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01

異世界恋愛作家部、永雨先生企画【#愛が重いヒーロー企画】の参加作品です(永雨先生イベント企画お疲れ様です!)

サブタグは【#尽くしたいヒーロー】です。


亀並み更新なので企画期間中に完結出来ないかもしれませんが、チョビチョビ進めてまいります(土下座)


「手紙?」


 邸の者は勿論、使用人すら滅多に寄り付かない、フロレイン伯爵家の領地に存在する別邸がある。雑木林、否、それを通り越して森と称した方がしっくり来るような、鬱々と茂る、黒々とした木々の間を抜けて辿り着くこの場所に、アメーリア・フロレインは住んでいる。

そんな忘れ去られたような場所に、珍しく本邸から使用人が訪れて、彼女は大きな瞳を瞬いた。


「当主様からだ」


 捲し立てるように短く、そして早口でそれだけ言い切ると、使用人は逃げる様に走って引き返して行った。

 残ったのは、押し付けるように渡され、受け取る前に手が離れたせいで地面に落ちた、一通の手紙のみ。

 アメーリアは溜め息を吐きながらそれを拾うと、邸の中に戻って行った。


「どうせ碌でもない内容でしょうけど」


 デスクに常備されているペーパーカッタ―で封を切り、数枚の便箋を取り出す。ズラリと綴られる角張った文字を目で追うが、自身の目がどんどん据わっていくのを止められなかった。


(碌でもないと想像はしていたけど……)


 忍耐で読み切ったのは良いものの、綴られる嫌味の数々に呆れ返る。

 手紙の差出人である伯爵――コンスタン・フロレインは、アメーリアの実父である。

その父とは十年前を最後に会っていない。彼は王都から離れることがないし、アメーリアも領地の隅っこから出ることが許されていない。

当時五つの幼子であった彼女からすれば、顔も覚えていない書類上の父親という相手。同時に、向こうからすれば自分は不幸の種で厄介者という認識しかないだろう。それくらいアメーリアも理解している。

そんな希薄な関係の相手に、よくもまぁペンを持って紙を無駄にしつつ、本邸の者が寄り付かない別邸に住む相手に罵詈雑言を吐けるなと、妙な感心をしてしまった。


「“王都に戻り学園の淑女科に通い、婚約者と交流しつつ可愛い妹に紹介して仲を取り持ち、学園生活の面倒を見ろ”ねぇ」


 アメーリアは困ったように小首を傾げた。

 彼女は今年の秋で一六才となる。同時に、この国では希少な魔力持ちでもあるため、学園に通うことは義務であり決まり事であった。

だからその内、学園に向かうよう命令されるだろうとは思ってはいたが、まさか顔も知らない義妹に、顔も名前も知らない婚約者を譲れなどと、そんな非常識を命令されるのは予想外であった。

(婚約者殿には悪いけれど、会いに来ない、手紙もない、顔も名前も年齢すら知らない人なんだもの。どうぞ勝手に持って行ってほしいわ)


 アメーリアは学ぶことが好きだ。だから学園に通うこと自体に嫌悪感はない。だが顔も知らない義妹が通う淑女科を取ることと、いつの間にか出来ていた婚約者と会わなければならないことが苦痛なだけだ。


(本当に名前だけの存在だから、思い入れも何もないのだけれど……)


 義妹とは、一度も会ったことがない。アメーリアの母・グローリアが急死するとともに王都の邸から追い出されたため、義母となった者にも、義妹なる者にも会ったことがなかった。

 きっと、呪われるとでも思ったのだろう。魔力持ちは神からの贈り物と特別視される反面、得体の知れない者という偏見を持たれている。だから鉢合わせにならないようにしたのだろうと、アメーリアは魔力持ちについて学んだ際にそう考えた。実際、そこまで外れていないだろう。手紙にも“この魔女が”と度々書かれていのが証拠である。

 そんな、正妻が亡くなって早々に愛人と娘を引き入れた男が溺愛する娘だ。関わりたくない、顔もこのまま知らないままでいたい相手であることには間違いない。とても面倒だと、アメーリアはげんなりした。


(私は、魔法科に進みたいのだけど……エタンさんもいるし)


 エタンことイーサン・ローレルは、アメーリアにとって特別な人である。

良き友人であり、兄のようであり、また生活の手助けをしてくれる恩人であり、そして淡い恋心を抱く相手だ。

 彼との出会いは、アメーリアがこっそりと働いている、街の飲食店【ガンコ鍋亭】であった。

 イーサンは学園の魔法科に通っている。魔法科では魔法古語の解読や、各地に存在する遺跡の探索を行いつつ、自分の特性に合った魔法を学んでいるのだという。

最も、イーサンはそれ以前……それも一桁の年齢の頃から活動をしているのだが。

 アメーリアと初めて会ったその日。彼がアメーリアの住む領地の遺跡に探索をしに来て、その帰りにガンコ鍋亭に寄ったのだった。

 閑話休題。そんな彼から、学園での生活は聞いていた。学ぶことが好きなアメーリアにとって、イーサンが在籍している魔法科は憧れの場所でしかなかった。

 魔力がある者は必ず通うことが国の決まりだと云われていた。だからその内自分も通うことになるのだろうと期待を膨らませていたが、指示されたのは淑女科。楽しみに水を差されたと、アメーリアの気分は急降下してしまった。


「どう思います? エタンさん」


 アメーリアはソファに座りこちらを窺っていたイーサンに手紙を差し出した。


「読んでも良いの?」

「むしろ読んでほしいです」

「そんなにか。カーターは、先程のアメーリアが云った内容以外に、何があると思う?」


 イーサンは苦笑を零しつつ手紙を受け取ると便箋を広げながら、もう一つ存在するデスクに座り、アメーリアが解いた問題を採点している従者のカーターに声をかけた。


「そうですねぇ……義妹様のためにテストを代わりに受けろ、なんて言いそうですね。それにしても、ここの邸の者たちは本当に良い仕事をしてくれますね。学びの邪魔をしない良い従者です」

「相変わらず辛辣だな。手紙は本当に書いていそうで否定できないのが恐ろしいな」


 席を立ち、イーサンの下までカーターが移動してきたのを確認すると、イーサンは手紙を読み始めた。


 伯爵家の別邸とされるアメーリアの住まいは、広大な敷地の端に存在し、本邸から大分離れている。一応同じ敷地内にあるため、本来は離れと呼ばれるのが正しいのだろうが、あまりにも距離があるために別邸と呼ばれていた。

既に説明した通り、雑木林というよりもはや森と言った方が正しいような木々に囲われているため、本邸の賑やかな音どころか雑音一つ入ってこない。聞こえてくるのは、風が木々を撫で、カサカサと葉音を奏でる音や、鳥や獣の鳴く声のみ。まるで隔離されたような空間であるが故に、本邸の人間は主人も含めて誰も近寄りたがらない。そのお陰でイーサンやカーターを招くことが可能なので、アメーリアからすれば有難いことではあった。

 勿論、始めから居心地が良かった訳ではない。押し込められた当初は生活に必要な物など何もなく、明かり一つも準備などされていなかった。唯一ベッドと毛布、それからタオル類は古くても保管されていたので助かったが、それだけだ。寒くて寂しくて最悪だった。

 けれど、こうしてイーサンたちが訪れるようになり、また彼らからの贈り物で部屋の中が思い出に溢れ、今ではすっかり憩いの場となっている。勉強も誰かに邪魔されることもないし、街に行くのも自由だ。その場所にズカズカと入ってくる相手がいなくて、今となっては邸の周囲の陰鬱とした雰囲気ですら有難かった。


「どうですか?」

「あのクソじじい」

「え??」

「なんでもないですよ、アメーリア様。主のいつもの暴言です」

「主をフォローする振りをして突き放すのは止せ」


 綺麗な顔に似合わない台詞が飛び出してきたけれど、イーサンは何事もなかったかのようにカーターに複写を指示して、彼に手紙を手渡した。何をする気なのだろう、とは言わない。見て見ぬ振りも必要なのである。


「それで、どうでしょうか?」

「大丈夫! こんなの従う価値もないよ」


 いつもの柔らかな笑みを浮かべながら、イーサンはカップを持って紅茶を一口飲んだ。

 その洗礼された飲み方が、アメーリアは好きだった。


「何度も言うけれど、魔力がある者が入学して魔法科に進むことを義務としているのは、それだけ魔力持ちが国にとって貴重だということなんだ。だから誰が何と言おうと他の学科に入ることはないよ」


 この国の魔法士が手厚く保護されているのには理由がある。

 その昔、魔法士と魔獣は戦争の道具として扱われていた。戦争が長引き過激化すればするほど、魔法士も魔獣も数を減らし、ついに三分の一にまで激減してしまった。

 焦った国は、魔力持ちを増やそうと人体実験を試みた。

 魔法士同士で番わせるだけでなく、強靭な肉体を持つ魔獣との掛け合わせが行われた。だが当然それで数が増えることもなく、実験は次々と過激なものへと変化していった。

中でも、魔力結晶剤という薬が開発された後は、もはや生き物として扱われる事すらなくなっていた。

魔力結晶剤とは、魔力持ちに投与すると体内で魔力が滞り、やがて行き場を無くした魔力が結晶化しだし、ついには身体そのものが魔力を持つ結晶となる薬だ。

その結晶に宿る魔力は魔法士が持っていた魔力量と同じ。欠片になればその分魔力量は減るものの、それは逆に魔力なしが扱うには丁度いい量であった。


そう……魔力持ちを結晶化させて、その結晶を武器や防具に埋め込んで、魔力なしでも魔法を扱えるようにしようとしたのだ。


 この非道な行いは数年続いた。まるで家畜同然であった魔力持ちは、ついにそれ以下の存在と成り果ててしまった。

 いよいよ生まれたばかりの赤子まで結晶化されそうになった時だった。この国が信仰する、ポラズモス教の“増殖”を司る、プラシア神が現れた。

 神は怒りに震えていた。無理もない。魔力はこのプラシア神が人間に授けた贈り物であり、加護でもあった。決して戦争の道具にするためでなく、生活を豊かにするためのもの。だというのに、人間はその力を利用して血を流すことしかしていないのだから。

 神は魔力持ちを神の国へと連れて行ってしまった。残された人間は瞬く間に困窮していき、戦にも敗れた。

 その後、王家の血統が替わり国も在り方が変わると、徐々に魔力持ちの人間が生まれて来るようになった。だがしかし神の怒りそのものは収まっておらず、その証拠に、魔力持ちの人数は極端に増えることはなかった。

 そんな経緯があるため、魔法士は学園に通い力を身に着け覚えると、国に直接保護されて争いとは無縁の場所で働くこととなっている。


「気になるなら、学園長や魔法科長、王家の方にも伝えてもらおうか」

「凄い権力の暴力。でも可能なんですか?」

「こういう時のために準備してきたからね」


 イーサンは一体どれくらい地位の高い人なのかと、こういう話をする度にアメーリアは一抹の不安を覚える。

学園長や学科の長ならまだしも、王家など、そんな簡単に接触出来る相手ではない。貴族令嬢として外に出たことのないアメーリアでも分かることだ。

そんな相手にホイホイ会えてしまうイーサンは、一体全体何者なのだろう? もしやとんでもない相手に気軽に接してしまっているのでは? と、額に汗が浮かぶ。けれど頼れる相手がイーサンしかいない今、平穏な学園生活を送るためにも、背に腹は代えられなかった。


「じゃあ、お願いします。何から何まで世話になりっぱなしで、本当にすみません」


 恥ずかしさと、何も返せていない状況にか細い声が出た。

自分は本当に何も出来ない令嬢なのだと思い知る。けれどイーサンは「僕がしてあげたくてしているだけだから」と、優しい笑みを向けてくれる。それがまたアメーリアの心をキュッと締め付けた。


「イーサン様。それでは真面目なアメーリア様の心労が積もるばかりですよ」


 見かねたように間に入ってきたのはカーターだった。今のカーターの言葉はアメーリアの心情を完全に表しており、天の助けとばかりに彼女はコクコクと何度も頷いた。


「そう、そうです! 何かお礼がしたいです!」


 アメーリアに出来ることは少ない。生活スケジュールをガチガチに縛られている貴族令嬢よりも少ないだろう。それでも、貰ってばかりはどうしても気になってしまう。

 何か自分に返せることがあればと思い至っての申し出だったが、それでもイーサンは「そんなに気負わなくても大丈夫だよ」と答えた。


「本当に気にしなくて良いのに」

「そうはいきませんよ。貰ってばかりはダメだって、メアリーさんも云っていますし」


 メアリーとは、アメーリアが邸から逃げ出した際に保護してくれた、今では仕事まで与えてくれるガンコ鍋亭の奥方だ。余談だが、彼女には夫であり店主のザイと、今年二一才になった娘であり跡取りのメリーが居る。

 メアリーはアメーリアに口酸っぱく言い聞かせてくるものがある。それは『恩を返し、借りを返し、仇も返せ』だ。


『貰うのは良いわ。押し付けられるのも仕方ない。けれどそのままにしてはダメよ。不義理も理不尽も、返さずにいればそのまま自分に蓄積されていくし、恩も返さなければいつか仇になって返ってくるわ』


 だからちゃんと返すのだと、メアリーはアメーリアだけでなくメリーにも言い聞かせていた。その時のザイの表情が少し硬くなるので、過去に何かあったのは察してしまったが、ともかくメアリーの持論は最もだとアメーリアも納得している。

 実際、親から不当に押し付けられている理不尽を返していないせいで、貴族令嬢、それも伯爵令嬢にも関わらず、平民と同じ生活をしている。逆にメアリーたちからの恩恵に対して労働で返していることで、食事には困らないし、僅かだが給料ももらえている。身をもって知っているからこそ、イーサンに返さなければと焦っていた。


「僕は本当に、リアと一緒に居るだけで良いんだけど」

「そんな人タラシみたいな事云ってもダメですよ」

「本心なのに」

「ちゃんと返したいので教えてください」


 のらりくらりと躱そうとする彼に、今回ばかりは必死にしがみついた。

 貴族の坊ちゃんだって、無限に資産があるわけではない。それなのに惜しみなく日々の助けをしてくれる彼に、メアリーの教訓がなくとも何かしら返したいのは本心だった。


「イーサン様、受け取っておけば良いではないですか」

「本当に一緒に居られればそれで良いのに」

「彼女の気が済まないでしょう。受け入れる懐の深さもまた必要ですよ」

「そ、そうです! 私の気持ち、受け取ってほしいんです!」


 カーターの援護に再び便乗する。まるで押し売りのようになってしまったが、貰ってばかりの関係をいよいよ卒業できるチャンスなのだ。学園に入る前に、少しでも与え与えられる関係になりたかった。


「……じゃあ、学園に通うようになったら、色々付き合ってよ」

「い、色々?」

「そう、色々。一緒に昼食を摂ったり、課題を熟したり、学園の行事に参加したり、研究も一緒にしたい」

「そんなもので良いんですか?」


 アメーリアは困惑した。それはアメーリアにとって得なものばかりで、イーサンには何の見返りにもならない。


「カーターさん、本当に良いんでしょうか……」

「アメーリア様、主のその願いは本当に本心なので、どうか否定しないであげてください。あの方は本当にアメーリア様と過ごす生活を望んでおられます。それも何年も前から」

「余計な事を云うんじゃない」

「事実でございましょう? 本当に鍋底にこびり付いた焦げみたいに頑固でしつこいことで」


(本当に仲良しだなぁ……)


 二人のやり取りを眺めながら、そう思う。その従者と主の関係を超えた二人に、アメーリアの心が僅かな嫉妬心でチクリと傷んだ。

 イーサンとの出会いは、同時にカーターとの出会いでもあった。彼らはアメーリアが働く飲食店でも言い合い、信頼関係を醸し出していた。

 それだけ長い年月を共にしてきたのだろう。聞けばカーターはイーサンの家に代々仕える家の次男なのだという。それはもう生まれた時から一緒に居たということで、仲が良いのも納得である。顔も知らない義妹しかいないので、余計にそう思えた。


「お前後で覚えてろよ……兎に角、本当にそれが僕の願いであり望みだから。だから無事に学園に来てくれればそれで良いんだよ」


 どうしてそんなに優しくしてくれるのだろう。もしかしたら、妹のように思われているのかもしれない。ペットでないだけマシだけど。


「じゃあ、学園に行ったら、いっぱい思い出作りましょうね!」


 学園では、先輩後輩の関係になる。きっと爵位も重要視されるだろう。それでも、今の関係を無くすつもりはないと云ってもらえたようで、アメーリアは今日一番の笑みを浮かべた。


「うっ、おっ」

「え? エタンさん!?」

「気にしないでください。ただのしょうもない発作なので」

「発作なのに!?」


 何故か苦しみ出したイーサンの背をさすりながら、待っている学園生活に胸を高鳴らせた。





「随分なことをしようとしてくれましたね、伯爵」


 イーサンの目の前には、怯えた表情を隠しもしない伯爵家当主――コンスタン・フロレインの姿があった。

 イーサンとカーターはアメーリアの下を後にすると、そのまま移転魔法で学園に向かい、アメーリアが受け取った伯爵の手紙の複写を見せつつ、アメーリアの入学手続きがどうなっているのかを確認した。

 その結果、手紙の通りにアメーリアは淑女科に申請書が提出されていた。同時に不可解なことに、義妹であるキャメルの名が何故か魔法科にあったのだった。


『予想はしておりましたが……義妹の面倒を見ろというのは“入れ替わって生活をしろ”ということだったんですね。おまけに、まだイーサン様のことを諦めていないようですし』

『本当に迷惑な話だな』


 婚約者との仲を取り持てというのも、入れ替わって邪魔をするなという意味だった。アメーリアは手紙の通りの意味で捉えたらしが、イーサンとカーターはその裏の意味を理解していた。イーサンの暴言もそのせいであった。


「魔法科長だけでなく学園長にも確認したところ、どうやら担当した事務員が賄賂を受け取って不正を行ったという事でした。いやぁ~、気づけて良かったですねぇ」


 にっこりと微笑んでやれば、益々顔色を悪くさせて視線を下げた。なら何故こんな愚行を犯すのか。義妹だって魔力がないのに、一体どうやって学び生活するのかと、イーサンは不思議でならなかった。


「僕だけでなくうちの父も忠告した筈ですよ。アメーリアは必ず魔法科に入れるようにと」


 先程の人当たりの良い笑顔は鳴りを潜め、相手を威圧する笑みを浮かべる。青白い色を浮かべて目も合わせないコンスタンに、改めて平坦な声音で詰めた。

アメーリアに見せることはなかったが、実はかなり激怒していた。クソじじい発言も、ついうっかり声に出してしまっただけで、割と本心である。


「それは……あれにはそんな力など無いもので」

「ありますよ。しかも保持魔力に関しては僕よりも多い。流石、元伯爵夫人、大魔法士グローリア様のご息女だ」


 グローリアとは、アメーリアの生みの母親であり、コンスタンの前妻であり、数々の魔法古語の解読に成功した偉大な魔法士だ。

 グローリアは学園に入る前から魔法士の能力を見せており、入学後は魔法科で魔法古語の解読に勤しみ、幾つかの失われた薬草学や魔法などを復元した功績を持つ才女であった。


「そんな昔の話っ。う、うちにはあれの素晴らしい妹がおります!」

「あれが? アメーリアの代わりにでもなると? 魔力もない、魔力がなければ魔法古語も読めない。魔力がない代わりに他を学ぶのかと思えば学ぶ気もない。令嬢として外に出すのも恥ずかしい娘ではないか?」


 少し調べればわかることだ。

 アメーリアの義妹であるキャメルは、子どもがそのまま大きくなったような娘であった。

 貴族になったのだからと、我儘を咎めて学ばせなければならなかった。少なくとも淑女の常識くらいは身に着けさせるべきだったにも関わらず、貴族になったばかりだからと甘やかし続けたせいで、同じように途中から貴族令嬢となった者よりも出来が悪い。

 だからこそ淑女科にアメーリアを入れて代わりにさせようとしたのだろうが、そもそも魔力がない時点で魔法科には入れないのだが、本当に何故そんなことをしたのかと、ただただ不思議でならなかった。


「言葉が過ぎますぞ!」


 娘が馬鹿にされたと、顔を真っ赤にして睨みを利かせてきた。侮辱されて怒るだけの愛情はあるらしい。もっとも、同じ娘である筈のアメーリアのことは“あれ”扱いだが。そこもイーサンは面白くなかった。


「事実でしょう。実際貴族、それも高位貴族の間では有名になっている。先日も公爵家に婿入りをする伯爵家の令息に付き纏いを働いて、公爵家から怒りを買っていたではないか」

「そ、それは知らなかったからで」

「そんな言い訳が通用するとでも? この国の貴族であれば、たとえ子どもであろうとも知って覚えておかなければならない事ばかりだ」


 貴族は繋がりを重視する。派閥は違っても他の関係で繋がっていることだって多々ある。それに貴族の戦いは情報戦がメインだ。貴族名簿の相関図だけでなく、特産物や流行りの情報は頭に叩き込んで武器として扱えるようにならなければ生きていけない。それすら出来ないキャメルがアメーリアの代わりになれると本気で思っているコンスタンに、イーサンは憤怒の炎を燃やしていた。


「爵位も継げない若造がっ」

「お言葉だが、僕は祖父が持っている伯爵の地位を受け継ぐことになっている。それに加え、今までの功績の褒美で卒業後は昇爵することが決定している」


 それもこれも、全てはアメーリアのため。アメーリアとの婚姻のために築いてきたものだ。伯爵を継ぐことも、祖父にしっかり認められて受け継ぐことが出来たのだ。


「忘れるな、伯爵。僕が望むのはアメーリア・フロレインただ一人だ」


 十年前から、変わらない熱だった。



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