32.「ドラゴンを好きになったきっかけ&銃撃事件」
「スピドラ、ディテドラ、宜しくね!」
「スピガ!」
「ディテガ!」
孤児たちに武器と魔法の使い方を教え始めた初日の夜。
高級宿に泊まる際に、僕は二体に警護を頼んだ。
一年間の間、常軌を逸するマズさの魔法薬を飲んだ上で魔力が無くなるまで魔法を行使、というトレーニングをし続けて魔力量を大幅にアップさせたけど、最近はレベルアップによっても魔力量が増大したから、寝ている最中も召喚した状態を維持出来るようになった。
本当は一緒に眠ったり出来たら最高なんだけど、流石の高級宿でも、ドラゴンの大きさと重量に耐え切れるようなサイズと頑丈さを持ったベッドは無いだろうし、そもそも二体しか同時に召喚出来ないから護衛してもらいながらだと無理だしね。
※―※―※
翌朝。
「スピガ!」
「ディテガ!」
「え? 昨晩盗賊が高級宿に侵入しようとしたのを阻止して、撃退したって? 御手柄じゃないか! ありがとう、スピドラ、ディテドラ!」
「そうだったのね! スピドラちゃん、ディテドラちゃん、ありがとう!」
マイカさんに頭を撫でられるディテドラは、えっへんとばかりに胸を張り、「ハッ! やるじゃないか!」「うふふ。格好良いですわよ」とエルアさんに〝パン!〟と脚を叩かれウルムルさんにそっと触れられたスピドラは、ドヤ顔で鼻の下を擦った。
マイカさんは、昨晩も宿に入る前にドラゴンたちに声を掛けにいっていたし、すごく優しくて、気遣ってくれていてありがたいなって思う。
「……?」
誰かに見られているような感覚がして視線を向けると、小鳥が宿の塀の上に佇んでおり、目が合うと、飛び立っていった。
なんだ、鳥か。
そんなに気を張らなくても夜間はドラゴンたちが見張ってくれているし、昼間は仲間たちもいるし、きっと大丈夫だ。
※―※―※
子どもたちに生きる術を伝授しながら、数日が経ったある日の晩。
「……ハッ……! ……やっぱ肉が一番だね……!」
「……駄目ですわ、リュウさま……そんなところ……あっ!……もっと……!」
エルアさんとウルムルさんの寝言を聞きつつ、僕はキングサイズのベッドから頑張って抜け出した。
相変わらずみんなに抱き着かれながら眠るという、刺激が強過ぎる夜を過ごしていて、しかもそこにウルムルさんの艶っぽい台詞が重なり、目が冴えてしまったのだ。
「……まだまだ修行不足だな……」
ちなみに、マイカさんの姿はない。
そう言えば、昨日もその前も、夜中に部屋から抜け出していた気がする。
「体調不良とかじゃなければ良いけど……」
ベッドの端に腰掛け、窓の外に見える月を眺めていると。
「眠れないの?」
「! えっと……その……目が冴えちゃって……」
「大丈夫? 眠れそう?」
「はい。きっと暫くしたら、また眠くなると思います」
マイカさんが部屋に戻って来て、僕の隣に座った。
……何故だろう、いつも寝る時はもっと密着しているはずなのに、鼓動が速くなってしまう!
「マイカさんこそ、大丈夫ですか? 一昨日からずっと、夜中に目が覚めちゃってると思うんですけど、もしかして、体調が悪いんじゃないですか?」
「え? えっと、その……大丈夫よ、ただトイレに行っていただけ。それよりも、ごめんね。みんなでくっついてちゃ眠りにくいわよね? やっぱり、別々に眠るようにした方が良いかしら?」
「だ、大丈夫です!」
「本当に?」
「だって、ドラゴンだったら、この位のことで動揺したりしないと思うので! 僕は、ドラゴンみたいに格好良くなりたいから!」
マイカさんが、「くすっ」と笑う。
「あ、ごめんなさい。今のは変な意味じゃなくて。本当にドラゴンが大好きなんだなって。なんだか、微笑ましくて」
彼女の長い黒髪がふわりと揺れ、甘い香りが広がる。
陽光を浴びる彼女も眩くて綺麗だが、月光に照らされている今は、また違った美しさがある。
「ドラゴンを好きになったのって、何かきっかけがあったの?」
小首を傾げるマイカさんに、僕は「そう言えば、話していなかったですね」と、窓外に目を向けた。
「あれは、小学三年生の時でした」
※―※―※
ある日、友達と四人でアニメ映画を見に行った。
それは、勇者が魔王を倒して世界を救う物語だったが、魔王との決戦前に、勇者が戦ったのがドラゴンだった。
「そのドラゴンは滅茶苦茶強くて、まず、それが格好良いなと思いました」
再生能力も持っていて、正直魔王よりも強いんじゃないかって思うドラゴンで、勇者を追い詰めていった。
でも、勇者は〝石化効果〟を持つというエグい聖剣の力を解放して、最終的にドラゴンは倒された。
「その際に、自分の敗北を悟ったドラゴンが、抵抗を止めたんです」
彼は、翼を雄々しく開き、胸を張った。
死してなお自分の姿が石像として遺るならば、堂々と、恥ずかしくない姿を。
どこまでも高貴なその姿から、そんな気持ちが伝わって来て。
僕は泣いてしまった。
映画を見終わった後。
三人の友達はみんな、勇者を褒めたたえていた。
「勇者強かったな!」
「勇者カッケー!」
「サイコー!」
だが、僕は違った。
「ドラゴン格好良い!」「ドラゴンすごい!」と、そればかり考えていた。
※―※―※
それからというもの、僕はドラゴンが活躍する作品を探し回った。
アニメも、漫画も、絵本も、何でも良いから、とにかく夢中で探した。
丁度やってるアニメとかならともかく、漫画や絵本はお小遣いじゃなかなか買えないから、小学校の図書室や公の図書館とかに置いていないか調べた。
あと、友達に、そういう漫画や絵本を持っていないか聞いて回った。
そうして、色んな場所や人から貸してもらって、夢中になって読んだ。
「強い! すごく格好良い!」
中には、ドラゴンと人間が共に冒険する話や、絆を結ぶ物語もあった。
そういったものに触れる度、僕は胸が高鳴るのを抑え切れなかった。
僕は、お小遣いを貯めてドラゴンのフィギュアを購入。
「格好良いなぁ! 僕も、こんな風に格好良くなりたいなぁ!」
毎日持ち歩くようになった。
※―※―※
そんなある日。
「きゃああああ!」
「全員動くな! 動いたらこのガキを殺すぞ!」
母親と一緒に行ったショッピングモールで、拳銃を持った男が人質を取る場面に遭遇した。
「全部社会が悪いんだ! 俺は社会に復讐する! 滅茶苦茶にしてやる!」
吹き抜けになった二階通路にて、目を血走らせた男が、訳の分からないことを喚く。
「……ひっく……ママ……!」
自分と同い年くらいだろうか、親から引き離された幼い女の子が髪を掴まれ、銃を突き付けられている。
「ああ、だ、誰か! 誰か助けて!」
少女の親が、悲痛な声を上げる。
僕は、母親に抱き寄せられていた。
「う、動いちゃダメよ!」
必死に守ろうとしてくれているのが分かる。
圧倒的な恐怖により、全身が冷たくなっていくような感覚に襲われる。
母親の身体が震えているのが分かり、それもまた恐怖を増長する。
ふと、その時。
「……ひっく……」
「――――ッ!」
女の子と目が合った。
僕は、目を逸らしてしまった。
助けを求める目。
何かに縋ろうとする感情が滲み出ていて。
〝助けて〟と、必死に訴えていた。
……ごめん。
……無理だ。
僕には、出来ない。
相手は大人。
僕なんかよりずっと身体も大きい。
銃も持ってる。
僕に出来ることなんて、何も……
目を落とした僕は。
左手に持ったドラゴンのフィギュアが、僕を見ていることに気付いた。
〝本当に何も出来ないのか?〟
「!」
ドラゴンの声が聞こえた気がした。
〝もう一度問う。お前は、本当に何も出来ないのか?〟
「……僕だって助けたいよ。でも……」
〝恐怖に呑まれるな〟
〝あの少女を助けられるのは、お前だけだ〟
〝勇気を振り絞れ〟
〝今までずっと、我を見てきたのだろう?〟
〝我の姿を〟
〝我の生き様を〟
〝それは、何のためだ?〟
「それは……いつか、君みたいに格好良くなりたかったから……」
〝ならば、下を向くな〟
〝前を向け〟
〝大いなる一歩を、踏み出せ〟
「僕に……出来るかな?」
〝出来る〟
「……本当に?」
〝ああ〟
〝安心しろ〟
〝我はいつもお前と共にある〟
「……分かった……!」
僕の心の中に、火が灯った。
小さな、しかし、決して消えない灯火が。
僕は、「お母さん、ごめんなさい」と呟くと、母親から身体を離した。
「……え? ……何を……?」
僕は、男に向かって声を上げた。
「ぼ、僕が代わりの人質になる……から! 女の子を離して……!」
「な、何言ってるの!?」
悲鳴のような声を上げる母親に申し訳ない気持ちになりながらも、僕は退くつもりは無かった。
「あ? てめぇは男だろ? ……いや、でも、よく見たら女よりも可愛い顔してるじゃねぇか。ヘッ! 良いぜ。このガキは離してやる。こっち来い」
舌なめずりする男。
「だ、ダメよ!」と、必死に止めようとする母親の制止を振り払い、僕は震える足で、一歩ずつ進んで行く。
「てめぇは用済みだ。とっとと消えろ」
男から解放された女の子が、よろめきながら、「……あ、あり……がと……ごめ……なさい……」と、色んな感情が綯い交ぜになった声にならぬ声を上げて僕を見ると、親に向かって走っていった。
「さぁ、来い」
男が両手を広げる。
「……乱暴……しないでね……」
「ヘッ! 良いねぇ。まだガキで、しかも男の癖に、ゾクゾクするじゃねぇか。可愛がってやるよ」
男は下卑た笑みを浮かべる。
僕は、男のもとに辿り着くまでの短い時間で、必死に思考した。
力が弱い自分が逆転の一手を打てるとしたら、それは何か。
考えろ。
考えろ。
考えろ。
………………
………………
………………
そうだ!
僕は、声を張り上げた。
「あ! お巡りさん!」
「何だと!?」
僕が指差した明後日の方向を向いた男の股間を。
「えいっ!」
「おごばっ!?」
僕は、右手で思いっ切り殴った。
男は膝をつき、苦悶の表情を浮かべる。
「やった!」
出来た!
僕にも、出来るんだ!
僕は、高揚感に包まれた。
しかし、その直後。
「この……クソ……ガキ……! ……死ね……!」
「!」
銃声が響いた。
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