45.新たな関係と愛情
「今日のステラのコーデとっても素敵よ。ユリウスとダリルの瞳と同じ色のコーデね」
広く長い机を挟み、向こう側に座る公爵夫人が私に優しい眼差しを向ける。
それから夫人は自身がダリルと呼んだ隣に座る公爵の方へ視線を向け、「とても可愛らしいわよね?あなた?」と同意を求めていた。
公爵はそんな夫人を見て、ユリウスとよく似た冷たい表情で、ただただ静かに頷いた。
ここはフランドル邸内の食堂。
私は今、いつものように私の隣に座るユリウスと、机を挟んで向こう側にいる公爵夫妻と一緒に朝食を食べていた。
ちなみに今の私の服装は夫人が気がついた通り、ユリウスと公爵の瞳と同じ色、つまり黄色のワンピースを着ている。今朝ユリウスがメアリーに要望した通りの格好だ。
さらに髪型もユリウスの要望通り、鎖骨より少し長い栗色の髪をゆるく巻き、ポニーテールにしていた。
特にこれがいい、という希望もなかったので、今日の私は全身ユリウスの希望通りになっていた。
「今日はロイ殿下とお会いする約束があるのでしょう?一体何をする予定なのかしら?お母様気になるわ~。湖で船上デート?お忍びで街に行って劇場デート?あの美しい中庭でお茶会デートも捨てがたいわねぇ」
「…中庭でお茶会をすると聞いております」
「お茶会!素敵ねぇ。今日のステラはまるでひまわりの妖精のようだから、中庭に現れたアナタを見てきっと殿下も驚きになるわね」
「は、はは。そうですかね」
「そうよぉ」
何故か私以上に盛り上がり、当事者意識のある夫人に私は何とか笑顔を浮かべる。
ただロイと会うだけの予定なのだが、夫人の中では、私とロイがデートをすることになっているようだ。
「お母様。ステラは別にデートに行くわけではありません。ただ、殿下がステラに会いたいとおっしゃるので会いに行くだけです。そこに特別なものはございません」
「そうだぞ、ルーシー。ただステラは皇太子殿下直々に宮殿に呼ばれているだけだ」
「あら?でもステラと殿下は婚約している仲じゃない?2人で会うということはデートということでしょう?何か間違っているかしら?」
「「間違っている(ます)」」
公爵からルーシーと呼ばれた夫人の言葉にフランドルの男たちは似たような冷たい顔で不愉快そうに夫人の言葉を否定する。
それでも夫人はあっけらかんとしており、「そうかしら~?」といつものように微笑んでいた。
私、ステラ・フランドルは今夫人が言った通り、何故がロイの婚約者となっている。
リタになりすました私とロイが正式に婚約式で婚約していたからだ。
ステラとしてではなく、リタとして結んだものだったので、あの婚約は無効だと思われたが、ロイも皇帝陛下もそれを何故か無効とはせず、有効だと主張してしまった。
さらに私が養子縁組でフランドルの娘、つまり公爵令嬢になってしまっていたことも大きかった。
ただの孤児ではなく、身分のしっかりとした公爵令嬢で、おまけにリタ代役時に身につけた教養まである。
今の私はロイの婚約者として適役すぎたのだ。
しかし私はこの婚約にあまり乗り気ではなかった。
一応書類上は公爵令嬢で、教養まである私かもしれないが、元はどこの馬の骨かもわからない孤児なのだ。
そんな私が未来の皇后など恐れ多すぎる。
「そもそも俺はステラと殿下の婚約についても反対です。ステラはまだ我がフランドルに来たばかり。こちらでの生活にしっかりと慣れる必要があります。無理をさせるべきではありません」
「そうだな、ユリウス。私もそう思う。ステラはまだ19、婚約を決めるのはいささか早計だ」
ユリウスと公爵が真剣な表情で頷き合っている。
今のユリウスと公爵、それから夫人の様子を見ればわかる通り、フランドル公爵家では夫人以外全員私の婚約に反対だった。
何となくユリウスは反対しそうだな、とは思っていたが、まさか公爵まで反対するとは思っておらず、最初はかなり驚いたものだ。
「何言っているの?ステラはもう19歳よ?私がダリルと婚約したのだってそのくらいだったわ」
「だが、ルーシー。ステラはまだ我がフランドルに来たばかりで…」
「それと婚約することの何が関係あるというの?」
「…」
夫人ににこやかに責められて、ついに公爵がその形の良い口を閉じてしまう。
それから夫人は公爵から私の方へと視線を移した。
「ねぇ、ステラ?アナタは殿下との婚約をどう考えているの?」
「え」
まさか自分に話が振られるとは思わず、今まさに口に入れようとしていたトマトを寸前で止める。
そしてそのまま視線を彷徨わせ、私は気まずそうに口を開いた。
「…私には荷が重いですね。正直、公爵様やユリウスの意見は有り難いです。できれば婚約破棄できるように働きかけてもらいたいんですけど…」
自分の言いたかったことを遠慮がちに伝え、公爵と夫人の反応を見る為に前を見てみる。
すると公爵と夫人はショックを受けた様子でこちらを見ていた。
夫人があの表情を浮かべている理由はわかる。私がロイとの婚約について前向きな回答をしなかったからだろう。
だが、何故公爵まで同じような表情を浮かべているのか。
状況が飲み込めず、何となく、ユリウスの方も見てみたが、ユリウスは至って普通、いつもの無表情のまま、パンを一口サイズにちぎり、口へと運んでいた。
「…ス、ステラ。わ、私のことを呼んでみてくれないかしら?」
「…?ルーシー様?」
「あ、ああ…」
首を傾げながらも夫人の名を呼んでみると、辛そうに夫人が自身のこめかみを押さえる。
え、ええ?
急にどうしたんだ?
夫人があまりにも辛そうにしているので、おろおろしていると、夫人はゆっくりと言葉を紡ぎ出した。
「わ、私たちは家族よ。そんな他人行儀な呼び方はやめて。私とダリルのことはお母様、お父様と呼んで…?」
この世の終わりだ、と言いたげな顔で夫人が私にそう言う。
一体何が起きたのかと思えば、まさかのどうでもいい内容に私は思わず拍子抜けした。
全く本当にどうでもいい話だ。
呼び方にいろいろ言ってくるところも本当にユリウスとよく似ている。
ユリウスも最初は様付けで呼ぶと「様を付けるな」ととてもうるさかったものだ。
夫人の横で無言で頷く公爵と悲しそうにこちらを見つめる夫人に、私は心の中で苦笑いを浮かべる。
「わかりました。お母様、お父様」
だが、表向きはにこやかな笑顔を作り、目の前に座る夫人と公爵をじっと見つめた。
「はぁい。お母様ですよ?」
「…」
私に改めて希望通りに呼ばれ、夫人は本当に嬉しそうに笑い、公爵は無表情だが満足げに頷いている。
私の新しい家族は私を本当の家族と認め、私に愛情を持っているみたいだ。
そんな大人からのまっすぐな愛をステラとして受け取ることは生まれて初めてだったので、どうすればいいのかわからなかったが、私はその愛がむず痒くて、でも嬉しくて嬉しくてたまらなかった。
*****
公爵一家全員での朝食後、まだ宮殿に行くには時間があったので、フランドル公爵邸内の中庭で、たまたま時間の空いていたユリウスと共にベンチに座り、私は談笑をしていた。
…まぁ、本当にユリウスの時間がたまたま空いていたのかは正直不明なところはあるが。
ユリウスはとにかく自分の時間を削ってでも、私との時間を作ろうとするところがあるので、ユリウスの言葉を言葉通り受け取ることはできない。
「それでそこにいた猫がね、それはもう見事な白色で、何と水色と黄色のオッドアイだったの。すっごく可愛かったんだよ。ユリウスにも見せたかったな」
「…そうか。猫飼うか?」
「違う違う。猫が飼いたい話じゃなくて可愛くて珍しい猫を見たよって話しで…」
「そうなんだ。僕もその猫見たかったな」
ユリウスとの会話に、突然後ろから誰かが加わってきたことにより、私は驚きで目を見開く。
そして声の方へと振り返れば、そこにはこちらに微笑む、天使…ではなく、皇太子、ロイがいた。
な、何でロイがここに?
「その猫はどこで見たの?今度一緒に探しに行こうよ」
「え、あ、確か宮殿の近くだったような…」
「そうなの?じゃあいつでも探しに行けるね?いつにする?」
「そう、ですね。急ですので、ちょっと予定を見てみないと何とも言えないですね」
こちらとの距離を詰め、ついでにまた会う約束まで取り付けようとするロイを、私はそれはもう笑顔でやんわりと断る。
だが、これも毎回の流れなので、ロイは「僕の婚約者様はいつもそれだね。なら早く君の予定を教えてね?僕が君の予定に全部合わせるから」と言ってきた。
ロイはこの帝国の皇太子だ。私に予定を合わせられるわけがないほど忙しい人なのだ。
それなのに毎回ロイはどんなことがあっても私を優先して、私の予定に本当に合わせてくる。
私も毎回毎回絶対にロイが私と予定を合わせられない日を調べて、ロイと会う日を選んでいるつもりだが、それはいつも全く意味をなさなかった。
「どうして殿下がここにいらっしゃるのですか」
ユリウスが突然静かにそう言う。
ユリウスの視線の先はもちろんロイで、あろうことか帝国の皇太子を冷たい表情で睨みつけていた。
不敬すぎるぞ、ユリウス。
「どうして?それは僕の婚約者様を迎えに来たからだよ。これから僕とステラは宮殿でお茶会をするんだ。知らないのかい?ユリウス?」
不敬すぎるユリウスだが、ロイは特にそんなユリウスを気にすることなく、むしろ煽るようにふわりと笑う。
するとユリウスはその美しい顔を不快そうに歪めた。
「…知っています。ですが、そのお茶会までまだ時間があります。約束の時間ではありません」
「そうだね。でも僕はステラに会いたかったんだよ。だから会いに来た」
文句を言っているユリウスにロイは変わらず笑顔だ。
この2人は特に仲が悪いわけではないが、私が絡むとどうも違った。
こんな感じで私を挟んでいつも一触即発ムードになる。
私を挟んで口論をするのは本当にやめていただきたい。
迷惑すぎる。




