高負荷を取り除こうと、無意識に一旦全員消した。


「有り得ぬ……一体どうやって妾の魔法を打ち破ったと言うのじゃ?」」


 怪訝な表情を見せる魔王に、マイカさんが毅然と答える。


「〝愛の力〟……と言いたいところだけど、〝血〟よ!」

「〝血〟じゃと?」

「リュウ君に〝血〟を飲んでもらったのよ!」

「馬鹿な……。そんなことで妾の精神操作を解除したと申すのか?」

「ええ。でも、ただの血じゃないわ。だって、ドラゴンの血液が混ざった〝血〟だもの!」

「! ……まさか、其方……!?」

「ええ、そのまさかよ。こういうこともあろうかと、ファーリップ皇国にいた時に、予めディテドラちゃんとスピドラちゃんの血を何度も飲ませてもらっていたのよ! その上で私は、あの晩リュウ君とキスして、私の血を飲んでもらったの。そして今、再び同じことをしたのよ! あの晩のこと、私のこと、そしてドラゴンたちのことを思い出して、本当の自分を取り戻してもらうために!」


 「吐血させてくれて感謝するわ。自分で舌を噛むのって、結構勇気が要るのよね」と、平然と言い放つマイカさんに、魔王が、「そんな方法で妾の術を凌駕するとは……!」と、呆然とする。


「すごい! 凄過ぎですよ、マイカさん! 賢過ぎです!」

「ありがとう。でもね、その……そのためだけにした訳じゃなくて、好きな人じゃなきゃ、あんなことはしないから……。……それに……初めてだったし……。……その……私の気持ちは、本物だから……ね?」

「……僕の気持ちも本物です!」

「ハッ! あんたら、ここが戦場だって分かってんのかい?」

「さっきまでの死闘が馬鹿らしくなってきましたわ」


 僕は、肩を竦める二人に、「二人とも、僕が操られている間、必死に戦って頂き、ありがとうございます!」と、頭を下げる。


 顔を上げた僕は、改めて魔王を見据えた。


「もう、操られたりなんかしない! 今度こそ観念しろ!」


 魔王は、大仰に溜め息をつくと。


「はぁ。詰まらぬのう。せっかく有能な駒を手に入れたと思ったのじゃがのう」


 僕を無造作に指差した。


「面倒じゃが、この魔王自らが相手してやるのじゃ」


 僕は、両手を翳す。

 

「パワドラ!」

「パワガ!」


 ドラゴン随一の巨躯と膂力を誇るパワードラゴンが出現。


「行けええええ!」

「パワガアアア!」


 魔王に渾身の殴打を食らわせる。


 が。


「ガァッ!」

「「「「!?」」」」


 パワドラが吹っ飛び、背後の壁に激突した。


 見ると、右拳を振り抜いた魔王は、傷一つ負っていない。


 そんな……!

 ……パワー特化型のドラゴンが、パワーで負けた……!?


 先刻とは桁違いのどす黒い魔力を全身から迸らせる魔王は。


「そうそう。言い忘れておったがのう。妾は、封印されていたこの千年間の間に力を蓄えておったのじゃ。本気を出した妾の力は、〝LV1000〟じゃ」

「「「「!」」」」


 邪悪な笑みを浮かべると、二対に増えた黒翼を大きく広げた。

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