8.花祭りに行く
ここミラディア帝国には魔法薬に必要な材料の一つ、魔法花と呼ばれる種類の花が春から夏にかけてたくさん咲く。
魔法花の収穫、販売は我が帝国の重要な産業の一つであり、ユリウスの言っていた〝花祭り〟とはそんな魔法花の収穫を祝うお祭りのことだった。
その花祭りに私は今何故かユリウスと来ている。
「花祭りに来たことはあるのか?」
「まぁ」
人混みの中、私と離れないように私と手を繋いで歩いているユリウスを私は見上げる。
目立たないように平民の格好をしているユリウスだが、その美しい見た目に周りの視線をどこに行ってもずっと集めまくっていた。
顔もそのまま出しているのでただの平民の格好をしたユリウスである。
このユリウスの状況に街行く人たちは、あのユリウス・フランドルだと気づいて遠目からチラチラと見たり、見間違いかとわかりやすく二度見をしたりと、様々なリアクションをユリウスに向けていた。
本当に目立ちすぎだ。
「ユリウスは花祭りに来たことあるの?」
「ああ。この祭りは街の情勢を知る為にもいい機会だからな。行ける年は行けるようにしている」
「ふーん」
相変わらずの冷たい表情で私の質問に答えるユリウスに私は何となく相槌を打つ。
花祭りを楽しむよりも情勢偵察をしているとはユリウスらしい回答だ。
ちなみに私が代役を務めていたリタはユリウスとは正反対で花祭りを目一杯楽しんでいた。
情勢がとかそんなもの一切考えていない。
好きなように遊び、好きなように食べ、好きたように買い物をしていたらしい。
リタの外出時にもちろん私の外出は許されない。
なので実を言うと花祭りに行ったのは孤児院にいた8年前が最後だったので、私は久しぶりの花祭りにワクワクしていた。
私の目の前に広がる花祭りに湧く街は8年前に見た花祭りと何も変わらない。
街中にいろいろな出店が並び、少し広い場所にはステージが用意され、劇や歌が披露されている。
その全てに色とりどりの花が飾られており、人々が歩くたびに花びらたち舞う光景はまるで街に巨大な花畑が現れたかのようだった。
「うわぁ…」
あっちにはいちご飴、こっちにはわたがし、向こうにはからあげ。
それからすぐそこには花をモチーフにした小物の店があり、その向かいにはドライフラワーの店まである。
どれもこれも興味深い。
「…欲しいものがたくさんありそうだな。ジャン」
いろいろなところに目移りをしていると冷たい表情ながらどこか優しげに私を見つめるユリウスが自身の護衛騎士ジャンを呼んだ。
ユリウスに呼ばれてユリウスよりも一回りほど年上の焦茶の髪をした大きな男がユリウスの隣に現れる。
「あそこのいちご飴とわたがしとからあげを買って来い。金はこれだけあれば足りるだろう」
そして自分の元へやってきたジャンに手短にユリウスはそう言うと、懐から小袋を出し、それをジャンに渡した。
食いしん坊か?
一気に食べるな。
イメージとは違うユリウスの言動に首を傾げる。ユリウスはそんな私なんてお構いなく、私の手を引き、先ほど私が見ていた花をモチーフにした小物の店へ私を連れて行った。
「何が欲しい?」
「え」
ユリウスに突然冷たくそう言われて私は固まる。
急にどうしたの?買ってくれるとか?
「ここの次はそこの店に行こう」
そうユリウスに言われてユリウスの視線の先を見るとそこにはこちらも先ほど私が見ていたドライフラワーの店があった。
…ちょっと待って。
『あそこのいちご飴とわたがしとからあげを買って来い。金はこれだけあれば足りるだろう』
ほんの少し前にユリウスがジャンに言っていた指示を思い出す。よく考えればあれも全部私が見ていたお店だ。
つまりユリウスは私が見ていただけで全て買おうとしているのではないのか?
「いちご飴もわたがしもからあげも欲しいけど全部は欲しくないよ?」
「何故?」
「…全部は買えないでしょ?」
「買えるが?」
「それは貴族だからじゃん。私平民だし」
「あれを買うのは貴族の俺だ。問題ない」
何とロイヤルな男なのだろうか。
苦笑いを浮かべている私の言い分なんてお構いなしだ。これが貴族の感覚なのだから仕方のないことだが。
私のお金じゃないしいいのかな。
経済回るし。
「それで?この店で欲しいものは?」
「これなんかおすすめですよ!お嬢様!」
私に冷たい表情のまま圧をかけるユリウスとそんな圧をかけられている私に何か商品を買ってもらおうと笑顔で接客をする店主の男に私は挟まれる。
ユリウスと一緒にいるおかげで私まで貴族扱いだ。
店主のいる手前、「ここには欲しいものはないかな」とはとても言えず、私は適当に目に入った比較的安い花の絵が描かれた鉛筆を一本選んでしまった。
それからドライフラワーの店にも行こうとしたユリウスを何とか阻止して私たちは再び街の中を歩き出した。
「ユリウス様、ステラ様、ただいま戻りました」
程なくして、両手にいちご飴とわたがしを持った大男、ジャンが私たちの前に現れた。
全く似合っていないがジャンは好き好んでこの二つを持っている訳ではない。主人に言われて仕方なく持っているのである。このミスマッチな可愛らしさは不本意に違いない。
「これをどうぞ」
ジャンはそう言うとユリウスにではなく、私にいちご飴を渡した。
あくまでもいちご飴を頼んだのは今私の隣で無の状態で立っている男なのだが、ジャンはそれを私が食べたかったものだと理解していたらしい。
「ありがとう、ジャン」
「いえいえ。いちご飴の後はこちらのわたがしを。からあげはできたての方がいいかと思いまして、ステラ様が食べるタイミングで買いに行こうと思っています。あ、ですが今食べたい場合はすぐにお申し付けくださいませ。すぐに買いに行きますので」
「あー。うん」
いちご飴を受け取る私に丁寧に説明をしてくれるジャンに私は曖昧な返事をしてしまった。
至れり尽くせりで申し訳なくなってきた。
そんなジャンと私のやり取りを何故かユリウスは誇らしげに見ていた。
「どうだ?フランドルの者はきちんとしているだろう?」と目で言われている気分だ。
その後、私はなるべく一つの店をジッと見ることをやめた。そうしなければユリウスが全部買い与えようとするからだ。
私はそんなにも食べれないし、物もいらない。
せめて自分の為にお金を使ってくれ、ユリウス。
*****
そんなことを思いながらも、私はユリウスとなんだかんだいって花祭りを楽しんでいた。
いちご飴、わたがし、からあげではお腹いっぱいにはならなかったので、追加でパンケーキまで食べた。
街中の至る所でやっているショーや広場でやっている歌なども見ることができ、本当に充実した時間を過ごせた。
「あー!楽しかった!」
日も暮れてきて、いよいよ帰る雰囲気になってきた頃。
ふとそう言って見た場所に興味深い店を見つけた。
花をモチーフにした守護石のお店だ。
守護石とは魔法使いが古代の魔法と同じ手順で守護の魔法をかけているものだ。
もう失われている古代の魔法なので本当に危険な時に守護をしてくれる訳ではないが、一種の願掛けのような意味で好む人間も多かった。
「あれだな」
ついジッと見てしまった為、何の躊躇いもなく、ユリウスが私の腕を引き、守護石の店の元へ向かってしまう。
やってしまった、と一瞬だけ思ったが、これは逆にチャンスかもしれない、と私はすぐに気持ちを切り替えた。
「好きな物を選べ」
ユリウスにそう言われて店に陳列されている守護石の数々を見つめる。
「…んー」
たくさんの個性豊かな守護石の数々に迷ってしまいなかなかこれだと決められない。
どれも花モチーフだが、色が違ったり、デザインや種類が違ったりする。
シンプルな紐だけが付いているものもあれば、指輪やピアスといった身につけられるものもあり、中には万年筆に埋め込まれているものもあった。本当に様々なものがある。
守護石をよく見た後、今度は隣にいるユリウスに視線を向ける。
後ろから西日に照らされて影になっているユリウスだが、その美しい黒髪の間から覗く、金色の瞳は何故か暗いはずなのに宝石のようにキラキラと輝いているように見えた。
まるでその美しい彫刻の顔に黄金が埋め込まれているようだ。
私はユリウスから視線を逸らして、再び守護石に視線を向けた。
その先で金と黒の守護石のピアスが目に入る。
私はそのピアスを手に取った。
「これにする。お金は今は持ってないから払えないけど、また払うから」
そう言ってユリウスにピアスを渡すと「その必要はない」と冷たいがどこか優しげな瞳でユリウスはそれを受け取った。
ユリウスが守護石の会計を終えて、それを私に渡す。
「ありがとう」
私はそれを受け取るとユリウスににっこりと笑った。
「はい、今日のお礼」
そしてそのままそのピアスをユリウスに差し出した。
「?」
ユリウスは不思議そうな顔をして私からそれを受け取ろうとしない。
まさか私がユリウスへのプレゼントを選んでいたとは思っていなかったようだ。
「…今日だけじゃないかな。ここ2ヶ月本当にありがとう。ユリウスのお陰で私は今も生きているよ」
今までなかなかユリウスに心からのお礼を言う機会がなかったので、私は笑顔でユリウスに心から感謝の気持ちを伝える。
「ユリウスは騎士だから。この守護石がユリウスを守ってくれるよ。ピアスは小さいから付けなくても袋とかに入れて持ち歩けるしできれば持っていて欲しいな」
「…ステラ」
私の言葉を聞いてユリウスの声が少しだけ揺れる。
鉄仮面だと思っていたユリウスだが、こんなことで感動する一面もあるらしい。
ユリウスは嬉しそうに小さく笑うと私からピアスを受け取った。
「ありがとう、ステラ」
西日に照らされて笑うユリウスは何よりも美しく、私は思わずその光景に息を呑んだ。
そしてそれを見ていた周りの人たちも私と同じようなリアクションをしていた。
守護石の店主なんて「ありがとうございます。神様」と何故か祈っていた。
この男の笑顔はものすごい破壊力がある。