46.まっすぐな愛
ロイとユリウスと私。
フランドル公爵邸内の中庭で、何故か揃ってしまった私たち3人の空気は殺伐としていた。
気まずすぎる空気の中、どちらかがこの場から離れればよいものを、どちらも何故かこの場から離れようとはせず、小さな言い争いを続けていたので、私は何とか2人の間に入り、その争いを収めた。
その後もこれ以上無用な争いが起きないように、細心の注意を払って、その場をやり過ごした。
そして、現在。
私はロイとの約束通り、ロイと共に宮殿へと向かい、お茶会会場へと続く中庭の綺麗に整備された道を歩いていた。
もちろんロイと一緒に。
「今日のお茶会にはステラの大好きな苺のデザートを用意してあるよ。この前絶賛していたタルトもあるからね」
「え!本当ですか!」
「うん。本当」
ロイの嬉しすぎるお知らせに思わず声が上ずる。
そんな私をロイは12歳の私を見る時と同じように優しく見つめた。
「…んん、楽しみです」
ロイの優しすぎる視線に恥ずかしくなり、私は軽く咳払いをして、平静を装う。
つい、テンションが上がって、子どものような反応をしてしまった。
今の私は12歳の子どもではなく、19歳の大人なのだからちゃんとしないと。
だが、さすがロイ。私が恥ずかしがっていることにもすぐに気がつき、それはそれはもう暖かいが、どこか意地の悪い視線を私に向けてきた。
何も言われなくてもわかる。
これは私のリアクションを面白がっている視線だ。
「今日のステラはまるでひまわりの妖精だね。子どもの君と初めて出会ったあの時を思い出すなぁ」
中庭を歩く私をまじまじと見て、ロイが感慨深そうにそのルビー色の瞳を細める。
丁度中庭に咲いている花たちも黄色系統の花が多かったのでそう見えたのだろう。
夫人の言う通りの反応をするロイに私はおかしくて笑ってしまう。
そんな私を見てロイは不思議そうに「どうしたの?」と聞いてきたが、私は「いえ、何でもないです」と特に詳細を話そうとはしなかった。
「今日のステラもとても素敵だよ。だけどその色はユリウスの瞳の色だね。婚約者との逢瀬だというのに他の男の色を身にまとってきたのかい?ひどい婚約者様だね、ステラは」
「…え。いえ、これは…」
そんな意図あるはずがないだろう。
柔らかく優しげだが、どこか不満そうに私を見るロイにすぐに言葉が出てこない。
まさかそんなところに目を付けて文句を言ってくるとは思いもしなかった。
「…これは私が選んだものではありません。ユリウスが選んだものです。ですから誰かの色をまとっているつもりなんてありません。ただ選ばれたものを着ているだけです」
「ふーん。それはもっとたちが悪いね」
「はい?」
最初こそ、言葉が出なかった私だが、すぐにはっきりと状況を説明して、自分は悪くない、と主張する。
だが、しかし状況を改善しようとしたその主張によって、何故か状況がさらに悪化してしまった。
不満そうだったロイが今度は不機嫌そうにこちらを見ている。
にこやかに笑っているが、目が全く笑っていない。見間違えでなければ、その目はまるで刃物のように鋭い気がする。
わかっていてやるより、わからずにやる方が許されると思っていたんだが、どうやら違うらしい。
「ユリウスが何故自分の瞳の色と同じ色の服をステラに選んだのかわかる?」
「…気分?」
「違うよ。マーキングだよ。僕の元へ行くステラにステラは自分のものだと主張しているんだよ」
「ないない。それはないですよ、ロイ様」
大真面目にユリウスの意図の解説するロイに失笑してしまう。
だが、これに関しては見当違いなことを言っているロイが悪い。
瞳の色と同じ色の服を選ぶ意味なんてもちろん私だって知っている。
しかしあれは恋愛感情のある異性に対してだ。決して仲の良い友人や家族にするものではない。
ユリウスは私と家族なのだ。血は繋がっていないが、兄と妹だ。
そんな私に選んだユリウスの服の意図がマーキングな訳がないのだ。
呆れている私を見てロイは「僕の婚約者様は変なところで鈍感だね」と諦めたように笑っていた。
「ユリウスには妬けちゃうな。ステラといつも一緒にいられて、自分の好きなように服まで決められて。次、僕と逢瀬をする時はどうかルビー色の服を着て欲しいな?」
「嫌ですよ」
「何故?ユリウスの選んだものは着ているじゃないか」
「ユリウスとロイ様では意味が違ってきます。だから嫌なんです」
ユリウスが選ぶものはただの気分でそこに何の意味もないが、ロイが選ぶものは違う。
それこそ今、ロイが説明した通り、ロイのものだの主張する意味合いになってしまう。
私はロイと恋仲ではないし、この婚約もいつか必ず破棄するつもりだ。
私には未来の皇后は務まらないし、荷が重すぎる。恐れ多い。
本当に心底嫌そうにロイを見つめれば、ロイは全くそんな視線なんて気にせずに、天使のような慈悲深い笑みを浮かべていた。
きっと表面上だけのものだろうけど。
*****
それから中庭のお茶会会場に着くと、私とロイは机を挟んで向き合う形で座り、苺のデザートとお茶を堪能しながらも世間話に花を咲かせていた。
ロイとの婚約は不満だが、別にロイのことが嫌いだというわけではない。
むしろロイとの時間は普通に楽しく、時間もあっという間に過ぎていった。
「結婚しようか、ステラ」
「…っ!はい?」
突然、美しい笑みを浮かべ、甘い瞳でそんなことを言ってきたロイに思わず口に含んでいた紅茶を吹き出しそうになる。
だが、私はそれを何とか堪えて飲み込むと、この帝国の皇太子であるロイに怪訝な視線を向けた。
急に一体なんなんだ。
「…申し訳ありませんがロイ様と結婚はできません。そもそも私はこの婚約を破棄するつもりなんです」
「破棄?どうして?」
「私は孤児出身です。身分が違いすぎます」
「今は公爵令嬢じゃないか」
「元はどこの馬の骨かもわからない者です」
「元はだろう?今は公爵令嬢だよ」
「…」
何を言っても、返答を変えないロイに嫌気が差し、露骨に嫌な顔をする。
この皇太子には〝元孤児〟という肩書きは何の意味もなさないらしい。
では攻め方を変えよう。
「…愛してもいない人と結婚なんてしたくないですよね?ロイ様はこの帝国の皇太子であり、次期皇帝です。ロイ様よりも強い権力を持つ者など、今の皇帝陛下しかおりません。ならば公爵令嬢と結婚しなくてもいいはずです。愛する人と結婚すべきです」
スッとすました顔を作り、淡々と私はそう言う。
私は今、完全に文武両道才色兼備完全無欠と称えられたあの頃のリタだった。
誰にも反論の余地を与えないそんな雰囲気を意図的に作る。
「ステラは本当に意地悪だね?僕の気持ちなんてもうわかっているだろう?」
「…わかっていません。アナタはいつも本当のこと言っているように嘘をつきますから」
困ったように笑うロイに私は厳しい視線を向ける。
ロイの言う通り、本当はロイの気持ちなんてわかってしまっている。
だが、気づかないフリをするのだ。
そうでなければ、私はこの天使の皮を被った悪魔の皇太子様から逃れられない。
「…ああ、愛らしいね、ステラ」
「…」
「そうやってまっすぐ僕を見つめる君も魅力的だよ」
「…見つめてません。睨んでおります」
「君の視線ならどんなものだって僕にとっては甘いものだよ」
「…」
…こいつ。
ロイにとっては私が何をしても〝愛らしい〟らしい。
いつものように優しく微笑み私を見つめるルビー色の瞳があまりにも甘さでドロドロとしており、嫌気が差す。
「確かに僕はステラの言う通り嘘つきだよ。だけどそんな僕の本質を見抜いても、変わらずいてくれるステラが僕は愛おしい。愛しているんだ、ステラ。君のことを、心から」
「…っ」
今のロイの甘い台詞にはいつものように嘘が混じっているのかもしれない。
だが、それを感じさせないくらい、ロイは真剣だ。
さすがに甘く真剣にそんなことを言われると、私もたじたじになってしまう。
心臓がバクバク激しく跳ね、うるさい。
今の私のこの動悸をロイにだけは悟られてはならない。
きっと悟られてしまえば、これ幸いにと迫られてしまう。
「ステラ…」
何とか誤魔化そうと心を落ち着かせていると、ロイが私の名前を甘く呼んだ。
美しい天使にまっすぐ見つめられて、体温が一気に上昇する。
もう限界だ。
誰か助けてくれ!と念じたその時だった。
「お帰りの時間です、ステラ様」
私の前にセスが現れた。




