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15.「毒のせいで全身が紫色の村人たちが避難しない理由」

 時間は少し遡って。


 上に人間たちを乗せているがために、最大速度からはかなり遅いスピードで、でも馬車の三倍の速度で移動してくれたスピドラのおかげで、僕らは街道を通って毒汚染地域近くまでかなり早く到達できた。


「あれですね!」

「ハッ! 見るからに、って感じだな!」


 広大な土地が紫色で、コポコポとあちらこちらで気泡が破裂している。

 温度が高いのか、湯気も出ている。

 左手――少し北側には、巨大な塔も見える。あれが二年前に出現した魔王軍の塔の一つだろう。 


「リュウさま……わたくし怖いですわ……!」

「どさくさに紛れて抱き着いてるんじゃないわよ! あとリュウ君を尻尾でさわさわするんじゃないの!」

「リュウさま、わたくしの尻尾は気持ち良いですか?」

「うん!」

「リュウ君!? ああもう! 良いからウルムルさんは離れて!」

「そんなことより、毒対策は宜しいんですの?」

「話を逸らしたわね……言われなくても今やるわ! 『プロテクト』!」


 防御魔法の光が、全員を包む。

 

 更に、どれだけ効果があるかは分からないが、僕らは念のために予め用意しておいた布で鼻と口元を覆った。


「それにしても、魔王の力って、本当に凄まじいわね……」


 毒汚染地域は、千年前、当時の勇者によって魔王が倒される直前に、最後の力で発動したものと言われている。


 直径二十キロの円内部が完全に毒で汚染されただけでなく、じわじわと汚染を広げる効果が付与されている。


 具体的には、全方位に向かって一年で十メートル広がるのだ。

 千年経っているので、十キロほど各国へと侵食した計算となる。


 どんな高レベルの治癒師でもこの毒の侵食を止めることが出来ず、四ヶ国の領土を少しずつ侵していった。


 他の三ヶ国では、毒汚染地域近くにあった村や町からは既に全員が避難しており、僕らの国のズイポ村が最後らしい。


「見えて来ました! 塔の前に、まずは村に行きましょう!」


 木の柵で覆われた小さな村へと、僕たちは向かう。

 仲間と共にスピドラから降りた僕は、礼を言って姿を消してもらった。


 東側の木柵は既に毒にやられて、ドロドロに溶けている。

 そんな村の入口には見張りの男性がいた。


「こんにちは! 僕たちは〝ドラゴンの偉大さ(ドラゴングレイトネス)〟というパーティーで、僕が代表者のリュウです! 王都から依頼を受けてやってきました!」

「王都から? ああ、なるほどな」


 事情を話すと中に入らせてくれた。


 素朴な木造建築を左右に見つつ、村人に話し掛けると、村の中心部にある広場前で待つようにと言われた。


 少ししてそこに現れたのは、初老の男性だった。


「ワシが村長です。リュウさん、お仲間の皆さん、よくぞお越し下さった」


 にこやかな彼は、僕らが王都から来た冒険者で、王都への退避勧告を伝えに来たと告げると、態度を一変させた。


「ワシらは絶対にここを立ち退かんからな!」


 村長さんたちは、頑なに拒んだ。


「でも、大丈夫ですか? 皆さん、全身が〝紫色〟なんですけど……」

「放っておいてくれ! ワシらはみんな、生まれつきこうなんだ!」

「ハッ! そんな種族、聞いたことないよ!」


 村人たちは皆、老若男女を問わず、身体中が紫色に変色している。


 そして、「生来こうだ」「ちょっと日焼けしただけだ」「青褪めるのが趣味なんだ」と、よく分からない理由付けをして、決して避難しようとはしない。


 明らかに毒が身体を冒しているのだから、このままだと命に係わる。


「困ったわ。どうしたら納得してくれるのかしら?」

「絶対に説得してみせます! 最悪、ドラゴンを召喚して強引に皆さんを王都に連れて行きます!」

「流石はリュウさま! 目から鱗ですわ!」

「あんたら本気かい? あたいも常識をぶっ壊すのは好きだけど、それはそれでまた新たな問題を生む未来しか見えないんだけど……」


 もちろん、納得してもらった上で、というのが一番だ。

 そのためにも、大切なのは誠意だ!


「故郷を離れたくない気持ちは分かりますが、このままだと――」

「いや、そんなんじゃない」

「へ!?」


 村長さんは、胸を張ってドヤ顔をした。


「毒の近くじゃないと、商売で〝ぼろ儲け〟出来ないからだ!」


 商売!? ぼろ儲け!?


 と、そこへ。


「やっと着いたわ!」

「長かったな!」

「ここがあの〝毒村〟か!」


 〝毒村〟!?


 旅人らしき三人組の男女がやって来た。


「お! 噂通り、本当に村人が全員紫色の肌してる!」


 なんか喜んでる!


「旅の方々、どうでしょう? お昼ご飯に〝ポイズンランチ〟はいかがでしょうか?」


 〝ポイズンランチ〟!?


「良いじゃない!」

「丁度腹減ってたんだよ!」

「いやぁ~、楽しみだ!」


 小さなレストランへと入っていく彼らを見ていると、ふと、レストランの外にある立札のメニューが目に入った。


「〝ポイズンランチ〟、一人前で金貨一枚!?」

「十万円じゃない!」


 毒々しい見た目のランチセットの絵と共に書かれた値段は、目玉が飛び出る程高かった。


 この異世界の貨幣は、銅貨・大銅貨・銀貨・大銀貨・金貨があり、それぞれ、十円、百円、千円、一万円、十万円に相当する。


 物価が安いこともあり、王都で食事をする際に金貨なんて使ったことは一度もない。

 それどころか、大銅貨数枚を用意すれば事足りる。


「もしかして……!?」


 周囲の家々をよく見ると、全ての家に看板があり、〝土産〟〝お菓子〟〝ドリンク〟などが売っている。毒のイメージと合わせて紫や灰色、黒などの暗い色の看板だったので、先程は店だと気付かなかったようだ。


 各店舗の商品は、ポイズンクッキー、ポイズンブレッド、ポイズンワッフル、ポイズンティー、ポイズンジュース、ポイズン酒などなど。


 最低価格は大銀貨一枚だ。

 つまり、一万円を下回る商品はこの村にはない。


「まさかとは思うのですが、本物の毒が入っていたりは……」

「大切なお客様に対して、ワシらがそんなことする訳ないだろう!」

「いや、あんたその紫色の顔で言われてもな、説得力が……」


 そんなやり取りをしている間にも、また新たな旅人がやって来た。


 世界で唯一の希少体験が出来る場所ならば、遠路はるばるやって来るし、財布の紐も緩くなる。


 どうやら、ズイポ村は、〝毒汚染地域から最も近い場所にある村〟という地理的特性を存分に活かした商売を行って生計を立てる、商魂たくましい村落だったようだ。


「リュウ君、どうしよう? 解毒魔法を掛けようとしても、みんな、『そんなことしたら、肌が紫色じゃなくなっちゃうだろうが!』って、掛けさせてくれないし……」

「う~ん、そうですね……」


 腕組みをして首を傾げて考えていた僕の脳裏に、あるアイデアが閃いた。


 そういや、先日レベルアップした時に……!

 これなら、いけるかも!


「村長さん! みんなが納得出来る解決策を思い付きました!」

「ほう。何だそれは?」

「ちなみに、それを行うと、〝この場所から村が消える〟んですが、良いですか?」

「!?」

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