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悪女の代役ステラの逃走。〜逃げたいのに逃げられない!〜  作者: 朝比奈未涼


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42.最期に会いたい人





sideステラ




屋敷内の廊下にリタの楽しそうな笑い声が響く。


車椅子から引きずり落とされ、廊下に倒れ込んでいる私の目の前にはリタが、後ろには騎士たちがおり、身動き一つ取れない私に逃げ場はない。


息の詰まるほどの閉塞感が私を襲う。


この絶望的な状況を打開する為にはもうあれに頼るしかないだろう。




「…っ」




ぎゅうとネックレスを握り締める右手に力が込められる。



…本当は極力使いたくなかったんだけど。



そんなこと思いながらも、私は覚悟を決め、握り締めていたネックレスの容器の蓋を開ける。

それからその容器に口をつけ、容器内の紫色の液体を一気に口に含み、飲み込んだ。

サラサラで意外にも無味だったそれが勢いよく喉を通っていく。




「…っ!」




喉を全ての万能薬が通り切ったところで、ドクンっ!と大きく心臓が跳ねた。


熱くて、苦しくて、痛い。




「…ゔぅ」




全身を襲う鈍い痛みに私から呻き声が漏れる。

ただただ痛みから解放されたくて何も考えられない。

もうこのまま死んでしまうのかもしれないとも思えてしまう。

バクバクと大きく跳ね続ける鼓動を聞きながらも、私は背を丸め、自身を抱き締め、その激しい痛みに耐え続けた。


そして数秒後、体感にして数分で私はその痛みから解放された。




「…はぁ…はぁ」




乱れた息をゆっくりと整えながらも私は足に力を入れてみる。

すると今まで一切足の感覚がなかったことが嘘かのようにそこには確かに感覚があった。

この様子だと骨折も治っているはずだ。


さすがキースが〝万能薬〟だと言った魔法薬だ。

完治にはあと数週間はかかるであろう骨折を一瞬で完治させるとは。


キースに感心しながらも久しぶりに足に力を入れ、その場に立ってみる。




「…」




立ってみてすぐに気づいたのだが、私の足からは随分筋肉が落ちており、以前と同じようには動かせない予感がした。


これも1ヶ月も車椅子生活を強いられていた弊害だ。


さらに今まさに私はキースの万能薬による死ぬほどの痛みも味わっていたので、体力もかなり奪われてしまっていた。

今の私の置かれている状況はあまりいいものではなく、状況を打開できたとはいえない状況だ。



…それでも私は生きたい。だからこそ逃げたい。



目の前にいるリタを見て、逃げられる隙を探ってみる。

リタの一歩後ろには騎士が2人おり、あそこから逃げることはとてもじゃないが難しいだろう。


ならば答えは一つだ。

くるりとリタたちに背を向け、私は後ろへと足を出す。


後ろにいたのは私の車椅子を押さえた騎士1人だけだった。

1人だけなら逃げられる可能性も少しだけならあるかもしれない。

きっと腕くらいは掴まれるが、手刀をするなどして対応するしかない。やるしかないのだ。


騎士の次の動きを注視しながらも騎士の横を私はすり抜けようとする。

すると騎士は予想通り私をすぐに捕まえようとした。




「ウサギ狩りを始めましょう」




しかし騎士が私を捕まえようとしたタイミングで、リタがそう楽しそうに言ったので、騎士は私に触れることさえもしなかった。


その隙を見逃さず、私は騎士の横をすり抜け、さっさと出口へと駆け出す。


だが、少しだけ後ろの様子が気になったので、ちらりと後ろを見ると、ミラディア帝国の美の女神と称される美しい顔を悪意に歪め、心の底から楽しそうに笑うリタの姿が目に入った。


私はリタに狩られる獲物としてここから逃がされたらしい。

性格の悪いリタのことだ。大嫌いな私を限界まで苦しめ、ゆっくりゆっくり痛ぶり殺したいのだろう。


それでも今はそんなリタの性格に感謝した。リタの性格がもし効率重視の感情なんてないものだったら私は今、リタの手によってあっさり殺されていたはずだ。




*****




木の葉が生い茂る自然豊かな森の中を私は何とか必死で走り続ける。

久しぶりに踏む土の感触に先ほど予感した通り、足が思うように動かない。

もう1ヶ月以上も車椅子生活を強いられていたのだ。急に以前のように動かせるわけがない。




「はぁ、はぁ」




肩で息をするほど体力は限界に近い。足も鉛のように重く、一歩一歩を踏み出すことでさえ、辛くて辛くてたまらない。


それでもこの足を止める選択肢はない。

止めてしまえばそこで私は終わるからだ。

キースの万能薬も飲んでしまったので最終手段さえもない。




「うさぎさぁん。ボロ雑巾のようなうさぎさぁん。どこにいるのかしらぁ?ここかしらぁ?」




リタの楽しそうな声と共にバァンっ!と大きな発砲音がこの森に響く。

先ほどから逃げても逃げてもこれがどこからか聞こえ、私の恐怖心を煽った。


…最悪だ。


きっとリタに見つかるのも時間の問題だ。

いくら必死に足を動かしても、思うように進めない私がどうやってリタたちから逃げられるというのだ。




「…ぅ、はぁ」




どうせ死ぬのなら最期にユリウスに会いたかった。

何故だかわからないが、私はあの無愛想な男の姿を最期に一目だけでも見たいと思ってしまった。


息切れの中に嗚咽が混じる。

大きな声を出してしまえばリタに見つかる。

だからこそ押し殺すように泣くしかない。


もう足が動かない。


そう思うと同時に私の両膝は力なく、地面へと落ちた。




「…っ」




両足が小刻みに震えており、とてもじゃないが、もう移動することすらままならない。


そんな絶望的な状況の中、私の耳に馬の足音が聞こえてきた。



ーーールードヴィングの騎士だ。



リタは私を捕える為に、自分の足で私を追い詰めることを楽しみながらも、確実に捕える方法もきちんと用意していたようだ。


…あのリタが自分の享楽以外のことも考え、先手を打てるとは。


こんな時なのに、はは、と思わず笑ってしまう。


それから馬の足音はどんどん大きくなり、こちらへと近づいてきた。



もうおしまいだ。



そう自分の運命を悟ると私は今まさにこちらに迫ってきた馬の方へと視線を向けた。




「…っ!」




木と木の間から馬に乗って現れた人物に私は驚きで目を見開く。


木々の葉の間から僅かに差し込む太陽の光を吸い込む黒い髪。その髪から覗く切れ長の黄金の瞳が私を捉え、私と同じように目を見開く。



ーーーーユリウスだ。



最期に一目見たいと思った私に神様が幻覚でも見せているのだろうか。




「…ユ」




目の前にいる会いたかった人物の名前を私は呼ぼうとし、やめる。

ユリウスが知っているのは12歳の私であり、今の19歳の私ではない。

きっと私に名前を呼ばれても困惑するだけだ。




「ステラ!」




だが、ユリウスは私の予想とは反して、私の名前を必死に呼び、馬から飛び降りると私を抱きしめた。

私の目の前いっぱいにユリウスのしっかりとした胸板が広がる。それから懐かしいユリウスの香りが鼻へと届いた。


夢ではない、幻覚でもない、本物のユリウスが今、私を抱きしめている。




「…わ、私が、ステラだってわかるの?」




震える声で私はユリウスに聞く。

今の状況が信じられなくてどうしたらいいのかわからない。




「当たり前だろう。俺の大切な護衛…いや家族なんだからどんな姿になってもわかる。お前はステラだ」


「…っ」




ユリウスにそう言われて私はやっとユリウスの背中へと手を回す。

そしてぎゅうと力いっぱいユリウスを抱きしめた。


心の奥底が締め付けられるように苦しくて、熱くて、嬉しい。

嬉しくて嬉しくて苦しいなんて自分のことなのに訳がわからない。


ああ、だけど、これだけはわかる。


私はユリウスのことが大切で大切で仕方なかったのだと。


それから私とユリウスはお互いの存在を確かめ合うようにしばらく抱き合った。




*****




ユリウスとしばらく抱き合った後、私はユリウスと共に馬に乗り、セスの屋敷へと移動した。

以前の私とユリウスは子どもと大人という関係だったので、ユリウスとどんなに密着してもあまりドキドキすることはなかったが、今の私は大人なので、馬に乗っている時、すぐ後ろにユリウスを感じることがどうも落ち着かず、終始むず痒かった。


そしてなかなか慣れないむず痒さを感じながらも私はユリウスからことの経緯を聞いた。


何故、ユリウスがここにいるのか。

何故、私がステラだとわかったのか。

私が疑問に思ったこと全て、だ。


そんな話をしていると、あっという間にセスの屋敷へと戻ってきた。




「ステラ」




先に馬から降りたユリウスが相変わらずの無表情で私に手を差し出す。

私はその手を有難く思いながらも借りて、馬からゆっくりと降りた。

それから屋敷へと足を進めようすると、ユリウスが私を「待て」と止めた。




「…?」




突然のユリウスからの制止に首を傾げながらも私はその場で止まる。

するとユリウスは何も言わずに私の両膝の後ろに手を回し、私を無言で抱き上げた。


…はい?




「ちょっ!ユリウス!?」




無言でいきなり何!?


突然のお姫様抱っこ状態に恥ずかしくなり、思わず大きな声を出し、抗議の視線をユリウスへと向ける。

だが、私にそんな視線を向けられてもユリウスはどこ吹く風だ。


私は今大人で正直ユリウスとの距離感を測りかねている。 


ユリウスはステラはステラだと言ったが、厳密には違う。

ステラ(12)とステラ(19)は同じではない。子どもと大人だ。扱いが同じな訳ないのだ。


それなのにこの無表情の仮面を被った天然は何も考えていないのか私を12歳の時と同じように扱う。

天然にもほどがある。




「ユリウス!降ろして!」


「…立っているのも辛いのだろう?そんな状態のステラを歩かせる訳ないだろう」


「じゃ、じゃあせめて車椅子!ここには車椅子があるからそれで!」


「嫌だ」


「何でよ!」




私の言うことなんて一切聞かず、スタスタと屋敷の中へとユリウスが入っていく。

私はそれでも負けじと抵抗を続けたが、それは何の意味もなさなかった。






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― 新着の感想 ―
うわぁ、 ユリウスさぁん ホワイトデイは過ぎましたよー!
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