23.【一方勇者パーティーは(5)】
「王都に戻っても、あのババアに嫌味を言われるだけだ。なら、先に進むしかねぇ!」
ズイポ村を後にしたアキラたちは、野営しつつ馬車で三日掛けてガルティファーソン帝国帝都に到着した。
「今度こそ、あのクソガキよりも先に塔を攻略するんだ! このまま北上して南塔に行くぞ!」
息巻くアキラだったが、女性陣の反応は冷ややかだった。
「え~」
「もう疲れた~」
「野営たくさんしたし~」
「ベッドで寝た~い」
殺すぞ、アバズレどもが!
「リーダー!」と、耳元で囁くトモユキの制止によって何とか殺意を押し殺したアキラだったが。
「ガハハハッ! 確かに疲れたな! このタイガも酒が飲みたいところだ!」
「てめぇは黙ってろ!」
仲間からも同様の意見が出て、蟀谷に青筋を立てる。
「リーダー。言いにくいですが、正直ワタシも休みたいです」
「……チッ! しょうがねえな……分かった」
更にトモユキまでも休息派だと分かり、アキラは舌打ちしつつ、不承不承折れたのだった。
「ああもう! クソがッ!」
その晩は、いつも通り酒場で飲んだくれ、荒れた。
※―※―※
翌日の朝。
「がぁっ! 畜生!」
またもや二日酔いになりつつ、何とかまだ朝の内に起きたアキラは、仲間たちと共に冒険者ギルドへ向かった。
「金がねぇと何も始まんねぇからな」
その理由は、金欠だった。
勇者パーティーメンバーは、異世界召喚されたという特別な境遇であるため、ロドリアス王国女王から定期的に最低限の生活費を貰っていた。
週に一回の報告時に渡されるのだ。
だが、こうして他国に遠征している間は、手に入れることが出来ない。
必然的に、自分たちで稼ぐ必要が出てくる。
そこで、冒険者ギルドにてクエストや依頼をこなそうと思ったのだ。
昨晩帝都に泊まり、少し頭を冷やして考えたことで、現在の自分たちの所持金がかなり心許無くなっていることに気付いた。
「面倒くせぇが仕方ねぇ。やってやるか」
この勇者様がやってやるんだ。ありがたく思え。
そう思いながらやって来たのだが。
「クエストも依頼もねぇってどういうことだ!?」
帝都の冒険者ギルドには、クエストや依頼書が全く無かった。
通常、冒険者ギルドには、壁にクエストや依頼書が貼ってあるものだ。
そして、それを剥がして受付に持っていき、受注する形になる。
しかし、このギルドには、壁に何も貼っていない。
南塔攻略に関するものだけでなく、ダンジョン攻略関連のものすら一切無い。
「!」
否、よく見ると、剥がされた跡が残っている。
元々は貼ってあったのだ。それが全て片付けられている。
つまり、本当はあるのに、どこかに隠したのだ。
しかも、恐らくは、つい最近。
「大変申し訳ございません。今現在、クエスト及び依頼に関しては、御紹介出来る案件が一つもございません」
このクソアマが!
淡々と説明する受付嬢が癪に障る。
瞼がピクピクと痙攣する。
「ふざけんじゃねぇよ! 無い訳ねぇだろうが! 出せよ! 俺様は勇者だぞ!」
「ヒッ!」
バンッ!
カウンターを叩きながら怒鳴ると、受付嬢は小さく悲鳴を上げた。
「怒鳴られても困る」
「ギルド長!」
そこに、中年男性がやって来た。
「俺はこの冒険者ギルドの長をやっている者だ。勇者というものは、女性を怒鳴り付けて怖がらせるのが仕事なのか?」
「くっ!」
「俺が冒険者をやっていた頃には、勇者といえば、憧れの対象だったものだがな。千年前に魔王を倒した最賢の勇者と最強の勇者のように」
何なんだこの野郎は!? 威圧感が半端じゃねぇ!
今や俺様はLV63になったってのに!
「無いものは無い。お帰り願おう」
「……チッ! 行くぞ!」
クソ野郎が! 覚えてやがれ!
もっとレベルが上がったら、ぶっ殺してやるからな!
※―※―※
アキラたちは、クエストと依頼のどちらも受けられないまま、毒汚染地域がある北部方面へと馬車を走らせた。
野営を挟みつつ、次の日に南塔へ到着。
仲間たちと共に攻略を開始したが。
「くそっ!」
アキラは、ずっと鬱憤が溜まっていた。
魔王復活と共に出現した塔は、元々ボス部屋以外全て宝箱が無いため(この南塔のボス部屋はまだ見ていないが、恐らくはそうだろう)、攻略のうまみの半分が既に失われた状態だったが、更にクエストや依頼が全く無いことが判明したのだ。
加えて、四人の女性メンバーたちが、彼のストレスに追い打ちを掛ける。
「重いのイヤ~」
「持ちたくな~い」
「かさばるのもイヤ~」
「汚いのもイヤ~」
クソビッチどもが!
彼女たちは、倒したモンスターの部位の中で、金になりそうな角や牙などを一切持とうとしない。
せっかく高値で売れるA級モンスターの部位なのに。
アキラたちも、リュウが召喚するドラゴンという荷物持ちがいない中で、自分たちで荷物を運ばねばならず、加えて、十分な水や食料、それにポーションなども入れてあるため、それほど革袋に空きは無く、更に、重さもだが、かさ張るのも、モンスターとの戦闘を第一に考えなければならない彼らとしては避けたいところだ。
その結果、部位をあまり持ち帰れず、なお且つ以前に比べて二人増えて七人になったせいで、一人当たりの取り分が減っている。
更に言うと、B級ダンジョンと違ってA級の塔はモンスターが強くて、傷を負う可能性も高く、付け加えて、万が一毒や呪いに侵された時のことを考えて魔力を残しておかなければならない治癒師に、魔力切れするまで回復魔法を使えと言う訳にもいかない。
そのため、ポーションも大量に消費するし、防具も傷が絶えず、修理しなければならないしで、常に金欠となっていた。
「ぜぇ、ぜぇ、ぜぇ、ぜぇ……。倒したぞ!」
最上階にあるボス部屋には、トロールが五匹出現した。
肥満体だがオークとは比べ物にならないほどの巨躯を誇るモンスターで、棍棒の一撃をまともに食らえば即死は免れない相手だ。
「確かに厄介な相手でしたが、ボスなのに同じA級なんですね」
「んなことは別に良いんだよ。強過ぎるよりかは弱い方がマシだろうが」
「それはそうですが……」
何やら思考しているトモユキは放っておいて、最奥部にある宝箱を開ける。
「ハイポーションだぁ!? ショボすぎだろうが! ふざけんな!」
でもまぁ、これでやっと、あのクソガキよりも先に攻略出来たぜ!
ざまぁ見やがれ!
ボロボロになりながらも何とか目標達成したアキラたちは、魔法陣で南塔の入口まで戻り、休む間もなく馬車で東へ。
三日後、彼らは毒汚染地域の東側にあるファーリップ皇国皇都シントルーズに到着した。
流石のアキラも疲労困憊で、この日は宿で泥のように眠った。
※―※―※
「よく来たな、勇者たちよ」
翌日、アキラたちは、ファーリップ皇国皇帝に謁見した。
金が無い彼は、まずは当然この国でも冒険者ギルドに足を運んだのだが、あろうことか、ここでもクエストと依頼が全て壁から撤去されていたからだ。
ブチ切れそうになりながらも、トモユキに宥められて何とか堪えた彼は、商業ギルドに行きA級モンスターの牙や角を換金した後、「こうなったら国の天辺から貰うしかねぇだろ!」と、皇帝に謁見することにしたのだ。
アキラは、東塔並びにダンジョン攻略に関しては、ギルドどころか国ぐるみで自分たちに対する報酬を出し惜しみしている可能性を考慮して、違う角度から攻めることにした。
「東塔攻略前に、もし宜しければ、クラーケン退治をさせて頂けないでしょうか?」
魔王が復活した二年前から出没するようになったクラーケンがファーリップ皇国の悩みの種であるという話は、他国でも有名だった。
領土の東側が海であるこの国では、漁業が盛んなのだが、クラーケンが出現するようになったため、多大な影響が出ているのだ。
「ほう、クラーケンを。流石は勇者。して、勝算はあるのか?」
「もちろんです。お任せください」
片膝をつきながら、アキラは問い掛ける。
「ちなみに、報酬はどのくらい頂けますでしょうか?」
「勇者が報酬を気にするのか?」
「御言葉ですが、勇者とて人間。お金が無ければ、食べていけませんので」
「一理あるな。危険な任務故、それ相応の褒賞を約束しよう」
具体的な金額は言わねぇのかよ、くそが!
「では、事前にいくらか頂けないでしょうか?」
「前金を欲するのか?」
「はい、遠征に先立ち、準備等もありますので」
皇帝から何かしらの指示を受けた宰相が、革袋を持って来て、「どうぞお納め下さい」と、アキラに手渡す。
袋を開けて確認すると、そこには金貨があったのだが。
たった十枚ぽっちだぁ!?
ふざけんなよこの野郎!
「それで良いか?」
プルプルと震え、頬を引き攣らせながら、アキラは頭を下げた。
「……はい。ありがとうございます」
※―※―※
「あのクソ野郎! 足元見やがって!」
アキラたちは、一日掛けて、ファーリップ皇国東端にある湖へと馬車を走らせた。
毒汚染地域とは正反対の方向だ。
まず辿り着いたのは、鬱蒼と生い茂った森だった。
馬車で行けるのはここまでで、ここからは歩いて進む事となる。
「チッ! 夜に森の中とか、歩きにくくてしょうがねぇ」
しばらく歩くと。
「あれ、何でしょうか? 左手に小さな小屋みたいなのが見えませんか?」
「小屋? んなの知らねぇよ。ほっとけ」
よく分からないことをほざくトモユキに苛立ちながら、先へ。
「はぁ、はぁ、はぁ……ここか」
ようやく森を抜けて、湖へと到着した。
湖とは言うものの、正確には〝海から繋がっている入り江の根本〟だ。
それ故、海のモンスターであるクラーケンが、時折ここまでやって来るということだった。
奴がここに現れる時間帯は、決まって夜。
だから、わざわざ夜にやってきたのだ。
湖に近付き水面を見つめていると、女性陣が怯えた声を上げる。
「本当に大丈夫なの?」
「めっちゃでかいって聞いたよ!」
「目撃した人によると、『あんな大きなモンスターは見たことない』って!」
「『山が動いてるみたいだった』って!」
本当に俺様を苛立たせることしか言わねぇ雌豚どもだな!
アキラは振り返って、声を荒らげた。
「そういうのは全部嘘に決まってるだろうが! 以前このパーティーにいたクソガキも、ドラゴンとかいうただのトカゲを最強モンスターとか言ってやがったが、世の中にはそういう嘘つきがいるんだよ!」
「じゃあ、そんなに大きくないってこと?」
「そうだ! 南塔で、トロールを五匹も倒しただろうが! モンスターの大きさってのは、あれがマックスなんだよ!」
「本当に?」
「ったりめぇだろうが! あれ以上でかいのがいてたまるか!」
苛々するアキラの肩を、誰かがチョンチョンとつつく。
「ウゼーな! ビビらなくても大丈夫だって言ってんだろうが!」
振り返らずに叫ぶと、またチョンチョンとつつかれた。
「ウザいっつってんだろうが! 何度もつついてんじゃねぇ!」
ヌルッ
え? ヌルッ?
反射的に掴んだその手は、何かの粘液で覆われて、ヌメヌメしていた。
否、それは手ではなく。
「「「うわああああああ!」」」
「「「「きゃああああああ!」」」」
クラーケンの触手だった。
いつの間にか湖に現れたそれは、巨大な――あまりにも巨大なイカのモンスターだった。
トロールやゴーレム、ゴブリンキングなども十分巨体なのだが、彼らですら比較にならない程の巨躯を誇るそれは、まるで湖そのものが化物の姿を成して襲い掛かって来るようだ。
「ぶぐばっ!」
「ごぼっ!」
「へがっ!」
慌てて聖剣・大剣・弓矢で攻撃を仕掛けるアキラ、タイガ、そしてトモユキだったが、触手に吹っ飛ばされる。
「「「「きゃああああああ!」」」」
女性メンバーは、皆悲鳴を上げながら森の中へと逃げた。
それぞれ別の木にぶつかり吐血したアキラたち三人は、這いずりながら逃走する。
「……待て……女ども……!」
しかし、女性たちは全員、既に遠くに走り去ってしまって。
「……くそ…が……あああ……!」
「……ぐっ! ……何故……この……タイガ……が……こんな……目に……!」
「……誰か……ワタシに……回復……魔法……を……!」
アキラたちは、まるで虫のようにズリズリと森の中を這い続けた。
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