26.「子どもたちを守るために命を削る」
「やめろ!」
「!」
闘気を纏い跳躍、と同時に抜剣した僕は、男が振り下ろした不気味な杖を、子どもたちの眼前で受け止める。
「あ、貴方は――うわっ!」
力任せに振り払うと、男は吹っ飛んだ。
チラリと後方を一瞥すると、マイカさんたちが、「もう大丈夫よ!」と、子どもたちを保護してくれている。怪我はないようだ。
安心した僕は、改めて男を睨みつけた。
「こんな小さな子たちを生贄にしてモンスターを生み出すだなんて、許せない!」
一歩ずつ近付いて行き、上半身を起こした男にショートソードを突き付ける。
「ヒッ!」
と、その時。
「きょーこーさまをいじめないで!」
「!?」
とてとてと走って来た幼い女の子が、短い腕を精一杯広げて、男を庇う。
「ダメ!」
「やめて!」
「きょーこーさまからはなれろ!」
他の子たちもトコトコと走って来ると、僕の身体をポカポカと叩き始めた。
どの子も、目に涙を浮かべながら、必死に男を守ろうとしている。
「みんな、どうして? だって、この男の人は悪い人なんだよ? みんなのことを襲おうとしていたんだよ?」
刃が当たると危ないので咄嗟に剣を上に掲げながら、僕は困惑し、問い掛ける。
「パン!」
「へ?」
「パンー!!」
一人の男の子が、丸いパンを持っており、よく見ろとばかりに僕に突き出す。
こんがりと焼けたパンからは、まるで焼きたてのように香ばしい香りが漂う。
「きょーこーさまは、わるいひとじゃない! ぼくたちにパンをくれるの!」
「パンを……?」
一体何がどうなってるんだ!?
立ち上がった男がゆっくりと近付いて来ると、頭を下げた。
「あ、あの、確かに私は、この魔導具〝生み出す君〟を使って、パ、パンを生み出していました。け、経済的に見れば良くない行為だと分かっていながら。で、でも、この子たちにひもじい思いをして欲しくなかったのです。ど、どうか見逃して頂けませんでしょうか?」
彼が手に持つ、どう見ても呪術魔導具にしか見えない杖の真っ赤な口からパンが生み出されて落下すると、子どもの一人が真下で「はい!」と、素早くキャッチした。
慣れているのだろう、無駄の無い動きだ。
「なんか……」
「思ってたのと違うわね……」
「ハッ! 〝良い意味〟の方の常識破りな教皇じゃないか!」
「この場合、この見た目と言動が〝良い意味〟なのかどうかは疑問の余地が残りますわね」
怪し過ぎる教皇さんだったが、どうやら、実は良い人だったらしい。
教皇の地位を継いだのとクラーケンが出現したのがほぼ同時期だったのは、結局〝偶然の一致〟だったみたいだ。
※―※―※
お互いの自己紹介が終わった後。
「パン、おいしー!」
「もぐもぐ。おいしい!」
湖の畔に座り満面の笑みでパンを頬張る子どもたちに、優しい眼差しを向ける教皇さん。
「あ、あの子たちが暮らす家は森の中にあるのですが、わ、私がいつもこの時間にここにやって来るのを知っているので、ま、待っていたようです」
教皇さんによると、魔導具の力を最大限発揮するためには月光を十分に浴びせることが必須であり、そのために周囲が暗く上空に遮蔽物が何も無い湖の畔を利用しているとのことだった。
「こ、これは私の手作りの魔導具でして」
「手作り!?」
「は、はい。趣味なんです」
ちなみに、皇都だと夜間も明かりが消えないこともあって十分な月光を魔導具に当てられないことと、魔力が続く限り無限に食べ物を生み出せるという資本主義を破壊する可能性のある魔導具を皇都で使ってバレたらまずいということ、更には独身の自分が自宅に何人も子どもを滞在させていると変な噂が立つ可能性が高いことから、皇都から離れた人気のない場所にある別宅にて子どもたちに生活させていたようだ。
「ひ、左手に嵌めた二つの指輪も、手製の魔導具でして、か、片方は空間転移指輪で、もう片方は結界を張る指輪です」
「真っ赤なベロが飛び出した口に、もう一方は、無数の牙が生えた口……」
「ハッ! なかなか良い趣味してるじゃないか!」
教皇さんは、改めて詳しい経緯を説明した。
「に、二年前に父が病死して、わ、私は教皇の座を受け継ぎました。ま、まだまだ父は元気だと思っていたのに、突然体調を崩して、そのまま……。な、何の準備も出来ていなかった私は、必死に教皇の務めを果たそうとしました。で、ですが、やってみて分かったのです。わ、私には荷が重すぎるということが……」
教皇さんいわく、その仕事は多岐に亘るそうだ。
教会運営、〝光輝教〟を広めるためのミサなどの活動、洗礼、結婚式と葬式の執行、全ての市民を対象とした悩み相談、孤児院設立と運営、教団の組織運営、などなど。
「ち、父も祖父も曾祖父も皆、太陽のような人たちでした。ひ、人の上に立つべくして立った傑物でした。で、でも私はこの通り、喋るのが苦手ですし、人付き合いも得意ではありません……し、しかも、ドジで、ミスしますし……」
心身ともに擦り減らしながら日々大量の仕事に忙殺されていた教皇さんを更に追い詰めたのは、モンスターによる殺戮と拉致だった。
「そ、それまでもモンスターによる被害はありました。し、しかし、二年前からモンスターたちの動きが活発になったのです。い、一番被害に遭うのは、皇都ではなく、小さな村の人々です。じょ、城壁も無く、小さな塀や囲いしかない脆弱さを突かれて、襲われる。そ、その結果、孤児たちが大勢増えました」
両親を殺害、または連れ去られた孤児たちは、親戚など身寄りがいれば、その者たちが世話をする。
だけど、身寄りがない、またはいても養う余裕が無い場合は、孤児院へと送られるのだ。
「た、ただ……あまりにも急激に孤児が増えたことで、う、受け入れ可能人数を超えてしまったのです」
孤児院を新たに建てようにも、時間もお金も掛かる。
また、仮に新しく出来た所で、運営する人員を配置出来なければ、成り立たない。
「そ、そこで、孤児になってしまったけれど、孤児院に入れなかった子たちを、わ、私自身で保護することにしたのです」
教皇さんの話は、初めに想像したものとは全く違っていた。
「では、最初に子どもたちが泣いて嫌がっていたのは、何だったんですか?」
「そ、それは――」
すると、いつの間にか近付いて来ていた女の子が一人、教皇さんの祭服の裾を掴んだ。
「きょーこーさま、むりするから! やめてっていっても、やめてくれないから!」
彼女いわく、教皇さんは仕事に忙殺されてあまり寝ておらず、どんどん痩せていっているらしい。
……ちゃんと食べていないんだな。
きっと、孤児のためにお金を使いたいと、自分の食費も削っているんだ。
涙を浮かべる幼女の頭を、教皇さんは魔導具を持っていない右手で優しく撫でる。
「こ、この〝生み出す君〟は、魔力があればいくらでも食べ物を生み出せます。で、ですから、私は、この子たちに出来るだけたくさんパンをあげたいと思って、い、いつも魔力を最後の最後まで絞り出そうとするんです。む、無理をしているつもりはないのですが、一度目の前で倒れたのがいけなかったですね。そ、それから、みんなすごく心配するようになってしまって」
ようやく、謎が解けた。
『キヒェ~ヒェッヒェ~。ど、どれだけ嫌がっても、や、やめませんよ』
あの発言は、心配して止めようとする子どもたちに対して、自分は絶対に止めないという宣言だったのだ。
不気味な笑い声も、心配しなくとも自分は大丈夫だとアピールするためだったのかもしれない。まぁ、ちょっと個性的過ぎる声だったけど。
「パ、パンは美味しいですか?」
「うん、おいしー!」
幼女が食べかけのパンに再び噛り付く。
「きょーこーさまも、ちゃんとパンたべる?」
「……も、もちろん、後で私も頂きますよ。さ、さぁ、あっちでみんなと一緒に食べておいで」
「はーい!」
笑顔でとてとてと駆けていく彼女に、教皇さんは目を細める。
「わ、私は組織の長なんて柄ではありません。で、ですが、こうやってあの子たちの笑顔を見られるのならば、教皇になって良かったと思うのです」
心の底から幸福そうな教皇さん。
本当に子どもたちのことが大好きなんだな。
だからこそ、僕は思った。
「教皇さんが無理して倒れたら、あの子たちが悲しみますよ?」
「!」
絶対にこの人は、元気でいなきゃ駄目だ。
「し、しかし、あの子たちを守るためには、他に方法が――」
「本当にそうでしょうか?」
僕は、教皇さんに問い掛ける。
「睡眠不足と栄養失調で倒れそうになっている教皇さんですが、原因は何でしょうか?」
「……た、多忙と資金不足です」
その答えに、「僕は専門家じゃないのでよく分からないですけど」と前置きした上で、話を振った。
「ウルムルさん。〝上に立つ者〟である貴族から見て、どうですか? 教皇さんの〝多忙〟って、どうやったら解決出来るでしょうか?」
「そうですわね。まずは、〝教団の方々を信じて、仕事を任せる〟ことから始めてみてはいかがでしょうか?」
「し、仕事を任せる、ですか」
「はい」
ウルムルさんが指を二本立てる。
「組織のトップの仕事は、大きく分けて二つ。目標設定と人集めですわ。『こういうことがしたいんだ!』という組織の明るい未来を示し、それを達成するために必要な人材を集める。最低限それだけ出来れば、組織は回りますわ」
「も、目標設定と、人集め……」
「もしも既にそれが済んでいるのであれば、あとは適材適所に人員を配置、仕事を割り振って、任せる。〝相手を信じて任せる〟、ですわ」
「あ、相手を信じて任せる……」
「教皇さまは、教団の方々の能力を信じていませんの?」
「そ、そんなことはないです! み、皆さん優秀で素晴らしい方々ばかりです!」
「それなら、もっと信頼してお任せしてはいかがでしょうか? もう二度と、倒れて子どもたちを悲しませたりしないために」
「………………」
教皇さんが、子どもたちに視線を向ける。
「……わ、分かりました」
頷いてくれた。
良かった、これで一つ解決。
あとは、もう一つだ。
「次に、資金不足の解決策ですが……まずは、無駄遣いを無くすことが大事だと思います。教団本部って、夜でも滅茶苦茶明るいですが、きっとすごくたくさんの魔導具を使っているでしょうし、相当お金も掛かっているんじゃないですか?」
「は、はい。で、でも、父の代からずっとあのように照らしていまして、ただでさえ教皇の私には輝きが無いのに、ほ、本部の建物まで光を失ってしまったら、皆さんの心が離れていってしまいそうで……」
教皇さんもちゃんと輝きはあるんだけどなぁ。物凄い人格者だし。
まぁ、リーダーシップっていう意味で言うと、確かに弱いのかもしれないけど。
「大丈夫ですよ。建物自体は豪奢なんですから。それに、もし心配なら、十パーセントだけ照明を減らして、一ヶ月様子を見て、ということを繰り返して少しずつ減少させるのも手です。恐らく明かりを十分の一程度にしても、それで目に見えて信者や献金が減ったりすることはないと思いますよ。別に全て無くせと言っている訳ではありませんので」
「な、なるほどですね。す、少しずつなら、試してみても良いかもしれませんね!」
あと他に資金繰りのために出来ること、かぁ。
「あとは……う~ん……」
僕は、仲間たちの顔を見た。
「みんな。僕らがガルティファーソン帝国で貰ったお金を使うというのは、どうでしょうか?」
「良いじゃない! 私は賛成よ!」
マイカさんは明るい声で賛同してくれたけど、そこに待ったが掛かった。
「ハッ! 待ちな! どっかの金持ちがそうやってポンって金出せば、そりゃ一時的に事態は好転するかもしれない。けどね、その後はどうするんだい? あんたら、永遠に金を出し続けられるのかい?」
「うっ」
「そ、それは……」
ウルムルさんが、「これも組織的に収入を得続ける仕組みが必要ですわ。もちろん、今でも結婚式や葬儀などでの献金は頂いているとは思いますけど」と言うと、更に言葉を継いだ。
「まずは皇帝さまに御相談されてはいかがでしょうか?」
「こ、皇帝さまに? でも、私なんかが皇帝さまに相談なんて……」
「何を仰るのですか! 貴方は教皇さま。国どころか世界全体に影響を与え得る人物ですわ!」
「! ……分かりました」
「御理解頂けて幸いです。堂々と皇帝さまに御話を聞いて頂く方が、こんな風にコソコソと行動するよりもよっぽど良いですわ」
生真面目なマイカさんが口を挟む。
「そうよ! 子どもたちのためにっていう気持ちは素晴らしいですけど、やってることは誘拐と同じですからね!」
「ゆ、誘拐ですか!? そ、そんなつもりは――」
そこに、子どもたちがやって来た。
「きょーこーさまは、ゆーかいなんてしてないよ!」
「『パンをあげるからついてきて』っていっただけだよ!」
「それであたしたちはついてきただけなの! だからちがうの!」
……うん、世間ではそれを〝誘拐〟って呼ぶんだよ。
でも、良かった。
これできっと、教皇さんも元気になって、この子たちも町で暮らせるようになるはずだ。
僕がそう思った直後。
「「「「うわああああ!」」」」
「「「「きゃああああ!」」」」
「危ない!」
湖から巨大な触手が出現、頭上から子どもたちに襲い掛かった。
闘気を纏った僕は、間一髪でショートソードで斬り飛ばす。
「これが……」
「クラーケン……!」
水飛沫と共に姿を現したイカは、あまりにも大きかった。
ドラゴンの中で一番大きなパワドラですら小さく見えてしまうであろう巨躯。
「教皇さん、子どもたちを連れて逃げて下さい! 空間転移指輪がありましたよね!」
「わ、分かりました! み、みんな、私の近くに来なさい!」
「「「「「うん!」」」」」
教皇さんが「い、急がなきゃ!」と指輪に触れると、眩い光が放たれて。
放たれて。
放たれ……て……?
「……あの、教皇さん……? なんか僕らと湖を包む大きなドーム状に、光の障壁みたいなのが出来たんですが……」
「ああああ! あ、慌てていたから、間違って結界を張っちゃいましたあああああ! し、しかも、誰も通れない結界をおおおお! こ、これじゃあ、空間転移も出来ませえええええん!」
「何してくれてるんですかああああああああああああ!」
僕たちは、逃げ場を失った。
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